第5話 帝都銀行へようこそ!
ニャコブは困っていた。昨日貰った香ばしくも甘いマフィンを頬張りながら考える。
「モグモグ…どうしたものかにゃ…」宿屋の自室、テーブルに置かれた帝国金貨を見つめる。1枚で銀貨100枚相当のそれをニャコブは昨日まで持った事もなかった。金貨など普段使ったりはしない。もちろん、両替をする事も簡単ではないだろう。マフィンを食べ終わり、ゴミと帝国金貨を持って部屋を出る。下に降りて来ると宿屋の店主が奥のキッチンで慌ただしく働いている。ここ「テラスラープ亭」は宿屋兼食事屋を兼ねている。
「女将さん!おはようございますにゃ!」キッチンに向かい挨拶をすると女将のサチーさんが出てくる。
「おはようニャコブちゃん。よく眠れたかい?」そう言いながらサチーさんは恰幅の良い身体で見下ろす。彼女はクマの獣人でそこそこ身長のあるニャコブも子供の様に見える程だ。
「昨日もぐっすり眠れたにゃ!」ニャコブが元気よく返す。
「そうかい。そいつは良かったわ。朝食は食べて行くかい?」サチーは赤黒い毛が生えたモフモフの腕を広げ聞く。
「今日は大丈夫にゃ!さっき食べたにゃ」ニャコブは紙袋を掲げる。
「そうかい。そうかい。テスラの所で何か貰ったね?この匂いはハチミツとチョコのマフィンだ」鼻をふんふんと鳴らした後に言い当てる。その後サチーはゴミを受け取る。
「ハチミツのマフィンは最高だったろう?私もあそこのマフィンは大好きさ」サチーは舌なめずりする。
「とっても美味しかったにゃ!また食べたいにゃ。そうだにゃ!女将さんに聞きたいことがあるにゃ!」ニャコブがしっぽをくねらせる。
「なんだい?私に答えられるなら答えるよ?」サチーさんが大きな頭を傾ける。
「帝国金貨を両替するなら何処がいいかにゃ?」その言葉にサチーは頭を下げため息を着く。
「はぁまったくテスラは何を考えているんだい…両替は帝都銀行に行けば出来るよ。ついでに口座も作った方がいいね」ニャコブが頭の上に?が浮かんでいる。
「お金を預けて保管してくれるんだ。大金を持ち歩くのは危ないからね」ニャコブの尻尾が揺れる。
「成程にゃ!早速行ってくるにゃ!」ニャコブは走って宿屋を飛び出す。
「おい!場所わかるのかい!?行っちまったよ…心配だね…」すると席に着いていたローブの男が立ち上がり、ニヤついた顔で外に出ていく。横目でサチーがそれを見てまたため息を着く。
「女将!今日も朝飯食いに来たぜ!いつもの頼むわ!」そう言ってローブの男と入れ違いに入ってきた男は赤い短髪に褐色の肌、右耳はなく左耳は長いダークエルフだ。屈強な細い身体、腰には剣をぶら下げ手を上げる。
「ちょうどいい所に来たね。ザック!良いもん食わしてやるからお使いを頼むよ」
飛び出して来たが帝都銀行はどっちだろうか。人混みに流されながらに歩いて行く。多分こっちで合っているだろう。するとドンと人にあたる。
「おっとごめんよー」そう言ってローブの男が人混みに消える。自分の獣人としての勘が警鐘を鳴らす。急いでポケットの中を見ると中にあったはずの帝国金貨が入っていない。
「ど、泥棒にゃ!!」ニャコブが男に向かって走り出す。人が邪魔で前になかなか進めない。だが相手も同じように人に邪魔されながら進んでいるのが見えた。
「ちっ!バレたか!」急いでローブの男は人を押しやり進む。
「獣人の足を舐めるにゃ!」ニャコブが一気に跳躍して人混みを飛び越える。男の真上まで飛び
「捕まえたにゃ!」と飛びかかる。だがそこには男はいなかった。上を見ると男が浮いている。魔法だろうか?男の周りに風が纏うように回る。
「危ねぇ危ねぇメス猫だからって舐めてたぜ!じゃーな」ローブの男が飛んで行こうとする。
「待つのにゃ!そのお金は私の…」すると一瞬空に赤い稲妻が走ったように見えた。ゴスっという鈍い音が響き、ローブの男が落ちてくる。急いで男の元に近寄ると赤い髪で片耳のダークエルフが立っていた。
「お前さんがニャコブかい?」男が振り返り帝国金貨を指で弾く。ニャコブは落とさないように何とか金貨を受け取る。
「あ、ありがとうにゃ!助かったにゃ。でも何で名前をしってるにゃ?」疑問を質問する。
「女将さんに頼まれたんだよ。全く人使いが荒いぜ。いつも!」なんだなんだと人が集まり出す。すると近くに居たであろう帝国兵がやって来てダークエルフに近づく。
「何の騒ぎだ!お前何をし…」兵士の顔が固まる。
「団長殿っ!!」兵士が急いで敬礼するがダークエルフがそれを辞めさせ何やら話す。兵士は「はっ!」と敬礼し、ローブの男を連行する。
「全く災難だったな」ダークエルフがポケットに手を突っ込んで近ずいてくる。
「ありがとうございますにゃ…だ…団長なのかにゃ…?」ニャコブが恐る恐る聞く。
「今はな。大した事じゃねーよ。帝都銀行に行くんだろ?案内してやる」男が振り返りズカズカあるって行く。ニャコブが急いで着いていく。
「団長さんは見回りだったにゃ?」ニャコブが早歩きをしながら質問する。
「今日は非番だ。せっかく飯食いに行ってやったのによ。それと団長はよせ。アインザックだ」男が歩きながら喋る。
「アインザックさんと女将さんは知り合いだったのにゃ?」その質問に少し苦い顔をし無い耳側の傷を指で搔く。
「まーな。昔世話になった。っと着いたぞ」見ると大きく立派な建物だ。白を基調とした壁と柱で石をくり抜いた様な彫刻の様にも見える。屋根は黒く大きな三角屋根だった。
「お、大っきいにゃ…!」ニャコブが建物を見上げて居るとアインザックが言う。
「俺はテラスラープ亭に戻る。お前も終わったら宿で飯を食いな!いいもんが食えるかもしれないぞ?」アインザックが背を向け顔をこちらにニッと笑い行ってしまう。
「色々助かったにゃ!またにゃ!」ニャコブは大きく手を振り帝都銀行に入る。銀行の中はとても広く、大理石の床が天井の豪華なシャンデリアの煌めきを返し、白く大きな柱が奥までいくつも並ぶ。よく見てみると待合席の椅子や受付の格子には金の細かな細工がしてある。ロビーには貴族風の格好をした者や筋骨隆々の冒険者など数多くの種族がそれぞれに受付をしている。すると窓口で人間の男が怒鳴り声を上げる。
「だから!俺は口座に金貨を預けたんだっ!」男は窓口のテーブルをドンと殴る。
「しかし、何度もお調べしましたが貴方様の口座には1小銅貨も入ってはいません」受付の男が困ったように言う。その言葉に男が捲し立てる。
「それはお前のミスなんじゃないのかっ!?今すぐ俺の100金貨を持って来いっ!!」そう言うと男が背中の剣の柄に手が触れる。すると銀行内の空気が一気に変わる。シャンデリアの灯りが消え薄暗くなり、誰1人言葉を発さない。
「な…なんだ?」男が銀行内の空気の変化に気付いたのか柄に手を掛けたまま周りをキョロキョロする。クロロロォォ…くぐもった様な音がロビー内に響く。ニャコブが当たりを見渡すと貴族風の男が震えながら上を見ていた。ニャコブもつられて上を見ると何かいる。真っ黒く長い身体はうねり、4本の細長い足が白い柱と柱を掴み、真っ赤に裂けた口からダラりと赤黒い舌を垂らす。目はギョロりと剥き出し黄色い眼光が男を見下ろしていた。
「うわわわわわぁ!化け物め!」男が剣を抜いた瞬間だった。ロビー内に黄色の閃光が炸裂する。ニャコブがゆっくり目を開くと、男は剣を抜いた姿勢のまま動かなくなっている。黒い怪物は天井を這い周り容貌を変えていく。4本の足が金の細工に変わり、身体の鱗がみるみる火を灯し始める。黄色い眼光は消え、いつの間にかシャンデリアに変わっていた。
「馬鹿な男だ。剣を抜かなければ警告だけで済んだものを…」屈強な冒険者が小声で吐き捨てる。銀行内は先程の活気を取り戻し始める。ニャコブは何が起こったのか分からないまま立ち尽くす。
「お客様。怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」その声に振り返ると男が立っていた。その男は片眼鏡を着け、身なりの整った服を着た金色の髪の男だった。
「私はここの従業員のサルバドーです」胸に手を当てお辞儀をする。
「私はニャコブにゃ。さっきのは一体何なのにゃ?」ニャコブが質問する。
「先程のはバジリスクです。帝都銀行の守護を皇帝陛下より承り、あちらのシャンデリアに魔法で擬態しております」
「バジリスクにゃ?おとぎ話でしか聞いた事ないにゃ」ニャコブが昔、母から聞いたおとぎ話を思い出す。人の嘘を見抜き、邪悪を滅する光を放つ怪物。
「私もこの目で見るまではおとぎ話だと思っておりました。皇帝陛下はあの様な生き物を幾つも使役しているとか」片眼鏡の男がやれやれと首を振る。
「さっきの男は死んだのかにゃ?」先程と変わらずに剣を抜いた姿勢のまま動かない男を見る。
「死んではいないはずですよ。石になっているだけです。あのまま連行し石化を解除する薬を使い、恐喝の罪の罰金と石化解除の薬の請求分を払って貰うことになるでしょうね」片眼鏡の男がニコリと笑う。
「では、仕事に戻りましょう。ニャコブさんはどのようなご要件で参ったのですか?」
「そうだったにゃ!帝国金貨の両替と口座を作りたいにゃ!後、家族に仕送りを送ったりとかも出来るかにゃ?」ニャコブが尻尾を動かす。
「ええ出来ますよ。では手続きはこちらの窓口で」男に案内され窓口に向かう。
手続きが終わりテラスラープ亭に着く頃にはお昼を回っていた。手続きは魔法を使うらしく石に手をかざすだけだったが親への仕送りは色々大変だった。手紙を書き自分の髪の毛を使ったり血を取ったりと色々することになった。既にお腹がペコペコだ。
「おや、お帰りニャコブちゃん」女将のサチーがやって来る。
「ザックから聞いたよ。大変だったみたいだね」サチーが大きな身体を揺らしふふふと笑う。
「そうだったにゃー金貨取られるし、バジリスクがピカーっとするし、毛をむしられ、血を抜かれホントに大変だったにゃー!」ニャコブが腕を上げ大きく伸びをする。
「おや、バジリスクを見たのかい。帝都銀行で悪さしようなんて命知らずが居たもんだね」
「女将さん!ご飯お願いするにゃ!お腹と背中がくっついちゃうにゃ!」ニャコブは椅子に座りだらりと尻尾が垂れる。
「だと思ったよ。今日はいい肉が入ったんだ。滅多に食えないものだよ」そう言いサチーがキッチンに入っていく。ニャコブが力なくテーブルに突っ伏し何分か待っているといい匂いが漂い出す。口の中の唾液が一気に溢れ出す。
「いい匂いにゃー限界にゃ!」足をテーブル下でバタつかす。サチーがキッチンから出てくる。
「はいよ。サラマンダーのステーキだ」テーブルに置かれたそれは鉄板の上に分厚く切られこんがりと焼かれたお肉で、油がパチパチと花火のように跳ねる。つけ添えにマッシュしたポテトが山を作り、緑のブロッコリーが添えてある。ニャコブの口の中が再び唾液の高津いになる。ナイフとフォークを手に取り、肉にナイフを当てると肉がナイフを跳ね返す。凄い弾力だ。フォークを刺しナイフを押しては引くを繰り返し1口大にカットする。中からとめどなく肉汁が垂れ、断面は赤く肉油がキラキラと光っている。口をできるだけ開き肉を口に入れる。歯でかみ締めると先程の唾液は何処へやら、肉に絡まるガーリックのソースと肉の油が口の中を支配する。もうひと噛みすると肉が残りの肉汁を絞り出そうと流れ出る。噛む内に弾力のある肉が次第に柔らかくなっていく。肉の旨みを全て絞り出したその肉を飲み込む。すると飲み物が喉を通過したような感覚、ゴクリと喉越しを感じた。
「今の何なのにゃ!」ニャコブが叫ぶ。こんな肉を食べた事はない。
「凄いだろ?サラマンダーの肉は弾力があるが噛む内に溶けるんだ。」サチーが空いたテーブルを拭きながら牙を見せニヤリと笑う。
「美味すぎるにゃ!お肉が飲み物みたいになったにゃ!」ニャコブは一心不乱に食べ続ける。肉を食べ飲みこみ、マッシュポテトに水分を取られ水を飲む。そしてまた肉を食べる。気が付いたら皿がからになる。
「女将さん!おかわりにゃ!」ニャコブが手と尻尾を両方上げる。「はいよ!」とサチーが返し、ニャコブはナイフとフォークを両の手に今日もまた夢見心地。
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