エビチリ 後編
ミシェルの前に出されたのは、赤色に輝く料理だった。
たっぷりの大きな海老達が、赤いとろみの付いた液体と絡み合っている。それはキラキラと輝き、まるで宝石の様な眩しさを放っていた。液体の中には細かな野菜が入っており、見事に馴染んでいる。ほのかに香る甘辛い匂いは、食欲を刺激してきた。
見たことの無い料理に、ミシェルは驚きを隠せない。
「何だこの料理は……?! 本当に食べれる物なのか……?!」
こんなにも照りがある食べ物は今まで見たことが無い。あまりの美しさに度肝を抜かれていた。
そんな頭とは裏腹に、目の前の料理から香る程よい辛さと、香ばしい匂いが、ミシェルの腹を空かせる。
(…………考えても仕方がない。とりあえず食べてみよう)
空腹に負けたミシェルは、スプーンで海老を掬う。海老はソースと混ざり、照りを失わずにいる。
(間違いない、これはリビロービだ)
リビロービとは、いわゆる『海老』のことだ。ミシェルの住んでいた地域ではそう呼ばれている。
(こんなに丁寧に処理されているのは初めて見た。普通ならそのまま料理に使うだろうに)
ミシェルの地域は海に面しており、漁業が盛んに行われている。魚はもちろん、海老も沢山獲れるのだ。そこでは丸焼きにするか、そのままスープに入れて煮込むといった物が主流だった。こんな風に殻と頭、背わたを綺麗に取っているのは、とても手間暇がかかる。これだけ相当手の込んだものだと分かった。
(どれ、味は)
スプーンで掬ったエビチリを口に入れる。
「!! 美味い!!」
エビはプリプリとしており、食べ応え、食感のどちらも良い。それに加えて、赤いとろみの付いた液体の甘辛い味が絶妙に合っている。その中に入っている細かい野菜もいいアクセントになっていて、飽きない食感に仕上がっていた。
(色んなリビロービの料理を食べてきたつもりだが、これは初めてだ。どれを取っても美味しい!)
ミシェルはエビチリにスプーンを入れ、すぐに口に運ぶ。数回噛んで、すぐにまたエビチリを口に運んだ。それを何度も繰り返し、頬が膨れる位、口一杯に頬張る。
まるで子供の様にエビチリに夢中になり、あっという間に平らげてしまった。皿にはまだ、エビチリのソースが残っている。
(液体だけ残ってしまった。……残すのはなんかもったいないな)
ミシェルがそんなことを考えていると、
「兄ちゃん、困りごとかい?」
後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこにいたのは役場の職員である。種族はノームだ。
「ははあ、ソースが残ったのか。だったら良い方法があるぞ」
「良い方法?」
「ゴハンを頼むと良い。ゴハンにそのソースをかけて食べるんだ。美味いぞお」
自信満々に教えてくれるノームの職員。ミシェルはその男の表情をよく見て、嘘をついていないことを確認する。
(嘘はついていないみたいだし、とりあえず信じてみよう)
手を挙げて青年を呼び、
「ゴハンを一つ」
ご飯を注文する。
「かしこまりました! 少々お待ちください」
青年は元気よく返事をし、すぐにご飯をよそって持って来てくれた。ご飯と呼ばれるその物体に、ミシェルは見覚えがある。
(あれは、『リッス』か。しかし、形状も艶も違う。似た別の何かか?)
ドラフェンクロエに来る途中、一度食べたことがある。あの時食べたのは、黄色で海鮮が入った鉄板料理だった。今回のは真っ白で、光で反射している。
「どうぞ! ご飯になります!」
ミシェルの前にご飯が出された。ミシェルは半信半疑でご飯にエビチリのソースを乗せ、少し染みこんだタイミングでスプーンで持ち上げる。それをゆっくりと頬張った。
(! 合う!)
甘辛いエビチリのソースがご飯とよく絡み、食事が進む。スプーンで掻き込み、一気に平らげてしまった。
しかし、冒険者の空腹はそれだけでは満たせない。ミシェルの腹にはまだ余裕がある。
(物足りない。まだまだ食べれそうだ)
気付いた時には、
「すみません、リビロービの甘辛和えを追加で。あとゴハンも」
おかわりを注文していた。
(資金には余裕がある。ここで多少奮発してもいいだろう)
注文してからしばらくしてエビチリが運ばれてくる。ミシェルはすぐに食べ始め、口一杯に頬張った。手は止まらず、ガツガツと掻き込んでいく。
(甘くて辛い料理なんて初めてだが、こんなにも美味しいだなんて……)
ご飯にも乗せて食べ、汁の一滴も残さない勢いで食べ進める。食器とスプーンが当たる音を立てながら、エビチリとご飯を平らげた。
「ふう……」
今まで食べたことの無い量を完食し、合わせて飲み込んだ空気を吐き出す。腹はパンパンになり、とても満たされていた。
(そうか、だから皆ここに来るのか)
ミシェルはようやく理解する。この満足感こそ、多くの者が集まる理由なのだと。
単に腹を満たすだけなら他の店でも出来るが、満足感を得ることは出来ない。それがここでは出来る。これが決定的な違いだ。
(満腹感と満足感。この2つを両方得る事で、活力になっている。それでコンディションが良くなり、やる気が出る。コンディションとやる気が良くなれば、仕事に精を出すようになる。仕事をすれば腹が減る。そして活力を得るためにまたここへやって来る。これで循環の出来上がりという訳か)
良くできた循環だと感心し、
(まあ、その中に自分も入ってしまった訳だが)
既にその流れに流され始めていることを理解した。
満足したミシェルは、会計を済ませて、店を後にする。
「いい店だった……。次は皆を連れてこよう」
そんな事を言いながら、夜空の下で帰路に就く。
その足取りはしっかりしたものになり、明日を頑張れる気持ちになっていた。
心も体も満たされて、心機一転して、歩き続けるのだった。
◆◆◆
「ふふふ、あの若いの、また来るぞ」
「そうアルねー」
(この人3回来たばかりなのに凄い常連っぽい雰囲気出してるな)
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