唐揚げとビール 前編
ドラフェンクロエの中には、階層によって様々な空間が広がっている。
草原の階層、森の階層、迷路の階層、潜れば潜る程様々な空間が待ち受けている。
そんな中で、冒険者以外が潜る階層がある。
その名は『洞窟の階層』。
洞窟の階層は、壁が岩肌で出来ており、掘れば鉱石や宝石が出てくる。ドラフェンクロエの建物の殆どは、この階層の石材で出来ているのだ。
この階層では、鉱員が採掘作業を行っている。毎日岩盤をピッケルで掘り、甲高い音が鳴り響かせている。たまに冒険者がモンスターを退治しに来るが、退治するべきモンスターが現れるのは稀である。
そんな階層で、今日も採掘作業を行う男がいた。
彼の名は『ピビス』。ドワーフ族の男だ。
長く剛毛な茶色い髪と髭、逞しい黒い眼、小さい背丈だが筋骨隆々な太い体をしている。
採掘用の厚ての服を着て、革で出来たヘルメットを被り、ピッケルを握りしめ、岩盤を掘って鉱石を集めていく。集めた鉱石は決められた場所に集められ、転移魔術で地上に送られる。それを何度も繰り返すのが、彼の一日の仕事だ。
◆◆◆
ピビスが地上に戻って来た頃には、既に夕暮れ、空が暗くなり始める時間だ。
他のドワーフ族の同僚は、疲れた様子で帰って行く。
「おーい。飲みに行かないか?」
ピビスが声を掛けるが、
「すまねえな。嫁が待ってるんだ」
「俺もだ」
「息子が待っててな」
同僚達は家族が待っていると言って、帰って行ってしまった。
一人残されたピビスは、寂しい溜息をつきながら、街の中を歩いて行く。以前は一緒に呑みに行っていたのだが、結婚して家族ができてからは、そちらを優先するようになった。未だに女性慣れしていないピビスは、独身のままである。
一人で歩く灯りで明るくなっている街は、寂しさを増大させた。かと言って家に帰って一人でいても、惨めさがこみ上げてくる。
(……今日も行くか)
そんな彼が見つけた『楽しみ』があった。
何度か道を曲がり、通りすがりの猫の横を通り過ぎ、その場所へ辿り着く。
『福宝軒』と呼ばれる飲食店だ。
見たことの無い店構えをしており、金属とガラスで出来た出入口には、布が垂れ下がっている。中から香ばしい匂いが溢れ、外へ漏れ出していた。
その匂いに誘われるように、ピビスは店の中に入っていく。店の中はほぼ席が埋まっており、仕事帰りのお客さんで賑わっていた。
「いらっしゃいませぇえアル!!」
そこへ、ネイフェイが近付いて来る。
「よ、ネイフェイ」
「ピビスさん! 今日も来てくれたアルか!」
以前から交流のあったネイフェイがいた。冒険者としてお金を貯めるために、ここで働き出したという。
「ああ、いつもの頼むよ」
「分かりましたアル! こちらのお席へどうぞ!」
元気な声でピビスをカウンター席へ案内し、お冷を提供した。
「しばらくお待ちくださいアル!」
そう言ってネイフェイは、厨房にいる茂正に注文を伝える。
「唐揚げとビール一つ!!」
「あいよ!」
茂正は大きな声で返事をし、龍一がビールを用意していく。
「先にビールになります」
そう言ってピビスの前に運ばれてきたのは、キンキンに冷えたビールだった。
ガラス製のジョッキに入ったビールは、見事な泡との比率を生み出しており、美しさまで持ち合わせている。温度差で生まれるジョッキの水滴も、良い演出をしていた。
(ここの『ベオリオ』、もといビールは沢山飲むのにいい味をしてるんだよな)
普段酒場で飲んでいるビールは、常温で香りのあるタイプだ。ゆっくり味わって飲むのにはいいが、水の様に飲むドワーフ族である彼には物足りなさがあった。
しかし、福宝軒で出されるビールは違う。喉ごしが良く、スッキリとした味わいが堪らない。それがキンキンに冷えているから、疲れた体に染み渡って、最高に飲み応えがある。
料理より先に出て来たビールのジョッキを手に取り、ゴクゴクと飲み干していく。
「ング……、ング……、ング……」
一気に飲み終えるのと同時に、
「ぶはーーー!!」
一気に息を吐き出した。この感覚が堪らなく良い。
「兄ちゃん、もう一杯くれ」
「かしこまりました!」
龍一はすぐに新しいジョッキにビールを注ぎ、ピビスの所へ持って来る。
2杯目を飲みながら、唐揚げやって来るのを待つ。その前にビールを入れて、仕事で乾いた身体を潤していく。
(待つビールと来てからのビールは、違うんだよなあ)
ピビスは早くも2杯目を飲み干し、3杯目を注文するのだった。
ピビスが飲んでいる間に、茂正は唐揚げを揚げていた。
中華鍋に熱した油を作り、持ち手のある鉄製のザルを入れ、その上に仕込んだ鶏肉を入れていく。他の注文を料理しながら、鶏肉の様子を見て唐揚げに仕上げていく。揚がったのを見計らい、ザルで上げ、油を切って皿に盛りつける。
こうして唐揚げが出来上がるのだ。
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