魔法使い
モニカと小狐が出会って数日が経った。10月末、気温がぐっと下がった、いわゆる季節の変わり目。ノーチェスの気候は激しいという程では無いが、それほどに気温差が生じる。この時期には、体調の細かな変化に気をつけなければならない。
「ゴホッ……うぅ……ゲホッゲホッ……」
「風邪ですね。安静にしといた方がいいです」
「うん、そうする」
小狐との関係は未だによく分かっていない。立派な妖狐になる、とは言っていたが、特に何をする訳でもなく、モニカの後をついて回っては、ご飯を盗み食いしたり、ゴロゴロと毛布の上で寝ているばかりだ。モニカからすれば、日頃見えているものと何ら変わらない存在だったが、意思の疎通ができることは大きな違いだった。
今までモニカに見えていたものは、半透明で足がなく、声をかけても返事をしない。もちろん、触れることもできない。そんな「幽霊」のようなものがふよふよと漂っているように見えていた。だが、この小狐はそれらとは違い、意思疎通はできる上、触れることも、食事をすることも可能だ。自分のことを「
「あ、そうだ。今日はお医者さんが来るから……じっとしていてね」
「はいです」
尻尾をぶんぶんと振るわせてクローゼットに入り込んでいく。活気があって無邪気なところは可愛らしいが、その異形さから目をつぶることはできない。ノーチェスには様々な種族が存在しているが、その大半は人間だ。幽霊は見慣れているとはいえ、見えるものは人間だけ。時折片腕がなかったり、しぬ寸前の姿で見えることもあったりするが、小狐のような姿形が違うようなものは見たことがない。もしかしたら、あの小狐は「妖」という種族なのであって、自分の知識が足りないのかもしれないと、モニカは目を閉じて考えた。
「モニカ、お医者さん来たわよ。入るわね」
「は〜い……」
2人の医者を連れて、母が部屋に入ってくる。それほど広くないモニカの部屋はもう満員だ。
「医者のリズ・アージェントです。こっちは娘のヨナ・アージェント。見習いとして連れてきました。見ているだけで手は出さないのでご安心ください」
「よろしくお願いします」
幸い、医者は両方女性でモニカは胸を撫で下ろす。正直に言うと、モニカはこのような診察が嫌いだった。子どもの頃、「目」の診察としてとある医者がやってきた経験がトラウマになってしまったのだ。それからはしばらく自己回復でなんとかやってきたが、今回ばかりは先日の落下事故のこともあって母が許してくれなかった。
「それじゃ、失礼しますね。ヨナ、よく見ていなさい」
「はい、お母様」
肩ほどまで伸びた美しい黒髪。丁寧に手入れされているだろう艶やかな肌。ヨナ・アージェントと紹介された女性はモニカほどの年齢で、純粋な混じり気のない瞳でモニカの診察をじっと見ていた。
(ちょっと恥ずかしいかも……)
「じゃあ、次は後ろを向いてね」
くるりと振り返り、小狐が隠れたクローゼットの方を向いた。視線を感じたのか、ひょっこり小狐が顔を出す。モニカが小さく首を横に振ると、小狐は残念そうな顔をして引っ込んでいった。尻尾も耳よ隠せていないのを見て、かくれんぼには向いていない身体だと思いくすりと笑う。
違和感に感じたのは、その時だった。医者のリズ・アージェントも、ヨナ・アージェントも、母も、みな唖然としていて口を開いたまま動かない。何か、この世のものではない、見てはいけないものを見たかのように青ざめた表情をしている。
「あの……どうかしたんですか?」
「お母様……これは」
「……あまり見たことがないね。詳しく見てみましょう」
―”
リズ・アージェントが魔法を展開する。リズのような医療職は、専門の魔法が使えなければならない。
「これは……」
リズ・アージェントは信じられないようなものを見たかのような声を出して、一気に緊張感が漂う。
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