第35話「ご馳走になります」

 数日後、リィド達全員は王都に向かっていた。


「ここの店だ」


 エリルの案内でとあるレストランにやってきた。


「すみません、今日は臨時休業……ってあいつの客か」

「こちらを」


 エリルは屈強な男性に手紙を渡す。


「……どうぞ」

「店員さん?」

「はい、お嬢さん。私はここの店主です」

「何のお店?」

「うちはペレンですね。ペレンを専門にやってます」

「ペレン?」


 フェイシスは首を傾げる。


「フェイシス、クリプン覚えてるか?」

「うん、甘くて美味しい。いっぱい食べた」

「クリプンの元のフランを使って作った麺料理だよ」

「うちで出てきた?」

「いいや」


 フェイシスには申し訳ないが出したことはない。

 理由は単純だ。

 フェイシスを満足させるだけの量を用意するのにいったいどれだけの金額がかかるのか。


「すまない、待たせてしまったようだね」


 アンザスがやってきた。

 エリルは頭を下げる。


「やっときやがったか」

「今日は迷惑をかける」

「今日は?いつものことだろ。ささ、皆さんはお席に座ってください」

「もしかして、何か食べれるんすか?」

「わざわざ王都に来てもらったからね。ご馳走させてもらうよ」

「アンザス騎……殿。店主殿とはどのようなご関係で?」

「彼は元騎士団員で私の友人だ。君が入る前に辞めていたから知らないのは当然さ」

「なるほど。レストランの店主では考えられない佇まいなのも納得です」

「そうだね。で、そちらがエリルが言っていたミケさんだね」


 エリルはアンザスに新しい仲間のことを告げていた。

 素性が素性なので万が一トラブルになっても困る。


「そうじゃ。ぬしがこの国の最高戦力か。……人間にしてはよくそこまで練り上げたものよ」

「お褒めに預かり光栄です」

「ミ、ミケ!失礼だろ」

「なんじゃ、見たままを告げただけじゃが?」

「エリル、人生の大先輩だよ?失礼なことなんてないよ」

「そ、そう仰るなら」


 挨拶を済ませ、先に食事を頂くことになった。


「これがペレン……」

「これはメルダウの乳であるミルルをベースにチック卵を混ぜメルダウの肉を合わせたペレンになります」


 メルダウとチックは家畜化された魔獣である。

 メルダウは四足歩行に、紫と緑の斑模様が特徴的な草食魔獣である。

 乳製品の大半はメルダウの乳から作られている。

 チックは二足歩行で、二本の脚とは別に四枚の羽を持っている。

 チックは一日に卵を二個程度産む。

 メルダウ同様に、卵製品の大半はチックの卵が使われる。


「おいしー」


 フェイシスは気に入ったようだ。


「確かにうまいっすね」

「それは良かった。初めてで不味かったりしたらトラウマになってペレン自体が嫌いになられるかもしれないと、緊張でしたよ」


 男は豪快に笑う。

 リィドは目を瞑りながら咀嚼に集中する。

 謎解きに等しい推理を口の中で繰り広げる。

 それに気づいた店主が心配そうに声をかける。


「なにやら難しい顔なさってますが、お気に召しませんでしたか?」

「……」


 リィドは集中しており、声に気づかなった。

 ミケとアンザス以外は理由が分からず悩む。

 あの兵器に近しいエリルの料理を平然としていられる味覚の持ち主なのだ。


「分かったぞ」


 リィドは霧のかかった先を見ることができ一人で納得した。


「リィド、どうしたの?」


 フェイシスはリィドの服の裾を引っ張る。


「あ、……すみません」

「いえいえ、いったいどうなさったんですか?」

「このペレン、少しだけネルを入れてませんか?」


 リィドの回答に店主は思わず頷く。


「まさか、お分かりになるとは……」


 シェラザードではあまり馴染みがないものだが、ネルとは調味料である。

 ダルパという豆類の穀物を発酵させて作られる。

 ネルは汁物や、焼き物に使われることが多い。


「リィド殿は美食家なのかい?」

「普通かと。そもそも、あまり外で食べることが少ないので」

「リィドの料理が世界一」

「まぁ、先輩の料理は美味い、落ち着くのおかんの味っすからね」

「アンザス殿、リィドは料理上手です」

「確かに、ご主人の料理は平凡な食材に平凡な調理法で、平凡な味付けなのにやたら美味じゃからの」

「なるほど。機会があれば是非私も味わってみたいものだね」

「あははは」


 リィドは笑って返答を濁す。


「っと。おかわりは一応用意しているので、足りなければ言ってください」 


 同時にフェイシスの手が上がる。


「くださいな」

「お腹いっぱいになるまで食べないようにな。少し遠慮した方がいいぞ」


 リィドは小声で窘める。

 事情の知らない店主がフェイシスを満足させられるだけの量を作っているはずがない。


「私の奢りだからって遠慮しないで食べてくれ。フェイシス殿は初めてなんだしね」

「そうですよ。美味しいって腹いっぱい食って貰うのが料理人冥利ですから」


 どうやら、二人とも耳が良いのか聞こえていた。

料理を堪能し食事は終わりアンザスは本題を切り出した。


「ファイダの件だけどね……」


 裏で犯罪組織との繋がりは見つからなかった。

 嫉妬など個人的感情による犯行である可能性が高い。

 魔獣を解き放ったのは魔術具によるもの。

 入手経路は素性の分からぬ旅商人から購入したもの。


「その旅商人がそそのかした感じですか?」

「それは恐らく違うね」


 順序でいうと、ファイダ計画を練り、準備をしていた時に接触してきたという。

 なので、その可能性は低い。


「……」


 リィドは悩んだ。

 ダーニーグリーの件を伝えていないままだ。

 心臓は既に失われ、調査も結果からもこれ以上の情報はない。

 風の精霊が襲われた事件。

 精霊であるフェイシスが人間になり攫われた事件。

 魔王を蘇生させる実験。

 肉体が死してなお動く魔獣。

 その魔獣の心臓が悪魔になる現象。

 もしかしたら、どこかで繋がっているかもしれないとリィドは考えるようになった。

 魔王の復活はともかく、フェイシスが今後も狙われるかもしれない危険性を考えたら対処したい。

 だが、ここで問題なのは騎士団には黙っていたこと。

 ギルドと騎士団の関係性を考えれば、黙っていも不自然ではない。

 一国民と国の治安組織と考えると黙っているのはいらぬ疑念をうむ。

 何故黙っていたかと問われたら、納得させる回答を出せない。

 何かが起きてからだと余計ややこしいことになるかもしれないと思い、リィドは情報を開示することを選択した。


「……」


 リィドの思いもよらぬ発言にアンザスは黙る。

 エリルを見れば、冗談ではないことが容易に理解できる。


「情報の正確性を疑うわけじゃないけど今度、その調査結果を見せてもらえるかい?」

「はい。それは問題ないです」

「では、どうして今になって情報を?」

「少し前に、偶然ではあるのですが悪魔にフェイシスが攫われたました」


 フェイシスのこと、精霊のことは出さずに悪魔に攫われた。ミケという戦力のおかげでことなきを得た。

 一番は情報共有で仲間への危険を回避したい。それに、今後は国民が攫われる可能性もあるかもしれない。


「そうか。大変だったみたいだね。情報提供ありがとう……。二件目だがこれは改めて、謝罪と感謝を」

 アンザスは立ち上がり深々と頭を下げる。


「俺たちからしたら、依頼を無事終えただけなんでアンザスさんが謝ることないですよ」


 何より、迷惑料をたくさん頂いたのだから。


「調査がようやく終わりそうでね。騎士団の組織改編が行われる予定だよ」

「アンザス殿。目的は何だったのでしょうか?」


 エリルからすれば古巣の不祥事、気になるのは当然だ。


「王子目的ではないようだ」

「……アンザスさんですか?」


 リィドは権力闘争に一切興味がない。が、巻き込まれるのはごめんだ。

 ここではっきりさせて近寄らないようにしたい。


「一応後学のためにどうしてその推察に至ったか教えてもらっても?」

「……単純に警備が失敗したら責任追及されるのは責任者のアンザスさんだから。王や王子に仕えるが、アンザスさんに仕えているわけではない。なら、企てる人間がいてもおかしくはないかと」

「……あの受付さんといい、地方なのに優秀な人材が豊富なようですね」


 リィドの想像通り、権力闘争による妨害行為。


「アンザス殿を狙うは理解できますが、一歩間違えれば王子に被害が出ていました。そこまでやりますかね?」

「どうやら、あれは想像以上だったらしい」


 少しだけ怪我をすることは想像内だったが命の危険は想定外だったらしい。


「因みに計画犯は捕まえたんすか?」

「……」


 アンザスは口を閉ざす。

 葛藤しているようだ。


「ああ。そういえば、外務担当のお偉いさんが確か病気で辞職したって聞いたよーな」


 セツナはにやにや笑う。


「……そのようだね」


 フェイシス以外はこのやり取りで大体を察し触れるべきではなと判断する。

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