かに玉 前編
「異世界からの転移者、ですか」
『カミア』は上司である『アルベルト』に聞き返す。
ドラフェンクロエの役場に勤める彼女にとって、異世界からの転移者に関わる仕事は初めてだ。
「そう。空き地があった場所に突然現れたそうだ。しかも手続きを済ませてね」
「手続きが済んでいるなら、問題無いのでは?」
「まあそうなんだけど。本人達も代理人と一緒に顔を出したし、書類に何一つ不備も無い。完璧な手続きだ。けど、今回はそれだけじゃなくてね」
「と、言いますと」
「お店ごと転移してきたんだ。しかも飲食店」
飲食店と聞き、カミアはピクリと反応する。
「安全面において、大丈夫なのですか?」
「それを今回、君に抜き打ちで確認してきてもらいたい」
アルベルトは真剣な表情で語る。
「君なら忖度無しで良し悪しを判断できる。だから君に頼みたい」
アルベルトの言葉に、カミアは背筋を伸ばす。
「分かりました。厳正に判断して参ります」
その日のうちに、カミアは福宝軒へやって来た。
確かに見たことの無い店構えで、とてもこの世界の物とは思えない。店の中から漂って来る匂いも、嗅いだことの無い、香ばしい匂いだった。
そんなことに惑わされず、彼女は店に入っていく。
◆◆◆
時は少し前に戻る。
開店前の福宝軒では、ネイフェイが紙に文字を書いていた。
「このマーボードーフ言うの、どう言い換えればいいアルか……」
「豆腐なんてこっちには無いからなあ」
龍一も頭を悩ませながら、一緒に考え事をしている。
こちらの世界では、漢字という文字が無い。似た様な文字があるらしいが、とても似ているとは言い難かった。
なので、お客様が頼みやすいようにしようと、こちらの世界の標準語に言い換えて、その紙を値段と一緒に壁に貼ってあるメニューの横に張ろうとしているのだ。
ネイフェイに協力してもらい、あらかた出来たのだが、こちらには無い食材をどう表現するかで迷っていた。
2人が頭を悩ませていると、
「とりあえずそのまま豆腐でいいんじゃねえか?」
茂正が鶴の一声を出す。
「聞かれたら実物見せてこんなのだって教えてやればいい。それで注文されなきゃそこでおしまいでいいだろ」
「「あー」」
2人はその提案に納得し、それで書くことにした。
そうして、全てのメニューに紙を貼り終え、注文しやすくしたのだった。
作業を終えた頃には開店時間となり、茂正が暖簾を出す。
それから少しして、カミアがやって来たのである。
「「「いらっしゃいませぇえ!!」」」
3人の声に出迎えられたカミア。
龍一はカミアの見た目に一瞬驚いた。何故なら、彼女の背中には、自身の背丈ほどの鳥の翼が生えていたからだ。折りたたまれているとはいえ、その大きさは初めて見る者にとっては印象的なものだろう。
驚きつつも、カミアに近付き、
「1名様ですか?」
人数を確認する。
カミアは細いフレームの眼鏡を中指で持ち上げ、
「はい、1名です」
淡々と答えた。
「では、こちらの席へどうぞ」
カウンター席に案内され、誘導されるがままに着席する。同時に、カウンターの状態を確認した。
(接客は良し。掃除も出来ている。第一印象は良いわね)
心の中で判定した後、後ろにある壁に張られたメニューを見る。
そこには見たことの無い数の品目が張り出されていた。大きい方の文字は見たことが無いが、その横に書かれている標準文字なら読める。
(これだけの数の料理を提供できるということ? 普通の店なら20が限界よ……)
その数に驚愕するが、今回調べる料理は決まっていた。
カミアは挙手をして、ネイフェイに視線を向ける。それに気付いたネイフェイが近付く。
「ご注文アルか?」
ネイフェイの質問に、カミアは眼鏡を光らせた。
「卵料理を一つ下さい」
卵は、ドラフェンクロエでは安全基準の一つとなる食材である。
どうやって管理し、どうやって調理するのかで、その店の真の良し悪しが分かる。これはカミア独自の判断基準ではあるが、アルベルトから一目置かれている基準なのだ。
カミアの注文を聞いたネイフェイは、
「かしこまりました! 少々お待ちくださいアル!」
笑顔で答え、すぐに龍一達のところへ向かう。
(概ね、目玉焼きかスクランブルエッグ、もしくはゆで卵か。まあ、大したものは出てこないでしょう)
そんな事を考えているとは知らず、龍一達は何を出すか考えていた。
「卵料理か、随分シンプルなの来たな」
「もうちょっと詳しく聞いた方がいいアルか?」
龍一とネイフェイが話し合っていると、茂正は中華鍋を手に取っていた。
「シンプルな注文なら、シンプルに答えるまでだ。『かに玉』はどうだ?」
「かに玉! 確かにいいかも」
「あれアルね、『レッドショルダーの卵とじ』!」
3人の意見がまとまり、茂正は早速調理に入る。
切っておいた野菜と材料を取り出し、油を入れた中華鍋で炒める。火が通ったら、一度取り出し、溶いておいた卵に入れる。混ぜた材料と卵を、再び中華鍋に入れ、一気に焼いていき、形を整える。丸くまとまった卵を皿に移し、次に餡を作る。餡に必要な材料を手早く入れ、高火力で瞬く間に作り上げた。熱々の餡を卵に掛け、それは完成する。
「かに玉、お待ち!!」
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