第12話パーティーへようこそ!前編

窓から日差しが入り、机の上の書類の山を照らす。複数の羽根ペンが独りでに絶え間なく動いている中でソラウェッティーが頭を抱える。

「馬鹿貴族共め!余計な仕事を増やしおって!」

先日の壊滅したカメール村とスルカート村から大量の魔法武器が見つかった。村の住人は武器だと知らずに貴族の荷物を保管していたと証言し、王国に戦争を仕掛ける準備を知らず知らずの内にやらされていた様だった。その武器の入手経路とその貴族の背後関係、王国の関与やカメレオンデビルシープ等の情報を一つ一つ洗っていたのだ。

「少し休まれてはどうですか?」ソラウェッティーの見た目と声で話しかけられる。彼女は以前にテスラに出してもらったドッペルゲンガーで、そのまま傍に置いて仕事を手伝ってもらっているのだ。

「そうじゃな。何か飲み物を頼む」ソラウェッティーが顔上げ、伸びをしながら言うとドッペルゲンガーは頷き、影へと消えてしまう。

しばらく時間が経ち、扉がノックされる。

「入れ」ソラウェッティーが言うとメイドが台車を押しながら入ってくる。メイドが扉を閉めると一瞬でソラウェッティーの顔になる。

「相変わらず便利じゃの!姿、形を自由に変えられ、化けたそいつの能力までコピーするとはのう」ソラドッペルが頭を下げる。

「お褒め頂きありがとうございます。ただ、コピーするだけで能力を100%発揮出来る訳では無いですが」

「それでもお前さんが居てくれるお陰で仕事が倍速くなったのじゃ。本当に助かっているんじゃよ」ソラドッペルが微笑みながらポットのハーブティーをカップに注ぎ、爽やかな香りが部屋に広がる。

「いい匂いじゃのう」

「はい。ハイビスカスシナモンティーです。テスラ様に姿を変えて入れてきたので、とても美味しいと思いますよ?」ソラウェッティーの前にソーサーに乗ったカップが置かれる。鮮やかな赤色がカップを満たし、良い香りが湯気と共に登ってくる。カップを口に運ぶと熱が唇に伝わり、爽やかな酸味が口の中に広がる。後からシナモンのスパイシーな甘みが口に残り、小腹が空く。

「何か食べたくなるのう…」ソラドッペルがふふふと口に手を当て笑う。

「そう言われると思って持ってきましたよ」ソラウェッティーの前に皿が置かれる。皿の上には貝の様な形をし、赤茶色の良い焼き加減と1目見てわかるマドレーヌが置かれている。

「何て気が利く子なんじゃ!皇帝陛下も少し見習わんといかんの!」その言葉にソラドッペルが苦笑いする。ソラウェッティーはマドレーヌを手で取り頬張ると、フワフワの柔らかな食感と卵とバターの風味がミルキーでリッチな味わいを生み、自然と笑みが溢れる。

「美味いのう…ティータイムがわしの癒しじゃよ」ソラウェッティーが笑顔で自分の肩をトントンと拳で叩くとソラドッペルが後ろに周り、肩を揉む。

「お仕事を減らしてはいかがですか?もっと他の者に仕事を割り振った方が効率的だと思うのですが…?」ソラドッペルの言葉にソラウェッティーが礼を言った後、首を振る。

「それは出来んな。今の現状、誰が馬鹿貴族連中に情報を流してるかわからん。その上、王国にまで情報が流れているからのう」

「つまり王国のスパイが居るということですか?」ソラウェッティーが苦い顔をし頷く。

「そうじゃ。前にもスパイが入り込んだ事があったのじゃ。今から十数年前にまだお前さん達が前皇帝に仕えていた頃にテスラが誘拐されたじゃろ?あの時、テスラは冒険者の手で助け出されたが、メイドとして働いていたスパイには逃げられた」ソラウェッティーが1呼吸起きハイビスカスティーの入ったカップを口に運ぶ。

「今回もそのメイドだったスパイが潜り込んで居ると思われますか?」ソラドッペルが首を傾け聞く。

「それは無いと願いたいのう…何せそのスパイはテジンマール王国の国王本人なんじゃから…」ソラドッペルが目を見開き、肩を揉むのを止める。

「なっ…!王国の王がスパイですか!?そんな事、有り得るのですか?!」

「ああ、あやつなら可能じゃろう…多彩な魔法を駆使し、身分を偽る事くらい容易いだからのう」しかし、一国の王が単身でスパイなどやるだろうか?あまりにも危険すぎるとソラドッペルが考えると見透かされたかのようにソラウェッティーが答える。

「王国には帝国と比べると戦力と呼べる奴は皆無なのじゃ。ならなぜ王国は帝国と肩を並べる程に大きいのか…それはエジンマール王国を作ったセイクリッド・サルガタナス・エジン国王が世界最強の女だからじゃ」ソラウェッティーが眉根を寄せる。

「そんな…テスラ様やソラウェッティー様よりお強いのですか…?」ソラドッペルが顔をしかめる。

「そうじゃ。あやつ1人で帝国戦力と渡り合えるだけの力を持っとる…それをアホ貴族共は理解しとらん!戦争を起こせば王国に圧勝し、領土を奪えると考えておる!」ソラウェッティーが大きくため息を着き、残りのマドレーヌとハイビスカスティーを飲み干し、また書類に目を通し始める。

「つまり、王国に手を出すのは愚策中の愚策じゃ。貴族が馬鹿をすれば、休戦協定は破られ戦争になるじゃろう。そうなれば王国も帝国も大勢の死者がでて、両国共倒れするじゃろうな」ソラドッペルが息を飲む。こんなに平和な帝国が水面下ではまた戦争を起こそうと画策している何て、ソラドッペルは考えたくなかった。歴代の皇帝達は野心に満ち、使役されている私達を戦争の道具として使ってきた。だが、テスラは他の皇帝とは違っていた。テスラの野心など帝都の端に1週間に1度カフェを開く位のささやかな物で、後は帝国の民が傷つかないように頑張っている。ソラドッペルの内に怒りが込み上げてくる。

「それならば邪魔な貴族を消してしまえば良いのでは?」ソラウェッティーが振り向き、ソラドッペル見つめる。

「そうじゃよ。厄介な貴族共を消し、戦争を回避する。その為に主人は頑張っておる。そしてわしも頑張っておるのじゃ」ソラウェッティーが両手を広げ書類の山をソラドッペルに見せつける。

「お主も手伝え!それがお前の主人とこの国の民を救うのじゃ!」ソラドッペルが胸に手を当て頭を下げる。

「わかりました。私の命に変えましても、必ず完遂してみせます」

「頑張るのは良いのじゃが…ちょっと重いのう…」



書類の山が無くなる頃には夜はすっかりと更け、ソラウェッティーの部屋が魔石のランタンで優しい明かりに染まる。ソラドッペルはソファで横になり微かに寝息を立て眠ってしまっている。ソラウェッティーが毛布を掛けてやる。

「私が…テスラ様の力に…むにゃむにゃ…」ソラウェッティーがクスクスと静かに笑う。

「ドッペルゲンガーも普通の人間と変わらんのう」ソラウェッティーが窓際に立つと自分が映り耳のピアスが赤く光る。ソラウェッティーが耳の宝石に触れ昔を思い出す。

「バルデンよ…帝国はまた戦争を求めているようじゃ…」



100年前、ソラウェッティー・ミラノフはパーティーに出席する事になる。この頃、宮廷魔導師宰相であり、公爵の父にパーティーに出席し良い男を見付けるようにと言われ、嫌々出席しなくてはならなくなった。

「この真っ赤なドレスで私に出席しろと?」ソラウェッティーがげんなりとした顔をする。

「おお!とてもよく似合っているよ!ソラ!」ソラウェッティーの父、ボラノブ・ミラノフが手を広げソラウェッティーを褒め称える。

「勘弁して下さい…私、魔法の研究がしたいんです。パーティー何て時間の無駄ですよ」

「我が娘は私に似て魔法の才もあり、そのうえ亡き母に似て可愛いときた!だが…これでも我々は公爵の家柄、お前も結婚を考えなければならない歳だ…お見合いが嫌ならパーティーでいい男を捕まえて来なさい」ボラノブが目の端に涙が流れ、メイド達もハンカチで目を拭う。ソラウェッティーは付き合ってられないとさっさと馬車に乗り込むと走り出す。

「アホかアイツらは!全く!」大きなため息を付き外を眺めると景色はゆっくりと流れ、城に向かう。

「はぁぁ結婚なんかしたくない…ずっと魔法の勉強だけして生きていたい…」すると馬車が急に止まり慣性で椅子から落ちそうになる。

「何よいきなり。どうしたの?」前の小窓を開け聞くと申し訳なさそうに御者が答える。

「すいません。どうも喧嘩みたいで…」ソラウェッティーが少し顔を出すと前の道に人集りが出来ている。中央に青年が立ち、男が複数人で囲んでいる。青年の足元に子供が倒れている。青年が喋る。

「お前ら。子供をフクロにして何のつもりだ?」

「あ?そのガキが俺達にぶつかって来たんだよ!殴って悪いか?」いかにもガラの悪い連中が下卑た笑いを浮かべている。

「悪いに決まってるだろ。こんなになるまで殴りやがって」青年がしゃがみ子供を抱き上げる。

「おい!何勝手に連れて行こうとしてんだ!そいつには慰謝料を払って貰わねーといけねえからな!」そう言うと男が青年の肩を掴む。その瞬間、男は宙に舞っていた。青年は男を足払いで宙空にぶっ飛ばしたのだ。それを見た他の連中も殴り掛かるが、数秒も立たずに空に舞って落ちてきた。誰も立ち上がれないようだ。

「ゲス共が…お前大丈夫か?」青年が子供に声を掛けているが返事がないようだ。ソラウェッティーは直ぐに馬車の扉を開け飛び出し、子供と青年に駆け寄る。

「子供を直ぐに横に寝せて!」ソラウェッティーが叫ぶ。

「何だお前?」青年がソラウェッティーを睨む。

「怪我した人をそんな風に動かしちゃダメ!大事な血管が切れていたりしたらどうするの!」青年はハッとし、優しく子供を下ろし寝かせる。ソラウェッティーが黄緑の魔法陣を展開し子供を囲む。子供の傷口がみるみるうちに塞がっていき子供は静かに寝息を立てる。

「後は安静にできる場所で寝かせてあげて」それだけ言うとソラウェッティーは馬車へ戻る。

「おい!あんた!」青年が声をかけソラウェッティーが振り返る。

「ありがとう!」青年が爽やかに笑い手を振る。

「助けたのはあなたよ!」それだけ言うとソラウェッティーは馬車へと乗り込む。

「出して!」そう御者に伝えると「お嬢様、顔が赤いですよ?」と言われる。

「いいから出しなさい!」御者がニヤリと笑い「かしこまりました」と馬車を出す。これが彼との出会いだった。

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