第22話「夜の密談」

「はぁー。トイレが遠いのが唯一の欠点だよなー」


 夜中、リィドは尿意で起床しトイレに向かう。


「ん?なんだ?」


 何かの音が聞こえる。給仕が仕事でもしているのかもしれない。

 しかし、期間中の護衛が本来の依頼なので音のする部屋に向かう。


「……」


 部屋には明かりがついており、室内には人がいるようだ。

 音を立てないようにドアを開けてえ中を確認する。


「誰ですか?」

「!」


 こっそり開けたつもりが気づかれたようだ。


「申し訳ありません、王子だと気づかなかったもので」

「リィド殿ですか」


 声の主で正体が分かったのでリィドは普通にドアを開ける。

 部屋の中で王子が木剣を振っていたようだ。リィドの聞いた音の正体は素振りの音だった。


「すみません、起こしてしまいましたか?」

「いえ、お手洗いの帰りに音が聞こえたので。万が一があってはいけないので確認しに来ただけで、覗くつもりはありませんでした」

「ありがとうございます。目の前でドアが微かに開いたのに驚いてしまっただけですので」

「剣の練習ですか?」

「はい。お恥ずかしいですが……」

「失礼かもしれませんが、何故練習を?」


 この国では王子は王以外になることはできない。もちろん、その身に万が一があれば別だが。

 騎士になることもできない。仮に他国と戦争になったとしても戦場で剣を持ち戦うなどありえない。

 ある程度剣を扱えればそれで良いはずだ。

 王子を見ていて思ったのは定められた日課として消化する訓練とは思えない。何か強い意思があるようだ。

 そもそも、王子として接しているが実際は影武者だ。剣の強さなど不要なはずだ。


「……私はやはり剣の才能が乏しいようなので。人より多く練習しないといけません」

「……なるほど」

「まだ私には身の丈に合わない夢……目標があります。なので私は強くなりたい」


 強くなりたい。演技などではない純粋な思いだろう。


「聞かせていただいても?」

「今より良い国にしたいのです。この国で生活し幸せだったと思って最期を迎えられるそんな国にしたいのです」

「さすがは王子様ですね。そのために剣を?」

「……内密にしていただけますか?」

「もちろんです」

「私のせいで騎士団員の一人を死なせてしまいました」

「……」

「私は好奇心旺盛な方でして。まだ私が小さい頃の話です。こことは別の離宮の近くの森にナルレイロンの幼体がいるらしいと耳にしまして」


 ナルレイロンとはレイロンという魔獣の一種である。成体は山より大きくなる個体もある。硬い皮膚に覆われ巨大な羽を羽ばたかせ飛翔する。尾の一振りで巨大な岩をも砕く力を持つ。

 特筆すべき点は口内に魔法器官を有しており、吐く息が武器となる。

 魔法行使による息は金属すら容易に切断する。

 幼体といえ人間など紙屑に等しいだろう。


「幼子の特有の怖い物知らずです、私はこっそり抜け出し森に冒険に行きました」

 死なせたとなかなか物騒だと思ったが話の先が凡そ想像できる。

「噂の通り、本当にナルレイロンはいました。魔獣にお詳しいリィド殿なら、言わずもがなでしょうが、幼体とはいえ人間からすればとてつもない脅威です。ナルレイロンは私に襲いかかってきました」


 王子が抜け出したことに気づいき捜索していた騎士団員に発見され、助けられた。ナルレイロンの攻撃から王子を庇い一人が死亡した。幼体だったためナルレイロンは討伐できたが、本来は討伐する必要がなかったはずだ。


「当時はただ怖いだけでした。剣を習うようになって、私のせいで誰かを死なせてしまうのは嫌だ、守れるだけの強さが欲しい。そう思うようになりました」

「なるほど、だからエリルとの練習にあそこまで真剣に取り組まれていたのですね」

「はい。エリル殿のことは騎士団長殿からよく聞いていて、実際手合わせしてみたら実に気持ちの良い剣でした」

「近接戦闘はうちのメンバーで随一です」

「比べるのは烏滸がましいですが、エリル殿と比べて私の剣はやはり弱い。いつかはエリル殿のような剣を振れるようになりたいと思ってます」

「……エリルのようになりたいのですか?」

「はい」

「……」


 リィドは告げるべきか悩んだが言うことにした。


「これは大変不敬かもしれませんが王子はエリルのようにはなれません」

「それはどうしてですか?」

「筋力です。エリルの剣はあの強靭な肉体があってこそできる芸当です」


 フェイシスの身体能力が高いので影が薄いがエリルの筋力もとてもつもなくすごい。


「筋量は一定以上を超すと努力でどうにかなるものじゃないです。まぁ、身体の強化魔術を併用する手もありますがそれもで限度があります」

「確かに身体的機能はどうしようもありません。しかし、まだ私の身体的成長はこれからなのでまだ無理と決まったわけではないと思います」

「……可能性はなくはないと思いますが、この国の女性の平均身長を考えると病気などで異様に体が発達でもしないかぎり難しいかなと」

「な、な、今なんて言いましたか?」

「平均身長を考えると病気などで異様に体が発達でもしないかぎり難しいかなと」

「それより前です」

「あ」

「どうして私を女性だと?」

「……シュリギンの乗っている姿でですね」

「乗り方?そんな特徴的でしたか?」

「特徴的ではないですが、男性では少々難しい足の付け方をされてたので」

「あ……」


 王子は真剣な表情をする。


「……確かに私の体は女性です。リィド殿、このことは生涯秘していただけますか?」

「当たり前です。依頼での警護、その中で知りえた情報は当然守秘義務があります」

「……本当に漏らさないでくださいね。脅しになってしまうのですが知っていることを知られるだけで命の危険がありますので」


 仮に本物の王子であったのなら今この瞬間リィドの首は地面に口づけをしていたかもしれない。

 影武者といえ、その情報を漏らせば当然極刑だろう。あたり前だが漏らすことなど絶対にしない。


「十二分に承知してます。話を戻しますが、強くなりたい、自身を、自分の身近な人を守る力が欲しいのならば簡単な方法があります」

「……それは怪しいものではなくてですか?」

「はい、全うです。むしろ王子のように努力でしか得れえない方法です」

「ならば是非教えていただきたいです」

「正直簡単なことです。剣の使い方を変えればいいだけです」

「使い方?」

「そうです。受け止めるのではなく受け流す。王子はかなり柔軟な筋肉かと思います。自分の体の特徴を活かす戦い方が一番強くなれるかと」

「……」


 王子は考えこむ。


「本当に強くなりたいのなら憧れ、意地なんて捨てろ。貫けない意地なんてみっともないだけだ。受け売りの言葉ですが」

「……ありがとうございます。リィド殿にも経験が?」

「はい。まぁ、相手は魔獣ですけどね」


 魔獣を討伐して生計を立てていくのなら、魔獣の性質や習性を利用し、最小限の労力で効率的に倒すべきだ。誠実さでは腹は満たされない。

 魔獣に憐憫を抱くくらいなら感謝し敬意を払え。先生に教えてもらった言葉だ。

 今となってはその言葉を理解でき、教えてもらったことに感謝している。


「実に愉快なお師さんですね」

「はい。それは間違いないですね」


 リィドはいくつか先生の話をした。


「やはり外の世界に憧れますか?」

「外の世界……王宮の外の暮らしを指すのであれば、そうですね。もちろん、今の生活に不満はありませんが」

「……仮に何かあり今の立場から逃げるしかない時は、俺のとこ来てください。何かお役に立てるかもしれません」

「いろいろとありがとうございます。すみません、私が戻らないとお休みできないですよね」


 リィドは王子が戻るのを確認すると自分の部屋に戻り再び眠りについた。

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