第14話「脅威は石ころのように」

 リィドは悩んでいた。エリルがチームに加わり、魔獣駆除の依頼はすることがないくらい簡単に終わるようになった。

 しかし、報酬金は四人だと少ない。額の多い依頼を受けるか、依頼の数を増やすか。

 依頼内容に対して報酬金が良い依頼を紹介された。

 隣国の遺跡調査及び魔獣駆除。国境近くのためこちらのギルドの方が近いため依頼が来たようだ。

 遺跡はたて続けで苦い思いをしている。


「リィドちょっといい?」

「もちろんです」


 ティタ姉に別室に案内されついていく。


「前にお持ちいただいた箱ですが、どうやらただのは箱だったようです」

「そうですか」

「かなり古い年代の物のようです。そして、遺跡を調査した第一報告が出ました。死骸が燃え損傷が激しいため特定できるかは不明だそうです。恐らく人為的に作られた魔獣の可能性があるとのことです。現在確認できている魔獣に該当するものはないということだけは確実とのことです」

「人為的……昔に作られて忘れられていた?」

「その可能性もありますね。遺跡の守護として作られたのか、そもそもあの遺跡そのものが研究施設の用途だったかもしれないし……」

「ティタ姉?」


 いつになく饒舌だ。


「あ、失礼しました。で、さっきの依頼はどうしますか?」

「また、あんなのと遭遇する可能性もありますよね?」

「ないとは言えないですね。本来あの遺跡だってとっくの過去に調査済みのはずですからね。それなのに、隠匿された空間があった。しかも、空間を隠す魔術ではなく、空間そのものが魔術によって条件が満たされると発生するというかなり高度な魔術のようです。なので見つけられなかったのかなと」

「なるほど……」

「あくまで可能性の話で依頼とは関係ないので即帰還してもらって結構ですよ?」

「……分かりました。受けます」

「承知しました」


 家に帰り伝えると嫌がることなく準備を始めた。


「久しぶりの遠出だね」

「恐らく一泊はしないといけないな」

「お弁当持ってこう?」

「いいけど本当に食べるの好きだな」

「食べるのも好きだけど、リィドの作る料理だから」

「いちゃいちゃ中ごめんなさいっす。使うか分らないですが、避難用魔術買っときます?」

「確かにあった方が良いけど、今回の報酬額じゃ赤字だからな」

「避難魔術てなに?」


 避難魔術とは正式には移動魔術という。

 移動魔術は魔術によって空間と空間を繋ぎ、物理的距離を無視し、移動を可能にする魔術だ。

 難易度が高く、自在に扱える魔術師は少ない。

 この魔術を簡素化したものが避難魔術などである。こちらは一方通行、もしくは一度きりなどである。


「あー確かにそうっすね。了解っす」

「なぁ、リィド。私もお弁当作ってもいいか?」

「もちろんだ。むしろ助かる」

「うちらは食べる専門っすからねー。いい嫁さんになるっすよ先輩は」

「確かに料理ができる殿方は魅力的だな」

「あーもしかしてエリちゃん先輩に惚れたっすか?」

「な、ほ、惚れてないぞ!」


 顔を真っ赤にして否定する。


「セツナさん俺にダメージ来るのでやめてもらってもいいですかね」


 しばらくエリルと過ごし、極度の方向音痴と思いの外乙女であることが判明した。


「えりちゃん結婚するの?」

「な、けけけ結婚?フェイシス意味が分かっているのか?」

「ちゅーして一緒に暮らすんでしょ?」

「間違ってはないっすね。一緒に暮らしてるわけですし、あとは先輩ちゅーするだけじゃないっすか」

「順序が逆だろ」


 不思議なことにチームを組み、一つ屋根の下で暮らすようになるとセツナとエリルをそういう対象としてリィドは見れなくなっていた。


「そ、そうだ。それにリィドはティータニア殿が意中の相手のなのだろ?」

「ティタ姉は確かに魅力的な人だな」

「てか先輩は年上で綺麗な女性なら誰でもいいんじゃないっすか?」

「失礼な誰でもじゃないぞ」

「そ、そうか。リィドは年上が好みなのか……」


 準備を整え、翌日の朝家を出て、午後遺跡に到着した。


「前のと似てるね」

「そうだな。小型の魔獣の増加。これで済めばいいけどな」

「こっちの遺跡は広いっすからね。大きいのがいてもおかしくないっす」

「しかし、広いおかげで武器を使えないことがないので助かる」


 エリルは使用武器が槍なのである程度の空間が必要である。

 順調に進んでいた。遺跡の中なので分かりずらいが、外は夕暮れ時を迎えていた。


「な、なんだ?大型魔獣か?」


 何かの唸り声が響く。


「もうそんな時間か。どこか広いところ出たら今日は休憩しよう」

「おなかぺこぺこ」

「エリちゃん、あれは名物フェイちゃんの腹時計っす」

「そ、そうなのか」


 しばらく進むと部屋を発見しそこで休息をとることにした。

 部屋と呼ぶには何もない空間だが。入口があり、壁が四方にある。それだけの空間だ。

 リィドは入口に罠を仕掛ける。視認しずらいワイヤーを仕掛ける。


「セツナは何をしているんだ?」


 エリルは当然の疑問を口にする。セツナは部屋の壁に顔をつけ回って歩いているのだ。


「音聞いてるっす。隠し部屋に続いてないか」

「なるほどな。強襲を警戒してか」

「よし、食事にしよう」

「待ってましたー」

「こっちが俺のでそっちがエリルのだな」


 リィドはエリルの作った食事を口にする。


「ふぇ、フェイちゃん?」


 セツナが驚愕する。


「どうした?具合悪いのか?」


 リィドも異常事態に気づく。


「……」


 あの大食い魔人のフェイシスが食べるのを中断しなんとも形容しがたい表情をしていた。


「それエリちゃんのっすよね」


 セツナはエリルの作ったお弁当を口に入れる。


「ぐはっ」


 盛大にむせた。


「?」


 リィドは再度エリル作を口に入れる。特に何もない。


「そんなに不出来だったのか?」


 エリルは自分で作ったものを口に運ぶ。


「ごふ」

「エリル?」


 一体何が起きているというのか。


「みな、すまない。責任を取り腹を切ろう」

「エリル?皆どうした?」

「まじっすか?先輩」

「何がだ」

「このエリちゃん作……個性的な味じゃないっすか。それでフェイちゃんがあんな摩訶不思議な顔してるんすよ」

「そうか?」

「リィド無理して食べてくれるな。それは拷問の類だ。く、私が不甲斐ないばかりに、すまない」

「そんなにまずいか?」

「リィドのは美味しいの?」


 フェイシスがリィドの食べていた分を少し食べる。


「!」


 フェイシスが停止する。


「すまない。私が全て始末すぐはっ」


 自分で作り自分で食し負傷する。


「先輩味覚どうなってんすか?」

「別に普通だと思うぞ」

「それ食べながらとか説得力ないっす」

「わかった。俺がエリルのを食べるから皆は俺が作ったのを食べてくれ」

「リィド、さっきも言ったが無理しないでくれ。私は人を傷つけるために料理を、ぐすっ、作ったわけじゃない」

「別に無理してないぞ?」


 食事を終え、エリルの号泣謝罪会見を済まし、寝る準備を始める。

 一人二時間ほど交代で見張りをすることになった。

 魔獣の遭遇や盗賊の襲撃など特になく朝を迎えた。

 今日には帰りたいので最奥部に向かう。


「フェイシス、エリル待った」

「古典的な罠っすね」


 壁の側面が傷ついている。


「床見てくださいっす。この床に一定以上の重さがかかると……」


 セツナは床を踏むと勢いよく壁から槍が飛び出した。


「このように串刺しっすね」

「槍が来る前に通る?」

「それができるのはフェイちゃんだけっすね」

「安全な地点を記憶して通行する必要があるわけだな」

「そうだ。見た目じゃ違いはなさそうだからな……時間かかるなこれ」

「ふははは素人はどいてもらおうか」

「な」

「っと待った!別に俺はお前らと敵対したいわけじゃない」


 セツナはとっさに放ったワイヤーをしまう。


「誰だ?」


 リィドは警戒したまま尋ねる。


「俺を知らないとは可哀想なやつだ。俺は遺跡ハンターのナルス」

「セツナかエリル、聞いたことあるか?」

「ないっすね」

「私の覚えている最近の手配書にはない名前だな」

「遺跡ハンターって何?」


 フェイシスの疑問に三人は答えられなかった。


「それは遺跡に眠るお宝を探し出す探検家のことさ」

「つまり遺跡盗賊ってことっすね」

「なるほど。こういう時逮捕とかはできるのか?」

「逮捕はできないな。襲ってきたら対処するくらいだな。まず通報が優先される」

「おい!俺を野蛮な盗賊と一緒にするな!」

「有名ということはどこかの地域では手配書が出てるのでは?」

「でもなーんか違う感じするっすよ」

「確かにお尋ね者って感じじゃなさそうだな」

「おい、こそこそ相談するな!人の悪口言ってるだろ!」

「なんで遺跡ハンターになったの?」


 フェイシスの素朴な疑問。


「おうさ、俺は遺跡ハンターの王ゼロに憧れ遺跡ハンターになったんだ」

「ゼロは聞いたことあるっすね。数多の遺跡の謎を解明しお宝を独り占め。あくまで、解明と宝が目的でそこら辺の盗賊のように他人に危害は加えない」

「そうさ。子供たちを誘拐して身代金を要求した盗賊グループを壊滅させた伝説もある」

「で、十数年前からぱったり消息が不明。懸賞金も死亡扱いで消されてますね」

「ナルス殿、悪いことは言わない。遺跡荒しは重罪だ。それに未発見や、発見されて間もない遺跡ならともかく、こんな調べつくされた遺跡には何もないと思うが」

「甘いな。姉さん、調べつくされた?調べ方が足りないだけだ。この遺跡にはとてつもないお宝が眠っている、そう俺の勘が囁いてる」


 敵対するつもりがないなら、関わらない方が一番だ。


「お前たちも同じだろ?」


 リィドは魔獣駆除であること、邪魔するつもりもないことを伝えた。


「さっき俺たちに素人はどけといったがお前はこの罠突破できるのか?」

「もちろんだ。こんなの見れば分かるだろに」


 得意げにナルスは通路を進む。


「……な」

「ほらな」

「人を素人呼ばわりするだけの力はあるってことっすかね」


  ナルスは罠を作動させることなく通路を突破した。


「さすが、遺跡ハンターだな。名乗るだけあってプロは違うな」


 リィドはナルスを褒める。

 エリルはいきなりの態度の軟化に疑問を覚えたが、何か策があるのだろうと黙ってた。


「それに比べて俺たちは素人だからなー。遺跡ハンターの妙技を覚えるなんて到底できない」


 セツナは笑いをこらえる。


「そこでだ、悪いが、素人の俺たちにも安全なルート教えてくれないか?」

「……しょうがないな。同業者じゃないし、魔獣を駆除してもらった方が俺も助かる。今回は特別だぞ?」


 リィドはナルスを心にもない誉め言葉でおだてることで、協力に成功した。

 ナルスの指示の元無事に罠を回避し通過した。

 しばらく進むと二つの部屋の入口にたどり着いた。


「ねぇ?遺跡って誰がどんな目的で作ったの?」


 フェイシスは素朴な疑問を口にする。


「そんなのお宝を隠すために決まってるじゃないか」


 ナルスは笑いながら答える。


「遺跡か、大きく分けると二つあるんだ」


 リィドは説明を始めた。

 遺跡は人類が遥か過去に作った建築物である。昔過ぎて目的、方法、理由など時の砂粒に埋もれてしまった。

 大きく分けると自然そのものを利用して作った物と、一から建築して作った完全な人工物。

 前者は洞窟を利用してなどがある。

 遺跡の使用用途は大きく分けると三つの種類がある。あくまでも現代の解釈であり、それ以外の目的があるかもしれない。

 一つ目は人類の居住目的。単純に家として作られた。これの発展系として町として複数の人間が住む。城のように防衛設備を備えているものもある。

 二つ目は宗教や、政治の象徴的な施設。儀式を行う特別な場所して使われるために作られたもの。

 三つ目は資源の保管庫や魔術的研究施設のために作られたもの。防衛設備を備えていることが多い。

 今回リィド達が訪れている遺跡はこの三つ目の目的のために作られたもののようだ。なので、罠が多数存在している。


「ありがと。だから罠があるんだね」

「リィドは博学だな」

「先輩のモテテクっすか?」

「こんなの誰でも調べれば分かることだし、遺跡に詳しくてもモテないだろ。というか俺も受け売りだ。自分で進んで調べたわけじゃない」

「なるほどなー。因みに素人たちよ、どっちの部屋がいいと思う?」

「どっちの部屋も魔術的な仕掛けあるっぽいっすね」


 入ってみないとわからない。


「左の部屋のが危険だな」

「分かるのか?」

「当然だ。それとも疑ってお前だけ左でもいいんだぞ?」

「まさか。驚いただけだ。さすがだなと」

「はははそうか。よし、行くぞ」


 部屋に入ると中央で魔術式が起動し、魔獣が複数体現れた。


「任せていいんだよな?」


 ナルスはリィド達の後ろに回る。


「ああ。任せてくれ」


 召喚されたといってもこのチームなら楽勝だ。ものの数分で全滅させた。


「これは依頼の対象外なのだろう?」

「あー確かにこれ罠で元からあるものっすからねー」

「駆除数で依頼額が変わるわけでもないんだ。黙って駆除一覧に入れとけばいいと思う」

 たくさん駆除したという心象は変わるのだから。


「?なんかあっちから嫌な感じ」

 フェイシスは部屋の右側の壁を指さす。 

 壁は劣化しており穴が開いている箇所があり、試しにリィドは覗いて様子を伺う。


「な」


 隠し部屋は想定の範囲だが、それ以上に想定外な光景に思わず固まる。


「先輩それ完全覗きの恰好っすね」


 セツナも続いて覗くと声を失う。


「二人は見ない方がいい」


 リィドはフェイシスとエリルを止める。


「さて、どう殺しますか?」


 セツナは物騒な提案をする。


「セツナ?いきなりどうした?」

「せっちゃん顔怖い」

「……」 


 ナルスは穴から光景を覗くと沈黙した。


「殺しはできるだけしない方がいい」


 リィドは理性でセツナを止める。


「そうだ。正当防衛で仕方なくならともかく、こちらから殺しに行くのは盗賊となんら変わりはないぞ。一体あちらでは何が起きてる?」

「あ……」


 この状況で見るなというのが無理がある。フェイシスも中を覗く。ここまで来たらとエリルも覗き言葉を失う。


「エリちゃんもあれを見てまだ意見は同じっすか?」

「……ああ。殺してしまったと殺しに行くは違う。確かに状況的に極刑となったとしてもだ。司法が裁くのと私人が裁くのは違う」


 隣で見た光景とはただただ悲惨だった。幾重に複雑に描かれた魔術式。そして、見知らぬ魔術師。そして。部屋のあちこちに点在する血痕。

 人間の骨格上あり得ない形になっている子供の体や、腕など断片。それらが床に転がっていた。

 これはもう子供を実験材料に善からぬことをしていた以外ありえない。


「人間を使う魔術師なんて生きてるだけで害っす。殺す以外はありえないっす」


 心情的には皆同じ意見だ。


「確かにろくでもない奴なのは間違いだろう。でも殺すのは早計だ」

「早計?遅いくらいっす。あの現場だけで十人近くの子供は死んでるっす。それがまだ早いっすか?」

「……それでも殺しは良くない。それに最初に言ったのはセツナだぞ?任務でしか殺さないって」

「……」

「リィドの言う通りだ。あの外道のために同じく道を踏み外すことはない」

「……」

「……」


 リィドは大きく息を吐く。


「分かった。俺がトドメをさす。だからセツナはサポートを頼む」

「リィドお前までどうした?!」

「先輩?」

「個人的な意見としては殺しは良くない。けど、殺されるくらいなら殺す。セツナに殺させるくらいなら俺が殺す。俺はセツナと違って任務じゃなくて普通に殺したことがあるからな」

「先輩のは盗賊に襲われたってだけで、正当防衛じゃないっすか」

「セツナが殺すのを見るくらいなら、俺が殺した方が良い。任せとけ、強力な魔術師で無我夢中で戦ったら死んでましたって言えば疑われることはないだろう」


 捕まれば極刑になる証拠が十分すぎるくらいあるのだ。


「……分かったっす。殺しはなしでお願いするっす」

「まさか、リィド最初からこうなることを予想して……」

「先輩の目はマジでしたよ。まるでフェイちゃんの裸を見るときのように」

「な、ご誤解を招くようなこと言うな」

「リィドお前まさか」

「エリちゃん冗談っす」

「ごほん、エリル壁の破壊頼めるか?」

「もちろんだ」


 エリルが壁を破壊する。同時にリィドの矢を一斉掃射。フェイシスとセツナが無力化して拘束。

 不可の場合はリィドとエリルが追撃、セツナが後方に下がりいつもの陣形で勝負。


「いつでもいけるぞ」


 リィドの準備を待つ。


「頼んだ」

「応とも」


 エリルの投擲により壁が崩壊。


「くらえ」


 リィドの矢が一斉に魔術師を襲う。 


「なんだ!」


 魔術師は驚くが冷静に矢を魔術で防ぐ。


「まぁいい。死ね」


 魔術師は魔術で魔獣を召喚した。


「エリル、俺たちも行くぞ」


 フェイシスとセツナが魔獣をそのまま対処。リィドとエリルで魔術師を狙う。


「なに!」


 エリルの槍は魔術師を捉えることなく、弾かれた。


「防御魔術か」


 エリルは再度槍を振るう。


「無駄だ。小娘ごときの腕力だけでどうにかなるものじゃない」


 結果は変わらず。


「セツナ行けるか?すまない、エリル、セツナと交代しくれ」


 リィドはセツナの魔術なら突破できるのではと考えた。


「やってみるっす」


 セツナはエリルと代わり、後方で攻撃の準備に入る。


「っと。魔術は使わせないぞ」


 リィドはひたすら魔術師に攻撃を試す。セツナを攻撃されないようにだ。

 防御魔術を使わせることで攻撃魔術を使う隙を与えない。


「な、小娘貴様魔術師か!」


 膨大な魔力に気づいたがもう遅い。


「みんな下がれ!」


 リィドの合図でフェイシスとエリルも後退する。

 爆音とともに、視界が一変する。


「無傷だったら逃げた方がいいかもしれないっすね」


 視界が晴れると膝をつき血を流す魔術師の姿があった。


「行ける!フェイシス援護を頼む」

「分かった」


 リィドとフェイシスは魔術師を捕獲に駆け寄る。

 防御魔術も解けている。


「リィド!」


 フェイシスはこの中で唯一違和感に気づいて叫ぶ。

 しかし、リィドは止まれない。否、リィドでなくても止まれない。

 通常の人間の反応速度ならそうだ。

 そして攻撃を繰り出したリィドもようやくフェイシスの警告の元凶が視認できた。


「きゃ!」

「ぐっ」


 リィドとフェイシスは吹っ飛ばされ壁に激突する。


「遅いぞ……」

「それはこちらのセリフだ」

「あ、悪魔か?」


 リィドは体を起こし確認する。突如として魔術師の前に現れたそれを。


「フェイシス大丈夫か?」

「大丈夫だけど、すっごい嫌な感じ」

「ああ。悪魔だ。隙を見て逃げるぞ」

「逃がすがガキどもが」

「お前ら何してる!逃げろ!」


 隣の部屋で様子を伺っていたナルスが叫ぶ。


「その部屋やばいぞ」

「知ってる……」

「ほう、立ち上がるか。人間ども」


 悪魔はにやりと笑う。


「エリル!」

「あ、せっちゃん!」


 セツナが倒れこんでいた。


「神経毒っぽいっす」


 セツナは完全に動けないようだ。


「すまない、油断した」


 エリルは片足を地面につき倒れないようにするのが精一杯のようだ。

 無事に動けるのはリィドとフェイシスだけだ。


「さっさと殺せ」


 魔術師は命令する。

 リィドは考える。この最悪な状況を切り抜ける手段を。

 しかし、何も思いつかない。思いつく手段全てが全滅への道にしか向かない。


「命令権を使いきってるぞ?」

「ちっ……いくらだ?」

「そうだな。あの二人は動けているので、二。そこに転がってるのと無理しているの合わせて一。あっちの奥にいるのは唾がついているようだから二」


 悪魔は楽しそうに囁く。


「五人分の命をこの場で差し出せ」

「無理だ。何故即決だ?後で良いだろう。五人どころか倍でもいいぞ」

「だめだ。この場でだ。ふ、一つだけ破格の条件があるぞ」

「なんだ?」

「お前の命なら一つで済ませてやる」

「却下だ。ち、戻るぞ」


 悪魔は指を鳴らすと、魔術師と共に一瞬で姿を消した。

 まるで最初から居なかったように。

 緊張の糸がほどける。


「セツナ、エリル大丈夫か!」


 急いでナルスがいる部屋に運び込む。


「大丈夫?」

「フェイちゃんと先輩は大丈夫ですか?」

「なんとかな」

「悪魔が何かしたのだろうか?」

「たぶんそうっす。致死性の毒じゃなさそうなんで、良かったすけどね」


 症状の重いセツナもようやく普通に動けるようになった。


「お前たちはこれからどうするんだ?」

「とりあえず、戻って病院に行く。それに、こんなことになったからな一旦戻って判断を仰ぐ」


 もう体を動かせるようになったとはいえ毒を喰らったのだ。病院で検査を受けた方が良い。


「ハンターさんはどうするんだ?」

「俺も帰るぜ。遺体を冒涜する趣味はないからな」


 ナルスの案内で安全に入口まで戻ることができた。

 遺跡から最寄りの街に病院があるため、そちらに向かうことにした。

 セツナとエリルは精密検査、症状のないリィドとフェイシスは簡易検査をすることになった、

 リィドとフェイシスは検査結果は異常なしであった。


「二人ともどうだ?」


 セツナとエリルも戻って来た。検査結果は明日になるとのことだ。

 病院にある魔術具を借り、ギルドに自分達は無事で、明日戻ると伝言を送った。

 セツナとエリルは検査結果待ちのため病室を借りれた。しかし、リィドとフェイシスは健康が証明されため、宿を借りる必要があった。

 幸い、宿は簡単に借りることができた。


「なんか久しぶりだな」

 仲間が増え二人きりになることが減った。

「リィドは体大丈夫?」

「ああ。フェイシスには負けるけど、頑丈だからな。それより、悪魔に思いっきりやられたけど大丈夫なのか?

「ほら、何ともないよ」

「な、ほ、本当だな」


 フェイシスはリィドの手を掴み自身の胸に押し当てる。


「それは何よりだが、これ他の人にやっちゃだめだぞ?」

「分かったー。せっちゃんにもよく言われる」


 リィドはセツナのありがたさを実感した。


「やっぱりリィドは特別なんだね」

「へぇ?」


 狼狽するリィド。


「リィドにならさ、体を触られても嫌じゃないからさ」

「そ、そうか」


 恐らくそれはリィドが保護者的立ち位置だからだろう。


「せっちゃんもえりちゃんも何ともないといいね」

「たぶん大丈夫だと思うぞ」


 あくまで推測でしかないが、本気で殺すつもりなら一瞬で殺されていただろう。

 子供を誘拐していたのだ。体の自由を奪い連れてきたのだろう。ならば、同じようなものに違いない。


「ごめんな」

「どうして?」

「俺の判断ミスだ」 


 リィド一人のみならばまず考えるのはどう対処するのではなく、どう遭遇しないかだ。

 フェイシスが加わった。中距離、搦め手の得意なセツナが加わった。近距離で高火力のエリルが加わった。かなり理想的なメンバーだ。多少の魔獣ならば問題なく倒せるだろう。そして、悪魔も倒すことはできなくてもやり過ごすことくらないらできるかもしれない。そう思っていた。

 過信だ。計算違いは一瞬で命を落とす。今回はただ運が良かっただけにすぎない。


「それなら私だって何もできなかった」

「……」

「私達って同じチームでしょ?楽しいことも辛いことも一緒。それを乗り越えてこそチーム。乗り越えられてからこそが本当のチーム。若いうちの失敗は肴にできるんだからしとくべき」

「ふっそうだな……」


 天然のフェイシスがここまで考えていたのは驚きだった。


「ティタ姉が言ってた」

「でしょうね。ありがとな、フェイシス」


 次間違えなければいい。


「おやすみ、リィド」

「おやすみ」


 二人は眠りに着いた。

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