第13話 パーティーへようこそ!後編

静かで軽快な音楽を演奏家達が奏でる。魔石を使った楽器は魔力が音に乗り、繊細で優美な音色を会場へ響かせる。ダンスフロアで踊る男女が軽やかに踊り、貴族の立ち振る舞いは一つ一つが洗礼され、給仕の人すら優雅な動きで料理やお酒を振る舞う。

そんな中ソラウェッティーは苦手なお酒を片手に独身貴族に話しかけられ、要らないおべっかや自慢話を永遠聞かされる。絶え間なく挨拶に来る男共に慣れない笑顔で愛想良くしなくてはならない。なぜ社交の場はこんなに面倒なのだろうか。太った貴族が話し掛けてくる。

「ぶひひ…ソラウェッティー嬢。ダンスでもどうかな?」豚のような鼻にニヤついた顔が張り付き、細く濁った目が全身を舐めるように見つめてくる。

「い…いや…私、少しお酒を飲みすぎてしまって…ダンスはやめときます」ソラウェッティーが嘘を着く。お酒は持っているだけで1口も飲んではいない。

「それは大変だ!私の部屋でぶひひ…介抱してやろう!」ソラウェッティーの細い腕を太い指で無理やり掴み引っ張る。

「痛…大丈夫です」ソラウェッティーが顔をしかめる。

「酒酔いに効くいい薬があるのだ!私の父の領地、ヴィラン伯爵領で採れた薬草を使っているので…ぶひひ…」太った貴族は鼻息をブヒブヒ言わせながら腕を更に引く。

「やめてください!」ソラウェッティーがそう言うと、太った貴族の太い腕を誰かが掴む。顔を見ると朝の青年が立っていた。髪は白く短く切りそろえ、背は高い。線は細いがビロードスーツの下に鍛え上げられた身体があると分かるほどに太った貴族の腕を締め上げているのがわかる。

「いでででっ!手を離せ!」太った貴族がソラウェッティーの腕を離すと青年も腕を離す。

「貴様!誰だか分かっててやったのか!?私はウスノール・ヴィラン伯爵の息子!カバルマン・ヴィラン様だぞ!?」カバルマンが自分の腕を擦りながら吠える。

「そいつは悪かったな。触手モンスターが絡みついてるようにしか見えなかったよ」青年が何ともなしに答える。

「モンスターだと!?貴様!!タダで済むと思うなよ!待てよ…?お前バルデン・シュタインだな?平民如きが調子乗りやがって!」カバルマンが顔を真っ赤にし拳を振り上げ、バルデンに殴り掛かる。だがバルデンはヒラリと交わし、足をかける。凄い勢いでカバルマンが床に転がり気絶する。他の貴族の目がある中、ソラウェッティーが大きい声を上げる。

「あら!少々飲み過ぎのようですね!すいません!この方の介抱をお願いします」ソラウェッティーが近くの給仕人を呼び、バルデンの手を引っ張り会場を逃げるように飛び出す。

「おい!引っ張るなよ!」

「うるさい!黙って着いて来なさい!」ソラウェッティーに引っ張られながらバルデンは悪態を着く。

2人は城の誰もいない広いバルコニーへと出ると今日は満月で月の光だけで明るい。端の手すりまで行くと帝都中の明かりがキラキラと瞬き、2人の影を伸ばす。

「まずは助けてくれてありがとう。貴方、足癖悪いのね」

「何のことだ?俺は避けただけで足に躓いたのはあの触手系豚モンスターだろ?」バルデンがすました顔で言う。ソラウェッティーが吹き出す。

「仮にも伯爵の息子を触手モンスターって!貴方本当に命知らずね!」ふふふっと笑うと、バルデンもつられて笑う。

「朝は助かった。あのガキは無事、親元まで送ったよ」

「そう、それは良かったわ。子供にあんな怪我をさせるなんて酷い大人ね」2人は手すりに掴まり並んで話す。

「ああ、アイツらは雇われだ。俺が介入してくると分かっててガキを殴ってやがった」ソラウェッティーが驚きバルデンを見上げる。

「俺を軽視する貴族連中が雇ったんだろうな。陰湿な連中だ」

「貴方、一体何したのよ?」その言葉にバルデンはハハっと静かに笑い答える。

「何もしてねぇさ。ただ戦争で生き残っただけだ」ソラウェッティーがバルデン・シュタインの名を思い出す。戦争で若いながらも戦い、皇帝を助け武勲を上げた平民だった彼が、子爵の爵位を貰い、今では皇帝の剣とまで言われる男だと。貴族の中にはそれをよく思わない連中が居る。きっとその連中の誰かだろう。

「貴方!皇帝の剣!?」

「だせぇ2つ名だ。皇帝の腰巾着か何かだと思われる。俺はバルデン・シュタインだ」バルデンが嫌そうな顔をしながら名乗る。

「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私はソラウェッティー・ミラノフよ」ソラウェッティーが真っ赤なドレスの裾を摘み、可憐にお辞儀をする。

「おう!よろしくなソラ」バルデンが顔だけ向けニッと笑う。

「いきなり愛称呼び?貴方も貴族なのだから少しは…」ソラウェッティーが言い切る前に何かが飛んで来て頭に当たり、黒い小さな箱が頭の上から落ちてきて手の平に乗る。

「何これ?」

「朝のお礼だ。貴族が真っ赤なドレスにアクセサリーも付けないのは変だろ?」箱を開けると、中から真っ赤なルビーが着いたピアスが出てくる。

「貴方…コレ…どういう意味かわかって…」ソラウェッティーが驚愕に口を開けバルデンを見つめる。バルデンはどうしてそんなに驚くのかと思案し答える。

「あんな所で真っ赤なドレス着てるのはこのパーティーに参加する奴しか居ないだろ?だからガキ助けた後にお礼を買ったんだよ」バルデンがソラウェッティーに顔を向けたまま答える。

「そういう意味じゃ…」ソラウェッティーの顔が赤くなった後、ため息を着く。

「耳に…着けて下さる?」その言葉にバルデンは片眉を上げよく分からんが、と言う様な顔で言われた通りにソラウェッティーの左耳にピアスを着けてやる。すると顔が赤いまま笑顔で答える。

「ありがとう。でもこのルビー偽物よ?」バルデンが驚き1歩下がる。

「なっ!?あの商人!やっぱ返せ。返品して本物と交換してくる」

「ダメよ?これはもう私の物なんだから!」ソラウェッティーがいたずらっぽく笑う。

「お前がいいならいいけどよ…」バルデンは頭を搔く。

「せっかくのパーティーなのだから踊りましょうよ」ソラウェッティーがバルデンの手を掴み踊り出す。バルデンは呆気に取られながらも、慣れない踊りを2人で踊る。

月光が偽りの赤い宝石を輝かせ、帝都の煌めきよりも美しく輝く。2人はぎこちなくも笑顔で踊る。時にソラウェッティーの足を踏み、帝都の空に怒声が響く。だが今日ほど楽しい日はないだろう。貴族の女性がパーティーでアクセサリーを付けないのは男性が求婚の為に女性に贈るから、女性は了承した時にのみアクセサリーを付ける。だがバルデンがそれを知るのはもう少し先のお話。



それから程なくして2人は結婚する。バルデン・シュタインは婿に入りバルデン・ミラノフになる。子供には恵まれなかったが2人は幸せな生活を送る。

何度かの戦争でバルデンは周辺国家から剣聖と呼ばれる様になり、ソラウェッティーは戦争で亡くなった父に変わり、宮廷魔導師宰相になっていた。

50年がたち、14代皇帝テスカバロルがデジンマール王国に宣戦布告する。一線を退いていたバルデンは剣聖として徴兵され、戦場へと向かう事になる。

「それではソラ、行ってくる」青い宝石の埋め込まれた剣を腰にぶら下げ、白い髪をオールバックにし綺麗に切りそろえた白い髭、凛々しくもシワが増えた顔はいつものバルデンの顔だ。

「あまり無理をするんじゃないぞ。お主も歳なのじゃからな!」ソラウェッティーは昔と全く変わらない顔で言うとバルデンは笑う。

「何を言っているのかね?剣の腕はまだまだ鈍っていないさ」そう言うとソラを抱き寄せ耳元で呟く。

「必ずわしが戦争を終わらしてくる。帰ったら君の好きないちごのパンケーキを食べよう」それに答えるようにソラウェッティーがバルデンの肩に顔を付け背に手を回す。

「お主の好きなシャーベットも用意しておく…だから必ず帰って来るのじゃぞ」バルデンとソラウェッティーが離れ、バルデンは戦場へと向かう。バルデンの肩が僅かに濡れていた。


戦争は僅かな時間で苛烈を極めた。沢山の帝国民と王国民が死んだ。ある日、王国最強の聖剣隊を剣聖バルデンが討ち取った報告をうけ、誰もが帝国が勝利したと思われた。だがその日の夜に帝都の西の空に太陽が登る。西に沈んだはずの太陽がまた登るという不思議な光景に帝国民全てが恐怖する。それを見たソラウェッティーは魔法で西の太陽に向かい飛ぶ。どんなものよりも早く飛ぶ。いつの間にか太陽は消え、夜の静けさが戻る。ソラウェッティーは直ぐに戦場へとたどり着く。そこには何も無かった。見あたす限りに更地が広がり、当たりに炎が燻っている。ソラウェッティーが無言でバルデンを探して歩く。すると人影を見つけ、ソラウェッティーが走り出す。その人影は銀の髪を揺らし、太陽の様な揺らめきを放つ衣を羽織りこちらに振り返る。金色の瞳がソラウェッティーを捕える。

「おや、早いね。帝国の人が動くのはもう少し遅いと思ったんだけど」だがその言葉にソラウェッティーは答えず、目線は彼女の足元を向いたまま動かない。青い宝石の輝きを見つめたままだ。

「そうか…君がソラウェッティーだね。君の旦那さんは強すぎたんだ。私も手加減出来なかったんだよ」ソラウェッティーはエルフの足元に転がる青い宝石の着いた剣に這い寄る。ボロボロになったその剣にすがり、玉のような涙を幾つも地面に落とす。それからソラウェッティーは呪文を詠唱し出す。当たりに巨大な魔法陣を展開し、青白い輝きが空まで登る。エルフは飛びのき身構えるが、魔法陣を見て止まる。

「お前、剣聖を蘇らす気か?」ソラウェッティーはエルフに目もくれずに詠唱を続ける。魔法陣の輝きが次第に大きくなり、大地が揺れ始める。

「もう遅い…肉体は滅び、魂は魚になって月へと向かったよ」

「うるさい!バルデンは帰ってくると言ったのじゃ!!パンケーキとシャーベットを一緒に食べると約束したのじゃ!!!」大地は割れ、雲が消え、月がどんどんと大きくなる。

「やめろ!月が落ちるぞ!」エルフが止めようとするが凄まじい魔力の障壁に吹き飛ばされる。月が次第に星に落ちてくる。それでもソラウェッティーは詠唱を辞めずに続け、世界を終焉へと導く。次第に月から青白い光が集まり、バルデンの形を成していく。後は大地からバルデンの肉体を作れば完全に復活出来るとソラウェッティーが更に魔力を込める。だがその瞬間に吐血し、鼻や目から血が溢れ、ジワジワと大地を赤く染めていく。バルデンが透けた身体でソラウェッティーに近づく。

「もうやめなさい。このままではソラも死んでしまう。わしは充分生きた」

「嫌じゃ嫌じゃ!お主のいない世界に未練はない…月が落ちようと関係ないわい!」バルデンが透けている身体でソラウェッティーを抱く。身体は触れられずとも心が繋がる。温もりがなくともそこにバルデンがいる。ソラウェッティーは血の混じった涙を流しわんわん泣く。

「君の事を愛している。例えこの身が滅び、魂が月へ帰ろうとずっとソラの事を思っている。だから君には生きていて欲しい。君がこれから助けられる人を、帝国の民達を助けてあげて欲しい!そして精一杯生きたら一緒に月でパンケーキとシャーベットを食べよう」バルデンは優しく笑いかけるとソラウェッティーは頷き、気を失う。大地の振動と月の大きさは元に戻り、魔法陣も消えていく。

光の剣を持ったエルフが近ずき、バルデンがソラウェッティーを庇うように立ち塞がる。

「どけ。その女は危険だ。紛いなりにも世界の理をねじ曲げ、魂を現世に呼び戻した。次今のをやれば間違いなく月が星に落ち、この世界は終わる」エルフが光の剣を構える。

「セイクリッド・サルガタナス・エジン国王陛下、どうか私の魂と月に帰った仲間たちの命だけでご容赦願いたい。私が彼女の前に2度と現れなければもうこんな事はしないでしょう」バルデンは胸に手を当てお辞儀しながら言う。

「ふむ。では1つ条件を出そう」バルデンが顔を上げ「何なりと」と答える。

「魚になって泳いでいた時の話を詳しく聞かせてくれないか?私は魂と月の研究をしている。魚になった者の話などまず聞けないからな!」

「先程の話、まさか…この条件を出すためですかな?」

「あくまで私は探求者。国王などやりたくてやっている訳では無い。お前や仲間達を殺したのもそうせざるを得なかったからだ…」エジンが光の剣を宙空に放り出し剣が消える。

「どれ、そのお嬢さんが現場に居るとまずかろう」今度は金の枝のような杖を出しソラウェッティーに魔法をかける。次第に魔法陣がソラウェッティーを包み消えていく。

「家に帰る魔法だ。結構便利なんだよね。後はお気に入りの場所で紅茶でも飲みながら、君の話を聞こうかな?」デジンとバルデンは銀の光と共に姿を消す。静まり返った更地の炎が次第に消え、夜の帳が降りる。

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