第4話 バイトへようこそ!
帝都に来て1週間がたった。あの後、店主に安くていい宿の場所を教えて貰い今日、遂に初出勤である。朝日が登ってまだ間もない裏路地は薄暗く、ほんの少し怖い。
「緊張するにゃ…ここの道を左だったにゃ」そうして曲がって直ぐ、ツタが絡まり古いがオレンジの屋根が栄える味のある建物、看板にはテスラカフェとある。ちょうど朝日がお店を照らし、自分が今日から働くこのお店が祝福している様に見えた。
「おや、早いですね。ニャコブさん」お店の前で箒を持ち、落ち葉を履いていた店主テスラがこちらに目を向ける。瞳は夜露が朝日で光るような美しい光を放つ青い瞳。
「お、おはようございますにゃ!きょ、今日からお世話になりますにゃ!」ニャコブが大きくお辞儀をし精一杯の挨拶をする。
「お顔をお上げください。今日からよろしくお願いしますね」そう言われてニャコブは顔を上げると店主は爽やかに笑いお店の中に案内してくれる。裏の従業員用の部屋を案内され制服の場所や着替える場所等の細かい説明を受ける。1つ気になった事をニャコブは質問する。
「このでっかい制服は誰が着るのかにゃ?」すると店主は苦笑いを浮かべて頬を掻く。
「これはもしもの為に作ったのですが、必要なかったみたいです」店主が直ぐにいつもの顔に戻り説明する。
「では、ニャコブさんには制服に着替えてもらって本日から業務をお任せ致します。今日は初日になるのでディナーの時間は大丈夫です」
「にゃにゃ?1日働けるにゃ!体力には自信があるにゃ!」ニャコブは少々心配になる。週に1度の仕事でしかも半日だけだとお給料が心配だ。田舎から出てくるのにお金をだいぶ使ってしまったし、宿代は安いとはいえ馬鹿にならない。
「お給金の心配なら大丈夫ですよ。ちゃんと1日分出しますし、週に1度しかお仕事がないのもこちらの都合です。先にお給金をお渡ししておきますね」そう言って店主が腕を伸ばす。ニャコブは両手を合わせ皿の様にすると、手には1枚の帝国金貨が置かれる。
「き、きききき金貨にゃ!!こんなに貰えないにゃ!」ニャコブが驚くのも無理はない。金貨1枚で銀貨100枚分、つまり慎ましく生きれば2ヶ月は暮らせる。
「受け取って下さい。これは感謝もあるのです。正直、週に1度とはいえ2人だけでこの店を回すのは大変でした。ニャコブさんが来て頂けて本当に感謝しているのです」店主テスラは手を胸に当て軽くお辞儀をする。ニャコブは目頭が熱くなり絶対にこの店の為に頑張るぞとやる気が湧いてくる。しかし…
「本当に大丈夫かにゃ!?こんなにお給金だして潰れたりしないかにゃ?お料理だって凄く安いにゃ…」それを聞いた店主はクスリと笑い。
「大丈夫ですよ。ここは道楽でやってる様なものです。だからお店の心配はいりませんよ。では後はこちらで着替えていただいてキッチンに来て下さいね」そう言って店主は出ていく。
制服に身を包んだニャコブはなかなかに可愛い。サイズが自分にピッタリで制服のスカートにはちゃんと自分のしっぽが出るように穴まで空いている。
「にゃ?前に別のネコの獣人でも働いてたのかにゃ?」鏡の前に立ち変な所がないかと尻尾を追いかけるよに回る。黒い尻尾は先が白く細い艶やかな毛並みで手入れを欠かしたことはない。制服は自分の毛並みにあった黒と白を基調とした制服でメイド服に近い。ワンポイントに赤のラインが入っているのもニャコブにとても似合っている。
「バッチリにゃ!」扉を開けキッチンに入ると慌ただしく人間の女性が料理の仕込みを行っている。
「本日からよろしくお願いしますにゃ!」ニャコブが深々と頭を下げる。
「おう!よろしくな!」そう聞こえ頭を上げると綺麗な黒髪の女性が後ろ髪をポニーテールに縛り、白く綺麗なコックコートに身を包みこちらに顔を向けている。
「私はケイティーだ。キッチンを担当してる。ニャコブちゃんよろしくね!」ケイティーがニッと笑う。とても綺麗で軽快な人だ。
「それ賄いだよ。今の内に食べちゃいな!」ケイティーが釜の中をかき混ぜながら顎で銀のテーブルの上を示す。白い皿の上に白いふわふわのパンに挟まれた緑の野菜や黄色とピンクの薄い何かが挟んである。
「サンドイッチだ。パンは焼きたてだからまだ温かいよ!」ニャコブは恐る恐る鼻を近ずけクンクンと匂いを嗅ぐ、その白いパンからは香ばしい香りを放ち熱で溶けたであろう黄色く薄いそれは牛の乳を使ったものだろうか、パンの熱でほんの少し溶け出している。
「い…いただきますにゃ!」ニャコブはサンドイッチを小さな口で頬張る。ふわふわとした食感とほんのりの温かさ、緑の野菜がシャキシャキと軽快な音を立て、黄色のそれが口の中にトロりと牛の乳の香りを広げる。薄いピンクのそれは豚の肉だろうか。ブツリと噛み切ると確かに食べたという満足感を感じさせる。
「朝から贅沢にゃ…」ニャコブはサンドイッチを持ったまま天を見上げ惚けてしまう。
「ブレンドコーヒーもどうぞ。入ったばかりですから火傷しないようにお飲み下さい」店主テスラが白いカップに湯気の立つ黒い飲み物を皿の上に出す。
「あ、ありがとうございますにゃ!」ニコリと爽やかに笑い店主テスラはキッチンを出ていく。匂いを嗅ぐと鼻腔いっぱいにその飲み物の香りが巡る。熱いであろうそれを口に運ぶ。熱いが飲めない程ではない。ゆっくりと口の中を転がすように飲む。
「苦いにゃ!とっても苦いにゃ!」ニャコブが渋い顔で叫ぶ。隣であははと笑いながらケイティーが真っ白いサラサラの砂粒が入った瓶を出す。
「苦いだろ?いきなりブラックはきついよな!砂糖を使いな」ケイティーがスプーンでひと掬いし、真っ白い砂粒は光を跳ね返しキラキラと宝石の様に輝き黒い飲み物に流れ落ちる。くるくるとスプーンを回し変化のない黒い飲み物をまた前に出される。
「飲んでみな」ケイティーがニコリと笑う。鼻をまたヒクつかせながら香りを嗅ぐと変わらず深みのある香りはするが何の変化もない。ゆっくり近ずけ口に含み、黒い飲み物を口の中で転がす。
「あ…甘いにゃ。凄く甘いにゃ!」コーヒーはさっきの苦味が嘘のように甘くなり、香り豊かさが鼻腔を抜け踊る。
「美味いだろ?私もブラックがダメでいつも砂糖を使うんだ」ケイティーが鼻を鳴らし腰に手を当てる。
「テスラはブラック派だからな。初めての奴には砂糖は必須だろうに」全くと言いながらケイティーが仕事に戻る。それを見てニャコブは我に返り急いで食べる。自分は仕事をしに来ていたのをすっかりと忘れ自分の世界にいた。自分を叱咤しながら初の仕事にニャコブは挑む。
夕方、帝都の街並みは魔石の街灯が並び光を灯す。
「今日はお疲れ様でした。忙しくてお昼の賄いをお出しできなくて申し訳ありません」テスラが頭を下げる。
「こちら食べて下さい中にマフィンが入っています」そう言ってテスラは茶色い紙袋を渡してくれる。
「こちらこそありがとうございますにゃ!来週も頑張らせて貰うにゃ!」ニャコブが紙袋を受け取りながら元気よくお辞儀する。
「よろしくお願いします。気をつけてお帰り下さいね」そう言いテスラが軽く手を振ってくれる。ニャコブも手を振りながら角を曲がる。紙袋の中を覗くと香ばしく甘い香りがほのかに感じる。来週も頑張ろう!そう思いながらニャコブはスキップをし鼻歌を帝都の夕闇に溶かす。甘いキラキラの砂糖の様に。
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