炒飯 後編
『ミノー』は蜥蜴人の冒険者である。
2mを超える巨体、青い鱗に覆われた肌を持つ。金属製の鎧を装備し、武器は大斧を持っている。
そんな彼が福宝軒にやって来たのは、舌でいい匂いを感じ取ったからだ。今まで感じたことの無い匂いに引き寄せられ、ここまでやって来た。
見たことの無い佇まいの建物、その奥から香ってくる料理の匂い。未体験のそれは、まさに冒険と言える。
このドラフェンクロエにやって来た頃は、そんな感情を持っていた。今では迷宮に潜って、同じ階層で日銭を稼ぎ、稼いだ金で食って寝るを繰り返すだけの毎日。冒険とは無縁の生活を送っていた。
そんな中で見つけた店。一体どんな料理が出てくるのか、消えかけていた好奇心が湧いて来る。
「
そうして出て来たのは、皿に小山の様に盛り付けられた、茶色い粒の塊だった。
しっとりとした粒達は、油と焼き色を纏い、艶を放っている。その中に混ざっているのは、細かくなった溶いた卵、白い野菜、四角い肉である。温かな湯気を立ち上らせ、香ばしい匂いが香ってくる。
初めて見るその料理に、ミノーは何度も匂いを確かめた。
(怪しい物、入ってない。美味しそうな、匂いする)
ゴクリと喉を鳴らし、スプーンを手に取る。
小山にスプーンを入れると、パラパラとほどけてしまう。スプーンから落とさない様、慎重に口の中へ運び、一口食べる。
(!! これは!!)
一粒一粒がパラパラではあるが、しっとりとした食感をしている。味のある卵、食感のある野菜、絶妙な存在感のある肉がそれぞれ程よく混ざり合い、一つの料理として完成している。味も塩味だけではなく、後から来るピリッとした辛み、奥にある美味しさ、それらを引き立てる香ばしさが、口の中で広がっていく。
その美味しさに、ミノーの手は止まらなくなっていた。
皿を持ち上げ、口元まで持っていき、スプーンで一気に掻き込んでいく。
「ガッ!! ガッ!! ガッ!!!」
噛んでは飲んで掻き込み、噛んでは飲んで掻き込みを繰り返し、あっという間に炒飯を食べ終えた。
「げふ」
空気も一緒に掻き込んでしまったがために、ゲップが出る。
口周りに付いた油を拭き、まだ食べれることを自覚する。
「同じの、もう一つ」
ネイフェイに向かって、追加注文を頼んだ。
「かしこまりましたアル!」
ネイフェイは笑顔で注文を受け取り、龍一達に伝える。
2杯目の炒飯が来てからは、ミノーの食欲は止まらなかった。
さっきと同様に掻き込んで一気に喰い、あっという間に空にする。すぐにおかわりをし、また掻き込んで一気に喰らう。それを何度も繰り返し、食べて食べて食べまくった。時々喉が詰まりそうになったが、そこは水を飲んで対処する。
12杯目を食べ終えたところで、ミノーの腹は満腹になった。
「げふ」
さっきよりも大きいゲップを出しながら、満足した表情で食事を終える。
食事で満たされたのは、本当に久し振りだった。
「支払い」
「はい! お会計ですね!」
ミノーはネイフェイにお金を支払い、店を後にする。
「「「ありがとうごいましたあ!!!」」」
3人に声を掛けられながら、ミノーはここまで来た道のりを戻っていく。
その足取りは軽く、いつも以上に心が躍っていた。
(また、来よう。そのために、金、稼がないと)
もう一度、腹一杯炒飯を食べたい。あの幸福をもう一度味わいたい。そんな感情が、彼の中に生まれていた。
ミノーにとって炒飯は、『楽しみ』となったのである。
◆◆◆
ドラフェンクロエは、『迷宮』と呼ばれる階層で別れた異空間に繋がる大穴を中心にできた街だ。
その昔、巨大な龍の一撃がこの地を裂いたことがあった。龍の一撃は地を抉り、迷宮を切り開いたという。
迷宮には大量の魔物と困難が詰め込まれ、乗り越えた先に莫大な財宝と力が与えられるという。
多くの者達がその財宝と力を求め、迷宮に潜る。多くの者が集まれば、自然と街ができ、繁栄していく。そうしてドラフェンクロエは出来上がった。
その迷宮に今日もミノーは潜る。
「おい、ミノーだ」
「あの『巨岩斬り』か」
周囲の冒険者が騒めき立つ。何故なら、普段は潜らない深い階層に潜ろうとしているからだ。
「何だかやる気だな、何かあったのか?」
以前のミノーは、自分が安全に潜れる階層までしか潜らず、その先へ行こうとはしなかった。それなのに今日は、命を落とすかもしれない階層へ足を踏み入れようとしている。
その眼はやる気に満ち溢れ、いつも以上に張り切っている様子だった。
(もっと、アレ食うには、もっと、金いる。深い階層、潜れば、凄い、稼げる)
そんな事を考えながら、深い階層へ潜っていく。
忘れかけた冒険心を思い出し、挑戦する理由を見つけた彼が、名声を得る事になるのは、もう少し先の話である。
◆◆◆
「どうアル?! 完璧な給仕だったアルか!?」
「いやあ、俺の最初の頃よりずっと出来てたよ、完璧」
「やったアル!!」
(龍一、せめて目を逸らさずに言ってやれ)
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