第272話 レッゲスト公爵家。
カスミさんがまずひょいと降りて、ぽふんと
「ようこそ、レッゲスト公爵家へ。改めて歓迎いたしますぞ」
「父の賓客であれば、私にとっても賓客。ご要望がございましたら何なりとお申し付けください」
口々にそういう公爵親子に改めてこちらも簡単なご挨拶をして、取りあえず室内で休みたいです、と速攻で要望を伝える。ぶっちゃけますと、おなかがすきました!ほら、魔力相殺って割と燃費悪いからさ……魔力がたいして減ってない、と魔力回復のせいでお腹が空く、は両立するんですー!
「鶏さん達もご一緒のお部屋、はい、大丈夫ですよ」
公爵親子から接待を引き継いだ侍女さんに案内されて、中庭に面した客室に案内される。ランディさんとカナデ君(と鶏たち)、あたしとワカバちゃんがそれぞれ同室であるらしい。サーシャちゃんはアンダルと一緒でいいかー、ともう一室に分かれた。それぞれの客室とは別に、歓談用のサロンが用意されていて、基本はそこにいる感じになるようだ。うん、セキュリティ的な意味でも、客としての格付けも王宮よりこっちの方が上だね?
「王宮は建物がなにぶんにも古いうえに、元は城塞として建てられたものだそうですから、もともと賓客を泊めるのには向いていないのだそうですよ」
早速サロンにたむろって、ランディさんのおやつに舌鼓を打ちつつ、カスミさんの説明に納得するあたし達。後宮部分は流石に居住性優先の作りになっているそうだし、そもそもあたし達が最初に通された部屋は、ベッドこそあったけど、一時的に着替えや支度の為に使ってもらう部屋で、本当なら謁見の後、敷地内の離宮に案内されるはずだったのではないか、という事らしい。成程、本当ならヘッセンの時と似た感じになるはずだったのね。あそこも割と初期対応は大概だったけど、最後は気持ちよく送り出して貰えたっけね。お魚、美味しかったよなあ。
「魔力相殺って燃費悪いねえ……」
あたし同様の理由で腹ペコになったらしいカナデ君が、オールドファッションドーナツの二つ目を食べながらぼやく。あたしは一つ目はオールドファッションにしたけど、二個目はアップルパイです。なんかケンタロウ氏と共謀して彼の元世界のドーナッツチェーン店のメニューを再現したシリーズだという話で、同郷の三人組がキラキラ目で飛びついている訳ですけども。うん、これは確かにいい感じに美味しすぎない、チェーン店の定番の美味しさ、って奴ね。ちょっとコーヒーが欲しくなるけど、今日は紅茶です。コーヒーならぬカフワは流石のランディさんも持ってなかった。
「とはいえ実体のない瘴気に直接魔法ぶつけるよりは効率がいいし、周囲に余計な被害も出ないからね……」
下手に攻撃魔法をぶつけて、余波で怪我人が出た、なんてことになったら間違いなく困るから、客人である我々には、それしか選択肢がないんじゃよ……あたしが契約ちゃんとしてれば、スキルの〈浄化〉が使えるようになるんで、魔力相殺の使用頻度自体は減るはずだけど、まだまだ先だもんねえ。
「で、今日はこちらに泊めてもらうとして、明日以降はどうするんだね?」
ランディさんはお代わりのドーナツを取り出しながらも、自分では食べない。再現度を優先しすぎたせいで、好みの味ではないのだそうだ。まあ確かに舌が肥えた真龍様に、このちょっぴりチープな味わいはちょっと違うよね、うん。
「出来るだけ早い段階で神殿にお伺いしたいんですけど、王が自ら易姓を宣言してしまいましたから、正直レッゲスト公爵様次第としか言えないですね」
取りあえずの見解を述べる。宰相様を見た限り、グランディード公爵家の方は王として立つ事自体を望んでいない、そんな感じがするのよね。片や、レッゲスト公爵家の方は、少なくとも前公爵様は既に腹を括っている、そう感じる。
現公爵様は家督を継いでまだ一年半程度、現在二十四歳だそうだ。奥様は既にいらして、子供も二人いるので、血筋が続く最低保証は既にされている、というのも重要ファクターだ。グランディード公爵の方は、レッゲスト公爵より二歳程年上だけれど、いまだ独身なのだそうだ。
ん?独身で、抹消刑を受けたヴァルスンド家の娘を匿って?ってあれ、それって?
《その妄想に合致しそうなのは、次期当主の娘さん達のどちらか、でしょうか……正妻との間に子がおらず、二人とも妾腹だという話ですけれど》
妄想とか言わない!そういう可能性があるかなって思っただけ!
ちなみにあたし達と接触した、カルムスのコルンバ君に閉じ込められていた子は、次期当主の弟の、末の息子だったそうだ。まあ、こうなってくると、ヴァルスンド家にも瘴気汚染があったとみるほうが自然ではあるのかなあ……
それにしてもここは、敷地全体がなんだかやけに清浄感あるなあ。居心地はいいんだけど、日常生活あるあるのちょっとした淀みも許さない感じで、どうやってるのかが興味あるわね。
《敷地全体に浄化系の魔法陣らしきものが仕込まれているようです。結構古いものですから、建物の建て替え前からあるものでしょう》
ほう、そんなものもあるのか……遺失技術だったりするかもしれないけど。
《実は、ヴァルスンド家が元々そういった儀式浄化系の魔法に詳しい家系だったはずなのですが……正直抹消刑の後では、調べようもないでしょうね》
え、浄化系のプロだったのか。それが瘴気汚染、は、流石にちょっと、ないな?ないはず、よね?これはちょっと思考をもっときっちり隠蔽しないとだめな気がするな……
この種の魔法陣は、書式が残っていたとしても、設置や運用の方法に癖があるのが普通なうえに、肝心の部分が口伝であることが多く、一度詳細を知る者がいなくなると、新規設置どころか、運用もままならなくなるものが多いのだという。何故口伝になってしまうのかというと、機密保持が理由ではなく、文書化すると、どうしてもニュアンスが伝わらなくなるから、というのだから、しょうがないといえばしょうがないのだろうけども。うん、物語にあるような、若しくはあたし達の世界にあったような、紙以外の記録媒体は、もちろん歴代の異世界人たちが考案しようとしたらしいのですがね、大体全部、運用以前の問題、そもそものベース部分の制作自体が失敗に終わっていましてね……
なんにせよ、匿われた娘というのは、知識の後継者の可能性の方が高くなったかな?
それにしても、どうもヴァルスンド家の一連の案件は、嫌な感じがする。事態を悪化させたのは、間違いなくそれなので、根拠がないわけでもないんだけど、それとは別の、嫌な感じ、だ。
何が嫌かって、抹消刑と言いつつ、やってることが族滅と大差ないせいで、後から何らかの不審点を調べるのが不可能なところだ。いやまあ、族滅と違って、命だけは残ってるんだけど、実際残ってるのってホントに命『だけ』なのでね……
あ、でも女性陣は分離刑なしでの末殿送りなんだっけ。だとすると……いや、恐らく彼女たちはそもそも重要な情報は持たされていない、のか。
《女性も重要情報を持っていると分離刑を受けるらしいですよ。匿われていた娘はそちら側だったようです》
やはり、目的は情報、か……まあ完全にロストすると勿体ない技術だから、神の指示で一人残した、は、判らなくはないけれど……残された側の心情が、怖いわね。ああでも、隠蔽していたことを宰相がばらしてしまったから、彼女の今後も不明、なのか……可能なら彼女と接触を持ちたいところだけれど、流石にそれは難しいでしょうね。
さて、隠蔽した思考であれこれ考えるのも一段落したし、もう一個食べたいな、と思ったら、既に本日の分は全部三人組に食べつくされていた。おうっふ。
「ハハハ、どうせもうじき夕食の時間だ、お茶でも飲んでおきなさい」
ランディさんにはぼーっとしてる方が悪い、と軽くあしらわれました、無念。
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