第275話 レガリオン神の現状。

 中には、当然のことだけど、レガリオン神がいる。ほのかに光を帯び、緩やかに波のようにうねる白金の髪に緑の瞳、浅黒い肌。ちなみに兄弟神のライゼリオン神は金髪金目に白肌らしい。

 ……うん、浅黒い肌、というのはどうやら元々の仕様ではないらしい。一瞬、本来ならもう少し色白だ、という感じの姿が重なって見えた。まさかそれ海で日焼けしたんじゃないでしょうね?


「日焼け……流石に我は神なのだが……」

 肉声が聞こえてくる。でもその肌色自体は、浸食とか特に関係ない感じなんですよね?


 みなみのうおのたみを まねたときいている


 あーはいブレイザーさん達ね、そういや彼らは健康的な日焼け肌って感じでしたね。そう言われてみれば、彼の肌色に濃さは近い。ただ、顔色悪すぎて健康とは程遠いね!って感じですが、まあそれはしょうがないね、実際巫女技能の判定、状態悪し、だからね。


「!……ライゼリオン、そこにいるのか?酷く、弱っているようだが」


 よわるどころか ざんしのようなものだよ もはや ちじょうにはもどれぬ


 声ともつかぬ、抑揚のない言葉が返される。まあ今のライゼリオン神(本物)は、本体とは完全に切り離されて、天上の召喚補助機構に組み込まれることで、辛うじて存在を保っている状態だからね……言葉が片言のように抑揚もなく紡がれるのも、召喚補助機構のシステムを流用して、辛うじてあたしに届けている状態だから、らしい。そして、あたしの元に届いたそれを、レガリオン神は己の権能で読み取っている。つまり現在のあたし、ライゼリオン神の中継器です。実はこれの為に、ここまで来たのよ、あたし。

 かつてライゼリオン神が本体を創世神に奪われ、存在ごと食われそうになった時、ギリギリバレないタイミングで、僅かな部分だけでも、とその存在と自我の一部を切り離し保護し、召喚補助機構の管理者という新たな責務を与えたのは、その召喚補助機構を創ったメリエン様だ。

 で、この創世神のやらかしのとばっちりが直撃した、というのが、レガリオン神の現状の、根本的な理由だ。


 すっかり暗さに慣れてしまった目に映る姿は、美しい顔立ちと上半身、そして、様々な生き物の足や翼、毛や鱗や羽根が、肌の上を浸食するように蠢く黒い染みのような部分から脈絡なく飛び出す下半身。魔物のそれとは違って、思いのほか嫌悪感が出ないのは、それにヒトのパーツが混ざっていないせいだろうか。ああそうか、奴が喰らったものの、獣のパーツは要らんから他所に無理やり押し出して、繋がりを辿ってここまで流れて、溢れる、ってことか。ほんと碌なことしないなあのズボラ!

 なお、例の臭いの元になる物質も、実はこのぐちゃぐちゃが原産だったり、するんだよね。


「うっわ、これどういう状態?」

 サーシャちゃんにも見えたようで、首を傾げている。まあ背景情報を知らない三人組には、見ただけじゃ判らないよね。

 ああ、見覚えのある、黒鶴の翼が見える。黒鳥の一族も食われたって言ってたものね。

 そう思ったところで、その翼がぼとりと落ちて、ずるずると這いずりながら、半分くらい元の鶴の姿を回復したであろうところで、崩れて消えた。


「そなたが食われた種を認識すると、剥がれ落ちるようだ。他に、彼の方に喰われた種族を知っているか?」

 どうやら、少しこれを減らした方がいいらしく、そう尋ねてくるレガリオン神。そうねえ、ああ、レンビュールさんちのでっかい鷲くんの親もそうだったっけ。


「巨鷲族の話は聞きましたね」

 そう答えたところで、今度は鋭い爪を持つ大きな猛禽の足が。それに茶色い羽根が纏わりつきながら零れ落ち、やはり最終的に崩れて消える。


「我の認識でも良いのなら、ミツカエシとカロマラネールの翅、それに煤山猫の足が見えるね」

 ランディさんはそう言ったけど、何も起こらない。ああでも煤山猫って図鑑で見たことはあるわ、グレーの身体に赤い眼の三つある山猫。そう思い出したところで、大きなネコ科の灰色の足と短い尻尾がぽろりと落ちた。


「成程、本物を知っている必要はないが、あくまで巫女自身が種の名称と形態を認識せねばならんようだな」

 レガリオン神の言葉とほぼ同時に、ランディさんが念話でミツカエシという幻獣の姿と、カロマラネールという聖獣の姿を送り付けて来る。画像も行けるとは知りませんでした。


(やや、無理をしている。余り数は送れぬな)

 念話で返答。成程?

 ミツカエシは構造色の鱗に覆われた緑系の爬虫類、トビトカゲとハチドリを足して喉袋を付けたような姿の生きもの、カロマラネールの方は、薄い羽根を幾重にも重ねた、まんまるいシルエットの鳥らしい。これもあたしが姿を認識したところで、特徴のあるパーツが落ちて消えた。

 そんな風に、ランディさんの協力のもと、十何種かの生き物を分離したら、大分落ち着いてきたのか、周囲の雰囲気というか、空気が少し良くなった感じがする。うん、虎系が二種類いたのは想定外だった。いや北方の国だから想定すべきだった?なお朱虎氏と違って二種とも普通の虎縞の虎でした。片方真っ黒に白銀色の縞でかっこよかったけど。

 でも彼らは、創世神に喰われて、もう、世界のどこにもいない。奴が乗っ取ったライゼリオン神の本体から、兄弟神という繋がりを辿りレガリオン神に押し付けられ、溢れ漏れだしているこれらは、彼らの形態情報という、いわばヌケガラだ。黒鶴族は唯一、黒鳥が生き残ってたけど、彼もカル君との契約や神罰のあれこれで変質してしまって、もう黒鶴とはいえないそうだから、今のライゼル国の版図にいた幻獣や聖獣は、巨鷲の兄弟を除き、一種、一頭たりとも残らず、全て絶滅したという事になる。


「およそ半分、か。これだけでも、随分と助かった。あのままでは負荷が高すぎて早晩我自身が崩れていたろう」

 まだ異形は残っているけど、最初の状態に比べれば遥かにすっきりし、異変が脚部分以下に収まった己の下半身を見下ろしながら、恐ろしいことを言うレガリオン神。国神が崩壊の恐れ、って、地味にレガリアーナ、国家自体の崩壊の危機だったよ……


 これだけで すますはずはなかろう


 些か呆れたような声音のライゼリオン神。


「……すません、説明頂いてよろしーでしょーか。何がどうなってるのかサッパリ判んない!」

 そこに小声で割り込んだのはカナデ君だ。まあそうでしょうね、君たちには根本原因を説明してないもんね、まだ。


「サーシャちゃんには前に、この世界創ったズボラが本体ロストした話はしたよね?基本的にはそれ絡み」

 取りあえずそれだけ教えといて、詳細は後でいいか……


 もうすこし いいようは    いやすまない ないな

「ズボラ……ズボラとはいったい……」

 文句を言おうとして事実だと認めて諦めるライゼリオン神、ズボラの語意、若しくは単語の指し示すものを測りかねている、または認めたくないらしいレガリオン神。


「無論、貴方の事ではありませんからご安心ください。貴方にソレを押し付けに掛かっている方です」

 そう補足説明したら、がっくりと項垂れるレガリオン神。残念ですが、経緯を知っている範囲では、奴にはズボラ以外の形容詞が出てこないです。この世界の基本のシステムはまあまあ良く出来ている方な気はしているし、あのメリエン様を創れたって時点で、決して無能ではないですけども、ね?


「異世界人は神をも恐れぬとは聞いていたが、ここまでとは」

 呆れた声のレガリオン神。いやだってあたしの元世界、魔法どころか、神様?実存しませんね!が世界的見解だったし一応……


「畏敬や畏怖に感情が繋がらないのは確かだな」

 サーシャちゃんもそんなことを言う。そりゃまあ君は元人外だし……


「ケンタロウだってそうだったじゃないか、今更だよ、今更」

 ランディさんが更に突き放す発言。ああ、そういえば自称勇者様、現存する国神全員と顔合わせはしてたんだったっけ。


「私達の故郷って神様というか、日常的な宗教の扱いが軽かったですしね」

「そーだねえ、初詣は神社行って葬式はお寺だったりするしクリスマスとか他国の宗教行事だったものも商業イベントになってたし?」

 ワカバちゃんとカナデ君も口調が軽い。そして語られる内容は、そうね、あたしの世界よりはまだ神様の存在が許されてる感じかしら……あたしの世界、宗教自体がほぼフィクション枠に近かったからなあ。一瞬突発的に生えるけど、なんかいつのまにか消えてる感じ。多分コレに関しては、あたしの世界のほうが、不自然だな?

 まあ戻れるでもない場所の事はおいておこう。今はレガリオン神の状況をもうちょい改善してもらう場面だ。


「では続きを」

 簡単に促す。なんでこの期に及んで、あたしが仕切っているのか。いや裁定者ってそういう仕事らしいんだけどさ。実は、何をどうしてどーする、の部分、知らないんですよね。不用意に接続を切ったら流石にあっちにバレるだろうし、コレ、どうするんだろ?


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