第11話 怪異決着

 ショッピングモール裏手にある社員通用口。

 正面入口とは正反対に位置し、この時間帯の人通りは極めて少ない。

 いつもは守衛室に居る警備員も、今日は何故かもぬけの殻である。


「では、行こう」

「む、中へ入るのか?」


 貴之は先頭を行き、躊躇う事無く社員通用口をくぐる。

 ちょうど去年の夏休みであったか。貴之はここの食料品売り場でバイトをしていた。なれば裏口など勝手知ったるものである。もし誰かに見咎められようと、多少なりとも弁が立つ。防犯カメラが機能していないとなれば、益々好都合であろう。

 このショッピングモールは龍脈の上に建つとあやめは云う。なるほど、繁華街密集する駅前に位置しこれほどまでに栄えた理由がよく分かろうものぞ。では龍脈からの霊気の湧き出し口が、このどこかにあるはずだ。


「霊気の出元とやらを辿れるか」

「ふむ、そんなものお易い御用じゃ」


 あやめは『気』を読めると豪語する。それではと先頭を鬼娘きむすめと入れ替わらば、掌を翳す様にして霊気の出元を探りながら歩き出す。

 薄暗い社員通用路には、店内に運び出す前の在庫が雑多に並ぶ。主たる原因がこの中に紛れ込めば、探し出すは少々難儀と相成りそうだ。

 暫く通路を行くと、前方に数人の影あり。一瞥では店員とは思えぬ身形みなり風体である。百歩譲ろうが、先程出遭った不良どもとさして変わらぬ者どもであろう。

 偶然に出くわすにはよくでき過ぎている。ははぁ……さては先程一戦を交えた不良どもは、こいつらを通した後の、門番が役割か。

 若者の癖にゆらりゆらりと歩く様は、まるで熱病に冒された患者の様だ。


「おう、またぞろ狐に憑かれたようじゃわい」


 あやめはそう云って、端正な顔をにやりと歪めて不敵に嗤う。

 改めてそいつらの足元を見れば、数人の警備員が呻き声を上げて転がっている。

 なるほど、守衛室に誰も居らなんだは、これが原因ぞ。もし貴之らがこの場に居らねば、今宵の出来事も、あやめが度々嗅ぎつけては持ってくる「突拍子もない事件」の一つとなったであろう。


「よし貴様、怪我をせぬよう下がっておれ」

「あやめ、約束を忘れるなよ」

「フン、殺さずじゃろ。わかっとるわい!」


 身体の小さなあやめが背伸びをしながら、鼻を鳴らして抗議する。

 そうして胸を張ると、大きな乳房がぶるんと揺れた。いと愛らし。

 それと気付いたあやめが不本意そうに胸を抑え、顔を朱に染めながら、


「うににに、おのれ下っ端! 覚悟しろ!!」


 などと叫んで取り繕うが、完全に逆恨みである。

 気を取り直して姿勢を低く身構えると、すぅっと目を細めた。

 ゆらり――ふと身体を揺らしたかと思えば、疾きこと疾風の如し。

 その身軽やかに不良どもの先頭へあっという間に張り付くと、太刀の柄をドテッ腹へと叩き込んだ。胃液を吐いて倒れる男に目もくれず、次へ次へと男どもを討ち倒す。

 くるりくるりと宙を舞い、柄や鞘を叩き込むその姿は実に快刀乱麻。牛若丸とは斯やと云わんばかりの太刀捌きである。その上、貴之を護るが如く、己よりも後へと一切敵を寄越さぬ様に立ち回る殺陣は、最早見事という他に無かろうて。

 そうして全ての男どもを見る見るうちに平らげて、悶絶若しくはのた打ち回して地に這わすと、あやめは「ああん?」と不審そうな声を上げて、こう呟いた。


「何じゃ、これは?」

「どうした」

「いやホレ、其奴そやつらの口の中から……」


 貴之があやめの指差す方へと目を向ければ、男どもの口元からぽわりぽわりと火の玉のようなものが浮かんだ。


「こりゃもしや、まさしく狐火か?」

「狐火……」

「名の通り狐の使う火の妖術じゃが……ううむ、詳しくは儂も知らん」


 そう問答する内に、あやめの周囲をふわりふわりと漂い始める。

 何時の間にやらその数は増え続け、気が付けば数十を数えるまでとなった。


「おい貴様、此奴こやつらは斬り捨てて良かろう?」

「それは妖術の類か」

「そうだ」

「生き物でなければ、構わん」

「おう、任せとけ。合点承知の助左衛門よ!」


 調子に乗ったあやめが妙なことを吹いたが、聞かなかったことにする。

 それでもご機嫌な様子で愛用の太刀を鞘走らせると、幾つかの狐火を一瞬にしてずんばらりと斬り捨てた。ゆらゆらと揺れるばかりの狐火は、抗うことなく斬られて消える。

 そうして愉快に斬られるがままとなっていたが、それも束の間、あやめの余裕は数分と持たなんだ。

 何せ狐火はその数を増やすばかりで、如何に斬り進もうと一向に減る様子がない。


「くそぅ、しつこく儂の邪魔をして、霊気の元を辿らせぬつもりじゃな!」


 増える狐火はひとつひとつは弱いものの、数に迫れば集中力は削がれよう。

 そうしてあやめが、いい加減焦れてきた頃のこと。


「あやめ、そこは左だ」

「お、おう?」


 貴之が、突然あやめに指示を出した。

 その指示に従ってあやめが左へを歩を進め、暫くすると、


「そこは右ではない。真っ直ぐに進め」


 またしてもいちいち指示を出す。


「何故じゃ。何故そう思う」

「……霊気の流れを読んでいる」


 と、貴之は大いにうそぶいた。

 当然のことだが、貴之は霊気の流れなど読めぬ。ただ遠巻きに狐火の動きを見れば、あやめの動きに呼応して、ことごとく行く手を阻もうと誘導しているのがよく分かった。

 故に貴之は、その逆へ逆へとあやめに指示を下しているに過ぎない。

 そうして立ち塞がる狐火どもを斬り進むに、あやめになにやら当てがあったようで、急にポンと膝を打つ。


「そうか、なるほど」


 あやめが導かれるように向かう先は、渚らが倒れたショップより向かいの店舗が裏手である。これは事件の発端となった何かが龍脈に流されてることを意味している。

 そこはあやめらが行ったランジェリーショップより、数店舗ほど向こう側。


「ようやっと分かったぞ。あの時は女物やら、らんじぇりーとやらを見てクラクラしたと思っておったが、理由はそれだけではなかったのだな」


 数日前までランジェリーショップが地下深くの龍脈上に存在したものが、流れ流れて事件を起こし、そこからまた更に先へと流れ、どこかへ行き着いているようだ。


「では、諸悪の根源は――」

「うむ、渚らの倒れた店舗地下よりも更に北東!」


 貴之らが急ぎ行き着けば、そこには空調室の扉あり。狐火どもが入らぬ様に侵入すれば、幾つかのパイプスペースと地中熱交換器のパイプを通す縦に穿ったボーリング坑があった。

 ここの他、巨大なショッピングモール全体の空調を賄うべく、地下数百メートルほどに渡って埋設されているはずだ。


「そうか、こいつが龍脈全体を貫いとれば、様々な霊気が漏れ出るのも得心がいく」


 掌を翳して周囲を探っていたあやめが、或る場所で足を止めた。

 そこはコンクリート壁に亀裂が走り、小さな綻びが生じていた。


「なんぞ龍脈に引っ掛かっとる様じゃな……」


 どうやら龍脈を漂っていた何かが、地熱交換用のパイプに堰き止められたようだ。


「取り出せるか?」

「ふむ、ここに精気か鬼気を当てりゃ、引き寄せられようぞ」

「よし、頼むぞあやめ」

「ううむ、鬼使いの荒い男じゃのー……」


 ぶつぶつと文句を言いつつも、あやめは掌より鬼気を放つ。

 やがてあやめの鬼気に引き寄せられたか。

 コンクリート壁の亀裂から、蒼い宝石が転がり出た。


「うん、なんじゃこれは……?」


 龍脈内から転げ出た蒼く輝く不思議な石に、あやめが首を傾げた。

 千年生きた悪鬼とて、斯様な石は目にしたことが無いという。

 さては狐火を始めとした彼奴らは「これを探していたのじゃろ」と理解した。

 蒼い宝石を指で摘み上げ、繁々と眺めていたあやめが「ふん」と鼻を鳴らす。


「おい、貴様はこの石に近寄るなよ」

「何故だ?」

「この石、なんぞ毒気を出しとるわ」


 思い出せば喧噪が苦手な雪は、ショップに入らずピロティに居た。故にショップ地下が龍脈を流れるこの蒼い宝石が放つ毒気の元に、長時間晒されずに済んだのであろう。


 あやめ曰く、この手の魔石は、より強い鬼気を求めるという。

 ランジェリーショップで渚らに影響が出ず、儂が疲れきって星がチカチカ舞い散っておったのは、これが原因ぞ――などと鬼娘きむすめは抜かすが、まぁ実際はそれについては関係性がない。単なる見え透いた強がりである。


「ふん、此奴こやつが諸悪の根源か!」


 渚らの敵と云わんばかりに気色ばんだあやめは、拾った蒼い宝石をポイと地面に放ると、太刀の切っ先でガツガツ突くが、てんで傷一つ付かぬ。


「なんじゃ、壊れんな」


 そう呟くとあやめはあんぐりと口を開け、石をぺろりと丸呑みして、


「ならばこうすりゃよい」


 と、何事も無いような澄まし顔でそう云った。


「大丈夫なのか?」

「ふふん、儂の鬼気を打ち破れるならやってみるが善いわい」


 と、自信に満ちた様子である。腐っても千年悪鬼というところか。

 さては、復讐を兼ねた鬼の身体の牢獄――と云わんばかりである。

 そしてあやめは「是にて一件落着!」などとカンラカンラと高笑った。


 これが――初めて二人で挑んだ怪事件の、初めての解決と相成った。

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