第273話 レガリオン神殿に向かう。

 その日の夕食は、公爵様側が呼び出しを喰らったりしたので、あたし達だけでサロンで戴いた。普通に美味しかったですね。まあ正直、あたしまで呼び出されなかっただけマシとも言います。とはいえ、裁定者の仕事はあくまでも神様や魂に関連する事柄だけで、王位継承やら易姓革命やらには本来、直接には関わらないですからね。謁見の間で一言そう告げただけでも、ちゃんと把握して頂けるのは有能と言えるでしょう。


 翌日の朝食もあたし達だけだったけど、これはこの国では一般的な習慣だそうだ。まあ公爵様も前公爵様も帰って来れてないらしいんだけどね!泊まりどころか徹夜疑惑!

 そして、ホスト不在かあどうすっかねえ、とか思ってたら、何のことはない、神殿の方から迎えの橇が来ましたわ。取りあえずあたしだけでも、という話だったけど、今回は全員行動で行くことにしているので、侍女さんに伝言だけお願いして、全員で向かう。無論鶏たちも一緒だ。見た目以外は最早立派な幻獣だから、相手方も特に何も言わないしね。


 王室や公爵家が使うのよりは地味だけど、乗り心地はまあまあ良い幌付き橇で、王宮方面に戻る。主神殿は王宮のお隣ですからね。

 橇は神殿の表ではなく、裏の通用門から敷地に入る。表は如何にもな貴族勢の手合いらしき人たちでごった返しているので、近付いたら絶対碌なことにならないのは明白だからね、しょうがないね。なお過半数は一般の参拝者の邪魔です!と、神官たちに追い払われていた。王権ですら神授である以上、貴族といっても神殿には頭が上がらんのです。なお追い払われなかった勢は大人しく一般の人と一緒に参拝の列に並んでたので、そもそもそっちは極普通に神頼みしにきた勢であるらしい。


 橇を降りて内部に入るまでは、マントのフードを一応着用はしていたけど、魔力や称号が見える人がいたら、あんまり意味ないのよねえ。いや寒さ軽減にはちゃんと役立っているので外ではちゃんとフードも被るのですが!今日は割とガチめに寒い。昨日と違って、トゥーレくらい寒いわね、といったら、行ったことあるんですか、凄い!と案内の神官さんにびっくりされたけど。ええ先月行ったばかりですよ……とまでは答えなかった。そういやあの島秘境扱いだったっけ。フラマリアに行くときに、あんなとこそうそう行かないだろうって話をした覚えがありますもんね、あたし達。思えば、あれは見事にフラグだった。そういえばあの時聞いた話、結構正確だったなあ。


 結構な奥の方に通される。部屋にはお髭の神官長様が二人ほどの上級神官さんと待っておられた。全員が何やら深刻な顔なのは……まあ今回の状況ではしょうがないね……


「お待たせいたしました。お招き、そして迎えの橇、有難うございます」

 取りあえず挨拶というかお礼というか。当たり障りのない所から始めよう。


「あいや、ご足労頂き、お礼を申し上げるのは我等の方で御座いましょう。王宮の方ではまだ揉めて居る由、先にこちらの用件をと思い立ったのがほんに、寝る前辺りのことでございまして」

 そう言うと、頭を掻く神官長様。割と気さくなキャラだな?そして速攻で後ろの上級神官さんにまたそういう雑な動きをなさる!と、小声で窘められている。

 この神官長さんは没落した伯爵家の放蕩息子だったのが、何故かある時突然信仰の道に入ったという、この世界の神職勢としては変わり種の部類の経緯を経て、気が付いたら神官長に昇りつめていたという人だそうだ。修行に打ち込んでいたらいつの間にか上が居なくなっていたんだよ、と軽い調子で言う辺り、正直愉快さ加減ではヘッセンの神官長様に匹敵しそう感がある。

 まあこの国の場合、サンファン辺りと違って、王族から神殿に天下り、という事があまりないのも、こういう方が登りつめる事が出来る原因ではあるのだろう。あとここ、冬がとにかく寒いから、多分健康な人が勝つ感じね?


「ところで、随分深刻な顔をしておいででしたけれど、神殿に何か……」

 言いかけて、言葉が止まる。異様な気配が、一瞬だけ感じ取れたから。この、国神の神殿で、本来ならば感じることなどあるはずのない、否、発生してはならない瘴気、またはそれに限りなく近い何か。

 ただ、残念ながら、それ自体は、実は予想通りだ。当たってほしくはなかったのだけど、情報の出どころがの時点で、どうにもこうにも、だ。


「裁定者様も感じ取られましたか。実は、昨年の秋頃より、この悪しき気配が、時折神殿内を通り過ぎて行くのです。初めは月に一度もございませんでしたので、気のせいではないかという話ではあったのですが、今は数日に一度の頻度となっておりまして、しかも感じ取れる者もだんだん増えて来ておりましてな。対応を如何にするか、悩んでおる次第です」

 浄化なども試みたものの、一瞬しか発生しないので、効果を発揮できていないという。


 まあ、そりゃそうでしょうね。そもそもこれは、どう見たって、人の手には、余る。


「確かにこれは難しいですね……元を絶っておしまい、という訳にはいかないでしょうし」

 正直にぶっちゃければ、あたしの手にも、余るのだ。あたしも大雑把な括りでいけば、普通に人間だしね。人前でそんなこと言ったら絶対どこがだ、って不審の眼で見られる事請け合いだから言わないけど。生き物の括りとしては、人という枠から逸脱してはいないのよ、断じて。


「原因はお判りなのでしょうか」

 神官長様が真面目な顔でそう尋ねるのに、軽く首を傾げて見せる。


「……神殿側ではまだ把握しておられないのでしょうか?」

 敢えて聞き返す。この情報は、あたしから先に出すべきではない。確定で、事態が悪化する。

 そして、問い返された神官長様は、ぐぬ、と、言葉に詰まった。うん、流石に気付いてはいるのね。ただ、認める事が出来ないか。でも、この彼らでは、どうにもならないからね。


「ねーちゃん、これ、何とか出来るのか?」

 サーシャちゃんが小声で後ろからそう確認してくる。この子も大分危機感を抱いてはいるようだ。恐らくヒトの身では無理ゲー、な所まで、把握しているんだろう。


「正直、実地で実像を確認しない事には判らないわ。単に病んでいるというだけならどうにかできるとは思うけれど……」

 うん、自分でも心にもない事を言っている自覚はある。というか、本当に、この件だけは、人の身に過ぎないあたしにも、根本的解決は無理なんだよねえ。に、おまかせなのだ……


《それにしたって、貴方がそこに辿り着かないといけないって条件は酷い気がします》

 相手が悪すぎると思うのです、とシエラが珍しいぼやきを投げかけて来る。でもあたし自身は勝算がないとまでは、思っていないのよ?だって、普段はごく普通に、今まで通りの仕事をしているのでしょう?それが破綻していないなら、まだなんとかなる範囲なんだと思うの。

 ただまあ、どうやって解決に持っていくのかは、正直見当もつかない。原因が原因なだけに、ねえ……流石に彼まで分離分割してというのは難しいような、あの方ならやっちゃいそうな。


「奥に参られますか。そも託宣では、温柱の崩壊に寄与した者を国神様の御前に招待仕れ、という話でございましたし」

 成程、やはり最初から託宣は招待、だったのか。そして温柱の崩壊は、慶事であるらしい。まあ確かにあの遺跡の本体は、ロミーユ氏の亡霊が変質させるまでは、人食いトラップだったわけで。人食いと言い切れなくなってからも、人を捕えるトラップだったことに変わりはないしね。

 そう言う意味では、人類に仇なすものが崩壊したのは、確かに慶事だろう。このレガリアーナという国には直接関わりのない事であったにせよ、だ。


 そんな訳で、神官長様の後について、ぞろぞろと移動するあたし達。ランディさんも、些か不機嫌そうな顔ながら、一緒に来てくれる。


(そりゃあ神絡みの面倒ごとにわざわざ首を突っ込みたがる真龍などいない訳でね?)

 念話の言い訳も、キレが悪いので、ここにいるじゃないですか、なんて野暮は言わない事にしますね……


 さて、ライゼリオン神との兄弟属性のせいで創世神のとばっちりを食う羽目になった、不幸な国神様の御尊顔拝見と参りますか……!

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