唐揚げとビール 後編


「唐揚げ、お待ち!!」



 茂正の声と共に出されたのは、油で揚げられた鶏肉料理である。


 表面は茶色く、カリカリに揚がっており、香ばしい匂いを立てていた。それがゴロゴロと4つもあり、皿から転がり落ちそうなボリュームをしている。


 ピビスは待っていましたと言わんばかりに手を擦り、早速フォークを手に取った。


 フォークを唐揚げに刺すと、ザクッ! とした感覚がフォークから伝わってくる。


(これこれ、この揚げたてがいいんだ)


 ピビスは唐揚げをフォークで持ち上げ、そのままかぶりつく。


 噛んだ瞬間、ザクリとした表面の食感と、弾力のある鶏肉の中からジュワリと肉汁が溢れ出し、染みこんでいた味が一緒に流れ込んでくる。それらが口の中で踊り回り、美味しさが跳ね回った。熱々で今にも口の中が火傷しそうだが、そんなことお構いなしに噛み続ける。


(何度食べても美味い……! 今まで食った鶏肉料理で一番美味い!)


 ピビスは唐揚げに感動しながら、ビールを手に取った。そして、唐揚げがまだ口の中に存在している状態で、ビールを飲む。


 唐揚げの濃い味がビールとよく合い、まるで運命共同体なのかと錯覚させるような相性の良さを感じる。唐揚げだけでは重いが、ビールがあるとスッキリして何個でもいけてしまう。疲れた体によく効くのだ。


 こんなに楽しい晩酌は他にはない。食事が楽しいとは思わなかった。


 今まで腹を満たすだけだと思っていたが、食感、味、組み合わせで気分が上がるとは想像もしていなかった。酒場や食堂では味わえない醍醐味がここにはある。


 そうこうしているうちに、唐揚げを全て平らげ、ビールを6杯飲んでしまった。


 まだまだ飲めるが、これ以上は懐が寂しくなる。ここはグッと堪えて、我慢する。


「会計を頼む」

「かしこまりました!」


 龍一はピビスから代金を頂き、会計を済ませる。


「ありがとうございましたぁあ!! またお越しくださいませぇえ!!」


 そう見送られながら、ピビスは店を出た。外はすっかり暗くなり、少し冷える。心は少し寂しいが、体は温かい。


(美味かった。これで明日も頑張れる)


 英気を養った身体で、帰路に就く。その足取りは軽く、星空を見上げて歩いていた。


 しばらく歩いて、自分が住む家に到着する。半木造の集合住宅で、縦に長い建物だ。


 中に入り、階段を昇ると、


「あら、今帰りですか?」


 とある女性に話しかけられる。隣に住んでいるドワーフ族の女性『アロイ』だ。ドラフェンクロエで酒場の従業員をしている。


 ピビスは驚き慌てふためく。


「あ、ああ。アロイさん。こんばんは」


 アロイはドワーフ族の中でも美人で、女性に慣れていないピビスには刺激が強過ぎる。直視できず、視線がうろついてしまう。


 そんな様子のピビスに、アロイは微笑んだ。


「どこかでお食事を?」

「ええ、はい。フクホウケンっていう所で唐揚げを……」

「え? あのフクホウケン?」


 福宝軒の話題に、アロイが食いついた。


「私もあそこの料理よく食べに行くの。今まで食べたことの無い美味しさで驚いたわ」

「そうなんですよ! しかもビールが美味くて……!」


 話が弾みそうになった瞬間、ピビスは我に返る、そんなに喋ったことの無い相手に、ついつい食い気味で話しそうになってしまった。


「す、すみません。つい熱くなってしまって……」


 言葉を濁すピビスに、アロイはフフフと笑った。


「ここではなんですし、お部屋に入って話しませんか? フクホウケンの話ができる方なんて、そうそういらっしゃらないので」


 そのお誘いに戸惑うピビス。一瞬断ろうかと思ったが、この機会を逃したら、何か大事な物を失いそうな気がした。


 呼吸を整え、勇気を振り絞って前に出る。


「ぜ、是非お願いします!」


 ピビスの答えに、アロイはニッコリと笑顔になった。


 2人は部屋に入り、ワインを飲みながら福宝軒の話題で盛り上がる。


 異性との会話でここまで盛り上がれたのは、ピビスの生きてきた中で初めてだった。同じ話題で話せることがとても嬉しくて、時々笑って気分も明るくなる。


「何よりあの唐揚げが鶏肉料理で一番美味いと思ってるんです。ジューシーで肉厚で、溢れ出る濃厚な味が堪らなくて……」

「分かります。油の香りと食感も体験したことのないもので、何度食べても飽きないんですよね」


 そんな会話をしているものだから、2人はまた食べに行きたくなってしまう。


「……ねえ、ピビスさん」

「はい、何でしょう?」

「もしよかったら、今度一緒に行きません? フクホウケン」


 女性からのお誘いに、ピビスは大きく頷いた。


「ええ、行きましょう! 一緒に!」

「フフフ、そんなに大げさに頭を振らなくても大丈夫ですよ」

「あ、ははは」


 互いに静かに笑い合い、仲良くなる2人。



 窓から差し込む月明かりが、2人の晩酌を静かに見守るのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る