第20話「空き部屋なし」

 リィドとフェイシスは洞窟を脱出した。


「無事でなによりだ」

「何したんすか?」

「矢をびゅーんてした」


 リィドが詳しく説明する。


「なるほど。確かに悪魔の魔力自体を利用して爆発させるなら、その前に悪魔を消せば不発で終わるっすね」

「それで分かるのか……戻るか」

「そうだな。リィド、歩けるか?」

「大丈夫だ。負傷じゃなくて、疲労なだけだからな」

「そうか、辛かったら遠慮なく言ってくれ」


 エリルは魔獣との戦闘しかしておらず、一番疲労が少ない。

 帰路、歩きながらセツナがふと切り出した。


「先輩、奥の手と言ってましたが、その矢ってもうない感じですか?」

「そうだ。一本だけ残っていただけだ」

「もったいない気もしますけど、そのおかげで助かった訳っすもんね」

「本当だ」

「しかし、悪魔と聞いて身構えていたが意外と良い悪魔だったな。騎士団にいた時は悪魔とは倒すべきものとしか教わっていなかった」


 それにあの遺跡で悪魔と遭遇した直後だ。


「良くはないっすよ。趣味が変わってるだけっす」


 リィドとセツナは死闘を演じたのだ。


「変わってるのはなく、趣味が良いと言って欲しいな」

「出会い方が違えば、対話で解決できたのかもな」


 エリルは頷く。


「……」

「あ」

「……?」

「?」


 返答したのはリィドでも、セツナでもない。フェイシスは気づいた。


「……ななな、なんだと!」


 エリルは武器を構える。

 リィドもセツナも同様に。


「なんだ、ほれ、吾に戦う意思はあらんぞ?」


 さきほど確かに消滅した悪魔の姿が。


「何でいる?」

「全て演技っすか?」

「やはり手強いな」

「まてまて、まじで戦う気はない。さすがの吾も疲れておるしな」

「……嘘は言ってないと思う」

「……どうやって防いだ?」


 フェイシスの勘を信じひとまず攻撃は控えた。


「だって不死身だし」

「なんだと」

「ふじみって何?」


 フェイシスは首を傾げる。

 まだ人類は不死身を解明している訳ではないため、あくまで推理の域にしか過ぎないとセツナは前置きをし、説明を始める。

 不死身とは生物なら死ぬような状況でも死ぬことがなく再生もしくは蘇生する生物を指す。

 例え高位な悪魔でも複数回殺せば最終的には再生できず消滅する。

 それにも当てはらまないものを総じて不死身と呼ぶ。神、天使など極少数しか確認できていない。


「意味が分からない」


 リィドは頭を抱える。

 自身の死を偽装して厄介事を避ける。油断しているところを襲撃して倒す。それなら分かる。

 しかし、ただ姿を晒し戦う意思はないと表明する。何が目的なのか。


「何、興がわいただけだ。吾もぬしらの仲間に入れてくれ」

「はい?」

「わーい」

「無理っすね」

「何だと」


 リィドは頭を抱える。


「待ってくれ。まず何で仲間になりたい?」

「先も言ったが暇つぶしだ。ぬしらと一緒にいれば退屈しなさそうだからな」

「……歓迎するやつ挙手」


 フェイシスとエリルが手を上げる。


「先輩も悪魔について知ってるっすよね?」


 セツナが大反対。


「言っておくが基本俺たちは魔獣討伐がメインで人や悪魔とは関わる予定はないぞ」

「吾は悪戯に他の命を奪うことに興味ないぞ。吾が加わることで戦力は確実に上がる。口ぶりから悪魔と関わる予定はないが遭遇しておるな。予定外でも吾がいればなんとかなる確率がかなり上がると思うぞ」


 それは確かにそうだろう。


「先輩、遭遇した悪魔が一体としても二体に増えるかもしれないんすよ」

「……一ついいか?」 

「なんだ?」

「一つ条件がある。それを呑めるなら 仲間に入れてもいい」

「先輩?」


 セツナはリィドの真意を問おうとしたが、懐から取り出したものを見て一旦口を閉じた。


「これは魔術具だ。悪魔と契約し使役するための」


 リィドは指輪を見せる。


「……それも残してもらったものっすか?」

「ああ。先生が作った魔術具だ。本人曰く、かなりの自信作だって」

「なるほど、矢は討伐、指輪で使役。怖いくらいっすね」


 まるでこのような状況がきたら使えといわんばかりの備え。


「ははは、いいぞ。それが条件ならばな」

「言っておくがさっきの矢と同じ人物が作ったものだ。恐らくあんたでも破れないぞ」

「構わん。破るつもりはないからな」


 リィドとセツナと抜けがないように契約内容を並べた。


「そういえば、名前はなんていうの?私はフェイシス」

「吾はミケだ」

「ふと思ったのだが、これでリィドの家が埋まったな」


 エリルの発言でセツナの恐怖が増した。


「もしかして未来視持ちだったんですかね?」


「聞いたことないからな。でも、視れても不思議じゃないな」


 こうして、新しい仲間が加わった。


「無粋な質問で申し訳ないが、ミケ殿はどれくらい生きているのだ?」

「ははは、そうさな……秘密だな。それにいちいち数えたことがないな」

「なるほど。そうなのかもしれないな」

「みーちゃんはおばあちゃん?」

「んっとフェイシスといったか。いいか?吾は童でもないし、老体でもない。いいな?」

「りょーかい」


 なんともいえない圧に思わずフェイシスはうなずく。


「得意なことは何すか?」

「ほぅ、悪魔を毛嫌いしていると思ったが違ったのか?」

「あー……これは個人的なものっすけど、うちは悪魔を信用するとかはないです。例えるなら自然災害とかと同じ認識っす」

「なるほどな」

「なんで好き嫌いは基本的にはないっす。で、ミケちゃんは魔術具で契約した上で仲間になったんすから別っすよ」

「うむ、得意は賭け事。苦手は退屈」

「人間だったら典型的なダメ人間っすね」


 そうこうしているうちに研究所に戻ってきた。

 報告はリィドだけで、他の皆は出立の準備に向かった。

 問題の悪魔を仲間にしてきましたと不要なことは伝えないほうがいいと判断したからだ。


「さすがね。これをお渡ししておきますね」


 そういってレイロは書類を渡す。


「これは報告書?」

「そう。あの人は口頭で軽く結果を伝えたけどこれが詳細な結果。専門的すぎて分からないところがあるかもしれないけど」

「ありがとうございます」


 リィドは人妻に興味はないのだ。挨拶を済ませ、研究所を後にした。


「これが報告書だ」

「どれどれ」


 ミケが報告書を読む。


「……これがあの心臓か」

「でもこれ見ても結局説明で受けた以上のことは分からないっすね」

「胸糞が悪いってやつだな」

「ミケ、何か分かるのか?」

「さぁな。ぬしらの話を聞く限り、仮に人為的で誰かが行っているとしたら殺す以外の選択肢はないだろうな」

「正直そんなのと関わりたくないがな」


 悪魔が仲間になったとはいえ、リスクの大きい依頼を受けるつもりはない。

 が、今以上に生活費がかかるので本当に逼迫したら受けるかもしれない 

 無事に帰還しギルドへ向かう。個人的な報告はともかく、ミケが仲間になったので申請を行いに。


「おかえりなさい。無事に帰ってきたのは聞いたけど、良かった」

「ありがとうございます。せっかくなんで今日……」

「ごめんなさい。で、こっちに来たってことは私用以外の用があるんでしょ?」

「あ、そうでした。実は新しい仲間ができて……」

「まぁ」

「リィドが幼気な少女を連れ込んだ」

「変態だ」

「人身売買か?」

「子供とか節操なし」


 ギルド内でさまざな感情のこもった野次あちこちから飛ぶ。


「幼女?」 


 ミケが指を鳴らす。


「ぐへ」


 野次の主たちは壁に叩きつけられた。


「なにしやがる!」

「紳士方、立派な成人女性を見た目で判断し、やれ子供だなんと言ったら罰が当たっても致し方ないと思うのだが。ミケ殿も、何も言わず実力行使はまずい」


 エリルが仲裁にはいる。


「成人女性だと?」

「むしろ犯罪臭が増した」

「あの体型でか?何の魔術なんだ」

「……」


 ミケが指を鳴らす。


「ぐへ」


 野次の主たちは壁に叩きつけられた。


「なにしやがる!」

「皆さん?女性にしかも初対面の片に対して年齢や体型について言及ですか。ここは酒場ではなくて、ギルド内なんですけどね?」


 ティタ姉が笑顔で告げる。


「す、すみませんでしたー」


 一斉に謝罪。乱闘などには発展しなかった。


「さ、こちらにどうぞ」


 ティタ姉に連れられ、リィドたちは個室に入る。

 リィドは経緯を話した。


「……魔術具で契約を」

「そうです」

「……ちなみにミケさんはどうして縛れてまで仲間に?暇つぶしに対してデメリットが大きいかと」

「吾からしたら別にデメリットではないのだがな。まぁ、暇つぶし以外にも理由ならある。命一つ分の借りがあるからな」

「なるほど。特に契約に終了期間がないようですけど、長い間付き合う義理なんですか?あなたにとって」

「ははは、長い間か。人間一人の一生など吾からすればあくび一つの時と変わらん」

「……さすがは魔族ね。承知しました。あなたの名前、姿形が偽証でなければ現在特に手配されている魔族と合致はないようなので受理します」

「ありがとうございます、ティタ姉」

「リィド、悪いけど先受付に戻ってもらえる?ギルド内の魔族への注意事項等説明しなくちゃいけなくて」

「分かりました。ミケいいか?絶対失礼のないようにな」

「ははは、失礼な態度をとらなくてはいけない人間でなければ問題あるまいさ」

「あのな」

「大丈夫です。私も魔族の応対経験はありますから」


 受付に戻り、三人は先に家に帰ってもらうことにした。

 そもそも悪魔退治は個人的な案件で依頼ではない。あくまで、仲間の申請をしにきただけなのだ。

 しばらくして、ミケとティタ姉が戻ってきた。

 雰囲気を察するに特に問題はなさそうで少し安心した。


「では主の愛の巣とやらに向かうとするか」

「誤解を招く言い方やめてくれ」


 フェイシスの時は事故だ。好奇心はあっただろうが特になかった。

 セツナが加わってからリィドが年下に目覚めたなどあらぬ噂が広がり始めた。

 エリルが加わりハーレムだなんだと実態とかけ離れた野次をかけられるようになった。


「今まで人間と一緒に過ごしたりとかしたことあるのか?」


 帰宅途中ふと疑問ぶつける。二人きりだしこの際気になったこと聞いておいた方が良い気がした。


「ほぅ、前の男の影が気になるのか」

「な、違うぞ。そもそもミケは年齢的に対象が……」


 リィドは命の危険を察知し口をつぐむ。


「人間の作った組織に属することは初めてだぞ。よかったな」

「……そうか」

「安心しろ。人と接したことは当然あるて」

「まぁ、今更いきなり人を襲うなんて考えてないさ。でもな、これはセツナ、エリルにも言っているんだがな」


 リィドは家での事細かいルールを説明した。


「……はははは、実に愉快な暮らしだな」

「退屈はしないかもな」


 家に辿り着くと、ミケは足を止める。


「どうした?」

「実に景観を損ねる家だな」

「素人が建てた家だからな。そこは我慢してもらうしかない」

「いや、そうじゃない」

「?」

「ただの民家にしては厳重に保護されとるからな」

「分かるのか」

「見たままを言っている」

「さすがだな。暮らしていた俺はまったく気づかなかったし、今も全然分からない」

「なるほどな。無理はない。紅を知るのは悪魔だけだろうからな」

「なんだって?」

「なんでもないぞ。……どうやら入れるようだ」


 リィドもセツナに聞いたので詳細は不明だが、悪魔や魔獣が寄ってこないかもしれないとのこと。


「おかえり、リィド、みーちゃん」

「ただいま」

「うむ、ただいま。そうだ、帰宅時に抱きしめ合うのはしなくていいのか?」

「何の影響だそれ……うちではやってない」

「こう?」


 フェイシスはミケを抱きしめる。


「ほれ、お主はいいのか?」

「遠慮する……」

「ん」


 リィドは危険に気づいたが、とっさのことで対応ができない。

 ミケの髪がフェイシスの顔にかかっている。


「くちゅん」


 爽やかな風が吹き抜けた。


「なぬ?」

「ごめんね」


 良いか悪いか慣れつつあるリィドは急いで服を着て、フェイシスにも服を着せる。


「ずいぶんと愉快な歓迎だな」

「怒るのは分かるが、ひとまず服を着てくれ」

「怒っとらん。むしろ感心してる」

「いいから服を着てくれ!」


 悪魔に羞恥心というものがないのかもしれない。悪魔だと分かっているが見た目が人間の少女の一糸まとわぬ姿があるのだ。動揺せずにはいられない。

 こうして新しい仲間、かつ同居人が増えた。

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