第16話「ノックは忘れずに」

「ティタ姉、用事って何でしょうか?」


 ある日リィドはティタ姉に呼び出されてお洒落なお店に来ていた。

 飲み物が届くとティタ姉は静かに口を開いた。


「前にリィドに頼まれた件でさ」

「あ、何か分かったんですか?」

「ごめんなさい」


 ティタ姉は頭を下げる。


「な、なんですか?謝らないでください」


 無茶なお願いではあったのだ。


「あのね、非常に申し訳ないのだけど交換条件出してきやがったのよ……」

「交換条件?」

「そう、調査は終わって驚きの結果が出たみたい」


 やはりあれは普通の状態ではなかったということだ。


「で、結果が知りたければあちらが依頼する仕事をこなして欲しいですって」

 最初に言いなさいよねと文句を言う。


「なるほど、分かりました。それで依頼の内容は?」

「それは直接会って話すって」

「……ちなみにどこです?」

「ローゲインルド王国よ。で、北の方にあるラズベルという街に住んでいるわ」

「……」 


 普通にローゲインルド王国に移動するなら六日はかかるだろう。


「王都に行って転移門使うのおすすめするわ」


 転移門とは国家間で移動が利便になるように移動魔術を常時発動しており、それの通称を指す。

 転移門は通行税が必要になる。それに身分確認が行われる。リィド達が住んでいるシェラザード王国は周辺国では一番大きく、一番歴史が長いので転移門の数が多い。


「申請手続きお願いできますか?」

「やっときます」


 リィドが普段使わない理由は単純に通行税を払うのが嫌だからだ。移動距離がかかるほど、通行税も上がる。

 それに、今まではそこまで遠い場所での依頼を受けることはしなかったので使う機会がなかったのもある。

 リィドは家に帰るとさっそく荷物の準備を始めた。


「それは何?」

「あーこれか?ちょっと罠がある矢だよ」

「そっか。これはこっちに入れればいい?」

「頼んだ」


 支度が終わったフェイシスはリィドの手伝いをしていた。フェイシスは荷物がほぼないのですぐに終わった。リィドと同じく手持ちの多いセツナはどこかに買い物に出かている。

 フェイシスはいつも以上にご機嫌のようだ。鼻歌混じりにリィドの荷造りを手伝う。


「だってすごい遠いんでしょ?」

「そうだな。ローゲインルド王国て言葉聞いて何か思いだすことないか?」

「……なーい」

「そっか」

「ごめんね」

「なんで謝るんだ?」

「だって始まりは私でしょ?」

「感謝してるさ」


 あの時、出会わなければ、記憶を失っていなければ。恐らく、街の近くの依頼をこなし、ティタ姉にお誘いをかけるだけの代り映えのしない日々。

 もちろん、それが悪いことだとは言わない。


「人間、思い出したくないことだってある。思い出せないことの方がよかったりするしな。フェイシスのそれはきっと悪いことじゃない」

「リィド……」

「それにフェイシスの記憶が戻ろうが戻るまいが、大切な俺の初めての仲間だ」

「うん」

「生きるためなら汚れることを恐れるな。仲間のためならば清くあることを忘れるな。先生がよく言ってた」


 リィドはふと過去を思い返えした。


「先生さ、何で卑怯なの?」

「な、リィド?何ですって?」

「いててて、何で魔獣相手に罠をこうも完璧にしかけてるんですか?だって先生なら高位の悪魔だって倒せるんだから、こんな魔獣なんて一瞬じゃないですか」

「あのね、リィド?これはあんたのためにやってるのよ?十二分に感謝するように」

「俺のため?」

「そうよ。だってそもそも、私だけなら、魔獣なんて狩る必用ないもの」

「……」

「それに覚えた技術ってのは裏切らないものよ」

「それはそうですけど」

「得意な剣でやる?それでもいいけど、面白くないでしょ?」

「……」

「あ、これ私の分だからあんた獲物捕らえないと今日のご飯なしよ?」

「うえー悪魔」 


 先生の言うことはいい加減なことが多かったが、同時に本当になることが多かった。


「これで最後?」

「ああ、ありがとなフェイシス。よし、じゃエリルでも手伝いに行こうか」


 リィドとフェイシスはエリルを手伝うことにした。


「ちょ、フェイシスノック!」


 フェイシスがいきなりドアを開けた。


「な、フェイシス、りりりリィド!?」

「エリ、が、す、すまない!」

「ちょちょ、待て、誤解だ。聞いてくれ!」

「すまない。確かに開けたのはフェイシスだが、俺も同罪だ。謝罪するのでどうか」

「待て、行かないでくれ」

「分かった。説明ならいくらでも聞くから服を着てくれ」

「……」


 ドアは閉まる。

 リィドが目にした光景とは下着姿で、汗をかき肩で呼吸していたエリルの姿だ。


「そうか、二人は荷物の手伝いにか」


 まず、リィド達が事情を説明し完全な事故であることを告げる。


「私はな、その……」


 エリルの説明はこうだ。内容がわからないとはいえ、危険な依頼になるかもしれない。

 なので、万全な状態で臨む必要がある。

 精神集中のために、衣服を脱ぎ内なる自分と向き合う。

 室内で、槍を振ることはできないので肉体のみで精神を研ぎ澄ますべく、動いていた。


「要するに、筋トレしてただけと」

「そ、そうだ。分かってくれたか」

「まぁ、もうここはエリルの部屋だから何しててもいいけどな」

「えりちゃんそんなに大変なの?」


 あそこまで汗をかいているのだ。よほどの運動量なのだろう。


「ああ。例えばだが、腕の打ち込み、これを数秒かけてゆっくり出す。そして同じようにゆっくり戻す」


 動きが遅いので簡単に見えるが、実際はかなり体に負担がかかる。


「……本当だ、すごいね」


 フェイシスはエリルの動きを真似る。


「リィドはやらないの?」

「俺は鍛えないからな」

「リィド、体を鍛えるのはいいぞ?」

「これ以上筋肉をつけると動きずらくなるからな。筋肉は維持の状態だ」


 自分の体が資本である。それに魔獣相手にしているのだ、最低限動けないと話にならない。


「それは失礼した。確かに筋肉は量をつければいいわけじゃないからな」

「そうだ、準備終わってるなら二人共お風呂入ってきたらどうだ?」

「いいのか?」

「まぁ、汗を大量にかいてるわけだしな」

「では、お言葉に甘えて」


 リィドが食事を作っているとセツナが帰ってきた。


「お、今日も相変わらず良いにおいっすねー」

「二人が風呂入っているからまだ後だぞ」

「りょーっす。あ、先輩に頼まれていた剣っすけど要望の条件満たすのあったんで買ってたっす」

「あったのか。ありがとな」


 セツナはリィドに剣を渡す。リィドは手に持つと握り剣先を眺める。重さを確かめる。


「いくらだった?」

「あいいっすよ。今回はうちのおごりっす、まとめ買いで安くしてもらったんで」

「いいのか?」

「もちっす、その代わりちょっと付き合ってくれませんか?」


 家の外にリィドとセツナはやってきた。


「うちのワイヤーちょっとだけ改造してもらったんすよ。だから使い勝手試したいのと、先輩の剣の試し斬りしましょう」


 リィドとセツナはしばらく武器を交え、意見を交わした。

 終わって戻ると風呂に入っていた二人も出てきた。

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