かに玉 後編
カミアは『
綺麗に揃えられた黒髪、細いフレームの眼鏡、少し鋭い灰色の眼、背中に生えた大きな翼。服装は役場に合うスーツとワイシャツを着ている。
見るからに真面目な彼女は、昔から母に『卵は大事に食べる』よう言われてきた。
卵は生命の塊そのもの。それを粗末に扱う事は命に対する無礼。決してそのような事はしてはいけない。と、卵料理を出されるたびに言われてきた。
故に、卵に関しては人並み以上の思い入れがある。
そんな彼女が目の前にしている料理は、今まで見たことの無い、満月の様な卵料理だった。
ふわりと丸く形作られた黄金の卵に、トロリとした茶色い液体がたっぷりとかけられている。甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐり、危うく涎が出そうになった。
(これが卵料理……? 初めて見る)
カミアは一緒に出されたスプーンを手に取り、黄金の料理をソッと掬い上げる。
その料理はとても柔らかく、少し揺らしただけでもプルプルと揺れた。かかっているとろみのある液体は照りがあり、美しさまで感じられる。
ゴクリと生唾を飲み、カミアは一口食べた。
(ッ!!? これは、何だ……?!)
噛んだ瞬間、卵の柔らかくもしっかりとした食感の中から、野菜と別の食材が顔を出してくる。シャキッとした物、ポリポリとした物、ホロホロとした物、それらが良いアクセントとなり、料理としてのランクを更に上げていた。とろみのある液体には味が付いており、程よい甘酸っぱさがよくマッチしている。
(この野菜と一緒に入っているのは、レッドショルダー?)
こちらの世界で言う『レッドショルダー』は、賢一達が世界で言う『蟹』に近い生物である。味はかなり似ているが、ハサミの切れ味は段違いだ。
ホロホロとした食材の正体に気付き、更にスプーンの手を進める。
(まさか卵に海の幸を入れるだなんて……。なんて贅沢な一品なの……! しかもこのトロリとした液体、これがよく合っている!)
心の中で感想を爆発させ、食べる速度を速めるカミア。
こんなに必死になって食事をすることは、彼女の生きてきた中で一度も無かった。それほどまでに美味しいと感じてるのだ。
あっという間に完食し、カミアは一息つく。
「ふう……、美味しかった……」
ハッと我に返り、一度咳払いをする。今日は厳正に判断するために来たのだというのを、忘れてはならない。
(この卵料理、とても美味しかった。材料の徹底した管理、出すまでの時間、そして、料理人の腕前、それら全てが完璧にこなされている。故に、あれだけ美味しい料理が提供できる)
カミアの中では、この福宝軒はトップクラスに入る飲食店だと位置づけた。
(アルベルト部長に早速報告しなくてはいけませんね。このお店は問題無い、と)
会計を済ませようと立ち上がった時、店の扉が開く。
「やあ店主、営業時間中にすまない」
入って来たのは、
「あ、アルベルト部長?!」
カミアが良く知る役場の上司、エルフ族のアルベルトである。その後ろには、役場の職員達が数人付いて来ていた。
「いらっしゃいませぇえ! 本日はどういったご用件で?」
アルベルトの前に、龍一が出てくる。
「何か書類に不備でもありましたか?」
「いやいや、今日はこれを持って来たんですよ」
そう言ってアルベルトが懐から出したのは、ぶら下げるタイプの小さな看板だった。看板には、お酒のマークが描かれている。お酒のマークの下には、小さく月のマークも描かれていた。
それを見た龍一は、表情が明るくなる。
「これが届いたという事は……」
「はい。本日より酒類の提供を解禁します」
「よっしゃ!」
思わずガッツポーズを取る龍一。
「酒類の提供に申請が必要なのは分かるが、結構時間かかったな」
厨房から茂正が顔を出し、アルベルトに話しかける。
「こちらも他業務が溜まっている状況でして、許可を出すのが遅れてしまいました。しかも異例の異世界からの転移者となったら尚更でして」
「こっちの前例のない要望に応えてくれてありがとうございました。これで夜営業で遠慮なくお酒が出せます」
「喜んでくれて何よりです」
嬉しそうな龍一に、微笑んで返すアルベルト。
「…………よろしでしょうか、アルベルト部長」
そんな会話の間に割って入って来たのは、カミアだった。物凄い顔でアルベルト睨んでいる。
「やあカミア君。もう来ていたのか」
「……分かっててやらせましたね?」
カミアはわざわざ回りくどいやり方で分からせられたことに、不満を覚えていた。アルベルトは微笑んで答える。
「君は口頭だけでは納得いかない面があるのでね、手っ取り早く抜き打ち検査という名目を利用して、早々に体感してもらおうかと」
「………………」
カミアはアルベルトを睨んだまま、無言で不服申し立てを行う。
「それで、結果はどうだったのかな?」
その問いに、カミアは更に黙り込んでしまう。アルベルトの思惑通りに事が進んでしまったのは癪だが、感想では嘘を付けなかった。
「…………美味しかった、です」
少々顔を赤くしながら、正直に答える。アルベルトは深く頷き、
「そうだろうそうだろう」
何故か自分の様に誇らしげだった。
アルベルトから貰った看板を下げてきた龍一が戻って来ると、
「お客様、一緒の席でよろしいですか?」
アルベルト達に同席かどうかを確認する。
「ああ、私だけカウンターで。他の皆はテーブル席で頼むよ」
「かしこまりました! こちらへどうぞ」
賢一に案内され、やって来たアルベルト達は席に着く。
「どうだいカミア君、何か奢ろう」
そう誘われたカミアは、少し考えてから、
「では、お言葉に甘えて……」
その料理を答える。
「かに玉、もう一つ」
◆◆◆
「ところでアルベルト部長」
「何かなカミア君」
「以前からここに通ってましたね?」
「………………」
「目を見て下さい」
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