第278話 レッゲスト公爵家、再び。

 結局のところ、城塞亀の事件で、時間稼ぎの為、亀達を困惑させ足止めするために子供たちを囮にしたのは神官長で、その情報を得たライゼルの連中が、このおっさん魔法師にバーストストームを撃たせた、ということらしい。神官長自身は子供たちや城塞亀の命を積極的に奪う気は全くなかったそうだ。孤児として大事にしていれば、いずれは自分の派閥としての力になるのだから、そんな雑な使い捨てにはしない、という言い草自体は大概だったけど。

 おっさん魔法師の方は、実はバーストストームは素では撃てなくて、亀相手の時にはライゼル勢に、さっきのあたしを狙った時は神官長に、神官によくある技能だという魔力譲渡を受けて、一時的に魔力の底上げをして発動していたそうだ。まあ全魔力封印されたんで、もう超級どころか、魔法陣電池も使えないんだけどね。なお魔力譲渡とか存在も知らなかったんだけど、異世界人には習得不可らしいです。


 取りあえず神殿のトップを捕縛しないとならなくなったので、あたし達が奥院入り口まで神殿長達を連行したところで、レガリオン神自らが神託ぶん投げて、神殿に兵を入れさせるという異例の事態になった。神殿まで後任人事でドタバタ確定だよ!


「正直これの後始末だけでも充分罰ゲームな気がする」

 細かい事情を説明されたカナデ君の感想がこれで、誰も異論を発しなかった辺りが、まあなんだ、御察しという奴か。

 

〈ゲームであればまだしも、現実故な、しくじれば多くの民に迷惑が及ぶ〉

 苦笑としか言えない響きと共に、レガリオン神の言葉が届く。


「まあ身から出た錆だ。大人しく事態の収拾に励むがいいさ」

 ランディさんは投げやりにそう答えて、さっさと奥院を後にする。あたし達もこれ以上用事はないので、同じく外に出た、のはいいんだけど……


 数人の上級神官と巫女さんらしき人たちが平伏している。なんでこんな場所で?


「こ、此度は我等が長カルナガンの不始末、真にもって申し訳なく、お、お詫びのしようも御座いません」

 一番前でガクブルしながら声を上げる上級神官さん、多分副神殿長とかそのへんの偉い人。神官長、カルナガンって名前なんだ?初めて聞いたわ。


「あー、いや、もうそういうの、いいですから。仕事は終わりましたから、もう帰りますんであたし達」

 ええ、レガリオン神に今後の方向性を一応納得してもらったところで、今回のあたしの仕事は終わってるんですー!神官長とかの案件は!おまけ!そうよ、後は帰るだけ!!

 賠償とかあれこれは最初の予定通り春にそっちから持って来てください!


「ねーちゃん……」

 サーシャちゃんがジト目でこっちを見ているけど、正直他に言う事ないじゃない?神殿長が犯罪者でしたねお疲れ様です、とか言えないでしょ流石に。


「おねーさんに賛成ー、寒いから早く帰りたい……」

 ほら、カナデ君が既に帰る気満々です。ワカバちゃんもこくこく頷いているので、現状多数決では帰る一択じゃないですかね!

 トゥーレも大概寒かったけど、あっちはお宿や温泉やで、それなりに心身温まれる楽しみもあったからなあ……ここは本当に休まる隙自体が殆ど無かったよね……


 あたしの発言で、意外な事に神殿勢はあっさり引き下がった。いやまあ、正規の裁定者だと判定された人間に盾突く神殿関係者とか、普通居らんのですけどもね……称号だから、詐称のしようもないし。


「それはいいけど、どうやって帰るんだ?港は凍ってんだろ?」

 アンダル氏がそう聞いてくる。そういえばそうだ。帰りの足がないや。


「それもだけど、嵐がそろそろここまで届くんじゃないっけ」

 カナデ君が言うのは、船上で言っていた嵐のことだろう。


「ああ、確かに夜半にはこの地域まで届くね。今の人数を転移だと……嵐の真っただ中に出る羽目になるねえ」

 ランディさんもカナデ君の言葉を肯定して、更に情報を追加する。それってすぐ帰れないってことじゃないですかヤダー。


(まあ臭いはだいぶスッキリしたから、慌てなくてもいいんじゃない)

(そうね、大分マシになったね。臭いばら撒いてた奴、逃げちゃったし)


 鶏たちが聞き捨てならないことを言った。ライゼル勢、逃げたの?


〈む、言われてみれば姿がない……どうやって牢から脱出したのだ?人間であれば転移なぞ使えぬはずだが、既に我が力の範囲に居らぬぞ?〉

 レガリオン神も脱出を認めた。というか一回捕縛、してたんですよね?

 まあ後で確認したら牢からは神官長が逃がしてたんだけども……罪状追加かあ、流石にこれは労役刑だけじゃ済まなさそうねえ。


「……案外、春になったら雪の下から出て来たりするのかも知れませんわね」

 カスミさんがある意味楽観的な予測を口にする。いやいやまさかそんな、ライゼルも割と寒いとこなんだから、防寒対策くらいはして活動してるでしょ。


 結局、神殿の表にレッゲスト公爵家からの迎えの橇が来ていたので、またもや公爵家にお邪魔するあたし達であります。兵隊が出入りしたので、木っ端貴族の皆さんも強制退去させられてて静かなもんでしたわ……



「では、神殿側の問題は概ね片が付いた、という事でございますね?」

 公爵邸に到着したら、公爵親子も戻ってきていたので、取りあえずレガリオン神にはお会いして、彼の抱えていた問題の先送りはしてきた、と雑に報告したら、前公爵閣下がそのように確認してきた。


「神様側の喫緊の問題に関してはそうですね。ただ、それとは別で、神官長に問題があることが判明しまして。未遂ではありますが、城塞亀に攻撃魔法を仕掛けた者共々、魔力封印の戒めを受けたうえで捕縛されました」

 残念ですが、解決したところから問題が更に生えました、と報告する。


「問題、ですか……魔力封印という事は、相応のやらかしがあったのでしょうが……」

 聞いた瞬間、しょんぼりとした声音と共に頭を抱える前公爵。まあ気持ちは判る。でもこれは正直予測はともかく、回避は不可能だったと思う。ライゼル勢の、結構古い仕込みはかなり周到なものが多い印象だ。最近はもう、地味なのにグダグダの力押しばっかり目立つけど。


「色々あるようですが、直近の問題としては例のライゼルの扇動者たちを逃がしてしまったことでしょうか。既に国内に気配すらないらしく、どう消えたのかすら、今一つ判らないのですが」

 小説なんかだと地下下水道に潜むとかが良くあるパターンだろうけど、この世界、下水道自体が魔法処理のせいで、基本的にないからなあ……メリサイト国だと地下に用水路があるけど、人間は立ち入れないようにして、水棲の幻獣に管理して貰ってるそうだし。


「……つまり、神官長が奴らと通じておった、という事ですかな」

 重苦しい声音で、前公爵が確認してきたので、頷く。


「本人は瘴気汚染こそ受けていませんでしたが、若い頃の何らかの弱みを握られて、加担していたようです。神前で開き直った態度であったために戒めを受けたという感じですね」

 瘴気汚染に関するあの発言が開き直りと取られたのは、まあ自業自得ではあるのだけども。


 取りあえず必要そうな情報だけは渡したけど、流石に新しい神殿長がどうとか、新しい王家がどうこうとかにまで関わる気はないのよねえ。どうやってそこらへんに巻き込まれる前に帰ろっか……?


「こちらの方は我がレッゲスト家が王位を引き継ぐことでほぼ本決まりになり申した。ただ、宰相殿の胃のお加減がやはりどうにも宜しくなく、手術が決まったとのことで、実務の引継ぎはともかく、儀式は全てこちらも先送りで御座いますな……いえ、どうせ冬の間に挙行するのは無理なのですがね」

 王位をめぐる問題は一応解決の方向らしいけど、儀式絡みのあれこれも、やはり冬の間にはやらないものなんだそうだ。


「じゃあ神殿長を新たに任ずるところからですかね……どうも見た感じ、副神殿長を順送りで、というわけにはゆかないようでしたので」

 多分あの噛みっかみの小父様には儀式の大役は無理な気がするあたしであります。


「……ああ、確かにそちらが先ですな……ハルマナート国はどうか存じませんが、我々の国では即位の儀式に神殿の長がいない、などという事はあり得ませんからな……」

 王権を神が授ける世界である以上、基本的に即位や譲位の儀式は、神殿が主導で行われるものだ。旧国神ランガンドを討伐したサンファン国ですら、麒麟に誓いを立てる即位式の式次第を挙行したのは神官の長という体だったわけで。


 例外は、前公爵も口にしたように、そもそも誓う神がおらず、神殿もなく、必然的に神官職のいないハルマナート国だけなのよね。

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