第8話 冒険者組合へようこそ!

その建物は黒い原木が折り重なり、鉄の柱や金具で堅牢な佇まいである。大きな扉は開け放たれ色んな種族の人達が出入りし、外のテーブル席ではまだ昼間なのに酒を飲むリザードマンやドワーフが楽しげに談笑する。傍らに重厚で大きな斧や装飾の施された槍をこれ見よがしに置いている。彼らは冒険者だろう。大方、ダンジョンで宝物を見つけ大金を稼ぎ椀飯振舞をしている所といったところか。ニャコブはその光景を横目にため息を着き扉上の看板を見上げると「冒険者組合店 ブラックスワンズ」と書かれている。

中も人が沢山いて活気が溢れている。向かって左側が酒場になっており、肉の焼ける良い匂いが立ち込め、右側は窓口が幾つも並び人々が各々話している。中央には大きな掲示板があり、冒険者向けの仕事がいくつも張り出されている。ニャコブは左側の酒場で生ハムやチーズを肴に酒を飲む冒険者達を一瞥するとお腹が大きく鳴る。

「ダメにゃ!今日はお仕事探しにゃ!」ニャコブは週1回のテスラカフェの仕事で十分暮らしていけるが暇な日はどうしたものかと悩んでいると、女将のサチーさんが冒険者組合で一般人向けの仕事もあっせんしていると教えて貰い来たのだ。窓口に並んで居ると自分の番が周り、空いた窓口に近寄る。

「冒険者組合へようこそ。本日はどのようなご要件でしょうか?」

「一般人向けの仕事を探してるにゃ!何か紹介してくれると助かるにゃ」そう言うと受付嬢が笑顔で頷く。

「一般人向けのお仕事ですね。かしこまりました!では、冒険者プレートをお願いします」

「冒険者プレートにゃ?」ニャコブが首を傾け、尻尾も同じように曲がる。

「失礼致しました!初めての方だったのですね。初めての方には冒険者プレートを作って頂いて、冒険者組合の身分証明として使って頂きます」受付嬢が頭を下げ見本のプレートを見せる。

「一般人の仕事をするのにも冒険者プレートが必要なのかにゃ?」

「はい。厳密には一般の方は白いプレートになりまして、冒険者プレートではなく一般仕事あっせんプレートなんて言われたりします。冒険者が受けるような仕事を受ける事はありません」ニャコブが「にゃるほどにゃー」と頷き。

「にゃら、それでお願いするにゃ!」受付嬢が「かしこまりました!」と言うと下から一抱え程の石版をよいしょと持ち上げ目の前に出す。真ん中には緑の魔石が埋め込まれ、周りには幾何学的な図形が掘られている。帝都銀行に行った時の物に似ているが少し違う気がする。

「こちらに手をかざして頂くと貴方の潜在的な力を読み取り、それらの情報をプレートに刻み込まれます。それが貴方の身分証明書になるのです。ではお願いします」受付嬢が手を石版に置くようにジェスチャーする。ニャコブは言われた通りに石版に手を置くと、真ん中の緑の魔石が光を放ち身体全体が何だかむず痒くなる。

「にゃにゃ!何かゾワっとしたにゃ!」受付嬢が読み取った情報を見る為なのか手元の魔石を確認する。

「名前ニャコブさん、種族黒猫の獣人でえーと、スキルが…なっ!?」受付嬢が固まり、こちらを驚いた様な顔で見返す。

「な…何か不味いことでもあったかにゃ…?」ニャコブが手を合わせおどおどしながら尋ねる。

「このスキルは…」受付嬢が何かを言いかけると受け付けカウンター奥の扉が勢いよく開き、赤い短髪で片耳のダークエルフがズカズカと出てくる。続いて身長の大きく細い黒鳥の鳥人が後を追い叫ぶ。

「待て!アインザック!話は最後まで聞け!」

「うるせぇよ!お前の話はクソだっ!俺が行けば直ぐに終わる」そう言いながら受け付け横の職員用出口に近づくとアインザックと目が合う。

「お前確か…女将んとこで世話になってる…何だ冒険者にでもなんのか?」アインザックが受付嬢の横まで来て魔石を見ると「ほう…」と一言いい窓口を飛び越え、ニャコブの腕を掴む。

「にゃ、にゃにするにゃ!?」

「悪ぃが少し付き合え!理由は後で説明する!」そう言われアインザックに引っ張られるように冒険者組合の外に出る。

「一体何なのにゃ!説明が欲しいにゃ!」

「時間がねぇ魔法を使うから、口閉じてろ」するとアインザックを中心に魔法陣が展開し、赤と緑の光がゆっくりと回り出す。徐々に回る速度が上がり高速に回り出すとアインザックがニャコブを肩に抱き上げる。「にゃ!?」その言葉と同時に大きな爆発が起こる。とんでもない風圧と風切り音が聞こえ、気が付くと帝都が遥か下にある。下では土煙を上げているのが見え冒険者組合の外で酒を飲んでいたリザードマンやドワーフが罵声を飛ばしている。

「こっから加速すっから、絶対に口開けんなよ!」アインザックが前に手を掲げるとさらなる魔法陣が幾つも重なり光り出す。アインザックが空気を蹴ると僅かに進み魔法陣をくぐる。その瞬間だった、音が消え世界が横に流れていく。流れる景色は全てが線になり、判別できず、音を遥か遠くに置いて行く、ニャコブは口を両手で押さえ叫び声を上げない様に必死に抑える。ほんの1、2秒で速度が落ち、ひらけた荒野に2人は降り立つ。ニャコブが腰を抜かし、へたり込む。アインザックは腰の剣を抜き周りに鋭い視線を向ける。

「早く…説明して…欲しいにゃ…」ニャコブが震える尻尾と足を手で抱きながら力ない声で聞く。

「いきなりで悪いとは思ってる。ここから近くの村でカメレオンデビルシープが出たんだ」カメレオンデビルシープとは目に見えない羊の悪魔でバフォメットと対になる残虐で危険なモンスターだ。

「村の生き残りが冒険者組合に駆け込み事態が分かったのが昨日、その間に冒険者共はなんも対策しないまま手をこまねいている」アインザックの言葉の端々からフツフツとした怒りを感じる。

「いつから冒険者共はあんなに不抜けちまったんだ」

「そんにゃ…他の村の人達は無事なのかにゃ…?」その言葉にアインザックは背を見せ

首を振る。

「帝国騎士団を動かすにも、時間がかかる。独断で動くのは良くねぇが俺ならカメレオンデビルシープ位余裕で倒せる。だが見つける術がねぇ」アインザックがチッと小さく舌打ちをしてこちらに顔を向ける。

「お前のスキルで探してくれ。礼なら幾らでもする。頼む」アインザックが腰を曲げ頭を下げる。ニャコブが震える足が幾分かマシになり、立ち上がる。

「わかったにゃ…私に出来ることにゃら!ただ…」ニャコブが申し訳なさそうに言う。

「スキルって何かにゃ?」アインザックが頭を上げ惚けた顔をする。

「お前自分のスキルしらねぇーのか?」ニャコブが頷くと「マジか…」と片手で顔を覆い天を仰ぐ。

「わかった。ぶっつけ本番だ。スキルは自覚して初めて使えるもの。お前に使って欲しいスキルは敵対感知だ」

「敵対感知にゃ?」ニャコブが聞き返すとアインザックが頷き説明する。

「目を潰れ。そして集中しろ。自分や友人、家族に仇なす者を思い描け」ニャコブは言われた通り、目をつぶり考える自分や家族を襲う者を想像する。黒くて大きい何かを思い描くとそれは次第に輪郭をなしていく。毛深く、螺旋を描くような角、歪んだ口から垂れる赤黒い血、腹がパンパンに膨れあがっており、周りの村人らしき人間が逃げ回る。それらを容易に片手で捕え握り潰す。まだ息のある人間を口元に運び、他の人間に見せつけるように頭を数秒かけてゆっくりと噛み潰す。ニャコブは猛烈な吐き気を抑えることが出来ずに嘔吐する。

「見えたか!?どこに居た!?」アインザックがポケットから赤いハンカチを出し、ニャコブに渡す。ニャコブが受けとり口を拭く。

「あ…あっちにゃ…村人を…食べてたにゃ…」ニャコブがまた吐き気を催しハンカチで抑える。

「別の村に行きやがったか。向こうはスルカート村か…クソが!」アインザックが怒りの形相になる。

「具合が悪い所、本当に悪いと思う…だが時間がない」アインザックが片足を付き、ニャコブの目をまっすぐ見つめる。ニャコブは1つ頷くとアインザックは優しくニャコブをお姫様抱っこし、飛び上がり先程の魔法で加速する。世界が加速し直ぐに村の上空にたどり着くと人々が見えない何かからやたら滅多らに逃げ惑う。

「ここまで近ずけば気配で分かる。お前はここで待っていてくれ…」アインザックが緑の光を出し、それがニャコブを包むと重力を感じずにふわふわと浮遊する。アインザックが少し離れた後に再び剣を抜く。剣をゆっくりと上段に構えて息を大きく吸い込むとグウォーンと空が嘶く。目では見えないがカメレオンデビルシープがこちらに気が付き、急いで逃げようとするのが敵対感知で感じる。だがもう遅い。アインザックの剣に赤い雷がを辺りに迸り、刀身が真っ赤に染まる。次の瞬間ニャコブの目の前に真っ赤な稲光が走り、雷鳴が鼓膜に突き刺さる。空気が振動し、熱を帯びた空気が焼き切れる。ニャコブが下を見るとアインザックがカメレオンデビルシープの死体の傍で剣を鞘に収める所だった。



あれから2日が経ち、帝国がスルカート村に兵士を派遣し復興作業に取り掛かっている。亡くなった村人は数人だったが、その前のカメール村は数十人の死者が出て壊滅してしまった。生き残った人達はスルカート村の住人になるそうだ。

「改めてありがとうな。お前のお陰でスルカート村を救うことが出来た」アインザックがテラスカープ亭の食堂の椅子に座り頭を下げる。

「でも…死んだ人達は帰って来ないにゃ…」ニャコブが向かいの席に座り尻尾がだらりと垂れ俯く。

「確かに死んだ者達は帰って来ない。だがお前が居なければあの村は確実に壊滅していた。死んだもの達を助けられなかったんじゃない。死ななかった者たち全てをお前が助けたんだ。」アインザックが優しい目を向けニャコブの前に銀に輝く小さな十字架を置く。真ん中には青い宝石がハマっている。

「これはこの国の為に、民の為に戦った者に送られる聖十字の首飾りだ。皇帝陛下から君に渡すように言われている」

「受け取れないにゃ…」ニャコブが首を横に振る。

「頼む受け取ってくれ。これは君の為に作った物だ。君が受け取らないと村の人達が悲しむ」

「どういう事にゃ…?」ニャコブが顔を上げる。

「この真ん中の宝石は君の話をしたら村の者達が救ってくれた御礼にと寄越したものだ。高価なものでは無いが特別な想いがこもっている」ニャコブが首飾りを受け取ると青い硝子のような宝石が優しく光り、ニャコブの頬を伝う宝石もまた同じ光りを放つのだった。

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