第10話「偽装依頼」

「今回の依頼ですが、申し訳ありません、こちらを受けてもらうことは可能でしょうか?」


 ティタ姉は申し訳なさうに依頼書を渡す。


「……あれ?調査依頼ですか?」


 魔獣駆除ではなく、魔獣の調査依頼のようだ。


 もちろん、駆除以外の依頼も受けるたりするが、やってくれというのは珍しい。


「それ、警備局からの協力要請でして」

「なるほど、みんな受けたがらないと」

「ええ。内容にしては報酬金多いでしょ?だからどうでしょうか?」

「……二人ともどうだ?」

「大丈夫」

「いいんじゃないっすかね?最近小物の魔獣ばっかで飽きてますし」

「ありがとうございます。あちらに伝えておきます。依頼の詳細を説明があると思うので日時が確定しましたら、お伝えします」


 家に帰るとすぐに、ティタ姉から日時の連絡が入った。


「今日はもう終わりっすかね?」

「ああ。日程が不透明だからさすがに別依頼を受けるのはな」

「じゃ、せっちゃんお願い」

「了解っす」


 あの遺跡から一件以来、フェイシスはセツナに対人戦闘について教わっている。

 自分も最低限人間相手でも戦えるようになりたいと自ら言い出したのだ。

 セツナはいい運動になるからと快諾した。

 二人の動きを目の端に収めながら、明日の準備を始める。


「フェイちゃんちょっと休憩しないっすか?」

「はーい」


 小一時間くらい経過して、二人は一休みに入った。


「フェイシスはどうだ?」

「優秀すぎる生徒っすね。身体能力の高さが桁違いなんで、正直教えることが少ないです」

「さすがだな」

「でも、最後のキックがまだできないもん」

「蹴り?」

「そう、パンチ、追加パンチ、とどめのキッークのキックが外れちゃんだよね」

「まだ、成功確率は二割ほどっすね。てか、武器持ち相手なんで仕方ないっすけどね」

「なるほどな。どういうのだ?」


 フェイシスは披露する。

 セツナの木剣をフェイシスが右手で弾き左手で反撃。さらに、右手を前に繰り出し追撃、右足を振り払う。が、足がセツナに当たる前に木剣を足に振り下ろされる。

 これが木剣じゃなかったら足をなくなっているかもしれない。


「最後の蹴りを右手で殴った時の勢いで一回転して、その流れで蹴りを出せばどうだ?踊ってるみたいな感じで綺麗じゃないか?」

「やってみる……」

「危ないっす」

「できた」

「回転の勢いがいいからその分早く攻撃が到達、かつ威力が増すから凶悪っすね。しても先輩のスケベ心が役に立つなんて」

「だ、誰がスケベだ」

「リィドもやる?」


 リィドは先生に罠の使い方や、魔獣の倒し方を教えてもらっていた時を思い出した。


「俺は遠慮する。近接は苦手だからな」


 翌日、リィド達は警備局に訪れていた。


「すまない、待たせてしまって。ご協力感謝する」

「いえ、どうも」

「ああリィドか。実に頼もしい。そちらはフェイシス殿だったな。とそちらは?」

 セツナとエリルは初対面である。

「うちはセツナです。最近チームに加わったっす」

「セツナ殿か。宜しく頼む。私はエリルだ。騎士団所属の騎士でこちらの警備局局長に赴任したばかりだ」

「知ってるっす」

「ん?」

「今は先輩のチームに所属してますが、以前はフリーで活動してい王国と直接お仕事のやり取りもあったんで」

「なるほど、実に良いチームなのだ」

「ところで、なんで先輩だけ呼びすてなんすか?そういう仲っすかね?」

「ななな、ち、違うぞ、こ。これは」


 エリルがしどろもどろで説明するのが難しそうなので、リィドが代わりに説明する。


「じゃ、うちも堅苦しいのは嫌いなんで呼び捨てでいいっすよ」

「えりちゃん?」

「え、えりちゃん?」

「フェイシス、そういうのは時と場合によりましてね」

「べ、別に呼び方は構わない。ほ、本題に入りたいんだが」


 エリルは依頼の詳細を語りだした。

 この街近くを通過する商人や旅人が盗賊に襲われる被害が多発している。

 護衛がいると襲われないそうだ。盗賊も馬鹿ではないので、護衛がいる場合はどこかで待機しているのだろう。

 一般の護衛に扮して警備局の人間が護衛した際に、周辺を調査したが隠れている盗賊を見つけることはできなかった。


「なので、今回は護衛をつけない。私が商人に扮して、王都へのルートを通る。その際に、魔獣調査のていで貴殿らには周辺を捜索して欲しい」

「なるほど、エリルが盗賊に襲われた時は?」

「私なら大丈夫だ。襲われた場合は捕獲。一人か二人をわざと見逃す。なのでそれを追ってアジトを突き止めて欲しい」

「突き止めるだけですか?」

「ああもちろん。それなりの規模で動いてるようだからな。突き止め次第、戻ってきてくれ」

「盗賊が出ない場合は?」

「王都まで、行きこちらに戻ってくる。帰りも同様にお願いしたい。それでも出ない場合はそこで依頼完了で」

「了解しました。でも。どうしてわざわざギルドに依頼を?」


 警備局の局長なのだ。リィドより腕利きの警備局員に命令すれば済む話である。


「……。私が新人局長だからが一つ。もう一つは警備局が動くには確たる容疑者がいないとだめだ。出るかもしれないという予測だけでは、動こくことはできない」

「では何故エリルは動くのですか?」


 勝手に動いてはいけない筆頭が局長だろう。


「勝手なことをして者を叱責するのは局長の務めだ。私を叱責する者はこの街にはいない」

「……」

「まだ、私が不慣れなだけかもしれないが、この連続する襲撃に少し違和感を覚えてな。確かめた方が良いかなと思ったのが一番だ」

「なるほど。分かりました」

「なので表向きは魔獣調査ということになっている。騙すようで大変申し訳ない」

「いいですって。大人の事情なのは分かったので」


 こうして、森に紛れ荷車の後方から調査を開始した。


「にしても、先輩やけに従順なのは相手は美人だからっすかね?」

「人聞きが悪い。美醜は重要じゃないだろ。相手は局長だぞ?関係を作っておくのは悪くないだろ」

「まぁ確かに権力者になびくのは処世術ですがね」

「この先どうするの?」


 別れ道だ。。


「ここからは別行動だな」


 探知能力に関して全員かなり優れているとリィドは思っている。

 自身は言わずもがな森の中で魔獣を罠にかけて駆除するを続けてきた。潜伏も調査も長けている。

 フェイシスも感がとてつもなく鋭い。リィドと組んでから前衛として索敵を担当しているのでそれなりに経験値もある。

 セツナも元暗殺者であり、潜伏も調査もお手の物だ。

 二手に分かれたが、何事もなく進む。

 別れた道も合流し、一本道になった。

 ここから先は軽い山のように上りになっている。身を隠す場所もだいぶ減っていく。三人は、斜面の森に身を隠しながら慎重に進む。

 そして、とうとう自体は急転した。


「リィド、なんか来る」

「先輩、盗賊っすかね?接近してる人間あり」

「散開して周囲警戒」


 荷車に武装した人間が四人ほど近づいている。

 リィドはそしてさらに事態の急変を察知した。


「フェイシス、待った。急いで後退!」

「分かった」


 セツナは声の届かない所まで進んでしまった。セツナなら事態に対応できると判断し、二人は急いで後退する。

 直後地面が揺れる。


「何あれ?」


 そして、盛大な倒壊音が上方から聞こえてくる。


「ワイルドボンアだ」


 とてつもない速度で突進してくる。大きさはリィドの十倍以上もある。口から生えた鎌のような鋭く大きい牙が特徴で、その牙を使い木々を切り倒しながら獲物に攻撃する。

 本来ここより標高の高い所に生息しているはずがだが現れたのだから仕方がない。


「な、二頭もいるのか」


 一頭は荷車に直撃コースだ。気づいた盗賊達も慌てて逃げ出す様が確認できる。


「倒す?」

「……しかないだろう」


 この二頭が下っていけば街にも被害が出るかもしれない。

 リィド自身は数回遭遇したことはあるが、基本逃げ戦ったことはない。

 仕掛ける罠と相性が悪いのだ。


「フェイシス。あいつが倒した大木持って投げれるか?」

「近くなら大丈夫」

「なら頼んだ。後数分で俺たちの前を通過してそのまま下に進んでく。フェイシスは通過したら倒れた木を投げてくれ」


 あの凶悪な牙相手に真正面から挑んでも無意味だ。足を止めることができる手段は持ち合わせていない。

 ならば、防御手段のない上空から木を落とす。当たどころが良ければ気絶させることだって可能だろう。

 ひとまずあの突進を止めることが先決だ。


「うんしょ。えい」

 フェイシスは大木をなんなく持ち上げ、放出した。


『がこん!』


 直撃した。


「よし、これからが本番だ」


 ワイルドボンアはこちらに気づき方向転換し、怒りのまま突進を開始した。


「俺が注意を引きつけるから、フェイシスは横側から攻撃してくれ」


 リィドの矢ではあちらの方が速度が上だ。弾かれるだけで攻撃にはならい。

 なので、足止めに専念し火力はフェイシスに任せることにする。

 リィドは魔法石の欠片を埋め、魔術式を書く。

 さっきまでワイルドボンアは下りだったため速度もかなり出ていたが、今度は斜面を上がってきているため、先ほどまでの速度は出ていない。脅威的な速度に違いはないが。


「食らえ」


 矢を数本目に目掛けて射る。

 目には命中せず体の方に当たる。予想通りに弾かれるだけだ。しかし、ワイルドボンアの速度が少しだけ落ちた。


 目に飛んできた矢。結果的に当たらなかったが、反射行動はどうしようもない。ワイルドボンアは一瞬瞼を閉じた。


「フェイシス、もう一回だ別に狙いを定める必要はない。転がってけばいい」

「うん。よいしょ」


 フェイシスはさらに大木を持っては投げを繰り返す。勢いがついた大木は転がってワイルドボンアの元へ。

 頑丈な牙により破壊され一切のダメージにはならない。が、着実にスピードを削ることには成功している。

 その間を利用しリィドは地面に魔術式を書いてく。


「食らえ」


 ワイルドボンアが最初の罠地点に到着した。

 地面が隆起し土の針がワイルドボンアを襲う。ワイルドボンアの足を貫くことなく、針は踏みつけられ瓦解した。


「まだだ」


 罠を発動。またしても破壊され。


「今だ」


 二つ同時発動。片方は前足で破壊されるがもう一つは腹に直撃。が同じように瓦解。


「最後だ」


 最後は火炎魔術が発動し、足を襲う。当然これもダメージになるレベルのものではないが、驚いたワイルドボアは思わず前足をあげる。

 速度が徐々に徐々に落ち、最後は前足をあげたことにより完全に動きが止まった。


「今だフェイシス」

「パーンチ。からのキーック」


 フェイシスの拳が直撃し、体全体が揺れる。衝撃が突き抜ける。そして、追撃の蹴りによりその巨体は大きな音を立て地面に倒れこんだ。

 リィドは剣を取り出し、首元の太い血管を斬る。

 これで確実に仕留めただろう。


「フェイシスご苦労様。よくやってくれた」

「ぶい」


 安堵も束の間、もう一体を確認し絶句した。


「嘘だろ?」

「倒れてる」


 荷車の方のワイルドボンアは既に絶命していた。

 急いで駆けつけると、散乱した荷物を荷車に仕舞うエリルの姿が。


「大丈夫ですか?」

「ああ。リィドか、こちらは問題ない。そちらも無事でよかった」

「……その槍ですか?」

「穴だー」


 倒れているワイルドボンアの死骸を見ると立派な牙は破損し、脳天に穴が空いていた。

 荷車には血に汚れた槍が立てかけられていた。


「そうだ。私は槍使いなのでな。真っ向勝負だ負けれないさ」


 リィドは驚愕した。あの暴走していたワイルドボンアを前にし、槍で一突き。

 想像を絶する技術に膂力だ。これが騎士の力。


「しかし、せっかく盗賊が来てくれたのに、逃がしてしまった」

「それは仕方ないですよ。よりによってこんな魔獣が二頭も出現したんですし。生きてるだけで儲けものです」

「あれ?せっちゃんは?」

「あ、確かに。知りませんか?」

「すまない。見てないな」


 付近を捜索するもどこにもいない。

 そして、争った形跡も見られないので盗賊と対峙もしていないだろう。


「これからどうします?」

「さすがに今日襲撃はないだろうから帰るか」

「了解しました。あ、そうだ。俺たちが片付けたワイルドボンアの死骸は持ち帰って換金していいですかね?」


 ワイルドボンアは牙、毛皮、肉どれも売れるので臨時収入は非常に助かる。


「すまないが、こちらもお願いできるか?」

「でもそっちはエリルが片づけたのにいいんですか?」

「ああ。表向き私はここにいないからな」

「あー分かりました。では、言いずらいですが両方俺たちが片付けたということで報告しておきますね」

「虚偽報告をさせて申し訳ない。この借りはどこか別の場所で必ず返す」


 リィドは魔術具に死骸を仕舞う。

 滅多に使ことのない値段がそこそこする魔術具だ。使い切りなので魔獣の死骸がよっぽど高値で売れるか、大量でもない限り使うことはない。


「しかし、セツナは大丈夫なのか?」

「恐らく大丈夫かなと。街に戻りますね」

「ああ分かった」


 リィドは元々単独行動しかしていなかった。依頼は結果が全てだ。過程はどうあってもよい。なのでセツナが単独行動をとろうと特にとがめることなどない。

 むしろ理由があっての行動だろう。

 リィドとフェイシスは一足先に街に帰った。


「ご苦労様です。こちらはかなり大物ですね。買い取り部分が多いので、後ほど確定しましたらまとめてお支払いしますね」

「分かりました、ありがとうございます」


 ギルドで処理を済ませ家に帰る。

 家に帰るとセツナが待っていた。


「お疲れ様っす。お風呂用意したんでどうぞ」

「どこ行ってたんだ?」

「それは後で話します」


 セツナの言う通り、血や匂いがついているので落としたい。

 フェイシスが先に入り、その後リィドは風呂に。

 風呂から出てセツナに説明を受ける。


「ワイルドボンアてあの騎士さんと協力して倒した感じっすかね?」

「違う。一頭は俺たちだが、もう一頭はエリル一人でだ」

「頭に穴が空いてた」

「うげー。さすがっすね。騎士団の中でも槍においては右に出るのはいないくらいの実力らしいっす」


 それは納得しかない。


「で、うちはその間別にサボってたわけじゃなくって逃げた盗賊追ってました」

「でかした」


 かなりのお手柄だ。


「で、どうだった?アジトは掴めたのか?」


 セツナはにこやかに指を指す。


「さすがに方角じゃわからないぞ」

「あっちですって。そしてうちは先に街に戻っていた」

 もったいぶった発言だ。リィドは思考してある一つの答えにたどり着く。


「まさか、警備局?」

「ぴんぽんぴんぽん。大正解っすー」


 それはかなりの大問題だ。


「どこまでの人間が加担してるかは分らないっすけど、恐らく警備局が情報を流してるから、たぶん掴もうとしても無理なのかと」

「エリルに知らせないと」

「止めたほうがいいっす。確かに、あの新人局長さんは何も知らないでしょうが、どこに裏切り者がいるか分らないので危険っす。それに、局長だけに伝えたとしても、勝手な偏見っすけど隠し事下手クソっぽいですし」

「……それは確かにだ」

「なんで、この情報は伏せて協力した方がいいかと」

「……まぁ、この依頼で終わりなら俺たちにはあまり関係ないことだけどな」


 リィド達は商人でも旅人でもないのだ。襲われる確率は低い。

 それに妙な正義感で国家権力の闇と関わるのは好ましくない。

 悲しいことだが汚職や癒着などは少なからずあるだろう。


「そういうドライなところ好きっすよ。まぁ、警備局の人間には気を付けて行動ってくらいすかね」 

「そうだな。ひとまず飯にするか」

「さんせー」

「そうっすね。ワイルドボンアっすか?」

「いや、あれはまだ鑑定を依頼した状態だからな。終わったら一部だけ売らないで俺たちで食べるか」

「美味しい?」

「ああ、美味いぞ」

「じゅるり」


 リィド達は数日は休むことにした。

 罠など大量に消費したため補充が必要だからだ。

 後日、肉を食べたフェイシスは飛び上がるほどお気に召し、また狩りに行こうと提案する程だった。

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