第14話 二度と覚めぬ夢へようこそ!
ニャコブは今週もテスラカフェで忙しく働いている。ここ最近色々な事があったがテスラと一緒に働けるのはやはり嬉しい。テーブルを拭きながら、左手の薬指に嵌った青い宝石の着いた指輪を眺める。宝石は夜露の煌めきのような光を放ち美しい、テスラの瞳の色と同じ色だ。ニャコブの顔はニヤケてしまい尻尾を機嫌良さげにくねらせる。エジンに魂を引っ張られない様にする為の魔法道具をテスラに直接、嵌めてもらった事を思い出し、その度に顔が緩んでしまう。常連のお客さんに「ニャコブちゃん!今日は機嫌いいね!」なんて声をかけられ「そんにゃ事ないですにゃ!」と笑顔で返す。そんな姿をケイティーが見ながらテスラを肘で突く。
「お前…あれ大丈夫なのか?」
「何がですか?」テスラはカップを拭きながら、素知らぬ顔でいる。
「何がって…貴族や王族が直接女に装飾品を付けてやるって…」
「私はかの…」テスラが手を止め何かを言いかけるがカランカランと軽快なベルの音でその言葉は途切れる。ニャコブが笑顔でお客様を出迎える。
「いらっしゃいま…」ニャコブが固まる。お店に入って来たお客は大きな身体に白いふわふわの毛並み、右目に大きな傷があり左目は人をさっき殺したばかりと言われても信じてしまいそうな鋭い目。背中にデカい大剣を背負っている。
「おう!ニャコブ!元気にやってたか?」その白い猫の獣人が低いドスの効いた声で話しかけてくる。
「お父さん!?」ニャコブの父ニャニャガルが大きな手でニャコブの頭を撫でる。
「しっかり働いてるみたいで偉いぞ!」
「やめるにゃ!他のお客さんが見てるにゃ…」そんな事はお構い無しにニャニャガルはテスラに顔を向け挨拶をする。
「久しぶりだなテスラ!元気にやってたか!?」ニャニャガルはカウンターへと近づいて行く。
「お久しぶりです。ニャニャガルさん。お変わり無さそうで何よりです」テスラは胸に手を当て、深々と頭を下げる。ケイティーが冷や汗を流し身構える。
「お嬢ちゃん、取って食ったり何かしないからら、武器はしまえ」ケイティーは無意識に懐のナイフを出して身構えていた。ハッとしたケイティーがナイフを直ぐにしまい、頭を下げる。
「すみません…」
「腕のいい護衛がついてんな!」ニャニャガルがガハハハと豪快に笑う。
「ええ、彼女はケイティーです。厨房を担当して下さっています」ニャコブがニャニャガルに近づき怒る。
「お父さん!来るなら手紙の1つも欲しいにゃ!」
「娘が心配で居てもたってもいられずに来ちまった!」するとテスラがニャコブを見つめ話す。
「私が手紙を出したのです。ニャニャガルさんとニャリーナさんには事情を説明した方がいいと判断しました」
「そうだったにゃ…心配かけたにゃ…」
「そうだぞ!仕送りばっかで手紙は1通しかよこさねぇ!仕送りなんかいらんから手紙をよこせよ!」ニャニャガルがニャコブの頭をグリグリと撫で回し「にゃにゃにゃにゃ」とニャコブが翻弄される。
「お2人とも積もる話もあるでしょう。奥の席でゆっくり話されてはいかがですか?」ニャコブが首を振る。
「だっ…大丈夫にゃ!まだお仕事中ですにゃ!」
「良いんですよ。そろそろ休憩の時間ですし、賄いも用意します。ニャニャガルさんは何か食べられますか?」ニャニャガルが大きく頷き、腹を叩く。
「ああ!ペペロンチーノとブレンドコーヒーを頼む!」テスラが「かしこまりました」と頭を下げるとニャニャガルがニャコブを引っ張って奥の席に行ってしまう。
「ではケイティーお願いしますね」その言葉にケイティーが反応しない。
「ケイティー?」テスラがケイティーを見ると震えている。
「ケイティー大丈夫ですか?」その声に気づきテスラを見る。
「話には聞いていたけどよ…あれヤバすぎだぜ…」テスラがコーヒー豆をミルで砕きながら言う。
「殺気に当てられましたね?ケイティーが暗器を持っていたのに気付き、一瞬ですが殺気を出したのでしょう」
「殺気って…そんな次元じゃなかったぜ?正直…死んだと思ったぞ…」ケイティーが肩を抱き震える。
「彼のスキルでしょうね。多分その気になれば殺気だけでホントに殺せるんじゃないでしょうか?」
「マジかよ…勘弁してくれ…下手なもん出したら殺されんじゃねーか?」テスラが笑う。
「そんな事される方では無いですよ。そんなに怖かったのですか?」
「だから、怖いとかそんなレベルじゃなくて、死んだと思ったんだって!」ケイティーがムキになり少し声を荒らげる。
「わかりましたから、早くペペロンチーノを作って下さい。コーヒーを先にお出しして来ますよ?」テスラが笑いながら2人分のコーヒーをトレーに乗せてニャニャガルの元へ向かう。ケイティーが「ったくバカにしやがって。ホント怖かったんだぞ!」と頬を膨らませキッチンに入って行く。
「怖い目にあったみたいだが大丈夫だったか?」ニャニャガルがソファに座り、向かいの席にニャコブが座る。
「大丈夫にゃ!テスラが助けてくれたにゃ」
「大丈夫ならいいけどよぉ村に帰って来たらどうだ?母さんも心配してんだぞ?お前にはその…まだ早いと思うし…」ニャニャガルが諭すように言う。
「嫌だにゃ!もう田舎はゴメンにゃ!何もないし、モンスターは出るし、帝都の方が何倍も良いにゃ!それとお母さんはどうしたにゃ?」
「ああ…母さんはテラスラープ亭でサチーと喋ってるよ」ニャコブが驚く。
「女将さんと知り合いだったにゃ?!」
「知り合いも何も元々同じ村出身で幼なじみだ。お前の事も頼んでおいたんだ」
「何で…黙ってたにゃ?!」
「お前が嫌がると思ったんだよ…」ニャニャガルがバツが悪そうに目を逸らし頬を掻く。
「嫌に決まってるにゃっ!コソコソと動向を探られてるみたいにゃ!だいたい、昔からお父さんもお母さんも私に過干渉なのにゃ!」ニャコブが怒り立ち上がるとテスラがコーヒーを持ってやって来る。
「お待たせ致しました。ブレンドコーヒーです」2人の前にコーヒーを出す。
「テスラは知ってたのにゃ?テラスラープ亭を紹介してくれたのはテスラだったにゃ…知っててそうしたのかにゃ?」ニャコブが悲しそうな潤んだ瞳でテスラを見つめる。
「あの日ニャコブさんがお店にいらしたのは偶然です。ご両親がサチーさんと同郷の方だと知っていましたから紹介しました」テスラはにこやかに返す。
「何で…テスラは私がお父さんとお母さんの子供だと知ってたにゃ…?」テスラの表情が固まる。それを見たニャコブは涙を流しお店を飛び出して行く。
「ニャコブさん!」
「ニャコブ!」
2人がニャコブの名を叫ぶが凄い速さで行ってしまう。テスラが今までにない悲し顔をし、先程まで座っていたニャコブの席に座る。
「テスラ、お前言ってねぇーのか?」ニャニャガルの言葉にテスラが静かに頷く。
「私はあの頃から何も成長していません…ニャコブさんにあんな顔をさせてしまいました…」テスラの瞳に涙が滲む。
「おい!泣くなよ!もうガキじゃあるめーし!」ニャニャガルがたじろぐ。
「私は彼女に話す自信がありませんでした…拒まれたらと思うと…」すると恐る恐るといった面持ちでケイティーがやって来る。
「お…お待たせ致しました。こちらペペロンチーノです…ってどうしたんだテスラ?」テスラとニャニャガルを交互に見つめる。
「お前も殺気受けてビビったんだろ?だから言っただろやべーって!」ニャニャガルがケイティーを一睨みする。
「す…すみません…」するとカランカランとまた軽快なベルの音がなる。ケイティーが扉の方を見ると真っ黒な猫の獣人が立っている。身体は細く手足が長いニャコブにそっくりで美人な猫の獣人がこちらにやって来る。
「あらあら、久しぶりにゃーテスラちゃん」テスラが涙で滲んだ青い瞳を向けると笑顔のニャリーナが立っている。
「ニャコブちゃんが飛び出してったみたいにゃけどー?」優しい声色だがどこか迫力のある声だ。
「何でテスラちゃんは追いかけにゃいのー?君がニャコブちゃんを守らなければいけにゃいんじゃないかにゃー?」笑っているし声色は優しいがすごく怖いとケイティーが思う。その言葉にテスラは立ち上がりエプロンを外す。
「すみません!ケイティー後を頼みます!」テスラは軽快なベルを鳴らし出ていってしまう。
「おいおい…これからディナーだぞ…コーヒーとか酒は専門外だぜ…」ケイティーの言葉にニャリーナが微笑みながらニャニャガルの隣に座る。
「大丈夫にゃー私達が出来ることは手伝いますにゃー」そう言いながら置かれたペペロンチーノを「辛いにゃー」と食べ始める。ニャニャガルがため息をつく。
帝都の建物達が夕日に染まりオレンジ色になる。ニャコブは帝都の時刻を知らせる高台の鐘の前に足と尻尾を垂らし、静かに夕日を眺め座る。ニャコブの瞳もオレンジ色に染まり、目線を下げ指輪を見つめる。これを取ればエジン国王と会える。いっそ王国に行ってしまうのも良いと思うが、それはしなかった。テスラは最初から私のスキルが他国に行くのを止めるために今まで良くしてくれたのではないだろうか?上手く私の恋心を利用しようと考えていたのではないのだろうか?などとネガティブな事ばかり考えてしまう。なぜ最初から私の事を知っていたのだろうか…両親に頼まれて?考えが纏まらずグルグルする。
「ニャコブさん」テスラの声が後ろから聞こえる。来る事は分かっていた。聖十字の首飾りをしていれば場所も分かるはず、これも私を見張るためだろう。
「勝手に仕事抜けて、ごめんなさいにゃ…」後ろを振り返らないままに謝る。
「そんな事は良いんです。隣、座っても?」ニャコブは帝都を見つめたまま頷く。隣にテスラが座り、しばらくの沈黙の後、ニャコブが喋る。
「私の両親はとっても優しいにゃ。でも私に何もさせてくれなかったにゃ。外に遊びに出れば着いてくるし、村の外には出させてくれないし、1人で買い物もしたことも無かったにゃ!だから本当は内緒で出てきたにゃ…貯めたお小遣いを持って帝都行きの馬車に飛び乗ったにゃ」テスラは黙って話し聞く。
「外の世界は楽しかったにゃ!色んな人達にあったにゃ!優しい人や悪い人…幸福な事や辛いこともあったにゃ…好きな人も出来たにゃ…でも多分最初から仕組まれてたにゃ…1人で冒険してるつもりで居たけど本当はおんぶに抱っこだったにゃ…今思えば私のスキルと両親のコネにゃ…」
「両親があなたの事を過剰に心配していたのは確かにあなたの持つスキルの為でしょう…遠い村に住んで居たのも他国に見つからないようにする為に…」テスラが顔を背け沈む夕日を眺めながらに答える。
「わかってるにゃ…両親が私の事を思っての事だって…ワガママ言ってる自覚もあるにゃ…ただ私は自分一人の足で歩きたかったのにゃ…それに…」ニャコブがポロポロ涙を流し、テスラを見つめる。
「テスラに隠し事されてるのが1番辛かったのにゃ!何で話してくれなかったのにゃ?私の事を最初から何で知ってるにゃ!?私に優しいのはスキルの為かにゃ!?何で守るって言ったにゃ!何で…何でテスラが皇帝なのにゃ…何で…私の好きな人が皇帝なのにゃっ!」テスラがハッとしこちらを向く、テスラの瞳にも涙が見える。何故テスラが泣いているのだろう。ニャコブには分からなかった。するとテスラがニャコブを抱きしめる。
「なっ!?何するにゃ!?」
「そうでしたか…私は本当に愚かです…あなたの気持ちに直ぐに気づけないなんて…」テスラの胸の鼓動がニャコブの胸に伝わる。
「あなたにもっと早く話していれば、あなたを泣かせるような事にはならなかった…」テスラがニャコブから少し離れ、ニャコブの見開いた綺麗な赤い瞳を見つめる。
「大きくなったら、一緒にカフェで働こう。そこで結婚式をしよう」その言葉にニャコブは遠い昔を思い出す。
村に来た貴族は両親と話していた。大人の難しい話が分からず目を盗んで外に出る。外では気弱そうな少年が綺麗な服を来て待っていた。従者が周りにいたがニャコブは少年の手を取り走る。従者が追いかけて来たが振り払った。
「一緒に遊ぼうにゃ!」ニャコブが笑顔で少年に話しかけると気弱そうな少年は躊躇いながらも頷く。2人は木に登ったり、生き物を捕まえたりして楽しく遊んだ。その少年の立ち振る舞いはかっこよかった。1つ1つの動き全てがかっこよく、直ぐに気弱そうないイメージは無くなっていた。
「君の許嫁なんだって」少年が言う。
「許嫁って何かにゃ?」ニャコブが頭を傾け、尻尾を曲げる。
「大人になったら、結婚しないといけないんだ」
「よくわかんないにゃ?」
「君のお父さんとお母さんみたいに僕達がなるんだ」少年は足元を見つめる。
「良いにゃ!お父さんとお母さんになるにゃ!」ニャコブが素敵な笑顔を少年に向ける。少年は夜露の様な青い瞳をニャコブに向ける。
「いいの?嫌じゃないのかい?」
「君かっこいいから良いにゃ!」ニャコブがふふふと笑い尻尾で口を隠す。少年が笑顔になる。
「僕は大きくなったらカフェを開くんだ!君のお父さんが応援してくれた!」
「カフェって何かにゃ?」
「カフェはね。料理を出したり、コーヒーを出すんだ!」少年は楽しそうに話す。
「コーヒーって何かにゃ?」ニャコブがまた首を傾げる。
「コーヒーはとても苦くて黒い飲み物何だけど、すごくいい香りで美味しいんだ!」
「私、苦いの苦手にゃ…」
「それならカフェラテがオススメだよ!ミルクが入ったぶんまろやかになるんだ!」すごく楽しそうに喋る少年を見てニャコブも嬉しくなる。
「お店開いたら飲ませて欲しいにゃ!」テスラは「絶対にね」と約束する。
「私も一緒に働きたいにゃ!」
「なら、大きくなったら一緒にカフェで働こう。そこで結婚式をしよう!」少年とニャコブお互いに笑い指切りをする。
ニャコブが当時の事を思い出す。何故すっかり忘れていたのだろう。あの時の少年は今、目の前に居る大きくなった青い瞳のテスラなのだ。
「あなたにもっと早く言っていれば良かった…私はあなたの事を愛しています。一緒に働きたいと言ってくれたあの時に、どれだけ勇気を貰ったか…大人になって偶然やって来た貴女が雇って欲しいと言ってくれた時、私は本当に嬉しかった」テスラがニャコブの涙を優しく指で掬い取る。
「その指輪はテスカバロル皇帝が妃に送るものでもあります。指に嵌めた時に言えればよかったのですが、君に拒まれるのが怖かったのです」
「にゃ…にゃ…にゃ…テスラも私の事…好きなのかにゃ…?」テスラが頷く。
「はい。大好きです!」テスラが素敵に笑う。
「夢じゃないにゃ!?」
「はい。夢ではありません…」テスラが顔を近づけ、ニャコブの唇にテスラの唇が触れる。テスラが優しくニャコブを抱きしめる。ニャコブもテスラの背に手を回す。たとえ夢でも永遠に覚めないで欲しい。二度と覚めぬ優しい夢であって欲しい。それはこの世のどんな物よりも価値があり変え難い特別な夢。
空が暗くなり星を散りばめ、帝都は空の星が写るように明かりが灯り始める。大きな月が登りその月だけが2人の二度と覚めぬ夢を見続ける。
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