第7話「新しい仲間」

 リィドはいくつかの店により、良い時間になったので病院に向かった。


「あ、きたきた」

「終わったのか?」

「うん、明日のお昼頃には結果が出るからそれくらいになったら来てだって」

「分かった。じゃ、宿に戻るか」

「ご飯は?」

「宿の下に店あっただろ?そこで済まそうかなと。何か食べたいのってあるのか?」

「リィドのご飯」


 フェイシスはどこにも嫁にやらないと固く決意するリィド。

 そして、セツナと会ったことを話し、手袋を渡した。


「ありがとう。大事にする」

「俺的にはフェイシスの手の方が大事なんだけどな」


 宿に戻ると既にセツナが待っていた。


「久しぶりっすフェイちゃん、元気してたっすか?」

「せっちゃんだー。元気だった。これからは一緒にいれる?」

「そうっすね。ささ、席確保してたんで行きましょう」


 料理が配膳されると、まるで乾いた土に水をこぼしたかのように一瞬で料理が皿が綺麗になった。


「……」

「どしたのリィド?」

「いや、なんでもない。ところで、セツナは家はどうするんだ?」


 そもそも、どこに住んでいるかなど知らないが、街の住人でないことは確かだ。

 ティタ姉に相談すれば最適な場所を紹介してくれるだろう。


「へ?先輩の家っすけど?」

「はい?」


 思わず立ち上がる。


「フェイちゃんに聞いたんすけど、空き部屋あるんすよね?」


 リィドの家は現在空き部屋が三つほどある。確かに人が入れる。

 しかし、いきなり女子と共同生活となるとどうしていいか分からないので不安だらけだ。


「安心してくださいっす。お金はもちろん出すので」

「フェイシスはどうだ?」

「さんせー」

「……」


 ふとリィドの脳内に神の啓示が舞い降りた。逆にこれを売りにして、女性を招き実績を積みいつかはティタ姉にと意味不明な妄想が浮かびあがる。


「分かった。いくつかルールがあるけど守れるならチームに入ることを認める」

「?」


 そんなルールあったけ?とフェイシスは首をかしげる。


「基本的にはセツナの得意分野の依頼は受けないぞ。魔獣駆除とかだ」

「それは全然オッケーっす」

「風呂の中で寝ないこと。家の中では服を着ること。夜中人のベッドの中に潜り込まないこと」


 リィドは事細かにルールを上げていく。


「ぷっ了解っす。いやー先輩が思った以上に青春を謳歌しているようで何よりっす」

「してません」

「照れちゃってー。あ、因みに先輩がお風呂覗いてきたり、着替え中にわざと部屋に入ってきたりした場合はどうしたらいいっすかね?」

「断じてしないからな!」

「じゃー……してもいいすかね?」


 ワイヤーでぷっつん。ジェスチャーで十分伝わった。


「えっと。不可抗力とか事故は謝るのでそれで何とか」

「……仕方ないすっすね。一応先輩がオーナーなんでそこはこっちが妥協するっす」


 こうして新しい仲間、かつ同居人が増えた。


「こういう時て普通女の子どうぞ。俺は床で寝る。女の子が遠慮して一緒に寝るみたいな展開じゃないんすかね?」

「宿借りたのは俺だぞ」

「一緒に寝る?」

「ありがとうっす。フェイちゃーん」

 

 リィドは寝ることなく、部屋を出た。 

 フェイシスと一緒に暮らすことに慣れてきたばっかりだ。

 それなのに、同室でさらに別の女性と一緒に寝るのはまだリィドには早かった。


「おっさん何の用ですかね?」

「なっちっ」


 リィドは食事中不審な視線を感じた。

 フェイシスといるとたまに、男の視線を感じることはある。それは男のリィドからすれば仕方のないことではあると理解はできる。

 しかし、先に視線はそれ以上に嫌な感じがした。

 なので、警戒していたら不審な男が部屋の様子を伺ていた。

 リィドに気づくと即逃げ出そうとしたが、突如として動きが止まる。


「変態さんがここにもいたっすか」

「セツナか。殺すなよ?」

「もちろんっす。目的も聞き出してないのに殺すなんて下手はうたないっすよ」

「目的はなんだ?」

「な、なんのことだ」

「食事中からずっと見てただろ。それにこの宿に泊ってる訳でもなそうだし、トイレはこっちにないしな」

「……」


 男は口を閉ざす。


「へー先輩気づいてたんすね」

「あからさまだったからな」

「喋らないとお仕置きするっすよ?」

「ぐっ」

「セツナ」

「何すか?」

「怪我させるな」

「あまり時間かけれられないっすよ?誰かに見られたら、最悪うちらが悪者っすからね。それとも、いい人こよしで逃がしてあげるんですか?」

「別に俺たちがやる必要はないだろ。騎士団に突き出せば済むだろ?」

「……」

「それにだ。直接危害を加えてきたならまだしも、まだだ。さすがにないだろが、こいつに危害を加えること自体が罠の場合だってある。だったら関わりを最小限に抑えた方がよくないか?」


 リィドはどんな理由があれ人を殺してはいけません。そんな綺麗な理想を持ち合わせてる人間ではない。生きるために必要ならば殺す。だが、必要とあればで、必要がなければなるべく穏便に済ませたい主義だ。


「連れに危害を加えるつもりなら、容赦はしない。いいな」


 リィドは男に絡まっているワイヤーを握り、男の首を少しだけ絞める。


「セツナ、店の人呼んでくるからこのまま待っていてくれ」


 不審な男は騎士団に連行されていった。

 一件落着したので部屋に戻る。

 寝てるフェイシスを起こさないように小声でセツナは話し始めた。


「先輩案外慣れてるんですね」

「何がだ?」

「だって先輩の経歴って田舎の街でずっとギルドメンバーとしてじゃないっすか。で、依頼は基本魔獣駆除」

「たまに盗賊に襲われて戦ったことも多々あったぞ?」

「……」

「セツナ?」


 セツナはリィドを見つめる。


「それは自然の節理じゃないっすか」

「節理?」

「そうっす。生きるために生物を殺して食べる。それと同じで、殺されるから相手を殺して生き延びる。この国の法でも正当防衛で殺人罪としては問われないっす。うちが言いたいのはそういうことじゃないっす。あの場面でなら、殺さない、傷つけるのは止めたほうがいい。それは当然の選択肢だと思うっす。でも、あの男を傷つけることが罠。この発想はもう政治的な駆け引きっす。ただ、道中で盗賊と相対して覚える芸当じゃないっす」


 この選択肢が出るということは、そういう世界を生きてきたのではないか。経歴とずれがあるのではないか。セツナはそう迫る。


「……」

「先輩?」


 リィドは天井を仰ぎ深呼吸。セツナを見つめる。


「俺は単純に人間を知らないだけさ」

「……」

「俺は……孤児でさ。たまたま、拾って育ててくれた人がいてな。その人は俺に生きる術を教えてくれた。三年前に病気で亡くなるまでずっとだ」


 あの家もそうだ。血の繋がりのないリィドを本当の子供のように接し、遺してくれたものだ。


「俺は家か、森か、ギルドだけが世界だった。だから、まったく知らない他人と接する機会が圧倒的に少なくてな。それの代表が盗賊だった。だから必要以上に警戒するし、心配事もするってだけだ」

「……くす」

「?」

「つまり、妄想激しいってことっすね」

「な、どうしてそうなった」

「……ありがとうございます」

「へ?」

「ほら、もう夜遅いんで寝ますよ?あ、それともうちらの乙女の魅力で興奮して寝れないとか?」

「な、うるさい。寝れるわ」


 翌、セツナは引っ越しの準備をすると言って去っていった。

 リィドとフェイシスは病院に向かった。

 個室に通されて資料を渡たれたが、正直見ても理解はできない。


「結果は脳及び身体共に健康状態は良好だ」


 ひとまず嬉しい結果だった。


「記憶喪失の原因だが、こちらはやはり特定できなかった。魔術的要因かも調べたが特にその傾向は出なかった」


 つまりは、何もわからない。そのうち戻るかもしれない。

 しかし、精密検査を受け体に問題がないことが分かっただけでも進歩だ。

 せっかくなので二人は都を散策することにした。


「知らない店がたくさんある」

「町は必要な店しかないからなー」

「あれ何?」

「ん?クリプンだな」

「クリプン?」


 焼き菓子である。フラン粉にシュタンとミルルを混ぜて作った生地を薄く伸ばし、焼き上げてクリースを乗せて巻いたものだ。

 生地はもちもちした食感で甘いクリースのまろやかさが口の中に広がる人気のお菓子の一種だ。


「食べてみるか?」

「うん。あれは?」

「……大食いチャレンジ?」


 特大クリプンを制限時間以内に食べきれば無料になるというもの。


「やってみるか?」

「じゅるり」

「本当に兄ちゃんいいのか?」

「ええ。あ、食べきれなくてもちゃんと持ち帰って食べますよ。残したり捨てたりしません」

「それならいいが」


 店員は仰天した。華奢な少女が一人で挑戦するというのだ。大食らいの男でも食べきれないのだ。

 量もさることながら、甘い。甘さの暴力に速度が下がってしまいにはギブアップする。

 勝負は一瞬だった。


「ありえねー。……チャレンジ達成だ」


 店内は熱気に包まれた。


「おめでとさん。お代はいらないよ」

「ぶい」

「さすがだな」

 リィドは通常サイズのクリプンを食べ終わり、店を後にした。


「ねぇリィド?」

「ん?」

「なんで、リィドは優しくしてくれるの?」

「どういう意味だ?」

「私の記憶戻るか分らないしさ」

「……」

「最初は成り行きでしょうがないかもしれないでしょ?でも、今もこうしてずっと優しくしてくれてさ。王都にはそういう病気の人の保護施設もあるんだって。でも一緒にいてくれる」

「前に俺を拾って育ててくれた人の話ししただろ?」


 セツナにした話を前にフェイシスにもしてある。


「うん」

「で、先生が俺を助けたように、俺も困ってる人がいて、俺が助けてやらないとダメな時俺が最後まで助ける約束したんだ。だから、成り行きにせよ、俺ができる限りのことはしてあげようって思ったんだ」


 困惑、どぎまぎ。短いが濃密な日々だ。


「フェイシスと一緒に生活するようになってさ。毎日が楽しいんだ。事故だから義務感じゃなくて、こうしているのは悪くないなって。だから、今もこうしている。どこか行きたいところあるのか?」

「ごめんね。違うの、ただ気になった。昨日先生に言われてさ」


 保護施設があるのでそちらに入ることも選択肢だと提示された。


「私はきっと記憶が戻ってもリィドと一緒にいたいと思う」

「……」

「リィド?」

「な、なんでもない。そろそろ帰るか」

「うん」


 リィドはフェイシスの言葉を失うほどの綺麗な笑顔を忘れることはないだろう。

 その日の夜、セツナがやってきた。


「荷物はどうした?」

「これだけっす」


 小さな鞄一つだけだった。


「少ないな」

「まぁ、仕事柄定住したことなかったんで」

「それもそうか。ちなみに、昨日の今日だから、片付けもしてないし、ベッドもないけど今日は我慢してくれ」

「えー先輩のエッチ」

「なんで、そうなる」

「これから宜しくお願いするっす」

「ああ。まぁ、入ってくれ」

「フェイちゃんはどこっすか?」

「今風呂に入ってる。私室は二階だが、どこの部屋がいい?」


 二人は二階に移動する。リィドとフェイシスが隣同士で、空いているのは向かい二部屋と、少し奥にある一部屋だ。


「えーフェイちゃんお隣とかうらやまー」

「荷物動かすの面倒だから、移動はしないぞ」

「さすがに家主の部屋を移動させる要求するほど、厚かましくないっすよ。じゃ、ここにします」


 リィドの向かいの部屋だ。


「鍵はないんすね」

「まぁ、もともと俺とフェイシスの部屋以外は物置として使ってたからな。明日にでも鍵作るか。それとも不安なら、街で買うか?ドアごと変えたいなら、悪いが自分で金は出してくれ」


 鍵があるのはリィドの部屋とフェイシスの部屋だけだ。


「……先輩の部屋の鍵見せてもらっていいっすか?」

「いいけど、別にいたって普通のだぞ?」


 リィドは自室のドアを開け鍵を見せる。そもそも一度も使ったことがない。

 フェイシスも鍵を使っていないのであまり意味ないが。


「これ先輩が作ったんすか?」

「いや、元からだな」

「……ごめんなさい。ちょっとだけ家全体見たいので見ちゃいけないところあったら事前で止めてください」

「?問題ないが」


 セツナは玄関、二階の部屋を順繰りに確認していった。


「フェイちゃんの部屋の鍵見てもいいですか?」

「別に、それくらいならいいぞ」


 恐らく部屋に入れてもフェイシスなら怒りはしない。


「で、何がしたいんだ?」

「先輩、鍵いらないっすわ」

「へ?そ、そうか。それは助かるがどうしてだ?」

「先輩もしかして、鍵使ったことないでしょ?」

「そうだな。使う機会なかったしな」

「そうっすよね。お話聞いた限り家がどうしてできたとか、何で作ったとか一切っすよね?」

「……そうだな。何かあったのか?」

「先輩は育て親さんに愛されてたんだなって」

「へ?」

「いや、素人は気づかないかもしれないっすけどこの家に魔術式組み込まれてるっす」

「なんだと?」


 住んでいて、まったく気づかなかった。


「しかもめちゃくちゃ高度な魔術式っすね。家の素材、部屋自体に魔術式が組まれてる上に、この魔術式同士をかけ合わせることで、家全体に魔術が発動してるっす」

「どんなのだ?」


 恩恵を感じたことはない。この間も屋根が破損した。


「そこはよくわからないっす、うちに分かるのはなんかの魔術式がかかってるってとこまでで、内容はさっぱりっす。国のトップレベルの学者とかじゃないと解析自体無理なんじゃないっすかね?まぁ、家にかける魔術式なんて、悪魔や魔獣が寄ってこないとか、住人を呪う系の魔術を防ぐとかが一般的かなと」

「確かに、森の中にあるけど魔獣の被害を受けたことは俺の知る限りはないな。それにしてもよく分かったな」


 そんな高等な家に住んでいたとは。


「まぁ、仕事柄そういうの見てきただけなんで。でも、これ恐らくオリジナルの魔術式なんで、先輩の育て親さんはよっぽど高位の魔術師だったんじゃないっすかね?」

「なんで、うちは鍵いらないっす」

「分かった」


 荷物を置き下の階に戻るとフェイシスが風呂から上がってきた。


「あ、せっちゃんようそこ」

「うわ、部屋着のフェイちゃんかわいいー」


 セツナはフェイシスに抱きつく。


「は、は」

「まさか」


 リィドは身を構えた。一度経験すれば警戒はする。


「くちゅん」


 爽やかな風が吹き抜けた。


「へ?」

「やっぱり」

「んーごめん」

「な、な、先輩のえっち!て?あれうちも!先輩のスケベー」

「お、俺じゃないし、悪くない!」


 フェイシスのくしゃみでリィドの服が脱げた。もちろん、フェイシスもだ。

 セツナもリィドがいきなり全裸になったのでかなり動揺し、自身も全裸なのに気づき情報量がパンクした。


「うぅ、お嫁に行けないっすー」

「ごめんね」

「まさか、本当にフェイシスのくしゃみで服脱げるなんてな」


 あの時のは偶然ではなかったのだ。


「お約束が早すぎるっす」

「これは不可抗力だ。ほら、フェイシス髪ちゃんと拭いて」

「やってー」

「ったく」

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