第10話 怪異ノ急
そうしてあやめと貴之は、ショッピングモールへ赴くことになった。
あやめのいう『怪異』は、約三日ごとに移動している。事件が起きたのは昨日の放課後。なればまだ『怪異』は、ショッピングモール内に留まっている可能性が高い。
「それはそうと、よく気づいたのぅ」
道すがら、あやめが
龍脈の件にせよ、双方の事件の関連性にせよ。円滑に事が運び過ぎて、あやめには少々気味が悪い。
「それぞれ特徴が異なっているからだ」
「なんじゃそりゃあ?」
「直接的か、間接的か、の違いさ」
不良たちを操り間接的に物理攻撃に訴える『事件』と、精気を吸い取り直接的に手を下す『怪異』は、似ているようで非なるものだ。
どちらが『怪異』としてより正しいかなど、貴之は知る由もない。
だが一方は暴力や諍いなど『事件』として人間界に強く干渉し表面化していたが、もう一方は超常現象や都市伝説など『怪異』として人間界の裏面に溶け込んでいた。
すなわち様々な手口を試そうと、手段をひとつに絞らぬ同一犯か……
「それぞれ『目的』が異なる複数の仕業か」
「ふぅむ」
あやめがいちいち持ってくる情報に、何らかの法則性があると気付いてはいた。
不良たちの操られたが如く起こす『事件』と、生徒らが精気を吸われたが如く気を失う『怪異』。それぞれ別々の『事件』だが、関連する『怪異』だと推理すれば――
「ある『目的』を追う者と、追われる者、ふたつの関係が見えてきた」
「むむぅ、そうか……ふふん」
そう貴之はしたり顔で説明したが、殆どあやめが解き明かした謎に過ぎない。
だがあやめは、どこか得心のいった表情で含み笑いをする。
「どうした?」
「いや、流石は儂に勝った男じゃ。そうでなくてはいかん」
と、どこか得意げな表情で、満足そうに云った。
時折、妙な方向で感心をする、あやめである。
◆ ◆ ◆
放課後をとうに過ぎ、夕焼けのショッピングモールには、所々街灯が灯り始めた。
今は夕食時に近い。人並みは飲食街と食料品売り場を中心に流れ出し、事件のあった衣料品売り場の客は疎らと成りかけている。
そんなショッピングモールは裏手へと二人、歩を進めると、あやめが訝しそうな表情で右へ左へと首を振る。
「妙じゃな……」
そう呟くと、あやめは従業員通用口にあった防犯カメラを指差した。
「あの
「そんなことが分かるのか」
「分かる。龍脈をして思い出した。『電気』も気の一種。気の流れならば読み取れる」
気を読むとは、鬼が持つ能力の一つだろうか。
そんなことを考えていると、貴之は背後から声を掛けられた。
「おう、おめーだよ、おめぇ!」
「おいコラ、餓鬼が何イチャ付いてんだ、ああ?」
「この野郎、どうオトシマエつけるんじゃ、ゴルァ」
唐突に現れたは、絵に描いたような不良たちである。人数は七人。
それだけではない。
貴之が見ても、彼らの目の色が明らかにおかしい。
云いがかりを付けるにしても、その理由が雑である。
「なるほど、明白に操られておるな」
「ほう、あやめにも分かるか」
「おう、分かる。漂う『妖気』をみりゃ大抵のことは分かる」
あやめのいう気を読む力とは、貴之にはとんと見当がつかぬ。
言葉に『気』と付けば、何でも分かる物なのだろうか。
今度『天気』でも聞いてみるか、とつい余計なことを考える。
「それとな、もう一つ思い出したことがある」
「それはなんだ?」
「小さき身体をしておった頃の、闘い方ぞ……」
あやめはよく整った顔を歪め、にやりと嗤った。
「意趣返しじゃ。皆殺しにしてくれようぞ」
そう云うあやめの双眸に、あの惨劇の日の様な狂気の光が宿った。
小さき身体から、背筋がぞっとする程の鬼気が漲る。
だが恐れてはいけない。『三つの掟』を忘るべからず。
「皆殺しなど必要ない。ねじ伏せるだけでよい」
「ううぬ、それは契約じゃな……分かっとるわい」
不良どもの輪の真ん中へ、あやめは恐れも知らず我が物顔で進み出る。
奴らにも、操られども粗野な部分で意識はあるのか。可憐な和風美少女然としたあやめを前にした不良どもは、鼻の下を伸ばし、だらしなく破顔する。
そんな不良どもを見下した目で咀嚼すると、小さき鼻先で「フンッ」と息巻いた。
「訳遭って、五尺に足らん我が身成れど、いざ侮るなかれ」
一丁前に口上を垂れると、一瞬にしてその身を翻した。
その速さ、目にも止まらぬ神速とはこの事か。低く沈み込んだ回し蹴り足払いから、仰向けになって倒れる不良への踵落としは、まさに一閃。煌めきとも云うべき早業である。
先程までの余裕の笑みはどこへやら。不良はもんどり打って床を転げ回った。押さえる鼻骨は折れているのか、
仲間たちと云えば、嘲り嗤いの
そんな輩を前にして、あやめは余裕綽々の表情で、長い黒髪を跳ね上げた。
「どうした……掛かってこんか、ヒヨっ子どもが!」
あやめが一喝すると、不良どもはようやっと我に返ったか。
それぞれが雄叫びを上げて、あやめへと殴り掛った。されど
蝶の様に舞い、蜂の様に刺すとはこのことか。不良たちの攻撃を踊る様に躱しては殴り飛ばし、殴り飛ばしては躱す。最早あやめの独壇場であった。
「………ぐッ!」
だがそうは容易くいかぬが、貴之である。
特に反撃をすることも敵わず、されるがままに殴られてしまった。
何せ生まれてこの方、喧嘩など皆無。普通の高校生の身の上である。
こちとら闘う能力など、欠片も備わっていないのだ。
まずは顔面、次に土手っ腹。
多少は腕で防御はできたものの、終ぞよろけて地を這った。
貴之のその姿をみて、あやめは逆鱗に触れたが如く怒り狂う。
「き、貴様ッ! 何故殴られたままとしている?!」
複数の不良らを瞬時に蹴散らすと、あやめは貴之に怒鳴り散らす。
「反撃もせず殴られるなど不甲斐ない!」
自分が死ねばあやめも死ぬ――そう伝えられている彼女には当然であろう。
貴之はそう思ったが、あやめの怒りは既に別の所にあった。
「貴様は儂を倒した、稀代の使い手であろうが!」
千年悪鬼の自らを易々と籠絡した者が、
怒りに身を任せたあやめは次々と不良どもを打ち倒すと、肩に引っさげた太刀袋の紐を解き、自らが『形見の品』と呼ぶ太刀を瞬く間に引き抜いた。
「千年悪鬼と呼ばれた我を打ち倒せし男を、地に這わせるとはいい度胸だ。最早貴様ら、生かしては捨て置かぬ!!」
あやめはそう言い放ち、一撃の下に倒した不良どもにとどめを――
「殺すなよ、
貴之の凄みの感じたか。あやめがとどめを刺すことはなかった。
地の底から吐き出すような言ノ葉に、あやめの手が止んだのだ。
手が止んだのは、不意に昔の名を呼ばれた
貴之の声を耳朶に受け、あやめが鬼気迫る表情で貴之を睨め付けた。
だが貴之も負けず劣らず、冷厳なる表情であやめを睨め返す。
「ひッ……ひいぃ……ッ」
「うわあぁぁあぁーッッ!!」
殺気に満ちた二人の睨み合いを見て、急に憑き物が落ちたか。
不良どもはその隙に、我先に雪崩の如く尻尾を巻いて逃げだした。
「貴様ッ! 殺すな、とは本気か?!」
「本気も本気だ。契約を忘れたか、あやめ」
「ええい、分からいでか! だがな――!」
「だがなもヘチマもない。言わずもがな、当然だ」
「否とよ、何故手を止めた! あんな小物など殺してしまえばいい!」
切って血の滲む口唇を拭きながら、ゆっくりと貴之は立ち上がる。
あやめはそんな貴之の右腕を掴み、語気強く、凄む。
小さな口元をギリギリと歯噛みし、腕を掴む力は尋常ではない。
だが貴之は泰然として大きく息を吐くと、改めてあやめに問いかけた。
「あやめ、お前は本当に『
「なんだと!?」
「殺せば事が済んだと思うか」
「済んだ。あんな蛆虫どもなど、皆殺しで構わん!」
彼奴らは普通ではない、敵の術中に堕ちた状態にある。
敵は全て討ち果さねば、いずれ死を纏うは我らぞ――
そう云うあやめに、貴之は冷静を装って諭すように続けた。
「ならばお前は、術に堕ちた街の人間を全て殺して回るつもりか」
「ではどうせいというのじゃ!!」
烈火の如し怒りに身を焦がしたあやめは、既に我を忘れている。
この美少女は、ひと月前まで九百九十九の人を殺めた悪鬼である。
貴之は嫌という程に見せつけられて、未だ脳裏にその姿が残る。
だが、ここで怖気づいては『三つの掟』を破ることになる。
破ればきっと、肉を貪り食われるは必定であろう。
貴之は逃げ出したい気分を押し殺し、あやめをじっと見つめ返した。
ギリギリとした眼差しを貴之に向けるあやめが、急にハッとして、
「さては貴様、儂を元に戻さぬつもりじゃな?!」
などと云い出して、
貴之の鼻先に噛み付かんばかりの勢いである。
「そのつもりで、殺すなと言うのじゃな!?」
「何故そう思う?」
「なんもせん、術も使わん、殴られっぱなしだからじゃ!!」
あやめの眼力、あの惨殺の夜に見せた嶄九郎に負けずとも劣らぬ。
しかし、それを相手取る貴之は、
「俺を殺さば、殺せ」
「何ッ!?」
「だがその前に一つ、お前に教えて置いてやる」
怒気天を衝くあやめに対し、貴之は再び穏やかに問い質す。
「大望を成す者は、路傍の小石に躓くが如きで事を荒らげん」
貴之の言葉は静かだが力強く、舌鋒鋭く理路整然と言い放たれた。
つまり大きな望みを志す者は、その辺りによく転がっている小石で躓いてしまったことなど大したことではない。ただ些細なものであり、周囲を混乱させるな、と。
「む、むむ……」
その言ノ葉は、あやめの心を大いに揺るがした。
大禍を収むる大望の前には、たかが知れた小事など、気にも掛けぬと云うことか。
そうと諭されたあやめは、自らの怒りなど矮小なものであると気が付いた。
この男の瞳に宿る気迫は、惨殺の夜にも動じなかったそれと同様ぞ。
その迫力に気圧されたか、あやめの怒気は、遂にすうっと引き下がる。
「お前はもう、ヤクザの大親分・鬼島嶄九郎ではない」
「う、むむ……」
「いまや女子高生、貴島あやめだと努々忘れるな」
「あ、相分かった」
あやめは素直にそう応えると、口をへの字にして黙り込んだ。
まさかこの儂が気圧されるとは。やはりこの小僧、ただの小僧ではない――
そう思い直し、あやめは気を新たにするのであった。
だがしかし。啖呵を切った貴之の言動は、単なる嘘偽りである。
それこそは
使える武器は、ただひとつ。
ひとつ「
よくもよくも、堂々と仰々しくも屁理屈を並べただけである。
この殺伐とした状況下で、いけしゃあしゃあとやってのけた貴之であった。
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