第23話「強襲ナルレイロン」
最終日の朝、リィドは安堵していた。特に問題なく依頼が完了する。
当面の金銭は確保できた。不思議なことだが、一人から五人になった。消費は五倍どころではないからだ。
一人の時は最悪、食事は魔獣を直接狩って調達すれば良かった。しかし、今はそれはできない。量が足りなさすぎる。
常に皆まとまって依頼ではなく、セツナ、エリルが個人で依頼を受け稼ぐなどもあるため明日食べるものがない程金銭に困ることはない。が貯蓄するほどではないため長期的に見たときに少し怖い。
なので貯めれる時に貯めたいと思っていた矢先に来た依頼だ。
「リィド殿のおかげで、速度が倍程度出るようになった気がします」
「王子の努力と才能の結果です。ですが、いいですか?速度を出すしかない時以外はなるべく速度は出さないでくださいね。事故を起こした時被害が大きくなりますから」
「もちろん、承知しています」
今日はシュリギンの練習に付き添い、その後剣の稽古を付き添い、夕方頃にはやっと解放される予定だ。
「フェイシスどうした?」
いつもに比べてフェイシスの落ち着きがない。
「なんかざわざわするー」
「……天気が悪くなる感じか?」
「うーん違う。でもなんだかは分からない」
フェイシスの勘には従った方が良い。
「王子、ちょっとご提案があります」
室内に戻ることを提案する。
王子がシュリギンから降りた刹那、空気が変わった。
リィドは周囲を警戒していたので、目視でその異変にいち早く気づいた。
「フェイシス!王子を頼む」
「りょ」
「?……あれは」
ワンテンポ遅れ王子は気づく。
異変の正体は大きい来客だった。
「一応聞きますが、あれ王家の所有してるものとかじゃないですよね?」
「もちろんです」
それは目視できるほどの巨体。ナルレイロンが飛翔してきた。
「王子、もしものためにシュリギンに乗っていてください」
ナルレイロンは木々を倒しながらこちらに向かってくる。
「あ!」
フェイシスは指を指す。
「首のとこに剣みたいなの刺さってる」
「あれが原因で見境なしに暴れてるみたいだな」
「王子!リィド無事か!」
エリルが急いでやってきた。
「王子は無事だ。他の警備はどうなってる?」
例え影武者といえ、緊急事態だ。エリル以外が来ないのはどういう了見なのか。
「騎士団長殿の懸念が当たった。くだらない権力闘争だ。援護はないと思ったほうがいい」
「……皆さん、我儘なのは承知してますがあのナルレイロン助けてあげましょう」
「お、王子?」
リィドは手短にエリルに状況を説明する。
「確かに王子のお気持ちは分かりますが、危険すぎます。リィド、王子を頼んだ」
「……」
「リィド?」
「フェイシスはどうだ?」
「防ぐだけならいけそう」
「リィド!?」
「王子!大役お願いできます?」
「無論です」
正面でエリルが爪など物理攻撃を受け止める。
リィドとがシュリギンに乗り魔法攻撃を誘い攻撃を躱す。
フェイシスと王子は二人でシュリギンに乗り、側面方向で待機。隙を見てナルレイロンから武器を抜く。
リィドは指示をするが、エリルは意図を問いただす。
「真っ先にお前は避難を選択すると思ったのが。万が一でも王子が怪我をされたらどうするつもりだ?」
「確かにな。あの大きさ、速さで追われたら逃げ切れるか?」
あのナルレイロンが事故か、王子の命を狙った計画は現状分からない。王子を追ってくる可能性が否定できない。
援護が来ないというが、その中に暗殺者が紛れていて、混乱に乗じて避難中襲ってくる可能性もある。
ナルレイロンと暗殺者を双方いなして安全な場所まで逃げれるか。
ならば、ナルレイロンと対峙した方が外敵は近づいてこないだろう。
討伐はほぼ不可能なので逃走一択だが、隙を見てナルレイロンから武器を抜くだけなら可能だ。
あれが原因で暴れているのなら、抜けば我を思い出し、帰っていくだろう。
「……暗殺者か」
エリルは自分を叱責した。その可能性に至らなかった。
「私も受け流すのが精一杯だぞ。というか、大丈夫なのか?」
「こっちも避けに徹して時間制限がある中ならなんとかな」
リィドはシュリギンに乗りナルレイロンの眼前を横切る。
「ぐぎゃーん」
ナルレイロンの口内が光り、風の刃がリィドを襲う。
「エリル頼んだ」
シュリギンを巧みに操り躱す。
ナルレイロンは周辺の木々をへし折りながら、地面に降りた。
魔法攻撃は連続では使えない。数分の時間を要する。
ナルレイロンは左前脚を振る。
木々をなぎ倒しながら、エリルを襲う。
エリルは木々に注意しながら全速力で躱す。
リィドは高度を上げ回避する。リィドは顔近くを飛びまわることでターゲットの分散を計る。
「させるか!」
ナルレイロンは右前脚を振り、エリルは槍で爪を弾き軌道を逸らす。力負けし、エリルは後方に飛ばされる。
「っとフェイシス注意してくれ
」
リィドは急いでナルレイロン顔近くに再度接近する。
「こっちだ!」
ナルレイロンは再度口から魔法攻撃を放つ。
リィドは急旋回して躱す。
「リィド、気をつけろ!」
「!」
ナルレイロンは大きく翼をはためかせ飛翔しリィドを追撃する。
「すまない、ご主人様のためにお前も頑張ってくれ」
かなりの速度を出し、森の中に入る。
一歩間違えば木々に衝突し、命の危険だ。
「ずいぶん、派手なレースだな」
エリルも巻き込まれえないよう気を付けながら後を追う。
ナルレイロンは木々にぶつかるのを躊躇なしにつっこみ木々をなぎ倒しながら一直線でリィドを追う。木々にぶつかっているので速度は若干落ちているが。
「王子様、追える?」
「もちろんです」
王子たちも迂回し、武器の刺さっている左側に回り後を追う。
「もっとスピード出ない?」
「すみません、これ以上は飛んでくる木々に巻き込まれる恐れがあります。それに申し訳ありませんが、あそこまで速度が出るのはリィド殿だからかと」
「そうなんだ」
リィドとナルレイロンより高度を上げて飛ぶ。一定距離を保つのが精一杯である。
リィドは森の中で方向転換を考えていたが、実行が難しいので次の策を考える。
「リィド、また魔法が飛ぶぞ!」
ナルレイロンは一度空中で停止した。そして次の瞬間、木々が盛大に切断する。
リィドは急降下し、切断される衝撃で上に吹き飛び落下してくる木々を躱しながら前と進む。
「フェイシス殿、リィド殿は大丈夫でしょうか?」
「リィドなら大丈夫」
「それならよいですが、このままでは、シュリギンの体力に限界がきてしまいます。危険ですが、こちらも注意を引きつけましょう」
「王子様待って。リィドは分かってると思うよ。わざとまっすぐ進んでるんだと思う。だからまだ様子をも見ましょう」
リィドが命懸けだ。フェイシスも自分の仕事をこなすことに専念する。王子を怪我させるわけにはいかない。
「……分かりました」
しばらくの間同じように命懸けのレースが繰り広げられた。
「このままだと城壁で行き止まりです。それに速度が低下してます。あのままだと追いつかれます!」
「王子様、右方向に行って今すぐ」
「……分かりました」
真剣な声色に王子は素直に従う。フェイシスは勘だがそうであろうと予感し行動に移る。
リィドの眼前は城壁、背後は迫るナルレイロン。
「うっ。お前も耐えてくれよ」
リィドは勢いよく城壁に突っ込む。ぶつかる寸前に壁に沿って上空に急上昇した。
ナルレイロンは巨体で同様に回避など小回りはできない。そのまま城壁にぶつかり、地面が揺れる。
「まさか、このような方法があるとは……」
「王子様、いつでも突撃できる準備して」
ここからが正念場だ。
ナルレイロンは特に怪我など負っていない様子だ。しかし、体力を大きく消費させることには成功したようだ。
ナルレイロンはゆっくりとターンしてリィドの方を向き、魔法を放つ。
現在リィドは落下に近い急降下をしているおかげで当たらない。
「な」
ナルレイロンは右前足でリィドを切り裂こうとする。ちょうど落下地点で避けれない。
「させるかー!」
エリルは遠方から槍を投擲した。
槍はナルレイロンの爪にあたり、腕の軌道が少し変わる。
「助かった!王子!今がチャンスです」
「はい!」
フェイシスの指示で待機場所を変えていたため、最短距離で首元に行ける。
「王子様、後は頑張って!シュリギンごめんね、ちょっとだけ我慢してね」
「え?」
王子の速度は上がった。フェイシスがシュリギンを踏み台にし、矢のごとく飛んでいった。
「ちょっとだけ大人しくして」
ナルレイロンは尾を振り王子を叩き落そうとしていた。フェイシスが尾に飛びつき尾を止める。
「きゃ」
尾を止めることはできたが、空中でふんばりなどできず、フェイシスは吹き飛ばされた。
「抜けろー!」
ナルレイロンに刺さっていたのは長剣だったようだ。
王子は渾身の力で長剣を引き抜く。
「頑張ってください王子!」
エリルは声援を送る。
リィドは飛ばされたフェイシスを受け止めていた。
「ぐ……後少し」
後少しだが、何かに引っかかっているのかなかなか抜けない。
突き詰めればただの我儘であった。
王子の一番の責務は王が退位した際に王位を継ぐこと。
勉学も武術も教育の一環で、学者に、騎士団員にはなれない。
なので、最適解はすぐに安全地帯まで避難すること。
そしてそれを遂行するのがリィド達の仕事だ。
しかし、自分の意見を尊重し命を懸けてここまで導いてくれた。
ここで失敗する訳にいかない。
「王子!」
リィドは叫ぶ。
「忘れてませんか?」
「?」
「貴方は貴方です。特徴を活かすと」
「……!」
王子は力のみで引きぬこうとしていた。
その言葉で王子は引き抜く力を弱めた。
そして、ゆっくりと剣の角度を変えながら抜く。すると剣が徐々に抜けていく。
「抜けました!鱗との接触部分が原因でした」
「王子!さすがです!早く離れてください」
エリルは槍を回収し、王子の警護に戻る。
ナルレイロンはしばし、停止した。
先ほどの暴走が嘘みたいにだ。
ナルレイロンは飛翔し、高度を上げどこかに飛んでいった。
「……」
どうやら再攻撃のための準備でなく、本当に離脱したようだ。
「皆さん、本当にすみませんでした」
「お、王子!頭をお上げください!むしろ早急に避難行動に取れなかった私達に……」
王子はエリルを遮る。
「いえ、私の命に従ってもらっただけです。いいですね、それ以外の回答をしてはいけませんよ」
「……承知しました」
「リィド殿、ありがとうございました」
「まぁ、こちらも依頼なんで遂行しただけです」
「いえ、もちろんそちらのこともですが」
「合格ですよ」
「え?」
「最後は緊張で時間かかりましたが、皆無事、ナルレイロンも正気に戻って退散。最高の結果です」
「……」
「王子、言葉が悪いかもしれませんが結果が全てです。王子の理想が実現したんです、今日はこれでいいじゃないですか。一歩ずつ、違いますか?」
「確かに。……そうですね。本当にありがとうございます」
王子は再び頭を下げる。
「あ、そうだ。王子様実はですね……」
リィドは思い出したかのように王子にすり寄る。
「あくまで、敷地内を破壊したのはナルレイロンであって俺たちはですね……」
「……あははは、十二分に理解してます。請求なんてしませんよ。自然災害と同じです」
「リィド、お前王子の前でそんな」
「そんなて死活問題だぞ?」
破損した城壁の修理費用、敷地内の再整備、がれき等の廃棄費用。仮に請求された日にはどこか遠い国に逃げるしかない。
ここで、言質をしっかりさせ、責任をはっきりしておかないといけない。
リィドとセツナの口論を見て王子は笑う。
「実に良き仲間なのですね」
「うん。友達だからね」
「友ですか……」
「王子様もだよ?」
「え?」
「一緒に戦ったし、王子様だってもう友達でしょ?」
「……いいのでしょうか?」
「王子様は嫌なの?」
「滅相もない。フェイシス殿、ありがとうございます」
この後の顛末をリィド達は当然知らされなかったが、アンザス騎士団長が個人的に来訪してきた。
多少の世間話を交えつつ、頭を下げ感謝を述べ帰っていった。
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