第41話「目を奪う」

 リィドとセツナは急いで宿に戻り、遺跡に向かう準備をした。

遺跡は二時間ほどで行ける距離である。

 問題なく、遺跡の入口までやってきた。



「改めて聞くっすけど。初っ端から殺る前提でも大丈夫っすか?」

「……ああ。最初から相手は死罪の犯罪者。しかも複数人だからな」


 あくまで殺すのは最終手段なだけだ。


「ほぼほぼ捜索済みだからここの遺跡は罠の心配は少ないのが救いだな」

「あ」

「どうした?」

「いやーちょっと嫌なこと思い出したっす」

「?」

「遺跡に、子供誘拐の犯罪者」

「ああ。確かにな……悪魔がいた場合は逃げるぞ」


 一番大切なのは命だ。

 二人は警戒しつつ遺跡を進む。


「問題は全員が固まってた時だよなー」


 不意打ちしてもよくて二人。残り三人からの反撃される。


「いや、逆に簡単っすよ」

「どういうことだ?」


 全員が固まっているなら、セツナの攻撃魔術で一網打尽にできる。

 唯一問題は魔術を行使するまでの間であるが、不意打ちをつけるなら問題にならない。

 各個撃破、集団撃破にせよ相手に気づかれないが最優先である。


「てことは前衛は俺、後衛はセツナの方がいいか」

「今回はそっすね」


 ここの遺跡は国により探索され、何もないので放棄されたものだ。

 通路等も整備されているため、道なりに進めば最奥部まで進める。


「っ」


 曲がり角に突入しようとして、慌ててリィドは体をひっこめた。

 人の気配を感じたからだ。


「なんだお前ら!」


 剣持ちと短刀持ちの男が怒鳴りながら迫ってきた。

 目標の二人だった。

 セツナは迎撃しようと構えるがリィドが手で合図し中断させる。


「お、おいお前ら大変だぞ」

「あ?」


 リィドは武器を構えず親しげに話しかける。

 男はリィド達が襲ってこないので攻撃はしてこなかった。


「俺たち例の酒場にいたんだがな、あの店主拘束されて連れてかれたぞ」

「何?本当か?」

「ああ。お前らも追ってるようだから逃げろって言伝頼まれてな」

「いつの話だ?」

「今朝だ。店主の頼みだから、仕方なく来たんだ」

「そうか。それは助かる」

「急いでリーダーに伝えるぞ」


 男たちは武器をしまい、仲間の元へ戻る。

 男たちが背を向けた瞬間リィドは動いた。

 踏みこみ、背後に急接近する。

 リィドは剣を思いっきり横に振る。

 剣は男の首筋に当たると滑るように皮を肉を骨を綺麗に分け断つ。

 そして、リィドは体全身を回す。

 剣は衰えることなく同じように男の首に迫る。

 男は左を向くが迫ってきた剣を視界に入れるだけで、同じように首が胴体から断ち斬れた。

 それは瞬き一つの出来事だった。

 男たちの体が倒れ込み始めると思い出したかのように血が零れだし濃厚な死の匂い撒き散らす。


「さすがっすね先輩。恐ろしいくらいっすわ」


 セツナは手段に欠片一つ卑怯だとは思わなかった。

 むしろ、慌てずアドリブで男たちを騙せた能力に感心した。

 なによりも目を奪われた。

 その剣の捌きに。ただただ、殺すためだけに振るわれた剣閃に。


「焦ったけどうまくいってよかった。まぁ、後ろからなら俺でもいけるしな」

「いやーマジで美しいっすね」

「そりゃ、下手な魔獣より人間の体のが柔らかいからな」


 セツナが言いたいのはそうではない。

 切断面の話ではない。

 目標を殺すまでの流れ、技術である。

 無駄を一切排除したかのような美しさをセツナは感じていた。

 事前に用意していた魔獣の皮で首をつつみ、リィドの鞄にしまう。

 魔獣の皮に包むのは血などの汚れ、匂いを抑えるためである。


「何やってんすか?」


 リィドは熱を失い始めた死体を漁る。


「ん、後三人いるだろ?もしもの時に油断させることができる物でもないかなと」

「あ、なるほど」

「ああ。そっか。そうだな。一応だが身包み剥がすの止めてくれよ?」


 犯罪者の持ち物だ。持っていることでトラブルに巻き込まれるかもしれない。

 例えば、指輪を持ち帰りそれが盗品だった。盗んだのは自分ではないが、無実を証明するのは難しいだろう。


「ありがたいことに、そこまで貧困じゃないっすからしないっすよ」


 二人は再び奥に向かう。

 しばらく探索が続く。


「あ」

「どうしたんすか?」

「セツナが魔術を叩きこむ作戦だけどさ。火以外でいけるか?」

「大丈夫っすけど威力は劣るっすよ?」

「ああ。もしもの話だが、火傷がひどくて個人を特定できないってなったら面倒じゃないか?」

「あー確かに……その通りっすね!」


 セツナはぽんと手を叩く。


「でも、さっきの先輩を考えたら二人で接近でもいける気しますけど?」

「全員が後ろを見せて油断してればな。さすがにないだろ」

「まーたしかに」


 話しているうちに最奥の部屋に辿り着いた。


「……」


 リィドはこっそりと中の様子を伺う。


「悪魔はいないぞ」


 セツナはほっとする。


「っち。俺がまた時間稼ぐ」

「りょっす」


 男が一人走ってこちらにやってくる。

 様子からこちらに気づいてという訳ではなさそうだ。


「おい、大変だ」

「誰だ!」


 リィドは両手を上げ敵意はないとアピールする。

 走ってきた男は剣を抜き構える。

 後ろにいた二人も警戒している。

 片方は弓を構ている。

 リィドは射線を剣を構えてい男で塞ぐように歩く。


「止まれ。何のようだ?」

「お前らに伝言だ」

「伝言?」

「おい、聞いてやれ」


 どうやら後にいる、素手の男がこの集団のリーダーのようだ。


「入口付近に二人いたのってお前らの仲間だろ?」

「あいつらが?」

「ああ。最悪だが警備局の連中とやりあってて俺も巻き込まれてな。で、奥に仲間がいるから急いで逃げるよう伝えてくれって。ほれ、これ渡された」


 リィドは持ってきた荷物を渡す。


「これ本物だぜ」


 剣を構えていた男はリィドから荷物を渡され確認した。

 当然男が持っていたものなので本物である。


「できたっす」

「あ?」


 突然に想定しない声。

 三人は音が聞こえた。それが誰かの声だと認識するのに一瞬止まった。

 リィド目の前の男の右足を斬りつける。


「なっ……」


 驚きから痛みに男は表情を変え、言葉を発っそうとしたがその前にリィドの剣が首を落とす。

 後ろの二人は理解した。襲撃なのだと。矢を放つ。

 リィドは全力で横に飛び込む。

 轟音。

 巻きあがる砂埃。 

 暴風が男二人を飲み込む。

 轟音の中に紛れ込む悲鳴、肉を骨を強引に断ち切る音。


「お前ら……ギルドだな」

「ちっ防いだか」


 弓矢を構えていた男はセツナの魔術により絶命していた。


「ずいぶん卑怯な手を使うなお前ら」


 男は素手でリィドに殴りかかってきた。

 リィドはそれを躱す。


「先輩、たぶん魔術使って身体強化してるっす」

「卑怯てあんたもそうだろ?仲間を盾にするはどうなんだ?」


 セツナの魔術を男は仲間を盾にし、自身の体に強化魔術を使用し防ぎきったようだ。


「仲間?金の繋がりだからな」

「そうか」


 リィドは躱し振り返り際に男の背後を剣で斬りつけるが、剣は皮膚の上で踊り跳ね返された。


「セツナ、対処できるか?」

「……もちっす」


 リィドは時間を稼ぐことにした。


「……金か?倍出すのでどうだ?」


 男はそこそこ頭が回るようだった。

 自分の不利を悟ると交渉にうつる。


「いくらなら出せる?」


 リィドは男との交渉にのる。

 もちろん、リィドに交渉する意思はない。

 金では信用は買えないからだ。

 そもそも、この男の首が条件だ。逃すつもりはない。

 話しにのった理由は単純でセツナのための時間稼ぎである。


「そうだな。これで勘弁してくれないか?」


 男は懐から袋を取りだし、リィドに放り投げる。


「そんなには貰えないな。釣りは返すぞ」


 リィドは袋を受け取らず男に迫り剣を振る。


「うら」


 男は剣を強化された拳で殴り弾き返す。

 袋が地面に落ちた瞬間小さな爆発を起こした。

 規模は小さいので、運がよければ手を失う程度で済んだかもしれない。

 リィドは袋が本物でも魔術具などの罠でもどちらでもよかった。

 投げた隙を狙って攻撃を選択しただけだ。


「っち。どっちが悪党かわからねーな」


 男は悪態をつき言葉でリィドの動揺を探す。

 男の拳は地面を砕く。

 つまり強化魔術がかかってない、鎧を着ているわけでもないリィドの体がうければ大怪我になる。

 しかし、リィドは剣で拳を捌く。

 威力があっても剣と拳では間合いが違う。

 男が接近しきる前に攻撃する。

 セツナは魔術を準備しながら冷静にリィドの攻防を観察する。

 チームの中で一番強いのはミケだ。

 次点はフェイシスだろう。

 セツナの武器では傷を負わせることはできても致命傷は与えられないだろう。

 魔術もそうだ。残る手段は毒しかない。

 しかし、前に薬を持った時一切影響がなかったことを考えると毒も効かない可能性がある。

 その次が悩ましい。

 リィドとエリルが戦えばエリルが勝つだろう。

 しかし、殺し合うのならばリィドが勝つだろう。

 リィドはエリルほど力はなく、フェイシスほど速度もない。

 けれど、その攻撃は狂いもなく、躊躇もなく正確に繰り出される。

 殺す一撃を繰り出すのは簡単だ。

 通常ならば人間の体など金属より弱いのだから。

 今リィドは殺すための攻撃ではなく、時間を稼ぐ攻撃をしている。


「は、はぁ……ふざけやがってくそがきが……」 


 リィドは脚や関節に剣を繰り出す。

 セツナに向かわせないためである。

 男が魔術を使うのは分かっている。

 身体強化の魔術は攻撃魔術と違い、発動まで時間を必要としない。

 なので、リィドは魔術を使わせないために魔術を使いそうなタイミングには攻撃箇所をかえ、顔や首などを狙う。

 いくら魔術で体を強化していても、人体の反射を抑えることはできない。


「おっけーす」


 セツナの準備が整ったようだ。

 リィドは突如腕を振った。


「き、きさまー」


 ワイヤーが男の足を絡まる。

 リィドは男から急いで距離を取り、弓を構え矢を放つ。

 もちろん矢でダメージを与えることはできない。


「くそがー」


 先ほどは轟音に暴風だったが、今度は轟音に視界が真っ白になった。

 視界が正常になると依頼の達成を確認できた。

 男の脇腹がえぐられ穴が空き、大量に血を流し周囲の皮膚は焼け焦げていた。

 まだ、生きているようだが意識は深い底にあるのか反応はない。

 リィドは素早く首を斬り落とし二人分の首を鞄にしまう。


「先輩大丈夫っすか?」

「ああ。耳がまだキーンとなってるが問題ない」

「そういえば先輩から貰ったエボイドスワイダーの毒使う機会なかったすね」

「腐るもんでもないから取っておけばいいだろ」

「いいんすか?」

「ああ。多少手間ってだけだからな」


 エボイドスワイダー洞窟や湿地帯に生息する魔獣である。 

 アートスワイダーの近種で体は黒く真っ赤なまだら模様が特徴的だ。

 体液は毒性があり、人の爪半分の量もあれば人間程度なら数分で仮死状態になる。

 爪一枚分もあれば人間はそのまま死亡する。

 手間というのはその毒を採取する手間のことだ。

 体外に排出された体液は数分で毒性を失う。

 毒として使うためには体内にある毒液を溜める袋から直接取りだす必要がある。

 そして、数分以内に毒液にエボイドスワイダーの血液を数滴混ぜることにより毒性を保持することができる。

 エボイドスワイダーは基本的には群れを作る習性がある。

 多数のエボイドスワイダーに注意しながら、もしくは全滅させ手際よくと難易度も高い。

 なので手間がかかる。この手間を考えたら別の毒を用意した方が楽である。

 リィドも偶然入手機会があったので入手し保存していただけだ。

 使うこともなかったので今に至り、セツナの方が有効活用できると思い渡した。


「じゃ、遠慮なく使わせてもらうっす」

「ああ。というか、予定よりだいぶ早く終わったな」

「そうっすね。早く帰りたいっすね」


 もろもろを考え今日は泊まり、翌日の朝帰ることにした。

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