炒飯 前編


「あの後どうなるかと思ったけど、アフターフォローがちゃんとしてて良かったよ」


 龍一は異世界へやって来た日を思い出し、しみじみとした気持ちになっていた。


「水道にガス、食料や調味料の調達、大事な事から細かい事まで手を回してくれて本当に助かった……」

「じゃなきゃ今頃八方塞がりだったな」


 茂正と龍一は料理の仕込みをしている。出汁とスープを作り、米を用意し、食材を切り、卵を溶き、餃子等を作り置きしていく。慣れた手つきで進めて行き、時間を掛けて準備を整えた。


「龍一。明日の分の野菜、鶏、豚の注文しといてくれ」

「はいはい」


 龍一はすぐに店の裏口へ向かう。そして、裏口の前で手をかざした。


「スキル『天界通販』」


 そう唱えると、裏口がひとりでに開く。裏口の向こう側は真っ暗闇で、何も見えない。


 すると、暗闇の向こう側から、一人の人物がやって来る。


 配達員の格好をしており、顔は中性的で、男子か女子か分かりづらい顔をしていた。


「こんにちは、天界通販です。ご注文は何ですか?」

「野菜一式2箱、鶏一式20㎏、豚10㎏をお願いします」

「かしこまりました。お届けは明日でよろしいですね?」

「はい、それで」

「では明日の朝、お届けに上がります。では」


 そう言って配達員は暗闇の中に戻り、裏口の扉は閉まってしまう。


 これが神様から貰ったアフターフォローの一つ、『天界通販』。


 事前に注文すれば後日あらゆる物を届けてくれる便利な能力だ。そういった能力に理解がある龍一に授けられた能力で、こうして毎日注文している。料金は着払いだ。


 龍一は厨房に戻る。


「注文しといた。他に無かった?」

「大丈夫だ」


 茂正は冷蔵庫に食材を入れ、いつでも作れるようにした。


「ところで、ネイフェイのお嬢ちゃんだが、アレで本当に良かったのか?」

「う、うーん、本人がアレがいいって言うから注文したんだけど……」


 2人がそんなやりとりをしていると、店の出入り口からネイフェイが入って来る。


「シゲさん! リューさん! お店の前のお掃除終わったアル!」


 ネイフェイはホブゴブリン族の娘である。


 少し尖った耳、紺色の長い髪、赤紫色の大きな瞳、緑色の肌、小柄な体をしている。そして、その服装は、賢一達がいた世界のチャイナドレスである。


 先日まで、革で作られた武術家の服装をしていたが、ここで働く際、その服装では何かと不便だということで、龍一が『天界通販』で注文することにした。(初めて見たネイフェイは背中から転んでいた)最初は普通の従業員の服を注文するつもりで、カタログ本を見ていたのだが、本人がチャイナドレスを見つけ、これがいいと要望を出した。どうやら故郷の服とよく似ているらしく、こっちの方が動きやすいとのことだ。なので、ネイフェイの従業員としての服装は、チャイナドレスに決まったのである。


 そういった経緯で彼女は好んで着ているのだが、2人はまだ慣れていないのが現状だ。


 ネイフェイはそんな事を気にせず、話しかけてくる。


「いつでも開店できるアルよ!」

「おう、ありがとさん」


 茂正はそう言って、カウンターに置いていた暖簾に手を掛けた。福宝軒と書かれた年季の入った暖簾を店先に出し、いよいよ開店時間になる。


「うし、今日も頼むぞ。二人共」

「「はい!!」」


 龍一とネイフェイは元気よく返事をした。



 ◆◆◆



 昼前から開店した福宝軒。



 しばらくして、客が一名やって来た。金属製の引き戸を開け、店の中に入って来る。


 それに気付いた3人は、


「「「いらっしゃいませぇえ!!」」」


 同時に声をかける。


 そうして入って来たのは、身長が2mを超える、蜥蜴人リザードマンと呼ばれる種族の者だった。


 青い鱗に覆われた肌を持ち、金属製の鎧で身を包んでいる。武器として大斧を背負っている。


 蜥蜴人は店の中を見渡した後、ネイフェイに近付く。


「ここは、食堂、か?」


 片言で喋る蜥蜴人に、ネイフェイは臆することなく、


「はい! ここは食堂アル!」


 笑顔で対応する。


「お1人様アルか?」

「そうだ」

「お席はこちらになりますアル!」


 龍一に教えてもらった通りに蜥蜴人をカウンター席に案内する。


 席に着いた蜥蜴人は、読めないメニューを見た後、


「ここ、何が、出る?」


 どんな物があるか尋ねてくる。


「始まったばかりのお店アルから、お客様の要望に沿って料理を出す様にしてるアル。どんなのがいいか教えて欲しいアル」

「そうか」


 蜥蜴人は少し悩んでから、


「沢山、喰える、料理、頼む」


 要望を伝える。ネイフェイは賢一の方を向いた。


「だそうアル!」

「分かりました。少々お待ちください」


 そう言って龍一は、厨房にいる茂正と話し合う。


「沢山食べれる料理って言ったら……」

「『炒飯』がいいだろうな」

「だよね。スープよそっとくよ」

「頼む」


 茂正は早速料理に取り掛かる。


 長年使っている中華鍋を手に取り、火にかける。火が通ったのを見て、油を入れる。タイミングを見計らい、卵を入れ、大きなお玉で一気にかき混ぜ、フワフワに仕上げていく。そこへ、ご飯と事前に切っておいた具材を入れ、かき混ぜる。重い中華鍋を振り、混ぜながらお玉で調味料を入れる。手早く炒めていき、あっという間に完成させた。


 お玉で皿に盛りつけ、半球状の、小山の様な炒飯が完成する。

 

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