第30話「一緒にいたい」
「ふん、実に滑稽だな」
魔獣をあらかた片づけ、自分が離れても影響がないと判断し、精霊王が戻ってきた。
「人間ども、あとは任せろ。あの悪魔にきっちりと後悔させてやる」
「弱ったところで、獲物を奪うのは実に立派っすね」
「……フェイシスの救助は達成したはずだ。それに配下の悪魔も無事ではあるが無傷ではないだろ?」
「セツナ引こう。ミケをいったん安全なところまで避難させたい」
「こいつの命を一つ減らしただけで、完全に殺すにはまた同じことをする必要があると思うぞ?」
「……わかったっす」
セツナはしぶしぶ、離脱する。
「……感謝する」
「え?」
思いがけない言葉に一瞬聞き間違いかと停止する。
「邪魔だ、とっとと消えろ」
「そうっすね。逃したら精霊王はみっともないって言いふらすっすよ」
「好きにしろ」
「フェイシス、大丈夫か?」
触って脈を測る。呼吸もあるし、素人判断だが、とくに問題はなさそうだった。
「よくやったわね、リィド」
ティタ姉は安全地帯でフェイシスが横になれる場所を作っていた。
「魔術で眠ってるんですかね?」
「そのようね。状況が落ち着いたら急いで病院に連れていきましょう」
「……リィド?」
「フェイシス!大丈夫か?」
フェイシスはゆっくりと瞼を開いた。
「ダメかも……」
既に遅かったということだろうか。
「みんなには悪いが今すぐ離脱して、病院に……」
「お腹へったー」
「へ?」
「あら」
リィドは改めて驚愕した。
実験に使われるのだから、生命の保証はあるだろう。
満足な食事を与えれるかとはいえばそれは、ありえないだろう。
なので、空腹なのは理解できる。できるのだが、持ってきた食事を全て平らげてしまったのだ。
もちろん、無くなること前提で持ってきているのだが。あの量はどこに消えていくのか。
「ありがとう」
リィドはフェイシスが連れ去られた後のことを説明した。
「ひとまず無事ならよかった」
「懐かしい場所」
「記憶戻ったのか?」
「ううん」
記憶がなくても感じるところはあるのだろう。どれくらいは知らないが、ここで暮らしていたのだから。
「ひとまず、合流して隙を見て離脱しよう」
精霊王を見る限り、悪魔を素直に生きて返すなんてことはしないだろう。
「フェイちゃん無事っすか?」
セツナと、ミケを抱えたエリルが戻ってきた。
「悪魔は精霊王じきじきに相手してるっすよ」
「不死身とはいえミケが私のせいで負傷した。休ませたいので離脱してきた」
情報を共有する。
「ティタ姉、戻りましょう」
「いいの?」
そもそも、悪魔を倒すのが目標じゃない。あの悪魔がどうなろうと知ったことではない。
まぁ、生存していたら再度フェイシスが狙われる可能性がありそこは懸念点だが。
「ねぇ、わがままだけどいい?」
フェイシスは見せつけるようにすっと立ち上がる。
「記憶は戻ってないけど。あの悪魔は許せない」
聞いた話によると、父を仲間を利己的な目的のために殺した。
だったらこの戦いを最後まで見届けたい。この目で。
「体は大丈夫なのか?」
「ご飯食べて回復」
「受肉のおかげなのかしらね」
普通はすぐに動けるものではない。ただの人間の体ではないのだろう。
「分かった。ごめんなさい、ティタ姉」
こうなったら付き合うしかない。
「大丈夫。それはまったく力にならない私の方よ。フェイシスちゃん、危なくなったら逃げてきてちょうだい」
「うん」
「すまない。三人はここで待機を頼んだ」
「まだうちはやれるっすよ」
「そうだ。私も問題ない」
「理由は二つだ」
一つは体力的な問題。戦闘不能になっていないとはいえ、体力は消耗している。ミケが離脱している状態なので同じ戦法はとれない。
二つ目は共闘が難しい点。体が大きな魔獣なら可能だが、あの悪魔のサイズ相手に四人だと味方同士で相打ちになる危険性もある。
なので現状二人で挑んだ方が良い。
「分かった。全力で休息する。いつもで加勢できようにな」
それは休息とはいえない。
「何故戻ってきた人間。それに記憶がないのならひっこんでいろ」
さすがは精霊。まだ距離が離れているのに耳元に声がした。
魔法で声を届けているのだろう。
「やだ」
「な」
シンプルな駄々。精霊も身内には甘いのだろうか。参加に拒絶してこなかった。
「……フェイシス、人間暫く二人だけで応対できるか?」
「大丈夫」
「程度によるかと」
「あれの命がいくつあるかわからん。ちまちま削るよりまとめて削った方が早い」
「なるほど。大技のための時間稼ぎですね」
「そうだ」
作戦会議は終了。
「……離脱?っと二人だけとは、勝てるとでも?」
「逃がさない!」
フェイシスは高速で悪魔の懐に入り拳を入れる。
「がっ」
「俺だったらそうする。だからさせない」
悪魔は言葉とは裏腹に逃走しようとした。
セツナ、エリル、ミケの手によりかなりのダメージを負った。
精霊王や精霊たちも健在だ。勝ち目があると思えない。ならば、普通逃走を選択する。
風の精霊王との戦闘だと、逃げ出す余裕もなかったのだろう。
それがリィド達に変わったのだ。絶好のチャンスだ。
「人間が!糧風情が!」
逃げるのが難しいと判断したのだろう。
「そんな風に見えるのなら負けない」
「がっ」
フェイシスの蹴りが悪魔の顎を砕く。
リィドは周囲に矢を放ち触手に当て触手の攻撃を行わせない。
「きゃ」
「フェイシス?」
突如フェイシスが吹き飛ぶ。
「大丈夫」
フェイシスはすぐさま移動し、悪魔に最接近する。
「忘れたのか?小癪だがお前らの配下のおかげだったことを」
忘れてはいない。魔術攻撃に備えてリィドは立ち止まらず位置を変えつつ矢を放っている。
「油断した。でも掴んだ」
状況は悪くない。いくら悪魔でもこの状況で大規模な魔術を使う余裕はない。
時間を作らせないための連続攻撃なのだ。
使ってくるのは直撃さえさしなければどうということのないレベルのもの。
「なんだと」
直進していたフェイシスが強引に右にすっ飛ぶ。
「あなたの攻撃、嫌な感じする」
フェイシスは攻撃の予兆を感じ取れるようだ。
このやりとりの間もリィドは攻撃し続ける。
「うざったい。だが、距離を詰めれば無理だろう」
悪魔はフェイシスに近づく。
誤射の恐れがあるため遠距離攻撃は行えない。
「無駄」
「ぐぉ」
フェイシスの蹴りが脇腹に直撃する。
もちろんリィドも攻撃の手を緩めない。移動し続けほぼ一周した。
「仲間の命など気にもせずか」
「違う。大丈夫」
フェイシスは知っている。リィドの矢を。
あたりそうになったら避けるだけ。
リィドは知っている。フェイシスの身体能力を。
矢程度の速度なら避けれることを。なら気にせず撃てばいい。
「口だけか」
フェイシスが急に悪魔と距離を取ったからだ。
「行けフェイシス!」
「な、なんだと貴様、いつの間に!」
距離を取るフェイシスを追撃しようとした瞬間、四方無数のワイヤーが現れ体を拘束した。
攻撃の的にならないために移動していただけではなかった。同時に罠を仕掛けながら移動していのだ。
「ぐ……」
セツナのワイヤーとは異なり一瞬で切断は叶わなかった。
「痛い出費だよ」
リィドは弓を引き構える。
セツナのワイヤーとは違い、ワイヤーそのものに魔術が仕込んである。
完全な拘束は不可能だろうが、悪魔でも破壊するには少々時間がかかる。
そして、リィドは矢を放つ。この矢もそうだ。魔術が仕込んである。
先生の物のようにこれ一つで悪魔を倒せるものではない。が、直撃すれば普通の矢とは異なりダメージを与えることはできる。
「とりゃー」
フェイシスの気の抜けた声。本人は大真面目だが。
その声に合わせて、重い、重い拳が胸に直撃する。
「ごっ」
悪魔の体のあちらこちらに裂傷が走る。
フェイシスの一撃は重く本来であれば体は吹っ飛ばされていた。
その衝撃が全てワイヤーで封じられたためワイヤーが食い込む。
渾身の一撃により悪魔の胸が裂ける。
そもそも、悪魔ではなく普通の生命体ならば今の一撃で絶命していただろう。
「な」
フェイシスはすっとしゃがみ頭を低くする。
どうしようもない。驚くことしかできない。
悪魔からは視認できなかったからだ。フェイシスで一切見えなかったがリィドの矢が迫っていた。
矢は裂けた胸に突き刺さる。
フェイシスはリィドのところまで下がる。
「倒せたな」
「うん、まだみたいだけどね」
悪魔は複数の命を持っている。だが、これで二回目だ。
「時間稼ぎになればと思ったが存外やるじゃないか」
「精霊王。準備が?」
「ああ。離れていろ。死にたくなければな」
「まだ、まだ死ぬわけには……あの方の」
「死ね。我々に挑んだことを後悔せよ。少人数相手に卑怯な勝利を勘違いした己を呪え!」
二人は急いで離脱した。風の精霊王は嵐を呼んだ。
「壮絶だな」
「すごーい」
比喩ではない。巨大な竜巻が悪魔を飲み込み、後方の湖の水面を割りながら進み、次第に威力が弱まり消滅した。
悪魔の姿形はなく、気配もしない。
舞い上がり四散した水は雨粒のように地に降り注ぐ。
「これで一件落着か」
疲労が一気にリィドを襲う。緊張の糸がほどけた。
「さて、フェイシス。記憶がないとはいえ、お前は我々一族。一緒に来い。新しい拠点を見つけた」
「……」
リィドは喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「嫌だ」
「相も変わらずのだだだな。兄の立場なら流すが王の立場としては聞けんな」
「別にみんなと一緒に行くのが嫌なわけじゃないよ。だって家族なんでしょ?」
一緒に過ごせばいつかは記憶が戻るかもしれない。それに受肉させたのが前代とはいえ精霊王自身で、現精霊王も知っている口ぶりだった。
ならば人間の体から精霊に戻す手段があるのかもしれない。
「そうだ、なら何故だだをこねる?習慣か?」
「最初に目を覚ましたらね、リィドの顔があったの」
最初の出会い。記憶のなかったフェイシスからすれば大げさでもなんでもない事実だ。
「さっきもそう。目を覚ましたらね、リィドの顔があったの」
精霊王は口を挟まず、フェイシスの言葉を待つ。
「また顔が見れて良かったてなった」
リィドが酸いも甘いも噛み分けた、老齢ならば恐らく体の水分が枯れるまで涙を流しただろう。
「それはお前の記憶がないからだろう。保護下で安堵するのはいたって正常なことだ」
「そうかもしれない。でも、記憶を思い出したとしても私は私でしょ?さっきの気持ちは変わらないよ」
「……」
「私はリィドと、せっちゃん、えりちゃん、みーちゃんと一緒にいたい。あの家でみんなでご飯を食べたい」
リィドが声が低くなり始めた幼年ならば恐らく衝動のままフェイシスを抱きしめていただろう。
「……」
「お兄ちゃん?」
精霊王は顔そらし背を向けた。
「っ。親父といいお前といい、何故こうも我儘で頑固なのだ」
精霊王がどのような表情をしているか知ることはできない。が言葉から怒りは感じられない。
「食以外に興味を持ったかと思えばよりよって人間の身となり、人間と暮らしたいだと?」
精霊時代のフェイシスはかなり気になる。
「リィドと言ったか」
再び振り返り、リィドをにらむ。返答を誤れば殺されるくらいの目つきだ。
「あの女のいう通り、それは今現在人の身だ。人の身から精霊に戻す術を知らぬ。あるかもな」
やはりそうか。
「しばらくの間それの身を預ける。いいか?仮にも裏切ることがあれば同族としてこの精霊王が許さぬ」
「もちろんです」
裏切るなんてありえない。ならば、最初から助けになんてきてない。仕方のないことだと諦めていたはずだ。
最初は偶然保護した、不思議な美少女だった。苦楽を共に過ごすうちに、他人ではなくなっていた。
こんなことは当然初めてだし、戸惑うこともある。さきほど、無事だと分かった瞬間、自分のことのように安堵した。
「フェイシス。王の代替わり、悪魔の襲撃かの一族の立て直し。問題が累積しており、お前に構っている余裕はない。その間好きにするといい」
「ありがとう」
「人間よ。いいか?」
目の前にいるのにリィドの耳元に声が届く。精霊王の内緒話だろう。
「あれは一応だが妹だ。泣かすような真似をしてみろ、生まれたことを後悔させる」
実に不器用で、フェイシスとは正反対な素直ではない兄のようだ。
リィドは力強く頷く。
「片付いたようっすね」
「王、召喚された魔獣は全て排除しました」
セツナ達、風の精霊が集まってきた。
「ミケ大丈夫なのか?」
「ああ。この通り。……いや、ご主人様に頂いたお召し物がダメになったくらいかの」
「先輩、裏でそんな趣味してたんっすか?」
「リィド、そのミケは未成年でもないのだから法的問題はないだろうが、そのだな」
セツナは茶化す。エリルは本気にして顔を赤らめながら苦言を呈す。
「呼んだことありませんよね?分かりずらいギャグはやめてください」
後は無事に帰るだけだ。
風の精霊たちに別れを済ます。
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