第9話 大人の味へようこそ!

日が陰りディナー前の静けさがテスラカフェには流れていた。ゆっくりとした時間にまばらなお客さんは静かにコーヒーを飲んでいる。ニャコブはボーっと窓の外の夕陽を眺めている。

「ニャコブちゃん、やっぱり元気ないね…」ケイティーがキッチンから顔を出し小声で喋る。

「そうですね…お客様や私達にはいつも通りに振舞ってはいますが…人が死ぬのを見てしまったショックは大きいでしょう…」2人で喋っているとカランカランとお客さんの来店を軽快なベルの音が知らせる。そのお客さんは扉をくぐるように頭を下げ入ってくる。とても身長が高くほっそりとした首に全身が黒い羽根で覆われ、クチバシは赤い鳥人だ。頭の上には黒い山高帽を被っている。ケイティーが「げっ!」と急いでキッチンに引っ込む。ニャコブが一瞬遅れてお客さんに近ずき言う。

「いらっしゃいませにゃ。空いてるお席にお座りくださいにゃ!」だがその黒鳥人は動こうとしない。

「その…どうされましたかにゃ?」黒鳥人がニャコブのつけている首飾りに目をやり山高帽を取り自分の胸に当てる。

「貴女がニャコブさんですね?」

ニャコブが尻尾を下げ「そうですにゃ…」と言うと黒鳥人が大きく頭を下げる。

「この度はスルカート村の人達を救ってくれた事に感謝致します」

「にゃ…にゃんで知ってるにゃ…?」

「申し遅れました。わたくし冒険者組合店ブラックスワンズ会長のスワンダ・イブと申します。」そう言うとテスラに顔を向け言う。

「店主殿、少し彼女とお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。奥の席をお使い下さい」

2人はパーテーションで他のお客さんに見えない離れた席に着く。

「改めまして、村を救ってくれた事に感謝を。貴女が居なかったら村の住人は助からなかった」

「いえ…私は何もしてないにゃ…」ニャコブが首を振る。

「貴女はとても優しいお人だ。1度も会ったことの無い人の死に傷付き、悲しんでおられる。それに謙虚だ。だがそれに相応しい報酬を貰わねばならない」スワンダは金色に輝く小さなプレートをニャコブの前に出す。

「これは冒険者プレートです。金の階級は上から3番目、冒険者組合の中での発言権を得られます」

「冒険者になるつもりはないにゃ…」ニャコブがキッパリと断る。

「ええ、冒険者にならなくても構いません。ただ、これがあれば組合が貴女の後ろ盾になるという事です。冒険者組合は全世界にある。きっと役に立つはずです。それに…」スワンダが再びニャコブの首飾りに目を向ける。

「その首飾りはテスカバロル皇帝陛下の庇護下にあると言う事、貴女を簡単には襲う事は出来ない」ニャコブは顔を上げる。

「襲うにゃ?にゃんで私が襲われるにゃ?」スワンダは1つため息を付き話す。

「まだ非公開の情報ですので御内密にして頂きたいのですが、今回のカメレオンデビルシープ襲撃の事件には裏で糸を引いている者が居ます」

「そんにゃ!誰かが村をわざと襲わせたにゃ?そんな事して何になるにゃっ!?」ニャコブが少し大きな声が出てしまう。

「落ち着いて下さい。ニャコブさん」スワンダは両手を上げてニャコブを落ち着かせる。

「ヴィラン伯爵の事件をご存知ですか?」

「知ってるにゃ。新聞で見たにゃ海賊のフリして人を襲ったり派閥の人間が鉱山にサラマンダーを放ったり、ただヴィラン伯爵は死刑にされたにゃ」スワンダが頷き目をつぶる。

「その通りです。ヴィラン伯爵は処刑され事件は終息したかに見えましたが…終わってはいなかった…」スワンダが目を開け続ける。

「今回の事件も、ヴィラン伯爵を唆し起こさせた事件も全て王国が帝国を疲弊させる為の工作だったのです」ニャコブが口を開け驚く。王国とは長い歴史の中で何度も戦争をしてきたが何十年も前から休戦協定が結ばれている。

「何故にゃ?王国はまた帝国と戦争がしたいのかにゃ!?」スワンダが首を振る。

「今はまだ分かりません。ただ今は貴女の身が危ないのは確かなのです」

「何でなのにゃ?」

「今朝、2人の男が捕まりました。その男達は黒猫の獣人を捕まえるようにと依頼されたようです」スワンダがニャコブの前に紙を出す。紙は人相書きでニャコブの顔が書かれている。

「この紙を男達が持っていました」ニャコブは恐怖する。なぜ自分が狙われなければならないのか、一体どこで人相書きが出回ったのか何も分からずにただひたすらに怖い。

「貴女が使ったスキル。敵対感知のスキルを持っている人はこの世界に2人しか確認されていません。1人は貴女。もう1人がニャリーナ様、貴女の母君です。王国は貴女のスキルを狙っている」ニャコブが口を開きかけると「失礼致します。アイスコーヒーをお持ち致しました。良かったら飲んでください」テスラがトレーにアイスコーヒーを持ってやって来る。2人の前にコースターと透明なグラスに氷の浮いた黒いコーヒーが置かれる。

「ニャコブさんは大丈夫です。どんな人が来ようとニャコブさんに指1本触れる事は出来ないのだから…」テスラが静かに言う。

「店主殿、それは一体どういう意味で?」スワンダが話を盗み聞きしていたテスラに少々冷たい視線を送る。

「それは、私が彼女を守るからだ」テスラがメガネを外し、青い瞳がスワンダを見つめる。

「貴方は…いや…貴方様は…!」スワンダがその先を続けようとするとテスラは静かに人差し指を唇に当てる。ニャコブはテスラの朝露の煌めきの様な青い瞳に目が奪われ、スワンダが何を続けようとしたか考えようともしない。ただ確かなのは…

テスラがニャコブに向き直り「ニャコブさん。アイスコーヒー美味しいですよ?」とテスラが朝露の様な瞳と爽やかな笑顔を向ける。ニャコブはうるさい心臓の音がテスラに聞こえない様に祈りつつアイスコーヒーを口にする。ああ…やっぱりだ。コーヒーはとっても苦い…これが恋の味か。

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