第10話 泡沫の夢へようこそ!

スワンダが帰り、空になったグラスをニャコブがトレーに乗せカウンターに持っていく。

「ニャコブさんありがとうございます。洗っておくのでそこに置いといてください」テスラがカウンターの上を目線で示すがニャコブはトレーを持ったまま動かずモジモジしている。

「どうしましたか?顔が赤いですよ?」

「にゃ…にゃんでもないにゃ!」ニャコブがトレーをカウンターに置き「テーブル拭いてくるにゃ!」と行ってしまう。キッチンからケイティーが顔を出し「テスラは罪な男だねー」とニヤついた顔でまたキッチンに引っ込む。テスラはどういう意味か分からなかったが、にゃこぶが少しは元気になった様で良かった。



朝日がゆっくりと帝都を染め出した頃にテスラカフェの営業が終了しお店を閉める。3人は朝靄がかかるカフェの戸締りを確認し終える。

「それでは本日もお疲れ様でした。2人とも来週もよろしくお願いします」テスラがお辞儀をする。

「テスラ、ニャコブちゃんを送ってってやれよ」ケイティーがテスラを肘で突きテスラがため息を着く「元々そうするつもりです」と答える。

「悪いですにゃ!すぐそこにゃので大丈夫ですにゃ!」ニャコブが両手をブンブン前に向け振る。

「スワンダさんにああ言った手前ちゃんと送り迎え位はしますよ」テスラがニコリと笑い、ニャコブは目を背け尻尾で顔を隠す。

「んじゃニャコブちゃん頑張れよー」ケイティーがそう言いながら朝靄の中に消え、ニャコブの顔が真っ赤になる。

「それでは行きましょうか」テスラは歩き出しニャコブも並んで歩き出す。尻尾がピンと立ち、先っぽの白い部分が小刻みに震える。


朝靄の中、2人は消えた魔石の街灯を通り過ぎ、朝露に濡れた街路樹の葉が光る。しばらく無言で歩きニャコブはスワンダと喋った時の事を思い出す。自分が王国に狙われている事、母と同じスキルを持っている事が一体何だと言うのだろう。モヤモヤしているとアイスコーヒーの味と共にテスラの言葉を思い出しまた顔が赤くなり、そして切り出す。

「店主は…その…なぜ私を守るって言ってくれたにゃ?」ニャコブは下を向いたまま質問するがテスラが腕を横から伸ばし歩くのを辞め、ニャコブもその腕で歩くのを止められる。ニャコブは何故歩くのを止められたのか分からず、テスラの瞳を見ると朝靄の向こうを鋭い目で見ているのが分かる。ニャコブもそちらに目を向けると朝靄の中に2つの影が立っている。

「後ろにも2人居ます」テスラが前の影から目を離さずに言う。ニャコブが振り返ると後ろにも影が2つ立つ。

「ニャコブさんそのまま動かないで下さい」その言葉を合図に影達が襲ってくる。黒いフードにマスク、手にはナイフが握られ凄い速さで距離を詰めてくるが直ぐに彼らの足が止まる。グルルルル…低い獣の唸り声が複数聞こえる。フードの男達が周りを警戒し出すが1人叫び声を上げ朝靄の中に消えていく。ニャコブは見る。朝靄の中に真っ赤に燃えるような瞳が複数あるのをそれらがニャコブ達と男達を中心にゆっくりと回っている。グルルル…「やめろっ!うわぁぁぁ!」「嫌だァァ!」「助けてぇぇ!」男達の声が次々と朝靄に消えていく。ニャコブは足が震える。次は私達の番なのだろうか。だがテスラがニャコブの肩を優しく抱く。

「大丈夫です。彼は私の友達ですから。ありがとうフェンリルもう大丈夫だよ」すると朝靄が嘘のように無くなり、複数の真っ赤な瞳もフードの男達の姿も無くなっていた。

「さっきの…何なのにゃ?」ニャコブがテスラに支えられながら質問する。

「さっきのは…ただの友達です」テスラが目を逸らしはぐらかす。ニャコブは帝都銀行に行った時の事を思い出す。バジリスクは皇帝陛下が使役している事、他にも沢山のモンスターを使役している事。その後ニャコブは気になり帝都図書館で歴代皇帝陛下の事が書かれた本を読んだのだ。

「皇帝陛下がフェンリルって言う神獣を使役してるって本で読んだにゃ…さっきのがフェンリルなのかにゃ?店主は…皇帝陛下なのかにゃ…?」テスラのメガネのレンズが朝日を受けて光る。

「疲れていると思いますが少しお時間を頂いても?」ニャコブが頷くと近くのベンチに2人は腰を下ろす。すっかりと日が登り、疎らにではあるが人が歩き始める。テスラが重い口を開く。

「ニャコブさんにはいずれ話すつもりでした。御察しの通り、私はこの国の16代皇帝 テスカバロルです」テスラは街行く人を眺めながら静かに言う。

「皇帝陛下がどうしてカフェをやってるにゃ?」ニャコブの質問にテスラは1呼吸置いて答える。

「私は昔からカフェを開くのが夢でした。小さい頃からよく厨房に忍び込んではコーヒーを入れる真似事をしていたものです」テスラが目を閉じしみじみと言う。

「テスカバロル皇帝は血筋でなるものです。兄弟のない私は嫌でも皇帝になるしかなかった…その責任と重圧が私を苦しめていたそんな時、私は初めて城を抜け出しあるカフェに行きました。そこで飲んだコーヒーは今でも忘れません…」テスラが眼を開け暗い顔になる。

「私は愚かでした…城を抜け出せたのは1人の使用人の手引きが合っての事です。コーヒーを飲んだ後の帰り道に私は誘拐されました。使用人は王国のスパイだったのです」ニャコブは静かにテスラの話を聞く。

「私は抵抗出来ないまま帝国外まで運ばれ、これまでかと諦め掛けた時に私を助けてくれた者がいました。名をニャニャガルさんとニャリーナさんと言います」ニャコブが目を見開きテスラを見つめる。

「そうです。ニャコブさんのご両親です。当時、冒険者であった2人が偶然にも私を運ぶ馬車を見かけました。するとニャリーナさんのスキルが反応したのです」

「敵対感知にゃ…」ニャコブがこぼす様に言いテスラが頷く。

「そうです。敵対感知は自分や友人、家族だけが対象ではなくこの国や世界、全てが対象です。私を運ぶ馬車から帝国に対した敵対が感知され、ニャニャガルさんとニャリーナさんが馬車を攻撃し、私が救出されたと言うわけです」テスラがニャコブの顔を見つめ笑顔になる。

「ニャコブさんのご両親、凄くカッコよかったですよ」ニャコブがハハハ…と苦笑いする。

「私はその時にニャニャガルさんやニャリーナさんに自分は皇帝になんかなりたくない。カフェを開きたいって言ったんです。そしたらニャニャガルさんが皇帝やりながらカフェやりゃーいいって言ったんですよ!当時の私は考えもしなかった事です」テスラは当時を思い出してか素敵に笑う。

「お父さんらしいにゃ」ニャコブが両親を思い出し、2人は元気にしているだろうかと考える。

「その言葉で私は皇帝になった後、カフェの営業を始めて数年、そこに命の恩人の娘さんが来ました。彼女は働きたいと言い働き始めた。これも何かの巡り会わせですかね」テスラが青い瞳で優しくニャコブに微笑みかけ、顔がまた赤くなる。

「帝国の民として、命の恩人の娘として、お店の従業員としてあなたの事を必ず守ります」その言葉にニャコブはほんの少しだけ自分でもよく分からない寂しさを覚え俯く。

「その正十字の首飾りは絶対に外さないで下さい。それを付けていればフェンリルが守ってくれますし私も直ぐに気が付きます」

「わかったにゃ!絶対に外さないにゃ!」ニャコブは顔を上げ頷く。その後テスラに送られテラスラープ亭前に着く。

「送ってくれてありがとうにゃ!助けて貰ったうえに言うのもなんにゃけど、店主に1つお願いがあるにゃ!」

「何でしょうか?」テスラが不思議そうな顔をする。

「私もテスラって呼んでも良いかにゃ?」

「ええ、もちろん構わないですよ」ニャコブが嬉しそうに「やったにゃ」と手を振りテラスラープ亭に入って行く。


自分の部屋のベットにニャコブはダイブし、天井を見る。

私のこの淡い恋心はたぶん実ることはないだろう。相手は皇帝陛下で身分が違いすぎるし、テスラは私を1人の女性としては見ていないだろうから。ニャコブは眼を瞑る。

テスラに守ると言われた時、襲われた時の恐怖、テスラの青い瞳と笑顔が浮かんでは消えていく。そして静かに泡沫の夢へと落ちていく。

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