第26話「対価」
そして、二日後。ミケが戻って来た。
どうやら、情報提供者を見つけたのこと。
「まさか、王都にいるとはな」
「まぁ、人口が多いので紛れるには逆に持ってこいっすけどね」
その悪魔はなんと王都で店を構えているとのこと。
エリルと王都で合流し、目的地の店にやってきた。
「すみません、今日は臨時休業って姐さんか」
小太りの中年男性だ。見た目通り人間にしか見えない。
「連れてきたぞ」
「入ってください」
誰もいない酒場のカウンターに通され座る。
「あなたが代表ってことでいいんで?」
「ああ。リィドだ」
「なるほど、悪魔を探してるということは聞いたが具体的なことを聞いても?」
リィドはフェイシスの素性を除き、大まかな事情を話す。
「だいたいは理解しました。その悪魔の最近の居場所なら知ってます」
「ほんとうか?教えてくれ」
「姐さん、これは純然たる取引でいいんですよね?」
「ああ。なんじゃ?まけろと言ったらタダで話すのか?」
「いえ、こちらも仕事なんでいくら姐さんでもダメですね」
「取引ってなんすか?内容次第はせっかくですが断らざるおえないっすけど」
悪魔は説明を始めた。
「俺は表向きは見ての通り酒の販売をしてる。同時に裏では情報の売買をしていてな」
情報とは確かに金になる。
「こやつの情報は人間相手に悪魔の情報を売るという実に変わった商売しておる。仕事はきっちりしておるから安心せい」
嘘はつかない。相手を陥れないとうことだ。ミケの言い分を信じるのならば。
「俺の商売は単純だ。俺は悪魔の情報を売る。客はこれを代価として支払う」
男は怪しい樽を一つ取り出す。
「空の酒樽?」
「そうです。これはうちで出る平均サイズの酒、十杯分入る樽です」
まさか、悪魔の要求とは酒なのだろうか。
悪魔との取引にしては実に健全的だが、同時に酒は金額が予想つかない。
「なんすかその魔術?」
「これは、密の酒といいます」
三人とも聞いたことがない。
「この酒樽には魔術が仕掛けてあります。これは対価に対して酒が生まれるというとてつもなく貴重な魔術具になります」
「主人、つまりその酒のために対価を私達に払えということか?」
「はい」
男はにやりと笑う。問題はその対価だ。
「今回は姐さんの連れ、全員が同じ情報を購入したいということで、特別に三人でこの酒樽を満杯にして貰えればと」
「その方法は?」
リィドは嫌な予感がするも仕方なしに聞く。
「それは罪です」
理解は不能。
「試しに、お嬢さん。この酒樽を両手でしっかり握り魔力を込めてみてください」
エリルは言われた通り酒樽を掴む。
リィドはミケに大丈夫なのかと視線で問うが、ミケはにやりと笑い大丈夫だと答える。
「む、確かにこれは不思議だな」
魔術式がエリルの魔力に反応し、酒樽に酒が生まれる。
冗談ではなく、これが真面目な取引であることを意味する。
「これはこれは、実に清いことで」
悪魔は酒樽を覗く。
「これは一杯の半分くらいですね」
「主人、先ほど罪と仰れたが罪とは何で、どうしてこの量になったか説明頂きたい」
悪魔は優しい顔になり説明を始める。
「これは魔力を込めた時点でのその人間の罪の量に応じで酒を生み出します」
「罪ってなんすか?それは決まり事を破る意味の罪っすか?」
「もちろんそれも当てはまりますが、人間本来の罪です」
人を殺す。人を騙す。人を誑かす。色欲に明け暮れる。物を盗む。などだ。
「理屈は分かたっす。じゃ、罪の種類で量は変わりますか?」
「はい。貴方にとって人を殺すことと店で商品を盗むことは同じ罪で、裁かれるべきだと思いますか?」
ならば、一般的な法律の罪が重い犯罪を多く犯していた方が量が溜まる。
「これ、エリルでこの量だろ。足りなかった場合はどうするんだ?」
リィドの疑問は最もだ。
「単純な話です、満ちるように罪を犯せばいいのです」
実に悪魔だった。客に対して罪を犯させる。一般市民には最悪な対価だろう。
「なるほどな」
「えげつないっすね」
「……戦力外で申し訳ない」
エリルは謝罪する。
「まぁ、うちと先輩でなんとかなればいいんすけどね」
セツナがエリルと同様に酒樽を掴む。
「おや、なかなか愉快なお方のようですね」
「エリちゃんよりは多いすけど、これ無理じゃないっすか」
「これで大体三杯程度ですかね」
悪魔は酒樽をリィドに渡す。
「……」
リィドの魔力に反応し酒が生まれる。
「なっ」
「も、もたいない」
男は受け皿の上に酒樽を乗せる。
リィドのせいで酒が零れたからだ。
「でもこれでいいんだよな?」
零れたのは酒樽を傾けたりしたからではない。リィドに反応し生まれた酒の量が多く、酒樽を溢れ出た。
「どういうことだ?主人、やはり明確な基準を知りたい」
エリルの疑問はそうだ。リィドも仕事柄、荒事に巻き込まれることは知っている。しかし、前歴が暗殺者という経歴のセツナの方が多いはずだ。
それとも、リィドが隠してるだけで実は常軌を逸脱した殺人鬼とでもいいたいのか。
「まさかっすけど、覗きとか、女の子の裸見るとかも罪っすかね」
「色欲は罪ですからね」
「つまり先輩の日常的ドすけべにより救われたってことっすか?」
「まてまて、誤解だろ。なんだ?俺の日常は罪深いってことか?」
リィドは異議を上げる。
誰に誓ってもいい。確かにリィドは男であるが、感情の棲み分けはできている。
それにそもそもが、セツナは対象外だ。エリルは最初は思うところあったが、一緒に暮らし慣れなのか分からないが対象から自然と外れた。
「え?うちの乙女の秘密を暴いたのに、責任取らないつもりっすか?」
「な、リィド何をした」
「誤解だって!セツナわざとだろ」
「エリちゃんもっすよね?」
「何?」
エリルは暫し停止し、顔を赤らめる。
「セツナ、じ、事故だぞ?私の無配慮も悪い」
「さーんざん恥ずかしいところ見られちゃてますようちら」
リィドは頭を抱える。勝ち目がない。
「ははは、さすが姐さんが連れてきただけのことはある。お代は頂戴したのでこちらも支払いましょう」
三人は真剣な表情になり聞く。
「あなた方が探してる悪魔は最近はアイフォード王国の人間が作った施設を拠点にしているようですね」
「アイフォード王国……」
それは既に名前だけの王国。
「あー申し訳ありません。元ですかね」
周辺諸国の領土主張争いで空白地帯が多い。男は地図のある地点を指す。
「何故あいつはフェイシスを攫った?」
「それは対象外の情報ですね」
きっぱりと断る。
「おい、超過分があるのじゃ。それくらいはサービスの範疇じゃないのか?」
ミケが助太刀する。
「……確かにそうですね。これはあくまで聞いた話で実現可能かどうかは知りません」
くどい前置きだ。
「悪魔の王を復活させる。それを目的に活動しているグループがいるようです」
「なんだと」
ミケは男に詰め寄る。
「どいつらだ?」
「姐さんは人間も悪魔も等しく、気に入れば酒を呑み、気に入らなければ殺すじゃないっすか。姐さんは知らない連中っすよ」
「……そうか」
「悪魔の王ってなんだ?」
「そうさな、ぬしらギルドの敵じゃろ」
正確には人間との大戦争が勃発した時の魔族側の悪魔のリーダ的存在。かの大戦により死、大戦そのものが終結した。
「悪魔の復活って可能なんすか?」
不死身のミケがいるのだ。行動しているということは復活させる術があるのではないか。
「いや、無い。まだおったのか。哀れなものよな、敗者の威光なんぞ傷の舐めあい程度にしかならんのにな」
「姐さんの言う通り、そんなたいそうな技術はありません。だから、復活させようと多種多様なことをしているのかと。その一環でお仲間も攫われたのかと」
「ミケ、まだいたのかと言ったな?」
「リィド、過去の男の影でも気になるか?」
「はぁ……相変わらずだな」
「昔の話じゃ。一部の悪魔にとって王は憧れの存在だからな。復活して欲しいなんて思うやつはままいる。吾にも協力しろとぬかすから、全員黙らせたことがあった。ただそれだけじゃ」
「主人、グループと仰られたが具体的な規模は知っているのか?」
「そこまでは知りません。下手に関わるとこちらも危険なので距離をとっています」
男の情報でようやく理解できた。
その復活の実験に精霊であるフェイシスを襲ったのだろう。そしてフェイシスは精霊から人間になった。貴重なサンプルだ。
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