エビチリ 前編


 冒険者『ミシェル』は尾行している。



 最近になって、多くの冒険者のコンディションが良くなっていることに気付いた。前までは浮かない顔をしていた冒険者が、やる気に満ち溢れ、迷宮探索に精を出している。一人二人ならまだしも、十人以上ともなれば、それは異常事態と言っても過言ではない。


 『巨岩斬り』ミノーも、その一人だ。以前は同じ階層ばかり探索していたが、最近は深い階層に潜って戦果を挙げている。その収入を持って、どこかへ行ってしまうのだ。


 ミシェルは秘密を探るべく、ミノーを尾行しているというわけだ。


 空が暗くなり始めた街の中を、ミノーは何度も道を曲がり、奥へ奥へと進んで行く。


(この辺りは役場や雑貨店くらいしかないはず……。新しい娯楽施設でもできたのか?)


 そんな事を考えながら、ミノーの後を追い続ける。途中猫と鉢合わせになったが、ぶつからずにすり抜けた。


 しばらく尾行すると、少し広めの通りに出る。少し歩いて、ミノーはとある場所に入った。ミシェルは物陰からその様子を見ており、すぐにその場所に駆け寄る。


「ここは、何だ?」


 目の前にあるのは見たことの無い佇まいの店だった。


 知らない様式の建物、ガラスが付けられた金属製の引き戸、そして香ばしい匂いがする金属製の曲がった煙突。何もかもが知らない物ばかりの店だ。


 引き戸の前には布が垂れ下がっており、そこには文字の様なものが書いてある。ドラフェンクロエでは見ない、異国の文字だ。布の端には、標準語で書かれた紙が張り付けてある。


「フクホウケン……?」


 ミシェルはその外観を観察していると、引き戸の隣に、立て看板が置いてあるのを見つけた。そこには標準語で文章が書いてある。


「なになに……」


 文章には、『今日のオススメ』という文言から始まり、その下には料理名と思わしき名前が書かれていた。


「えっと、『焼きカーオン』、『ムクの油通しのフィーネガー和え』、『リビロービの甘辛和え』!!?」


 ミシェルは最後の料理に驚いて、大きな声を出してしまう。


「リビロービだって? そんな、まさか!?」


 驚きで狼狽えていると、引き戸が開いた。出て来たのは、青年である。


「入店ですか?」


 青年から笑顔で聞かれたミシェルは、しまったという表情で顔を手で隠す。


(しまった、騒ぎ過ぎた……)


 どうしたものかと考え、とりあえず手を退けて、青年と話すことにする。


「ここは、どういったお店なんですか?」

「飲食店になります! 異国の料理を提供しております!」


 青年はハキハキと答えてくれた。


 ミシェルは青年をまじまじと見た後、立て看板に視線を向ける。


「このリビロービの料理は、本当にリビロービを使っているのか?」

「リビロービ……。はい! 使ってますよ!」


 ミシェルは信じられなかったが、青年の表情からして、嘘をついている様に見えない。


(本当だとしたら、ちょっと興味があるな……)


 少し考えた後、視線を青年に戻す。


「では、そのリビロービの料理を食べてみたいのですが……」

「1名様ですか?」

「はい、1人です」

「かしこまりました! 店内にどうぞ!」


 青年に案内されて店内に入る。


 中には先客がおり、色々な料理を食べていた。どれも見たことの無い料理だったが、皆美味しそうに食べている。


「こちらの席におかけください!」


 青年はミシェルをカウンター席に案内し、ミシェルはそれに従い、大人しく座った。


「ご注文の確認をします。リビロービの甘辛和えでよろしいですか?」

「ああ、それを頼む」

「かしこまりました! 少々お待ちください」


 そう言って青年は、厨房にいる老人に話しかける。


「『エビチリ』一つ!!」

「あいよ、エビチリ一つ」


 老人が返事をして、調理を始めた。炎を上げながら大きな鍋を振るい、鉄の音を響かせ、香ばしい油の匂いを漂わせる。


(エビチリ? 何かの暗号だろうか?)


 ミシェルはそんなことを考えたが、分からないので、本来の目的に頭を切り替えた。多くの冒険者が変わった理由だ。


(その理由がここなのか? ただの飲食店なら、他でもいいはず……)


 難しい顔で考えていると、水の入ったガラス製のコップが前に置かれる。


「お冷になるアル!」

「え、あ、え?」


 頼んでもいないのに水が出て来た。その事に困惑していると、


「このお店は無料でお水を出してるアル! だから遠慮なく飲んでいいアル!」


 店員の少女が笑顔でそう言ってくる。ミシェルは彼女に見覚えがあった、同じ冒険者で格闘家のネイフェイだ。


(なるほど、ここで働いているから潜る回数が減ったのか)


 そんなことを考えていたが、先にお礼を言う事にする。


「ありがとう、では遠慮なく」


 そう言って水を飲みながら、周囲の観察を始めた。


 ミノーを始め、見たことのある冒険者達、そして役場の職員達が食事をしている。ミノーは大皿に盛られた料理をガツガツと食べ、他の冒険者はビールを飲みながら料理を食べ、役場の職員達は駄弁りながらビールと料理を楽しんでいた。皆、表情は明るく、とても活気に溢れている。


(酒場と雰囲気はあまり変わらないが、出されている料理のクオリティは明らかに違う。どれも美味しそうで、何より満腹になりそうな量だ)


 見たことの無い料理ばかりだが、明らかに一皿の量が多い。


 ドラフェンクロエは食糧事情があまりよろしくなく、よく食べられているのは保存のきく硬いパンか干し肉、もしくは果物。シチューにありつけるのは滅多に無い。故に、量もそんな食べれないのだ。


 しかし、ここの料理は量がある。しかも温かく食べ応えもありそうなものばかり。これだけ食べれれば、次の日のポテンシャルも大きく上がるだろう。


(だが、それだけで集まるだろうか? 量が食べたいなら、多めに注文すればいいだけの話。絶対にここである必要はない。他にも何か理由があるのか……?)


 考えている内に、ミシェルに料理が運ばれてくる。


「お待たせしました。エビチリ、じゃなかった、リビロービの甘辛和えになります!」


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