第39話「協力」

 しばらくするとセツナが帰ってきた。

 部屋の中で報告を始める。

 セツナの方は特にこれといった収穫はなし。

 もとより、初日で情報を得るための活動をしていたので、明日以降に期待だ。

 そして、黙っているわけにはいかないので、女神についてリィドは情報を共有した。


「……まじでいってますか?」


 セツナはユースの名前を聞いただけで誰か分かったようだ。


「まぁ、先輩は隠居老人ばりの生活っすから仕方のないとこでありますけどね」

「そんな有名人だったのか?」

「有名人っすよ。あの水の魔術師の母と呼ばれるシェリストの弟子」


 シェリスト・ハーバーロード。魔術師の名だ。

 彼女は水属性の魔術を得意とし、数多の新しい魔術を開発してきた。

 何よりも今から、五十年程前に作った魔術具が世界を変えたといっても過言ではない。

 今の暮らしには欠かせない冷保庫である。

 冷保庫は中の温度を一定に保つ。食料保存に革命が走った。

 そんな魔術師の弟子であるユースは師匠が開発した冷保庫の小型化に成功した。

 鞄サイズまでに抑えられ、ユースの名前は一躍有名になった。

 魔術具の小型化は時に新しい魔術具を開発するより難しい場合がある。


「ああ。でも家に冷保庫はないからなー」

「それがおかしいんすよ!」


 セツナは必死に訴える。

 リィドの家に冷保庫はない。

 先生が作った特殊な保管庫があるので必要ないのだ。


「いいですか?冷保庫てのは温度を調整する魔術具っす」


 使用されている魔術は水属性のものを主にしている。

 水属性の魔術はポピュラーで、使用者も多い。


「なんであくまで、食べ物を腐らせるのを遅らせるだけっす」


 しかし、家にある保管庫は水魔術を使っていない。


「あれも当然全ては理解してないっすけど空間魔術と時間魔術を使われてるっす」

「確かに腐ったりしないしなうちの保管庫だと」

「そうっす。時間魔術の理論でいえばそうでしょうとも。でも、あくまで理論で実現……公には確認されてない術式っす」

「つまり?」

「保冷庫よりすごいのを開発したのに誰にも知らないってことです」

「まぁ、先生も名声とか権力とかどうでもいいって感じの人だったからな」

「それなんすよね……家の物一つでも世間に知られると大騒ぎっすよ」

「時間が止まるから先生もあれに生きた生物を入れてはいけないって言ってたのか」

「……実はフェイちゃんより先輩のがやばいっすよね」

「何がだ?」

「まぁ、そこが先輩の良さでもあるんで……」

「ところで明日はどうするんだ?」

「そうっすね。てか、うちも負けてらんないんで明日はデートっすね」

「デートって別に親切に案内してもらっただけだぞ」

「案内っすよね?目的もなくぶらぶら散策することに意味があるっす」

「なるほどな?」


 明日の予定は決まった。後は寝るだけだ。


「あのセツナさん?」

「なんすか?明日に備えて寝た方がいいっすよ?」

「……」


 どうつっこむか悩むリィド。

 リィドでなければ見逃していた。

 あまりにも自然すぎた。

 この部屋は幸いベッドが二つ置いてあった。

 ほぼほぼくっついているが一人分が二つあるのだ。

 二人サイズが一つではない。

 つまり、一人一つのベッドに入れるのだ。

 しかし、セツナは当たり前のようにリィドのベッドに潜りこんできたのだ。


「あのー」


 セツナはリィドの体に抱きつく。


「……」


 男であるのならば、いちいち言葉にするのは野暮である。


「大丈夫そーっすね」


 セツナは勝手に納得するとリィドのベッドから出て自分のベッドに入る。


「何がだ?」

「魔術師が声かけてきたんすよ?こっそり魔術仕掛けれるなんてことあるかもしれないんで気を付けてくださいっす」

「あ、ああ」


 セツナはリィドに魔術を仕掛けられた痕跡がないか調査していた。


「あ、一緒に寝たいってことっすか?」

「違います。一人で寝れる時は一人で寝かせてくれ」


 家だと寝ぼけたフェイシスが多々潜り込んでくるのだ。


「そういうことにしといてあげるっす」

「はいはい、どうも」


 二人はそのまま眠りにつき、問題なく朝を迎えた。


「なるほど、都の西部中心だったんすね。じゃ、東部行きますか」

「そうだな」


 ユースに案内されたのは王都でも西部中心だった。

 なので、今日は行っていない東部を中心に周る。

 東部は酒場やギルドがあったり観光すべき場所は少ない。


「怪しい人物の判断てどうするんだ?」

「そーっすね。例えばあの人」


 猫背で少し汚れた服を来た中年男性。


「一見仕事帰りっぽいっすよね?」

「そうだな」

「でも手が綺麗すぎるっす」

「……あ」


 確かに服は汚れているが、手や肌は綺麗だ。


「なんかおかしいって思ったら注目するでいいと思うっす」


 それができれば苦労はしない。

 人が多い場所は苦手なのだ。


「人は多いが、本当の意味で怪しいやつなんてそうそいないんじゃないか?」

「そっすね。というか、下手に探ってるとうちらが怪しいやつになるっすから」

「っとすみません」

「……」

「先輩大丈夫っすか?酔っ払いはどこの国でも厄介っすからね」


 リィドは男性とぶつかりそうになり、ぎりぎり当たらず避けた。

 男は振り返りもせず、ふらふらとした足取りで歩いていった。


「大丈夫だ。……」


 リィドは男の背中を目で追う。


「どうしました?」

「あいつ怪しいと思うか?」


 リィドとセツナはゆっくりと後を追いかける。


「微妙っすね。荒事に加わったことがあるかもって感じっすかね」

「……血の匂いがした」

「酒じゃなくて?」

「ああ。酒で分かりずらいがうっすらとな」

「……なら追ってみるのはありっすね」

「セツナさん?」


 いきなりセツナが腕を搦めてきた。


「念のためっす」


 もし、自分が一人で歩ていた時、後ろからずっと誰かがつけてくる。

 その時点で警戒する。

 しかし、後ろを振り返った時、仲睦まじいい男女がいたとしたら勘違いだと思うだろう。

 つまりはバレた時の偽装工作。


「そ、そうか」


 男は後ろを気にする様子もなく、とある酒場に入って行った。


「どうする?」

「入ってみますか」


 二人は店に入った。


「何名だ?」

「あ、待ち合わせっす」

「そうか」


 店員がやってきたがセツナがうまくかわす。

 朝だというのに、店内にはけっこうな人で賑わっていた。

 これなら初めての客でも怪しまれずらい。


「……」

「……」


 リィドとセツナは目で探すが、あの男の姿は見当たらない。


「どうする?」

「まぁ、怪しいってだけでうちらの獲物と関係があるか不明っすからね」


 欲しいのは情報であるが、労力に見合うか不明な現状断念した方がよさそうだ。


「あら、リィド君とお仲間さんかな?」

「え?」


 唐突に女神の声がした。


「ユースさん?」

「この人がっすか」


 セツナは警戒する。


「どうしてユースさんが?」

「それはこっちもだけど……私はユース」

 ユースは昨日と同じようにセツナに挨拶をした。

「うーん。セツナさんもギルドなんだよね?」


 ユースは小声で確認する。


「そうっすね」

「実は私ある依頼受けててね」


 ユースは事情を説明しだした。

 ハンガンド王国で禁止されている魔術具が密輸され国内に入り込んでいる。

 その調査をしていて、関係者がここの酒場に出入りしていることを突き止めたからきたとのこと。


「ちなみに、君たちは?飲みにきたようには見えないけど……」

「いいか?」

「先輩の判断にまかせるっす」


 リィドは依頼で犯罪者を追っている。

 情報を集めている最中、血の匂いのした怪しい男と遭遇、後をつけていたらここに来た。

 と大まかな事情を説明した。


「そっか。その男ならあっちの扉に行ったよ」

「本当ですか?」

「でも、あれ恐らく従業員専用というか客は入っちゃいけないスペースっぽいっすよ?」

 ユースが教えてくれた扉の先は客の立ち入りが禁止されているようだ。

 恐らく酒の倉庫などがあるのだろう。


「……そうだ。協力しない?」


 リィドは了解の意思をなんとか抑える。

 気持ちとしてはこんな美女からの願いを無視するわけにはいかない。

 しかし、仕事として下手に関与するのは不味い、条件を確認してからと冷静に判断しなくてはならない。 

 なんとか理性が勝った。

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