第276話 お久しぶりのあの御方。
そうだな じかんもあまりない はじめよう
ライゼリオン神の言葉と共に、身体のコントロールそのものを持っていかれる感覚。
あたしの眼にすら、金色の光が見える状態。神官たちが一見すれば、神降ろし、とも見えるであろうこれは、実はそこまで——そう、このやたらぴかぴかした見た目もそうなんだけど、そんな大袈裟なものではない。何せ正規の契約を交わしてないからね!それは無理なんだ!
というかですね、そもそも契約していて、正規の手段で神を降ろすなんてしたら、百二十パーセント、完全に、完璧に、奴にバレるんすよ。流石に文字通りの意味で腐ってても、この世界を創った創世神なんで、あのズボラ。なので、今回は、ライゼリオン神の苦手分野なのは申し訳ないんだけど、秘匿モードで、こっそりと、裁定の為の力の一部だけを降ろしている状態だ。それでも身体がコントロールできなくなるのは、どちらかというと安全上の問題、何らかのセーフティがかかっている、ということらしい。メリエン様がその辺は調整してくれているはずなので、あんまり心配はしていない。現に、あたしの思考は完全に切り離されていて、普通にあれこれ観察しながら平常心で状況を眺めている訳ですし。
つまり切り離されていないと、巻き込まれて下手したらあたしが壊れる。こわいこわい。
《壊れ、ますかねえ……?》
まさかのシエラからの疑念。いや流石に力の差が圧倒的すぎませんか?あたし神様レベルから見たらこれでも人間だそうだし?
あと光るのはこれも仕様なので……この発光現象を抑え込むとこの身体の方がやばいんで……ええ、余分な力を光に変えて放散することで過負荷を散らしてるんですよコレ……
という訳で、現在は普段の、というか、今までの『裁定者称号が働いてる時』より、少し多く力が流れ込んでいる状態という訳ですね。放散が増えていたら意味がない?いえ、これが必要な状況らしくて。ぶっちゃけ、目くらましというやつだ。裁定者のあれこれが動いていると見せかけて、本命は下からこっそりやってきていたりするんですよ……
「む……領域が、切り替わった?」
レガリオン神の怪訝な声。はい、本命がいらっしゃいました。流石に本体じゃないけどね!
〈久しいの、レガリオンよ。随分と酷い有様になっておるな〉
僅かにうっすらとした幻影だけが姿を現したのは、メリエンカーラ神。本拠地のメリサイト国は、レガリアーナとは境を接する国なので、幻影程度なら訪れることも可能なのだという。ただ、それを創世神側に知られるのは宜しくない、という事で、今回のややこしい小細工にあたしが駆り出されているという次第ですハイ。それにしても神様だから相変わらずは当然の事なんだけど、幻影でも見事なボンキュッボ……もとい大変限界ギリギリを攻めたメリハリボディのバランスが素晴らしくも麗しい。ほんとパーフェクト美女よね。後ろでアンダル氏のうひょう、って小さな歓声が聞こえる。
「なんと……貴方が現われようとは。我も兄弟のように分割を試みますか」
レガリオン神の言葉は、何とも微妙な響きだ。美女との遭遇は嬉しいけど用件が嬉しくなさそう?
〈流石にそうぽんぽん割るのは無理じゃ。で、だ。そう、そこな異界の魔神であった者よ、ちと提案があるのじゃが〉
その言葉を否定したメリエン様が指名したのは、なんとアンダル氏だ。
「へ?俺?提案?内容によるぞ。俺は今ちびの配下だから、こいつらに不利益のある契約や仕事は請け負えねえ」
「チビって言うな」
一瞬戸惑った顔をしただけで、後はすらすらと条件を述べるアンダル氏、ちび呼ばわりされてぶーたれるサーシャちゃん。
〈なに、其方の食糧事情の改善にもなる話よ。要はこの流れ込む瘴気まがいの最終引受先になって貰いたい、という訳じゃが。契約中はこの世界から出る事ができないという制限は付くが、神体経由になる故、お主に光耐性が付くおまけつきぞ?どうじゃ?〉
メリエン様、彼らの元世界がもうないのは把握していて、そういう条件お出ししてますよねこれ?
「ああ、確かにその生えてる奴なら食えるっちゃあ食えるが……それ最終的に俺変質してこの世界のモノになる……あ、そうか、もうそれでいいんだったな……?」
アンダル氏もその契約の結果を計算して、些か不満げな顔をしたものの、サーシャちゃんに小突かれて、戻るべき場所がないことを思い出した様子。
「俺らへの影響は心配すんな。少なくとも、そっちの綺麗な姐さんはその辺織り込み済みだろうし、ねーちゃんが身内らしいからな、ちったあ配慮くらいはあるだろ。お前が単騎であの世界を壊した連中に特攻かましたいなら別だが」
メリエン様が現れた時に、メリエン様とあたしを数度見比べていたサーシャちゃんは、恐らくあたしとの繋がりに気付いたのだろう。そんな風にメリエン様の策を後押しする構えだ。
「へえ?ほう、なるほど。いや流石に俺、直接その破壊者連中とはツラ会わせてねえからあ、凸るとか無理だし。だがここまでコソコソ小細工してまで対処するんなら、俺ここから出ない方がいいとかでは?いや一か所にこっそり潜むのも慣れちゃいるがよ」
取りあえず疑問点は積極的に口にする構えのアンダル氏。心情的にはやや前向き、あたりだろうか。
〈出歩き希望であれば隠蔽用の神具を一つ装備して貰うだけじゃな。姿も今より人間寄りに調整できる故、むしろ出歩くときに目立ちにくくなるであろうよ〉
そう告げて、幻影の手のひらを上に向けたところで、銀色の謎素材のベルトが一本、何処からともなくその手の上に現れる。神具としては強力な偽装能力と隠蔽力。但しその隠蔽力の為に、多分今神気の中でこれを見ているあたし達以外には、ごく普通のちょっと派手なベルト、にしか恐らくみえないであろうぶっ飛びアイテムなのが、一目で判ってしまう。多分これ外に出たらあたし達にも普通のベルトに見えそう……
《貴方には流石に見分けがつくと……いや無理ですね、これ、メリエン様の作品じゃないそうです……》
小月のあれこれを隠蔽している小神様の作品らしい。基礎属性が隠蔽で権能が偽装だそうだ。なにそれつよい、マジでなんでそれで小神なの、と思ったら、どこからともなく、それはひみつです、というイメージだけが送られてきた。なにそれこわい。
……あれでもなんだろう、このイメージ、前にも触れたことがあるような、ないような?
《わたしたちをやらかし総本山から隠蔽してくれているのも、その方らしいので》
おおう、予想外にめっちゃがっつりお世話になってた!
「今の姿は嫌いじゃないが、悪目立ちするのも確かだな。よし、その話、乗った」
アンダル氏がついに決断する。その言葉と同時に、メリエン様の幻影の手をするりと離れて、銀のベルトが蛇のようにくるりとアンダル氏の腰回りにうねりながら纏わりつき、初めから彼の衣装に備わっていました、というように装備されて落ち着く。それとほぼ同時に、赤い、と表現するしかなかった彼の肌色が、良く日に焼けた健康的な褐色肌に変貌する。うん、海辺には普通にごろごろいる色合いだな!
「なんか垢ぬけた漁師風になったな?まあ人間だと言い張れる範疇にはなったか」
サーシャちゃんの感想が割と酷い。でも正直に言うと、的確が過ぎる。
「ふむ、思ったより変わらないな。で、ブツはこの神具から直接供給か。食事としちゃあ味気ないが、それ以外に今のところ問題はない。まあ当面はこれでいいか」
既に契約完了、最終処理引き受け状態になっているらしく、アンダル氏はベルトの位置を少々直しながら、そんな風に感想を述べている。
そして、レガリオン神の方を見ると、黒い染みの浸食が、足首辺りまで下がっていて、漏れだしていた生物の形態情報の成れの果ても、一切見えなくなっていた。ただ、完全に繋がりを付け替える事はできないらしく、変化はそこで一旦止まっているようだ。
〈当面はこれで凌ぐが良かろう。期はまだ整っておらぬ故、まだ切り離す訳には行かぬからの。では、また〉
そう告げると、すうっと薄れるように姿を消すメリエン様の幻影。
「ああ。感謝する」
短く告げたレガリオン神は、メリエン様が姿を消した辺りを暫く見てから、あたし達の方に向き直った。
「では引き続き、裁定を。忌まわしき瘴気、否、魔にほぼ堕ちし造物主の影響とはいえ、我は多くの人を死に追いやる原因を造り、ばら撒いた。我は、裁かれねばならぬ」
真っすぐにあたしを見てそう述べるレガリオン神。ああ、自覚は、していたのね。
だけど、ならば何故その証人全てを抹殺したのですか、貴方は?
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