第279話 嵐の去った後。
想定通り夜半に王都に届いた嵐は、ひと暴れして昼までに内陸の方に進んで、その辺で消失したそうだ。この嵐の終着点になりがちな特性が、レガリアーナ国そのものに強い風属性を齎しているという説もあるそうだ。そういやこの国風属性の強い人、凄く多いわね、確かに。
まあ弊害として、反対属性である土属性が弱くて、農業が本当に捗らないらしい。農地が少ないし、その少ない農地もどう頑張っても他国の平均作高の三分の二くらい、ハルマナート国の半分以下だという。作物の違いを考慮して、カロリーベースで計算すると、その差はもっと激しいのだそうだ。なので、この国の産業は基本的に漁業と、南部山地方面での牧畜と鉱業だ。ただ、牧畜も、厳しい冬の為に、春に沢山生ませても、頭数調整と保存食の為に冬の前に絞める、みたいな運用しかできないという。牧畜で扱っているのは山羊と、セリーテの寒さに強い変種、それにトナカイだそうで、山羊から乳と肉と毛、後者二種から毛と肉と移動の足を確保しているという。鉱業は例の温度の変わる岩石や石材、あとは銀が良く出るんだそうだ。この銀と冷温石が経済の重要な要となっている。
食品事情は割と厳しめ、ただ牧畜の発展と保存食需要の結果、チーズと燻製とソーセージの類は物凄く種類が多い。あと魚は日照が少ないので基本塩漬けか燻製だ。塩は普通に魔法で作れるし、暖房や産業で使う熱の発生源はこれも魔法だから、森林は針葉樹優勢とはいえ、それなりに豊かだからね。
塩を作る時に使う魔法の〈乾燥〉で棒ダラみたいなカチンコチンの出汁取り素材を作って名物にしている町もあるそうで、これはサーシャちゃんが興味を示して取り寄せてもらうことになった。帰国に間に合わなかったら春に賠償のあれこれと一緒に送ってくれるという。といっても賠償もなあ、あたし達にはそこまで必須ではないのよねえ。むしろヘッセン沖のアプカルルの集落に優先的にお願いしますとは伝えたものの、オラルディやマイサラス、それにヘッセンからも被害の訴えと抗議が来たようだから、前途は多難だ。
なおサーシャちゃん、チーズやソーセージも何種類か、穀物や秘蔵のバナナとの物々交換で入手していた。
「これがバナナ、で御座いますか。異世界人の著した書物で名前と形状だけは存じておりますが……なんという香りでしょう」
バナナ、流石に前公爵閣下も実物は見たことがなかった。そりゃそうだ、この世界だと魔の森にしか存在しないもんね。なお魔の森産であることは、国境城塞で出した際のランディさんやイードさんとの協議により、秘匿されることになっている。流石に有用植物があるからって、あんな場所に押しかけブームが発生されては困るので……
「まあ秘蔵の品なんで、出どころは秘密で頼む。流石にこれ、もう一回採りに行く根性は今んとこないんでなあ」
難儀なんだよあそこ、と、軽い調子でサーシャちゃんが半分場所をバラすみたいな事を言う。いや見た目はローティーンなんで、こんな子供が魔の森に、とか最初から地元の人の考えの選択肢には入らないと思うけど。
食べごろだから早めにどうぞ、という事で早速実食して貰ったら、甘みと食感にびっくりしておられた。この世界甘味自体はそれなりに充実してるけど、バナナの甘味って独特だもんね。
なおあたし達もついでだからと、久々に一本ずつ貰った。うん、美味しい。でもこれってつまり、野生種じゃなくて栽培品種系統を、下手すっと魔の森形成前に持ち込んだってことよね?よく生き残ってたものだわ。いや、流石にこれが単品で漂着するとかいうのは無理がある気がするんですよ。
《メリエン様曰く、区画単位での漂着も、魔の森ならありそう、だそうですけれど……》
漂着の原理は神々も把握していないそうなので、憶測だそうな。まあ判らんってことですねハイ。
翌日は好天に恵まれたし、暫く嵐もないとランディさんが明言したので、公爵家にお礼を述べて、出立することにした。といってもレガリアーナ国内の間はトナカイ橇で移動するしかなかったりする。夏は定期路線幻獣車があるけど、冬は大きな都市を結ぶトナカイ橇が夏の半分くらいの頻度で走ってるだけなので、乗り継ぎの旅になる。海沿いを選んで、結氷域を抜けたところで船を出して帰る予定だ。
この世界のトナカイはでかくてパワフルでそのくせ人懐っこいので、時々モフらせて貰いながら、予想より大分高速で南下していくわけです。トップコートは密集していてもごわっとしているんだけど、胸毛とかアンダーコートはもっふもふなんですよもっふもふ。
それはさておき、宿泊施設が少ないのは参った。久々にランディさんがこっそりコテージを出したレベルで、少ない。実はこの国の定期路線便は荷物だけを運ぶのが普通で、そもそも人間は冬は隣町への移動すらほとんどしないんだそうだ。いやマジライゼル勢……この状況でどうやって逃げたんだあいつら?
途中妙に宿が充実した村があると思ったら、近くにある湖の氷に穴をあけて、そこから魚を釣るというレジャーで有名な村だそうで、当然の如くサーシャちゃんが飛びついて、皆で体験してきた。あたしも一匹だけ釣れたよ!サーシャちゃんが途中で釣れすぎてこれまずいって止めたレベルで釣れてたから、お裾分けを貰って、食べる方も充分堪能しました、よ。悔しくはない。人生初体験の釣りだったので、釣れただけで御の字なのです。
なおロロさんが氷の穴に首突っ込んでダイレクトキャッチしてた。流石にそれは邪道じゃないですかねえって釣り方を説明してくれた村人の係員さんが苦笑してたけど。
「鶏だよなあ?鷺じゃねえよなあ?」
アンダル氏がその光景を二度見していたのが印象的だった。なお生き物に逃げられるタイプだとかで、アンダル氏だけボウズだった。まあしょうがないよね。
(はらわたが思ってたより苦い)
(あたりまえでしょう魚なんだから)
そのまま魚を生食したロロさんがちょっと渋い顔してたので笑いそうになったけど、自重した。
そんな風に賑やかに南に進んで、ようやっと結氷域を抜けたところで、大きな町、地名としてはブレメナンという場所についた。トナカイ橇はここまでしか走らないらしい。流石にこれ以上南下すると氷が安定しなくなるうえに、山道になるので、冬は陸路は通行止めだそうだ。御者さんによれば、地元の猟師さんが徒歩でたまに出入りするくらいじゃないかって話だった。
レガリアーナの南端からは、そこそこ北ではあるけど、マイサラスとの境の山脈が冬の澄んだ空気の向こうに、良く見える街だ。冬でも船が出入りできる港、ということで、海軍の本拠地は本来ここであるらしい。並んで大小二つある港の大きい方に、見たことのある雰囲気の軍船が二隻ほど、係留されているのが見える。小さい方の港が民間用で、客船やら漁船でごった返し、ここでもカモメ系のカラフルジャケットを着こなした幻獣たちが入港出航の整理をするべく飛び回っている。
「レガリアーナの軍船は五隻編成だったが、沈んだ奴はともかく、残り二隻はどうしたのだろうね?」
ランディさんが首を傾げている。
「首府の港に封じ込められているそうですわ。結氷前に入港したのが仇になったそうです」
何時の間にやら情報を入手していたカスミさんがそう答えてくれる。ああ、そういえば第三王子が乗っ取った船だけが、その時の結氷域のすぐ外にいた、って話だったもんね。
「むしろこっちに二隻残ってる方が……いや、俺らを囲んだ船団の船じゃないな。砲の配置が違う」
サーシャちゃんがそう指摘して、ランディさんもそう言われてみれば砲門の数が少ないな、と呟く。流石にこの世界に連装砲はないけど、船が以前の船団の船よりスリムで、砲門も半分くらいだろうか。その分優美で美しい船に仕上がっていると感じるけど。
港に降りて向こうの大きなお船、白くて綺麗ですねーと話を振ったら、あれは美しさを買われて、軍隊の儀礼用に残してある旧式船なんだよ、って親切な人が教えてくれた。春に氷が溶けたら、それを祝って海上パレードをする、その先頭と殿を勤める二隻なんだそうだ。なので特に機密たるデータもなくて、見知らぬ人にホイホイ存在を教えてもいいものであるらしい。断じてこの国の普通の人がちょろいわけではありません。多分。
夜になってから、ランディさんが格納魔法から船を取り出し、さっさと乗り込んで出航する。これ以上トラブルは要らない!ので!うん、流石にこの世界、夜に港を出入りするのはそれこそヘッセン以南でイカを釣る船か予定遅れの定期船くらいなので……
と申しますかですね、こんな時間の出発ですが、こっそり密出航ではなく、ガチで夜しか出航可能時間が空いてなかったんです……ちゃんと日程連絡票も書いて提出しています……この民間港、拡張しないとダメなんじゃね?
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という訳で無事出航できたので、第八部はここまでです!人物紹介が同時更新!
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