焼き餃子 後編


 ネイフェイの前に運ばれたのは、白い皮で包まれた食べ物だった。



 中身を幾つかのひだで閉じ、半月の形で包まれたそれは、表面に油と水分で艶を持ち、一部に綺麗な焼き目が付いている。中身がパンパンに入っているのか、中心はぷっくりと膨らんでいた。それが皿の上に8個乗せられている。

 

 その隣には、器によそった白い粒の塊と、透明なスープ、黒い液体が入った器があった。


 白い粒の塊は、白い湯気を立ち上らせ、温かい食べ物であることが分かる。粒一つ一つに艶があり、しっかりと存在感があった。


 スープは透明でありながら、鼻孔をくすぐる良い香りをさせており、中に細かく刻んだ白い野菜が少量入っている。


 黒い液体は、よく見ると濃い茶色で、匂いは無い。


 食器には金属製のフォークとスプーンが出されていた。


「お皿に載っているのが餃子、器に盛りつけてあるのがご飯、そしてこちらは中華スープ、調味料に醤油となっております。餃子は醤油を付けてお食べ下さい。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 初めて見る食べ物に、ネイフェイは警戒してしまう。しかし、香りを嗅いで警戒は一瞬で解けてしまった。油の香ばしい香りの向こうから、微かに肉と独特な食欲を誘う匂いが漂ってきたからだ。


(まずは、そのまま食べてみるアル)


 一緒に出されたフォークで突き刺し、まずは一つ。恐る恐る口に運び、半分だけかじる。


「ッ!!!??」


 かじると焼き目の部分がパリパリと砕け、今まで食べたことのない食感がやって来る。同時に口の中で熱々の肉汁が溢れ出し、肉の味が流れてくる。肉には味付けがされており、ほどよい塩味と香ばしさが口の中で広がる。独特の葉物の野菜が混ざり合い、柔らかな食感のアクセントとなり、より一層深みが増す。


 何度も口の中で咀嚼し、ゴクリと飲み込む。


「~~~~~!!!」


 言葉にならない美味しさに、ネイフェイの表情が緩み、幸せそうな顔になる。


 今度は先ほど勧められた醤油を付けて、一口齧った。

 

 先ほどの塩味と香ばしさに醤油のしょっぱさが加わり、より深い味わいへと変わる。更に美味しくなったのだ。


(ちょっと付けるといい感じアル! さて次は……)


 ネイフェイは餃子を食べてから、スプーンでご飯と呼ばれた塊を掬う。


(これは、『カーオン』アルか……?)


 彼女はよく似た食べ物を知っていた。カーオンと呼ばれる植物で、もみ殻を外して、水で炊くと食べれる物だ。


 しかしカーオンは目の前にある物と比べて、一つ一つが細長かった。こちらは雫の様な形に近く、ふっくらとしている。


 多少の違いを確認しながら、ご飯を口の中に入れた。


(!! これは、カーオンと全く違うアル!?)


 カーオンはパサパサしていたが、こっちはもっちりして食感があり、みずみずしい感じがある。噛めば噛む程甘味が出て、いくらでも食べられそうだった。


(似てるかも思ったけど、こっちの方が食べ応え抜群アル!)


 ご飯に感動しながら、餃子にもかぶりつく。餃子の味を楽しみながら、ご飯も食べる。どちらも温かくて美味しいので、いくらでも食べれてしまう。


 その時、ネイフェイはある事に気付く。


(……このギョウザとゴハン、交互に食べれば無限に食べれるアルか……?)


 そんな事を考えている内に、餃子とご飯は綺麗に食べきってしまった。


 まだまだお腹に余裕があるネイフェイは、


「おかわりアル!!」


 追加で餃子とご飯を注文する。


「あいよ」


 老人は焼く前の餃子を奥から取り出し、焼き始めた。油と水が跳ねる音が厨房から聞こえ、ネイフェイの食欲をそそる。


 ネイフェイはその間にスープを飲む。


(!! これ、味がしっかりしてるある!?)


 透明で味が薄いかと思いきや、しっかりと塩味が付いており、満足感がある一品だった。


(塩だけじゃないアル。何か、味の奥に舌を満足させる何かがいる気がするアル)


 その正体は『鶏ガラによる旨味』なのだが、今の彼女には知る由もない。


「餃子とご飯のおかわりです」


 ネイフェイがスープについて考えている内に、餃子とご飯のおかわりがやって来る。ネイフェイは舌なめずりをして、一気に餃子とご飯を食べていく。


(味も良いアルが、こんなに温かくて満足する食事、いつぶりアルか……!)


 冒険者を始めてから早6年。故郷を離れ、毎日毎日迷宮に潜っては日銭を稼ぎ、その日銭で食べるのは硬いパンと干し肉、果物。スープは他の冒険者達が食べ尽くしてしまうのでありつけない。温かい食事とはほぼ無縁の生活だった。


「美味しい、美味しいアル……!!」


 思わず涙がこぼれそうになるが、ここはグッとこらえて食事を食べ続ける。


 嬉しそうな表情で食べるネイフェイを見る青年と老人は、静かに微笑んでいた。



 ◆◆◆



「お腹いっぱいアル……」


 これでもかと食べたネイフェイは、今までにない満足げな表情をしている。


「………………あ、お金」


 ネイフェイはここで我に返る。支払いの事を一切考えずに食べてしまったのだ。


 恐る恐る食器を片付ける青年を見る。


「えっと、いくらになるアルか……?」

「お会計ですね、えっとですね……」


 青年はネイフェイが食べた数を数え、合計金額を出す。


「銀貨40枚になります」

「んぐ!!?」


 1日の稼ぎは銀貨50枚。明らかに食べ過ぎた。


 しかし悔いはない。何故ならこんなにも満足しているからだ。


「……40枚アル」


 ネイフェイは青年に銀貨40枚ちょうどを渡す。青年はしっかり合っているか確認し、


「はい、ちょうどですね。ありがとうございます」


 笑顔でお礼を言った。


 ネイフェイは残り銀貨10枚と銅貨少しで、今日の宿屋をどうするかを考える。


 お腹いっぱいになった頭で、ある閃きが生まれた。


(冒険者を続けるにもなにかと入用。そのためには他にもお仕事しないと駄目アル。それなら---)

 

 思い付いたらすぐ行動がモットーの彼女は、2人の方を振り向く。


「あ、あの!!」

「? どうされました?」

「ここで働かせてくださいアル!!」


 急な提案に、青年と老人は目を丸くした。


「……えっと、理由を聞いても?」


 青年が聞くと、ネイフェイは力いっぱい答える。


「このお店の料理、すっごく美味しかったアル!! きっと沢山お客さん来るアル! そうなったら2人じゃ手が回らなくなるアル!! だったら給仕経験のある私がいれば捌き切れるアル!!」

「それで?」

「捌き切れなくてお店が潰れるのは私が嫌アル! だからお願いしますアル!!」


 勢いよく頭を下げるネイフェイ。


 それを聞いていた老人は、


「いいんじゃねえか、雇っても」


 静かに答えた。


「いいのか、じいちゃん? まだこっちで始めたばっかりなのに……」

「だからこそだ。こっちの事情に詳しい子がいてくれりゃあ、何かと助かることもある。その子の言う事にも一理あるしな」

「まあ、人が増えたら俺も厨房入らなきゃだし……」

「なら追加の店員がいた方が良い。そうだろ?」

「……そうだね。うん、そうだ」


 青年は納得した様子で、ネイフェイの方を向く。


「えっと、名前を聞いてもいいかな?」

「ネイフェイいうアル!」

「ネイフェイちゃんか。俺は『龍一りゅういち』」

「『茂正しげまさ』だ。よろしくな」

「はい!!」


 ネイフェイは元気よく返事をする。


「……えっと、働くに当たって一つ聞きたいアルが……」

「何かな?」

「このお店、何て言うアルか?」

「……あー、こっちじゃ漢字伝わらないんだっけ。このお店の名前は……」



「町中華『福宝軒ふくほうけん』っていうんだ」



 こうしてネイフェイは、『福宝軒』で働くことになったのだった。



◆◆◆



「ところで、そのアルって……」

「これは私の地方の標準語アル!」

「そうなのか……」


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