異世界町中華『福宝軒』

弦龍劉弦(旧:幻龍総月)

焼き餃子 前編


「お、お腹減ったアル……」



 ホブゴブリン族の少女『ネイフェイ』はお腹を空かせていた。


 迷宮都市『ドラフェンクロエ』には、富と名声を求めて沢山の冒険者で溢れかえっている。ネイフェイもその一人だ。


 武術家である彼女は、今日も浅い階層で沢山のモンスター達を倒し、日銭を稼いだ。丸一日迷宮に潜っていたため、碌に食事を取っていない。そのため、お腹を物凄く空かせている。


 時刻は夜。どこも仕事を終えた人で溢れ返り、空席は無い。仮にあったとしても、硬い肉とパンを出され、食べているのか疲れているのか分からない料理を出されるのが関の山だろう。


 そうこうしているうちに、中心街から外れた場所へ来てしまった。


 こんな所に食事ができる場所なんて無いだろうと思っていると、


「……? 何だか、良い匂いがするアル……」


 何かを焼いている匂いがした。


 ネイフェイは匂いのする方へ向かう。何度か道を曲がり、途中猫を驚かせながら、その場所へ辿り着く。


 そこは周囲とはまるで雰囲気が違う店だった。


 見たことの無い文字が書かれた看板、ガラスと鉄でできた引き戸、引き戸の前には上から垂れ下がる様に布が飾られている。とにかく見たことの無い物ばかりで出来ている。


「これは、食事する場所で合ってるアルか……?」


 多くの疑問が彼女の頭に浮かぶが、店から漏れ出る匂いと、空腹には勝てない。


 思わず涎を垂らしながら、ゆっくりと戸に手を掛け、中へと入る。


 そこには、


「いらっしゃいませぇえ!!」


 意気のいい青年が待っていた。


 ネイフェイは思わず固まってしまったが、青年は笑顔で、


「お1人様ですか?」


 元気な声で案内してくる。


「は、はいアル」

「ではお好きな席にどうぞ!!」


 その威勢に負け、カウンターの席に着いた。


 店内はカウンター席が6席、4人掛けのテーブル席が3つある。壁にはメニューと思われる紙が大量に貼ってあり、目を回してしまいそうだ。カウンターの向こうにある厨房には、もう一人男性がいる。こっちは年老いた老男だ。


 老男は鉢巻をして、年季の入った顔でネイフェイの顔を見る。


「いらっしゃい。何にする?」


 渋い声でネイフェイに尋ねた。しかしネイフェイはメニューの文字を見たことが無く、何がなんなのか分からない。


「あ、えっと」


 戸惑う彼女に、


「こんなのが良いっていう、大体な感じで大丈夫ですよ」


 青年が優しく声を掛けてくれた。


 ネイフェイは少し考えて、


「じゃ、じゃあ、お腹いっぱい食べれて、スタミナが付く感じの料理が良いアル。癖が無くて、食べやすいともっといいアル」


 要望を出す。


 青年と老人は少し考えて、


「『焼き餃子』なんてどうだろう、じいちゃん」


 青年が提案する。老人は頷いて、


「それがいいな。ついでにご飯とスープもだ」


 早速料理に取り掛かる。


 ネイフェイは厨房から聞こえる鉄の擦れる音と、油が跳ねる音を聞きながら、出来上がるのを待つ。 


 その間に、


「お冷、お持ちしました」


 青年が水を持ってくる。しかもガラスのコップでだ。


「え、お水? 頼んでないアルよ?」


 普通なら水は頼まないと出てこない。頼んだとしたら、有料だ。


「うちは無料のサービスで水を出してるんです。遠慮せずに飲んで下さい」


 青年の言葉に、ネイフェイは驚いた。今までそんな店入ったことも聞いた事も無い。


 恐る恐るコップを掴み、一口飲む。その水は、キンキンに冷えていた。


「ッ!! 冷たい!?」


 思わず声を出してしまう。こんなにも冷えた水を飲むのは初めてだった。それもこんなに気分が良いものだとは思わなかった。


 ネイフェイはもう一口、更にもう一口飲んだ後、一気にお冷を飲み干した。


「ぷっはあ! 染みるアル!」


 冷たい水が五臓六腑に染みわたるのを感じながら、満足げな表情を浮かべる。


「あ、飲み干しちゃったアル……」


 同時に、飲み干してしまったことへの口惜しさが、口からこぼれてしまう。


「おかわりいりますか?」


 無くなったと同時に、青年が話しかける。その手には、大量の水が入った透明の容器があった。


 ネイフェイは目を丸くしながら、


「い、いいアルか?」


 青年に質問する。


「はい。いいですよ」


 青年は笑顔で答えた。


 ネイフェイはパア、と表情が明るくなる。


「おかわり頂戴アル!!」

「かしこまりました」


 そう言って、青年はお冷を彼女のコップに注ぐのだった。


 

 ネイフェイが4杯目のお冷をおかわりした時、


「焼き餃子セット、お待ち!!」


 料理が彼女の前に運ばれた。



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