第274話 巫女の仕事、裁定者の仕事。

 神殿長様に引率されてやってきたのは、神殿の奥の奥。普通なら一般人や他国民は絶対入れない奥院、国神の座所だ。まあ他所サンファンで一回突入したことがあるから、あたしは二度目なわけですが。


 神力の結界を越える感覚。うん、神域だね。ただ、気配が酷く荒れている。まあ実質、瘴気と同等のモノの浸食を受けているのだから、当然と言えば当然なのだけど。


〈異界の巫女よ、ここまで至ったか〉

 重苦しい声音のレガリオン神の声が響く。案の定、調子悪そうですね?


 室内はぱっと見は美しい設えだ。青の濃淡を基調とした、海を彷彿とさせる壁も、淡い緑の、螺旋を刻まれた柱も、シンプルながら調和のとれた佇まいだと思う。古色を帯びた飾り金具もいい雰囲気だし。

 ただ、供物を捧げるための祭壇の奥、国神の座所にあるレガリオン神の姿は、なんだか実感が薄い感じの……うん、そうね。これは幻影、分体ですらない。せめて分体が出せるなら、あたし達でもどうにかできた気がしないでもないのだけど。


「……本体は何処におわしますか」

 今喋っているのは、巫女の技能か、裁定者の称号か。あたしのコントロールを外れていく、あたしの身体。いや、今手を離れているのは言葉を紡ぐ辺りだけだけれども。


〈……やはり、見せねばならぬ、か?〉

 シンプルに見られたくない状況であるらしい。まあ、神たるものの状態としては、非常に宜しくないですからね、あの創世神だって、隠し続けている訳だし。


「真龍がいる時点で今更です」

 思わず自分の言葉が飛びだす。ランディさんのうわあコレは関わりたくない自分で最終手段はやだなあって思考が駄々漏れしてきてましてね?


(ああ、済まない。我の力と相性が良く無さ過ぎて、つい)

 言い訳キタコレ。


(大丈夫ですよ、今回は上からの指示なんで、あっち同士でなんとかしてくれます。ランディさんは確認と、あたしとワカバちゃんの反応が遅れた時の手助けだけして頂けたら有難いです。攻撃が来る可能性は、半分よりは低いですが)

 せっかく覚えたので、こちらも指向性を絞る練習がてら、念話で返す。どうも意思疎通スキルのせいもあると思うんだけど、裁定者称号が起動してる時って、念話が全体拡散しがちになるし、他の子同士の念話も、もりもり漏れてくるんですよね……後者は後で他の人に説明するときには聞きなおさずに済むから、便利なのだけど、正直これ対人スキルだったら、もしくは常時コレだったら、完全に国とかからの監視対象になると思う……


 この世界の本神殿と呼ばれる場所において、至聖所と呼ばれるのは、正に神の本体が座すべき場所で、基本的にはこの奥院に入っただけでは、入り口を見る事すらできない位置にある。国神の場合、その力を大地に行き渡らせるという仕事があるので、大抵の場合は地下にその座が設えられているせいでもあるけど。

 今幻影が座している座所の方は、王宮でいうところの謁見の間の玉座であって、そこに、用がある時にしか現れないのが基本だそうだ。しかも今レガリオン神がそうしているように、幻影だけで現れる神の方が多いともいう。

 ……フラマリアの彼は例外です例外。ヘッセンのフォルヘッセナーレ神なんて、神官長様ですら声しか聴いたことないっていうし。まああの方は権能と本質情報が音だから、そのほうが影響を抑えるためのコントロールがしやすいから、という話でもあるのだけど。


 話は戻って、なんでそういう構造か?健全な状態の国神の本体は、その力を国に行き渡らせるために、ぶっちゃけ駄々流しにしている。国に行き渡り、地表に顕れる頃には充分に薄まっているから問題ないけど、その発生源の濃厚な神力に、普通の人間は耐えられません。地元民で耐えられるの、あたしの知り合い範囲だと、多分龍の王族一同と聖女様くらいじゃないかな?いや、フラマリアの王都の民はどうもあの人のせいで、そこらへんすっかり慣れてしまってる気はする。あそこ、多分都丸ごと特異点状態じゃないかな……初対面の時も結構盛大に漏れてたけど、住民無反応だったもんな……

 以前ヘッセンで、下級神官以上の格がないと裏からは入れない、って言われたのも、実はその理由の方が大きい。本来なら一般民には、奥院どころかその手前でもちょっとしんどいのだそうだ。あたしは当時でも上級神官相当の巫女候補だったので全然問題なかったわけだけど。

 そして、三人組とアンダル氏と鶏たちも全く問題ないはずだ。サーシャちゃんを中心にして、契約やUI動作保証なんかできっちり組み上げられた繋がりは、神力であろうと、意図を持たない程度の他の力は跳ね除ける。


〈然り。故に、神官長以下、否、この国の民は、ここまでだ〉

 今のレガリオン神は健全な状態ではないけれど、そのせいで逆に、ヒトへの悪影響は強まっている状態だ。そして、その影響は、自国民に対しては特に強く出てしまう。なので、この先に進んでいけるのは、あたし達一行だけだ。無言で一つ頷いて、歩を進める。


 祭壇の裏に設けられた階段を下りていく。段々と潮の香りがするようになったので、どこかで海と繋がっているのだろうか。そういえばレガリオン神の権能って?


《浅い海と調停、だそうですわ。海は自ら望まれて、海原を司る方からお借りしたのだそうですが》

 海にも海の神が、実はいる。ただ、普段は海の彼方に引っ込んでいて、大陸やその近隣には原則関与しない。地上の人間だと、魚人族からその存在を聞いた漁師さんがたまに豊漁や航海の安全を祈ってるくらいだ。魚人族や、音楽系のスキルがない系統のアプカルルがお仕えしているという話はトゥーレ行きの時に彼らから聞いた事があるけれど、神名までは知らないな……知られるのを望まない方もいるから、敢えて聞かなかったし。


〈ああ、そうだ。海の権能は、御返しせねばならぬ。基礎属性に合わせてお借りしていたが、最早我に、借りた物まで司る余力はない〉

 その言葉と同時に、潮の匂いがすうっと引いていく。それにも別の神の力を感じたから、これが海神様ね?


〈永らく、我が儘を聞いてくれて、ありがとう。リリエンマーレ〉

 リリエンマーレ神、とおっしゃるのか。妙なところで知ってしまったな。


「ほう、西と東で海神が違うのだな」

 ランディさんがなんてことのないような口調でそう言う。


〈彼らは双子で、互いに共鳴しながら、東西分け合って治めて居る。神力だけでは見分けはつくまいし、見分ける意味もない〉

 おう、海神様、なかなか難しい事をしていた。まあ地上程瘴気の発生は多くないというから、余力はありそう感?


 階段を降りきった地点から、更に奥に進む。滑らかな灰白色の壁面、少しざらついたグレーの床面。どちらも自然石を加工したもの、というより、洞窟を改造した感じに見える。壁の所々には動く魚の絵。いやこれリアルタイム映像っぽさあるな?


「これは面白い趣向だな……海中を映しているのか。魔法で再現は難しいだろうなあ……」

 ランディさんが興味津々で見ているけど、流石に神力で動くものは解析まではしきれないらしい。通信の道具の制限を見ていると、人類には解放してくれそうにないやつよねー、これ。


〈そうだな、今は無理だろう〉

 今は、ときたか。遠い将来に何かの変化があれば、というところかな。


〈今は、こういったことができない訳ではない、そう知ってさえいれば、それでよい〉

 その言葉で、ランディさんだけでなく、カナデ君とサーシャちゃんまで、成程、と呟いたので、帰ったらこのタッグで何かやらかしそう感が出てきたな。後で、今すぐは無理よって言っておくべきか、いや流石にランディさんは判ってるよね??


 美しかったり、結構グロテスクだったりと、魚の種類は様々だ、リアルタイムで権能の届く範囲の映像を映しているのだろうけど……いやこれどう見ても深海魚がいるわね?ってことは海神様の方だな?サービスいいな?


「海は、面倒見がよくないと務まらんと前に東のに聞いたことがあるが……」

 同じくそれに気付いたらしいランディさんの呟き。それに対する回答はない。


 行き止まりに、大きな扉。白い石に貝や波の意匠を象った、美しくも重そうな扉は半分ほど開いている。その内は、今は、暗い。


 さて、実はあたし自身の仕事は此処に踏み入る所までだ。判定は既に下りている。

 以前から緩く繋がっている感じだけあったモノが、巧妙な隠蔽を施しながら降りて来るのを感じる。こそこそしたくはないのだが、という微かな感情が漏れているのは御愛嬌だ。

 それとは別に、あたしを囲い、区切り、護ってくれるメリエン様の力も。その力は後続の皆の事も、緩やかに囲い、影響を受けにくいように区切っていく。


 さあ、ここからは神々の領分だ。そう心に刻んで、扉の中に踏み込んだ。

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