第24話「喪失」

 リィドは胸が高鳴っていた。

 ギルドに依頼を受けに訪れたら、ティタ姉が個人的に話したいと個室に連れてこられた。


「ごめんなさい」

「いえ、とんでもない。要件はなんでしょうか?」

「……これは断ってもらっても結構です。本来リィドの希望する種類の依頼じゃないから」

「ですよねー」


 ティタ姉が個室に連れてきたのは単に込み入った事情の依頼だから。決してリィドと愛を語らうためではない。

 ティタ姉がそんなことするわけがないと知っているリィドだが夢を抱くことは自由である。


「盗品回収の依頼?」


 リィドが提示されたのは、とある魔術書が奪われた。回収して欲しいという依頼だ。

 つまりは、盗賊が相手になる。


「相手が悪魔を使役している可能性もあり、危険性のある依頼です。ですが、恐らくフェイシスちゃん、ミケさんもいれば問題はないかと」


 悪魔といっても全部が強いわけではない。強力な悪魔を従えるにはそれ相応の知識や力がいる。


「俺にすすめする理由はなんですか?」


 大所帯になり、それなりに魔獣退治以外の実績を積み始めたからは理由にならないだろう。

 確かに悪魔のミケの存在は破格の戦力ではあるが。


「その魔術書がさ、先生が書いたものらしいの」

「な……」


 合点がいった。ティタ姉が個別で呼び出したのも、盗賊が奪うのも。先生が書いたものなら貴重な魔術書だろう。


「でね、依頼人は持ち主の奥様。可哀そうに旦那さんが盗賊に殺されて、奪われてしまった」

「警備局の動きは?」

「物的証拠がなく現在捜査中だけど、足踏み」

「なるほど」 


 殺人事件ならば立法機関が当然動く。八方塞がりなのでギルドに依頼してきたということだ。


「なので、理想は犯人の生死問わずの捕獲と魔術書の奪還。最低限魔術書が戻ればいいとのこと」

「知っていて奪ったんですかね?」

「ごめんなさい、そこまでの情報は入ってないのよ。でもね、報酬が奪還された魔術書なの」

「へ?」


 奪い返して欲しい旦那の遺品を手放すのはどういう理屈だろうか。


「旦那さんの遺言だそうよ。遺言というほど仰々しいものではないかもしれないけど」


 生前、自分にもしものことがあれば必要とする人へ譲り渡して欲しいと冗談でよく言ってそうだ。


「勿論魔術の観点からすればリィドには不要かもしれないけど、先生が書いたものだからさ」

「分かりました。やらせてください」


 もう子供ではない、故人の物を集め感慨に耽る趣味もない。

 しかし、あの先生が書いた物だ。売るつもりはないが、かなり価値のあるものだろう。

 そして純粋に興味がある。

 ティタ姉の言った通り、リィドにフェイシス、ミケと共に依頼を受けることになった。

 セツナとエリルは別の依頼を既に受けており、被っており不在。

 転移門を利用し、盗賊が利用しているという情報のあった廃村に向かう。

 道中、魔獣と遭遇するがリィドだけでもどうにかなる小型ばかりだった。


「やけに魔獣の数が多いのが気になるな」

「なんかおびえてたみたい」

「恐らく当たりなのだろうな。あの人間の情報とやらは」


 廃村付近を棲家にしていた魔獣が移動している。廃村に何かがいる可能性がある。


「……フェイシス、あまり見ない方がいい」

「ほう、面白そうなことになってるじゃないか」


 廃村に到着すると数多の異変を発見できた。

 直前まで人がいたであろう痕跡。

 遂には人の死体。それも五つ。殺されてまだそう時間の経っていない状態でだ。


「盗賊さんみんな殺されちゃったのかな?」

「いや、魔獣に襲われたなら死体が食い荒らされてるはずだ。見る限り人間に殺されたと思う。恐らく仲間割れだな」

「確かにな。争った形跡も皆無のようじゃしの」


 仲間に抵抗する間もなく殺された。現場を見る限りそれが一番現実的だ。


「その人は逃げちゃったのかな?」

「恐らくな。独り占めして、仲間……共犯者を殺害してな」

「……もしかしたら違うかもしれんぞ」


 ミケはにやりと笑う。


「何か見つけたのか?」

「あっちの方向だが、悪魔の気配が微かにするな」


 ミケが指さす方向にあるのは炭鉱だ。

 この廃村は昔、炭鉱の採掘のために作られた村だそうだ。

 資源が枯渇し、閉鎖されため村は衰退し廃村になった。


「暗いねー」


 炭鉱は指先も見えないほど暗闇だった。実に頭を悩ます問題だ。魔獣程度なら明かりをつけて進んでも問題はないが、悪魔が待ち受けてる可能性が高いのに進めば所在を知ら攻撃してくださいと合図をしているようなものだ。


「仕方ないのー。二人とも、目を瞑れ」


 ミケの指示通り二人は目を瞑る。ミケの冷たい指の感触がした。


「開けていいぞ」

「すごーい。前が見える」

「暗視か?」


 ミケは二人に暗闇でも視力が働くように魔術をかけた。


「その場しのぎだが、足りるだろ?」


 ミケは意外にも人間の魔術をいろいと知っているようだ。


「なんかむずむずするねここ」

「……ミケすまないが、先頭頼めるか?」

「承知した。伝えればいいか?」

「ああ頼んだ」


 ミケが仲間になってからしばらく経つが、やはりミケが入ったことで各段に変わった。

 ミケは悪魔だ。人間のようには死なない。

 炭鉱で一番気を付けるのは魔獣ではない。空気だ。

 人間は呼吸ができないと命を落とす。

 空気が薄いだけで、人間は意識を失う。

 ミケはその心配がない。ミケに先行してもらい異変があれば即退却だ。


「リィド。感じ的には低級のようだが、勝算はあるのか?」

「低級ならな」


 人間が少人数なら、リィドのみで相手し、近距離からフェイシス、補助と遠距攻撃。

 理想は人間、悪魔共に捕縛だが。低級とはいえ悪魔は油断できない。悪魔に関しては倒してしまっても致し方ない。


 「その悪魔がすごい強かったら?」


 フェイシスは首をかしげる。


「その時は悪いがミケが悪魔対応、フェイシスが退路確保。魔術書確保次第逃げよう」


 戦う必要はないのだ。無茶をする必要はない。


「その人間を殺せば済むんではないかの?」


 人間と悪魔が魔術を用いて契約しているケースが大半だ。

 使用者が死ねば、当然契約もなくなるので悪魔が従う理由もなくなる。


「仕方がない以外での殺人はダメだ」

「承知した。これは個人的興味なのだがよいか?」

「なんだ」

「セツナもそうだが、リィドお前も人を殺したことあるだろう」

「……ああ」

「ふ、固い顔せんでよい。悪魔が人の法や感情を持ち出して責めるとでも?」

「みーちゃんいじわるはダメだよ」

「安心せい、そんなつもりはない。単純に効率の面でリィドの方針に疑問がある。今回犯人の生死問わずとある。ならば殺して連れて行く方がリスクとコストが少ないと吾は思うのだが」

「……」

「犯人を生かしたまま連れて行き、法にて裁くつもりか?それは実に結構なことじゃ。あまり法に詳しくないが、殺人、窃盗、悪魔と共謀。謝罪で済むものではないだろう?ならば今死ぬか、後で死ぬかの違いではないか?」


 ミケの言う通り、恐らく極刑だろう。


「リィド、普段のおぬしは恥も外聞よりも、利を取る人間だ。なのに、人を殺すことに限っては実に歪じゃ。それが俗に言う道徳心か?」


 これは責めたり否定するつもりはない。方針を尊重するし、破るつもりもない。あくまで知りたいだけだ。と付け加える。


「別に道徳心とかじゃない。だったら俺は依頼を受けなかったし、そもそもギルドに所属しなかっただろう」


 リィドは幸せなことに選択することができた。ギルドに所属して生計を立てる以外の道を。一度犯罪歴のついた人間はこの国では職種が制限される。

 リィドは孤児だっただけで、犯罪歴もない。 王都で職に就き働くことが可能だった。

 しかし、この選択をしたのはリィドだった。場合によっては殺し、殺される可能性のあるこの道を。


「俺は誰かを恨むのも恨まれるも遠慮したいだけだ」

「……そうか。まぁ、いいじゃろう。っと、そろそろだな」

 さすがにリィド達も気づいた。開けた空間に灯が見えてる。つまり先客がいる。

「よかったな。低級と人間一人だ」


 ミケは小声でリィド達に告げる。

 リィドの合図でリィドとフェイシスが飛び出す。

 運の良いことに、盗賊は背を向けていたため、ワイヤーで拘束することができた。

 リィドはフェイシスの方見ると、フェイシスが不意打ちをくらわし、ミケが拘束した。


「簡単だったー」

「拍子抜けじゃが、低級とて油断はするなよ」


 ミケの注意でフェイシスは警戒しつつ、距離を取る。


「あ。あ。あ。あ」

「なんだ?」


 拘束した男が呻き声を出す。


「動くな。無理に動けば怪我するぞ」

「うあー」

「なっ」


 リィドは思わず飛び上がり後方に退避する。

 ワイヤーで肌が、肉が斬れるのも気にも留めずに力づくで拘束を出した。


「リィド、気を付けろ。恐らく意識ないぞ、そやつは」


 ミケの言う通り、目が正面を向いておらず、痛がるそぶりも見せない。


「お前が操ってるのか?」

「悪魔の癖に何故邪魔する?」


 ミケの質問に質問で返す。

 リィドは男に警戒しつつ男の近くの手荷物まで近づき物色する。

 男はリィドに目もくれず壁に向かい、壁を掘り始めた。


「吾は悪魔じゃが、悪魔は誰の味方でもないだろ?」

「それはお前のような強いやつだけのセリフだ」

「なるほどな。取引はどうだ?命は助ける。質問に嘘偽りなく答えろ」

「……保証はどこにある?」

「ほれ、吾はこやつらの意のままだ。初手で拘束している時点で察せ」

「……」


 悪魔は考え込む。


「フェイシス、ミケ。回収に成功した」


 男の手荷物には魔術書があった。これ一冊なので当たりだろ。

 中身に書いてあることは理解不能だが、ところどころの文字に見知った文字がある。

 間違いなく著者を知っている。


「どうするんじゃ?」

「あの人って助けられないの?」

「フェイシス、よく見て見ろ。お主の体は些か頑丈すぎるから仕方あるまいが、普通の人間は血を流し続ければ意識を失い、終いには死ぬ」


 つまり魔術か何かによって無理やり体を動かされいてるのだ。文字通り死ぬまで。


「な、貴様返せ」


 リィドが魔術書を奪還したのに気づいた。

 悪魔は動こうとするが動けない。


「フェイシス!気を付けろよ!」


 リィドは注意してフェイシス達から離れる。

 男がいきなりリィドの方を向き走り出してきた。


「リィド、ひと思いに楽にしてやれ。解除できたとしてどのみちその様子じゃ無理じゃろ」

「まだ傷は浅い。なんとかなるかもしれない」

「傷はな。よく考えてみろ。そやつの荷物に水はあったか?」

「……ない」


 男はリィドに飛び掛かる。

 リィドは反撃せずに躱す。男は地面に衝突する。

 そして、立ち上がり再びを繰り返す。

 そこに意思も人体の反応も感じられない。


「つまり、飲まず食わず動かされていた可能性が高いじゃないのか?」

「……」


 リィドは男の足の骨を折る。これで立ち上がれない。

 男は立ち上がろうとするが倒れ込む。


「嘘だろ」


 リィドは困惑する。男は立つのをあきらめ地面を這ってリィドに迫ろうとする。


「な、ま、何故で……」

「フェイシス!」


 ミケは悪魔の異変に気付き、フェイシスを突き飛ばす。

 悪魔の暴れだし、体が破裂した。そして、まるで何もなかったかのように消失した。


「大丈夫か?」


 リィドがフェイシスの傍に移動する。


「大丈夫。みーちゃん大丈夫?」

「ああ。大丈夫だ」

「自爆か?」

「うーん。どうだろうな。てっきり爆発したり、触れたら呪われたりとか警戒したがその様子もなさそうだしな」

「なんか慌ててたような気がする」

「フェイシスの言う通り、動揺はしておったの」


 消えてしまった以上考えても仕方ない。男の方を見ると男は静止していた。

 どうやら悪魔が消失したので解除されたのだろう。これなら即連れていけば命だけは助かるかもしれない。


「待ってリィド」

「なんじゃあれ」


 二人は戦闘態勢に入る。

 リィドは考える。


「ミケ、あれは悪魔か?」

「厳密には違う。あの悪魔の死で何か魔術でも発動したんじゃろ。事は単純になった、魔力がこと切れれば終いだ」

「俺があれをやる。二人はあのでかぶつを頼む」


 リィドが対応するといったのは男だ。静止していたはずが、普通に立ち上がっている。

 見た限り流れていた血も止まっている。皮膚の色も見える範囲だが赤黒く変化しており、いよいよ人間でなくなってきた。

 もはや人間としては完全に死んでしまったのだろう。

 悪魔の力を受け変異した。

 そして、フェイシスとミケの前には地面が隆起し、土、岩など取り込み人型の人形が現れた。 岩人形はフェイシス達を襲う。

 魔術には無機物を動かす種類のものがたくさんはある。恐らくあの悪魔の死亡が引き金で、男の体を変異させ、岩人形生み出したりと敵を排除しようとしているのだろう。

 あの破裂はこのためのものだろう。

 自身の死と引き換えの魔術。魔術行使のための魔力が尽きれば終わる。がミケの予想だ。

 男は普通の人間ではありえないような速度で迫ってくる。が、フェイシスよりは遅い。

 リィドは躱し取り出した剣で足を斬る。


「ち」


 人間の体は意外と固い。力の加減、剣の角度なども大切で完全な素人が行えば骨が斬れ剣がそこで止まることなどもある。

 魔獣の体ではあるが、解体し経験のあるリィドにとって人の部位の切断は特に難しいものではない。

 が途中で剣が弾かれた。失敗した訳でもない。


「文字通り人間辞めてるのか」


 剣の切口は既に塞がっていた。噴き出した血は蒸発して消えた。

 足を斬って機動力を削ぐつもりだったが作戦を変える。

 ただ直線で突っ込んでくるので剣でいなして避ける。

 つけた傷はすぐさま塞がる。後はこれを繰り返していき魔力切れを待つ。

 フェイシス達も順調だった。フェイシスは岩を殴る。

 岩は砕けぼろぼろと落ちる。そこにミケが魔法で追撃する。

 しかし、すぐに岩を取り込み再生する。こちらも魔力が尽きるまで同じだろう。

 しばし時間が経過し、リィドはミケに質問した。


「なぁ、これいつ切れるかとか予測できるか?」

「知らん。こちらのでかぶつに変化は見られん。長丁場になるかもな」


 作戦変更だ。ミケは問題ないかもしれないが、一般的な人間であるリィドの体力には限界がある。

 持久戦から短期決着に切り替える。


「ミケ、悪いがしばらく一人で見てもらえるか?」

「……しかたないの」

「フェイシスこっちに来てくれ」


 フェイシスが男の相手をしている間に、リィドが罠をしかけて男を捕獲する。

 その瞬間にありったけの攻撃を叩き込む。再生する前に倒しきる。

 フェイシスは突っ込んでくる男を蹴り飛ばす。男の体は壁に叩きつけられ地面に落下する。 

 当然のごとく起き上がりフェイシスに突撃する。


「フェイシスこちらにふっ飛ばしてくれ」


 リィドの準備が整った。

 リィドの合図でフェイシスは男の蹴り飛ばす方向を変えた。


「そら」


 男の体がリィドの眼前に迫り、リィドは剣を振り下ろした。

 頭蓋骨で剣が止まる。その瞬間ワイヤーが男の体を拘束する。

 リィドはすぐさま矢を取り出し撃ち込む。

 矢には紐が巻き付いており、紐の元はリィドの手元にある。


「フェイシス、こっちに来てくれ」


 リィドはフェイシスが来たと同時に火をつけた。

 火は紐を伝い男に刺さっている矢に。火が矢に到達した瞬間爆発的に大きくなった。

 男の体が炎に包まれる。男の体自体は再生して怪我が治るが、火そのものは消せない。

 炎に包まれ体が損傷し再生を繰り返す。


「これでおわりかな?」

「だとありがたいがな」


 数分が経ち男は動かなくなり、再生もしていないようだ。


「うまくいったようじゃな。ならこちらもそろそろかの」


 リィドと違いやはり圧倒的だった。

 ミケが指を振ると岩人形が一瞬で粉々になる。そして再度岩は形作られる。そしてまた破壊する。


「うむ、再生に限界が来とる。リィド、フェイシスそこに居ろ。こちらに近づくな」


 ミケは笑いながら指を弾く。

 瞬間岩人形が盛大に爆発した。砂埃を巻きちらす。

 視界が晴れると岩も動く気配がない。


「リィド避けろ!」

 ミケは叫ぶ。


 謎の黒い靄がリィド目掛けて迫ってくる。


「くちゅん」


 爽やかな風が吹き抜け

 靄は霧散した。


「……終わったか?」

「気配は完全に消えたな」


 ミケの報告に肩の力を抜く。

 ミケがいてこその依頼達成だ。


「?」


 ミケがリィドに何かを伝えようとしているが一切聞こえない。

 ミケの顔がどんどん大きくなって、そして視界から消えた。


「がっ!」


 とてつもない衝撃、暗転。激痛。

 しばらく何が起きたか一切理解できなかった。

 リィドは吹っ飛び高速で壁に叩きつけられたのだ。


「無事だな。どうする」

「……なんだあれ。フェイシス!」


 悪魔だろう。別の悪魔がフェイシスの首を掴んでいる。


「ははははは。実に僥倖だ」

「ミケ援護を任した」

「待て。人間、動くな」

「っ……フェイシスになにした!」


 この状況では動くなと言われたら従うしかない。

 フェイシスは反応がなく気を失っているようだ。


「安心しろ。眠ってるだけだ」

「何が目的だ」


 そもそも、何が目的でここに現れ、何を要求しようというのだ。


「もちろんこいつだ」

「悪魔にしては、実に目が肥えてるな。綺麗な人間の女だろうからな」


 ミケは少しでも情報を引き出そうと対話を選択した。


「悪魔のお前が言うか。それに、人間だと?」


 リィドは固まる。


「お前たち初対面ではないのだろう?先ほど名を呼んでいたようだが」

「あたりまえだ。フェイシスは俺たちの仲間だ」

「仲間なのに知らないとは実に滑稽だな」


 悪魔は笑う。


「これは人間じゃない。探してはいたが、まさか人間に擬態してるとは思わなんだ。通りで見つからないはずだ」


 リィドの想像は当たった。こいつはフェイシスの正体を知っている。


「これは風の精霊王の娘だ。っと精霊王は死に確か息子が継いだのだったかな。精霊王の妹だな」

「な……んだと」


 風の精霊王。フェイシスの強さを考えれば人でなくてもおかしくない。しかし、肉体は確かに人間だ。


「なるほどな。何故精霊を狙う?」

「悪魔のお前が聞くか?」

「知らんもんは知らん。同類の好だ教えてくれんかのぉ」

「悪いな、急いでいるのでな」

「な、っち。都合よくはいかんか」

「待て、くそ、フェイシス」


 悪魔は転移魔法でフェイシスを連れ消えた。

 ミケが邪魔をしようとしたがさすがに間に合わなかった。


「……」  


 リィドは考える。

 フェイシスが精霊だとして、何故人間になった、その人間になったフェイシスを殺さず連れて行く目的はなんだ。

 不可能だ。推測に推測を重ねても何も出てこない。


「リィド」

「なんだ」

「一旦帰るぞ」

「フェイシスが連れ去られたのにか?」

「そうじゃ。おぬしももう分かってるだろ。情報が不足しすぎていると」

「……」

「ふ、案外可愛らしいところがあるのだな」

「なにがだ」

「仕方ないことだ。あの悪魔は吾よりは弱いだろうが、悪魔の中で見るとそこそこだ」


 そうだろう。先ほど対峙した低級の悪魔と桁違いなことだけは分かる。


「普段冷静であれと心がけているのに、焦っておるのがな。人間らしくて良いなと」

「ふざけてる場合か」


 ミケに言われ肯定せざるえない。

 自身は動揺しているのだ。状況が状況だ。誰のせいでもない。

 誰がいても結果は変わらなかっただろう。理解はできるが、納得できない。

 リィドは先生が亡くなりそれからフェイシスと出会うまでは一人で生きてきたのだ。

 再びの喪失がこうもダメージになるのか。

 頭ではこうも冷静に分析できるのに、心とは実に厄介なものである。


「すまない。助かった」


 ミケの軽口はリィドためだと。素直に感謝を伝える。


「何でもいい、知っていることを全て教えてくれ」 

「それはもちろんだが、皆が揃っている方が都合が良い。帰ってからでもいいか?」


 確かにそれはそうだ。


「その前に一つだけいいか?」

「ああ」

「リィド、真相はどうあれそれなりの強さの悪魔……もしかしたら複数と対峙する覚悟があるのか?」

「……」

「悪魔だけではないかもしれん。人間もいるやもしれん。全部殺す覚悟はあるか?」


 ミケは続ける。


「悪魔が絡んおる、碌なことではないだろうが仮にフェイシスを助ける行為が結果的に人間の法を犯すことに繋がるとしたらどうじゃ?」


 不思議なものだ。

 リィドにとって一番大切なのは自分だ。卑怯と言われてもそれは変わらない。

 先生に言われた言葉があるからでもない。

 ただ、ただリィドの中で助けることは確定事項だった。

 ミケの言う通り普段ギルドで受ける依頼とは訳が違う。仕事でもない、簡単でもない。命の危険があり成功率も不明。

 だからなんだというのだ。フェイシスを助ける。

 それが法を犯すのなら、隠せばいい。ばれたら逃げて違う国にひっそりと暮らせばいい。


「済まぬ、愚問だな」

「いいさ、恐らくミケを一番頼るがミケはいいのか?」

「ふ、かまわんさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る