第19話「突き刺す矢」

「次は力試しだな。おぬしと、おぬし。この先に魔獣達が溜まっているので退治してもらおうかの」


 指名されたのはフェイシスとエリルだ。


「俺たちはだめなのか?」


 ここで二手に分けるのは何か意図を邪推せざるおえない。


「これはゲームだ。どう転んでもクリアするゲームを見て楽しいか?」


 ここは洞窟内で大きい魔獣など出ない。確かに四人で挑めば、簡単だろう。


「リィド任せて」

「そうだ、さすがにただの魔獣に遅れを取るつもりはない」

「……分かった。二人とも任せた」

「で、うちらは何にさせるつもりっすか?」

「そうさなー。演武を見せてもらおうか?」

「エンブ?」

「組み手みたいなもんだな。俺とセツナがか?むしろあの二人の方が見応えあると思うが」

「吾が見るに、あの二人は近接戦闘が得意。ぬしらは中、後方からの支援だろう。だったら慣れぬ方を見た方が興味深いだろ?」

「嗜好は分かったすけど、胡散臭いっすね。だって組み手に勝敗はない。あんたを満足させればいいっすか?それはちょっとお題として理不尽じゃないっすかね」


 魔獣の駆除は明確に終わりがある。しかし、演武に終わりはない。


「安心せい、あちらが無事に戻ってきたらクリアにしてやる」

「……もしかして、雑用を押し付ける口実じゃないのか?」

「くく、どうだろうかの?ほれ、始めろ。武器がないのならば、貸してやるが?」

「大丈夫だ。もしものために近接武器も持ってはいる」


 リィドは剣を取り出す。


「うちこの使い慣れたナイフでいいっす」


 リィドとセツナは向かい合う。


「行くっすよ」 


 セツナがリィドの懐に接近する。


 リィドは剣を振るわずあえて前進し、セツナの腕を掴み後方に投げる。


「っと」


 セツナは勢いを利用し体を捻り、天井に飛ぶ。到達すると反射の勢いでリィドに迫る。

 リィドは剣先でナイフを受け流し回転する。セツナのナイフが手から弾かれる。


「せい」


 上空に舞ったナイフを足先でリィド目掛けて蹴り飛ばす。

 回転した勢いを利用し、距離を取り躱す。


「ほう。意外とやるじゃないか」


 悪魔は拍手を贈る。


「満足したか?」

「いんや、興が沸いた」

「せんぱい……逃げてくださいっ……」


 悪魔が指を鳴らすと、セツナが突然地面に倒れた。


「セツナ、どうした?……何した?」

「遠慮なくできるようにしてやっただけだ」


 セツナが起き上がる。


「セツナ、おい。……操作魔術か?」


 セツナの反応がない。


「どうだろうな。吾に意識を割いて良いのか?」

「な!」


 セツナがナイフで切りかかっていた。

 ぎりぎりで躱す。


「実に興味深い。矢と弓を持つにあからさまに、遠距離装備なのに体の使い方はできてる……。まぁ、そっちも獲物が悪いのもあるだろうが」

「ち」


 リィドは思い切り剣を振るう。セツナは既に背後にいるのにだ。


『キン』


 金属音が響く。何もない空中でリィドの剣は停止する。


「ナイフを持つにしてはたいそうな手袋なのでな。やはり本命はこっちか」


 楽し気な声が響く。

 ワイヤーが仕掛けられいた。セツナはワイヤーを仕込み、それを足場にし器用にリィドに飛び込んでくる。

 仕掛けられたワイヤーがあるためうかつに動くこともできない。


「っく」


 ナイフによる攻撃はいつもよりセツナの動きが鈍いおかげでいなすことができるが、ワイヤーによる攻撃を躱すことができず、裂傷ができていく。

 リィドは剣を当てることができない。一度だけ蹴りを入れただけ。


「いいのか?反撃せんとそのままじゃ死ぬかもしれぬ」

「約束が違うが?命は奪わないんじゃないのか?」

「吾が奪うわけではないからな」

「……ってことはこれも仕方ないよな」


 リィドは剣を思い切り振り下ろした。剣は止まることなかった。


「ぬっ、くはははやるではないか」


 剣は止まることなかった。ワイヤーがなかったのではない。ワイヤーを切ったのだ。

 先ほどは弾かれたが、今回は綺麗に切断ができた。

 そして、ワイヤーが切れた途端、張り巡らされていたワイヤーが悪魔を縛り付けた。


「いつからだ」

「……、完全に体の支配戻ったのは先輩に蹴られた時っすね」

「ほう、しかし相談する素振りは見えなかったが?」

「一本だけこうも大げさにワイヤー置かれたら気づくだろ」


 セツナが改造してもらったワイヤー。それは加工された金属を混ぜることで耐久性を向上させたもの。しかし、特筆すべき点は耐久性の向上ではない。ある薬液をかけると一瞬で溶けることだ。


「耐久性が上がる代わりに一瞬で千切れるデメリットがあるのか」

「違うっすよ」

「ん?」

「これは近距離や、周囲に人がいる時に使うワイヤー。それ以外は普段のワイヤーで使い分けるつもりっす」


 セツナは小さな瓶を渡す。


「事故防止っすね。場合によってはワイヤーのせいで先輩達の邪魔することがあるかもしれないっす。これなら一瞬で切れるんで」

「俺でいいのか?」

「だってフェイちゃんは素手、エリちゃんは位置的にうちより前。それにエリちゃんの腕力なら通常ワイヤーでも一撃なんで。そうなると、ワイヤーにまず接触する可能性あるのは先輩ですし」

「なるほどな。わかった」


 通常のワイヤーに加工されたワイヤーが一本だけ混じっている。何か意図があると考えるのが普通だ。

 そして、リィドがセツナに依頼していたのは魔術加工された剣。


「仕込み剣っす。でもこれめっちゃ非効率じゃないっすかね?確かに他の武器に比べて値段は低いっすけど」


 リィドは生活に必要なものとごく簡単な魔術しか使えない。剣に使えるのは強化魔術程度だ。しかし、この剣ならば事前に魔術具を買い仕込んでおくことで、いざという時使うことができる。この魔術剣は三つまで仕込むことができる。

 セツナから渡された薬液を仕込んでいた。

 今回二人の準備が盛大に役に立った訳だ。


「なるほどな、しかし甘いなこの程度でどうにかなると?」


 悪魔を覆っていたワイヤーは全て切断された。少し裂傷を与えた程度だ。


「なんすか、その魔術式は」


 ワイヤーにより胸が少しはだけていた。美しい肌の上には禍々しい魔術式が鈍く輝いていた。


「ああ、これは少々しくじっての」


 悪魔は手近の岩に腰掛ける。


「吾がこの洞窟に足を運んだ時だ。低級な悪魔が喧嘩を吹っ掛けてきてな。相手してやった時にな」

「呪いっすか。低級な悪魔なのに?」

「あっちは命を贄にしたんでな。で、無理やりはずと吾の体ごとばーんだ」

「……。で、解除のために洞窟に身を潜めていると?」

「いんや、かけられた呪いはこの洞窟内から出れない呪いだ」

「何のためっすか?命捨てて束縛?」

「人間に悪魔の命の重さは解らんて。それに、恐らくあれは誰かの使いっぱしりだ」

「つまり、誰かの指金であんたをこの洞窟に幽閉したと」

「そうだ」

「ルール違反だろ」

「ん?」

「ここから出ていくことが出来ないのならこのゲーム自体成立しないだろ」

「吾は考えてやるとしか言っておらんがの」

「っち」

「でも、呪いとはいえ低級の悪魔から呪いなんすよね?解除できないんすか?」

「まぁ、解除方法はあるが吾には解決できない」

「……ちなみに解除方法はわかってるのか?」

「先輩?」

「俺たちの目的はここからいなくなってもらうことだからな。解除できるならそっちの方が都合がいいだろ」

「確かにっそすね」

「解除方法は悪魔の心臓を砕いて、呪いに捧げること」

「つまり解除するには死ぬしかないと。でも高位の悪魔なら心臓の一つや二つ簡単に作れるもんじゃないっすか?」

「吾は高位すぎての、そもそも心臓を持っとらん」


 ないものは壊せない。


「用意周到な罠だな」

「うむ、感心よな。ところで、今からどこかで悪魔を狩りに行き心臓を奪って吾に捧げる。現実的ではなかろうに?おぬしらはそこそこやるようだが、悪魔相手だとうまくやらないと無理だと思うぞ」

 悔しいが悪魔の言う通りだ。悪魔を倒すのは一筋縄ではいかない。

「先輩、事情が事情っすから戻って報告しましょう。さすがに理解してもらえるっすよ」

「……」


 リィドはふとある考えが浮かんだ。


「何だその箱は?」

「っ確かにそれは可能性あるかもっすけど、貴重なサンプルっすけどいいんすか?」

「俺たちが持っていても意味ないしな」


 それは調査を依頼していたダニーグリーの心臓だ。ただの心臓ではない、悪魔化している心臓。ならば、条件を満たしているのではないか。


「歪な心臓だな」

「ああ。偶然手に入れたんだが、これ使えないか?」

「……いいのか?」

「ああ。その代わり解除できたらゲームは終わりにして、ここから立ち去ってくれよ?」

「うむ、約束しよう」


 悪魔は心臓を受け取り、砕く。


「うむ、いけそうだな」


 魔術式が動き出す。


「やっぱり悪魔化してんすねそれ。……でもこうなると、どうやってあのダニーグリーを入手したんすかね」

「確かに……それは帰ったら聞いてみるか」


 悪魔の方を見ると順調に解除が進んでいるようだった。


「最後の一つだ。これが解かれれば終わる。感謝するぞ」


 魔術式が光った瞬間、目の前に悪魔が現れた。


「な、まさか」


 リィドとセツナが反応する前に悪魔は消滅した。やはり、高位な悪魔なのは間違っていないようだ。


「済まぬ、おぬしら急いで逃げろ」

「何があったんだ」 


 現れた悪魔は、少女の姿をした悪魔に一瞬で消された。何かされたようには見えない。


「解除と起動が同一だった」

「え?」

「規模はどれくらいっすか?」

「知らん。初めてだ」

「確かに、先輩逃げるっす」

「失敗したのか?」

「ある意味そうっすね」

「……っ、セツナあの二人を呼びに言ってくれ」

「!了解っす」


 セツナは二人を呼び戻しに行く。


「同一ってことは、解除方法だと思っていたのが起動方法だったってことか?」

「ある意味でな。これで誰かの差し金なのははっきりしたが。済まぬな。無駄にして」

「……それって魔術式が発動して爆発するんだよな?」

「ああ。吾の全てを使ってな。すくなくとも、この洞窟から離れないとダメだろう」

「どれくらいで発動する?」

「数分だろう。ぬしたちならぎりぎりじゃないか?」

 確かにそうだ。

「連れてきたっす。急ぐっすよ先輩」


 フェイシスとエリルも無事だったようだ。


「……」

「先輩?」

「たぶん、このままだとかなりぎりぎりだ。……三人は先に行ってくれ」

「はい?いつから趣味変えたんすか?」

「別にそんなつもりはない。奥の手がある。もしかしたら、なんとかなるかもしれない」

「私は反対だ。詳細は知らないがセツナがここまで必死なんだ、危険なのは分かる。ここは逃げる方が生存率が高いと思うぞ」

「分かってる」


 リィドもできることなら即退散したかったが、口にしなかったことがある。

 あくまで頭の中の計算だが。フェイシスとセツナなら、間に合うだろう。エリルは最高速度を維持することは可能だが、重装備で速度は二人に劣る。エリルが間に合うかどうか微妙なラインだ。

 そして、リィド自身。エリルより速度は出るが持久力が持たない。フェイシスに担いで貰えば間に合うかもしれないが、エリルをサポートできない。


「三人とも行ってくれ。先生が残してくれた物だからな、俺なんかより信頼できる」

「……了解っす。エリちゃん、先輩を信じましょう」

「……分かった。いいかリィド、必ず戻ってくるんだぞ?私は嘘が嫌いだ」

「ああ、分かってる。じゃなかったらそもそも、待たずに先に行ってる」

「ふ、そうか」

「フェイちゃん?」

「私は残る。リィドより体頑丈だし、担いで走る」

「……帰ったら先輩の奢りでたくさん食べましょうね」

「うん」

「なんで、一番疲弊した俺なんだよ」


 セツナとエリルは走る。


「いいのか?」

「うん。リィドと一緒ならなんとかなるよ」

「……だといいけどな」


 リィドは矢を取り出す。これは先生が魔術式を組み込んだ矢である。


「……く、なんだこれ」


 弓を引こうとするがうまく行かない。力が足りないのではない。矢に魔力を吸われるようだ。


「凝った矢だな」

「特別製だ。というか、いいのか?」


 今から矢で射ろうとしているのだ。


「術式が発動すればどのみち終わりだからな。人間のあがきを見た方が楽しいだろ?」

「それもそうか」

「リィド、私も引く」

「ありがとな」

「んっ」

「無理するなよ」

「大丈夫」


 二人でようやく引くことができた。


「く、見事なり……」


 放たれた矢は胸を貫いた。

 魔術式は消えていた。


「破壊でなく、解除と吸収とはな。……悪魔殺しの矢だな」


 先生が残してくれた矢。それは悪魔を殺すための矢だった。

 魔力を吸収する矢。悪魔に当たれば魔力を吸収し尽くす。


「よし、撤退しよう」

「うん。でもあの人はどうするの?」

「……もうじき消滅する」

「だろうな。見事だ。餞別だ、受け取れ」

「いいのか?」

「ある意味助けて貰ったわけだからな。そして、頼みがある」

「なんだ?」

「首を刎ねてくれ」

「意味あるのか?」

「あまり。しかし、このまま吸われるのを待つより早い」

「……分かった」

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