第277話 弁明と断罪。

「あの瘴気を帯びた異形を濃縮した汚泥に、一度汚染されてしまった者は、元には戻らぬ。不可逆変化を齎すモノ故、人の世に残しておくわけにはいかなかったのだ」

 うわ、取り込んだら最後魔物一直線なのか、あれ。神の力ですらそれ、となると、確かに『処分』するしかない、な……

 そして実は、この国の今後を考えると、いかな本神が断罪を希望しようと、この件は、どう考えても隠蔽一択だ。少なくとも、易姓革命の混乱が落ち着くまでは、国の根幹たる国神の不始末は、とてもじゃないけど、大っぴらにはできない。


「つまり、生き残らせても、いずれは魔物化する、と?」

 身体のコントロールも戻ってきたし、一応確認だけはしておこう。あの第三王子の件を見るに、恐らくは魔物化したうえに、周囲に汚染を撒き散らすようになるんだろうけど。


「然り。あの軍船だったものを見たのであろう?船ですら浸食し、魔物の一部と化する汚泥。一度魔物化した者から再放出されるのは、微細な魔物であり汚泥そのものではなかった故、再汚染はあれど再生産までは流石になかったが……それでも、これまでにない微小な魔物による瘴気汚染で、多くの者が傷付き倒れたと聞く」

 あー、あの重油状の微細魔物、新種かあ……


「それとは別に瘴気汚染を受けてた奴がいたように思ったが」

 サーシャちゃんが口を挟む。ああ、王宮の使用人の一部ね。大元の出どころが同じなせいで、感知しやすい臭いはそっくりなのが厄介なのよねえ。区別ができないのはほんと面倒。まあ今回はレガリオン神が自分から出た分はカタを付けたから、残っているのは……


「あれはライゼル国の影響下にある者達だな。我の現状を探ろうとしていたが、神殿に近付きあぐねておったようだ。ヴァルスンドを扇動したのもそやつらだな」

 なんでも、ヴァルスンドの当代当主が運悪く、ちょっとどころではなく性格に難のある人物で、扇動に乗せられて襲撃事件を起こした、ということのようだ。まあ難があったのはレッゲスト公爵家への度重なる無茶振りからも判ると言えば判るけど……そうよね、息子が四十越えてても当主の座にしがみ付くタイプなうえに、事の直近の起こりが、十六の娘を自分に寄越せ、だったもんねえ……


「あの男もその弟も、似た性格でな、当時は他に候補がおらなんだので、やむなく当主の座に据えたという話ではあったが……」

 うわあ、その段階でヴァルスンド家、詰んでたのか……

 元々ヴァルスンド家は王都の瘴気対策という護りを代々担ってきたのだけれど、職務への誇りが何時しか傲慢にすり替わっていったものらしい。数代前からその兆しはあったのが、先代辺りから本格的におかしくなっていた模様。まあ時期的に、ライゼルからのちょっかいが継続的にあったんじゃないかな。瘴気対策や浄化関連は向こうも情報が欲しいところだったろうし。

 うん、過去形だ。もう奴はそういう段階は、恐らく過ぎてしまっている。もう浄化は苦痛でしかない、そういう確信がある。レガリオン神に押し付けられたモノを見たら、判ってしまった。


「瘴気対策の守護陣の運用などはどうするのです?」

 神様がそこまで細かいことを配慮してるかなあ、と思いつつ聞いてみる。


「一旦、今回王位を取らなかった方の公爵家に任せる予定ではあるが……保護させた姫が現状それを拒絶しておってな」

 まあそうでしょうねえ……人間の心理としては、非常に判りやすい……いやでも本当にそうだろうか?妾腹という辺りに、引っ掛かりを感じなくはないな……?


「そこはまた日を改めて確認しますかね。ところで、今回の騒動で貴方が手に掛けたのは幾人かしら」

 するりと言葉が漏れる。ええ、裁定者としての仕事中ですしね。


「そうだな、直接滅ぼしたのは百人ばかりになるだろうか。一家全て汚染された家が多くあったが故に」

 レガリオン神が苦々し気な顔でそう答える。百人ちょっと、か。


「……なれば、貴方への裁定は保留ですね。如何な立場の者であったとしても、この世界で、ヒト百人ぽっちの命で罪を問われる神などあり得ませんよ。海の混乱も致命的状況はとうに脱しましたし」

 レガリオン神がどう考えていようと、異世界人あたしたちの思想がどうだろうと、この世界の法則では、そうなのだ。この世界の神は、この世界のヒトに対しては、絶対者なのだから。

 フラマリアの旧神は十万の民を殺して誅されたという。ランガンドも数的にはぶっちゃけ似たようなものだ。あそこの場合は実際に大半の人を殺し喰らったのは主に蛇なんだけど、そもそもあいつがマトモに活動していれば、あそこまでの惨事にはなってなかった、と判定された訳ですね。

 対して今回のレガリオン神だけど、アプカルルという貴重な聖獣種族に結構な被害が出たのを考慮したとしても、全然、数も質も足りていないし、そもそもレガリオン神自身も被害者だからねえ……


「但し、あくまでも判定は保留です。次はないものと思っていればよいでしょう」

 不満げな顔のレガリオン神に続けてそう言い放つ。裁定案件ってのは、やらかしたら罰を受ければいい、って性質のものじゃないし、そもそも貴方、あのズボラに繋がりを利用されてからこっち、常時罰ゲーム状態だったんだから、もう少し自分を大事にしなさいよ。


「……心する」

 言外の部分まで読み取ったらしく、ちょっとしょんぼりした顔で答えるレガリオン神。うん、この件は、まずはこれでよし、だ。真面目な話、国政が当面混乱するのは必定なのだから、しっかり支えて貰わないと困るのよ。だから。


「では、もう一つの件を片付けましょう。〈結界〉」

 あたしの足元に展開される緑色の魔法陣に被せるように、結界を張る。神殿育ちの人ってこういう結界の使い方知らないよねー。海の時は流石に海中に座標設定ができない気がしたからやらなかったけど。

 ごう、と発動した魔法が結界の中でひと暴れしたけど、あたし自身にも、他の仲間たちにも、無論レガリオン神にも、一切の影響はない。それこそ、髪の一筋すらも動かない。真龍が踏んでも壊れないレベルの結界が、人間の魔法で壊れるはずもないのです。いやまあ物理と魔力の違いはありますけども。


「わるいこは、どっちだぁ?」

 イイ笑顔のアンダル氏が、背後にいたらしき、魔法の詠唱者たちをさっくり押さえつけている。仕事が早い。

 その足の下で歯噛みしているのは、見覚えのない魔法師らしき男。そしてもう一人、ヘッドロックを食らっているのは、ここの神官長その人、だ。


「……どっちもろくでもない悪党、って程じゃないんだけどね」

 神官長の方は、上からの情報だと、放蕩息子時代に何かの弱みを握られて、最近になってその弱みを突かれてそのままずるずる巻き込まれたという事のようなんだけど。魔法師は知らね。マジ魔法陣以外は初見だもの。捕えられていたというけど、肝心の管理者があっちライゼル側じゃ、ねえ。


「風超級、ねえ……この国だと、ヴァルスンドの出に、一人いたと記憶して居るが」

 ランディさんがどうでもいい情報をくれる。ヴァルスンド家関係者かー。


「……そのような家名は最早無いわ、あの糞爺め、ざまあみろだ」

 唾でも吐き捨てるような口調で、まあまあな年配の魔法師が毒づく。おやまあ、出身家崩壊希望者か。

 そのままべらべら喋ってくれた魔法師さんによると、彼は若い頃に侯爵の私的な、ぶっちゃけ癇癪が元で家を追われ籍を消されていて、その私怨でヴァルスンド家を潰す為に、ライゼル勢に協力していたらしい。レガリアーナ国にも、ライゼル国の動向にも、一切興味がないとの事。はた迷惑な話ではあるし、そもそも、限定条件付きであろうとも、超級魔法を使える者が私怨で他者を害するのはこの世界の大半の国の法で、当然だけど絶対的な御禁制だ。例外?法がどうなってるかすらよく判らなくなってる鎖国中のライゼルですね!


「……こいつら瘴気汚染は受けてないんだな」

 サーシャちゃんが胡乱な顔で、二人の男を見比べている。


「そんなものを喰らうようでは神官長など務まりませんからな」

「そんなもの喰らっては魔法の構築に支障が出るだろうが」

 揃って即答とか、こいつら予想以上に反省してないなあ?


「愚かな……」

 溜息と共に、レガリオン神が雷霆を落とす。あぎゃあ!!と叫ぶ二人。アンダル氏とレガリオン神は契約で繋がった状態なので、彼には一切被害は及ばないようだ。というか、二人も痛そうだったけど、特に命に別条はないわね?


「罰として魔力を封印した。国に混乱を招いた罪を自覚し反省するまで、末殿辺りか漁船ででも働いてくるがいい」

 レガリオン神の断罪はシンプルなものだった。無難なルートとも言う。神官長の方は叩くとまだホコリが出るかもだけど、魔法師の方は自白が信用できるなら、やらかしも自分で手出しした部分については、実は大体未遂だから、一足飛びに死刑にする訳にもいかないよねえ、うん。

 ヴァルスンド家?あれは当主の自業自得だし……


 ところで漁船で労役刑って、確かこの世界、遠洋マグロ漁船って特にないって聞いてるんですけど、北の方だし、冬だし、まさか、蟹工船、あるんですかね?


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流石にないよ<蟹工船 この世界でも蟹漁は冬のものだけど。

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