第271話 裁定者と国神と王位。
「(ねーちゃんがなんか金ぴかに光ってるんだが)」
「(雰囲気とかかわったなにこれ)」
「(後で説明してやるから今は静かにしていなさい)」
後ろでダンスィ共がごしょごしょ内緒話して、ランディさんに窘められているけど、まあそこは置いておく。このままクロ勢が倒れていてくれたら、バトルにならずに済みそうだから、彼らの出番は今はない。ないといいな!というかあれか、また光ってるのかあたし。そりゃ王様も固まるわね……
倒れた貴族勢から零れだす瘴気は、取りあえず魔力で相殺していく。カナデ君が真似をし出して、まあまあうまくやっているのは流石だと思う。あ、二人ほどそのまま死亡判定になった。と思ったら、死体がぐしゃっと潰れて、一気に魔物の形を成していく。あー魂が先に浸食されきってたのを、加工瘴気で人間の体を無理やり留めてたんだな、これ?随分と手の込んだことをする……気を付けよう。これをばら撒いたのは、今までのライゼルの雑魚勢とは、完全に格が上の、別物の何かだ。でも、乗っ取りズボラ神本体ではなさそう。あれも多分もう、理知的な作戦とか考える能力は減衰してるっぽいんだよね……
「……そうか、裁定者、で御座いましたな……この国の行く末を委ねて宜しいのでしょうか」
前公爵閣下が呟くようにそう言うけれど。
「裁定者が定めるのは魂の行く末、国ではないわ」
国の行く末を定めるのは、民と神よ、あたしじゃない。トラブルを解決した結果として王が替わることはあるにせよ、だ。
「魂、ですか……」
魔物は全て、ワカバちゃんの結界に阻まれて、現状誰にも手が届いていない。結界術の上達早いなあ……これも異世界人補正?もとの才能もありそうだけど。
異世界人の才能やスキルは、最初にいた世界での体験に大きく左右される。あたしやカナデ君に治癒の力が強く出たのも、寝たきりレベルの病人だったせいらしいし。ワカバちゃんは以前、護れない者があったことを気にして、ゲームで盾職ばかり選ぶ癖がついていた結果、この世界でも護法に特化した魔法才能とスキルになっている。
「まずは魔物の討伐を。攻撃魔法の許可を頂きたく」
〈それには及ばぬ。我が失態でもあるが故に〉
あたしの言葉に被せるように、レガリオン神の言葉が響き渡り、神力による雷霆が音もなく魔物を葬り去る。おおう、周囲に被害ゼロで一撃は流石神様ね。
〈王よ、其方はよくやった。其方の治世そのものには、何の咎もない。されど、人の世ではそれだけでは回らぬのも承知して居る。其方の思うように成すが良い〉
そう告げると、神威の気配は薄れて、元の空間が戻った感覚。ワカバちゃんも結界術を解除したので、直接的な脅威は排除されたようだ。
ただ、雑魚勢も同じように魔物化して、全員レガリオン神に討伐されてしまったという報告が来たので、事態はちょっと面倒なことになりそうではある。
あたしの裁定者称号も、一旦矛を収めるというように、光を薄れさせて、いつもの状態に戻る。相変わらず称号の癖に目立つムーブばかりするわねえ……
「国神様の認可も得た故、このような場ではあるが、我は王の座を降りると宣言する。ただ、血の責により、現王太子もその座を継ぐ事を望むべくもない。よって、我らは王家の名そのものを返上し、一介の民に戻る事となろう」
王が、声に魔力を載せながらそう宣言する。神官長辺りが本来なら聞いていないと、っていますね?レガリオン神の声が聞こえたあたりから、最前列の三番目くらいで平伏してた一団の、一番前の方がそうらしい。そういやあそこの集団だけ神官服だね!
「自ら易姓を望まれたのは伺っておりますが……次代はなんとなさるのですか」
震える声で、そう尋ねる神官長さん。結構なご高齢の方で、白い髪と長い髭が、ちょっとヘッセンの神官長様を思い出させる。
「そこはこれから決めるしかない。レッゲストもグランディードも血が近いようには思うが、他家に神の裁可を受けられる人材が居らぬ故、どちらかしか無さげか……」
「恐れながら、本家には些か差し障りが御座いまして、っ、現状では申し訳ないのですが、レッゲスト公爵様一択かと存じま、す」
王の言葉に被せる勢いで喋り出した宰相閣下だけど、顔色が大変悪い。あ、吐血しそう。ピロリ君いるから〈回復〉一択だなあ……
「む、これは〈回復〉……有難うございます。気持ち楽になり申した」
無詠唱で〈回復〉を飛ばしたら、顔色は悪いままだけど、多少は痛みが緩和されたらしい宰相閣下からお礼を言われたので軽く一礼する。
「細菌性の胃潰瘍のようですので、〈治癒〉はお使いになられませぬよう。上位治癒が使える方がおいででしたら、手術も視野に入れたほうがよろしいかと」
ピロリ菌の除菌の手段がないのよね、この世界。ぶっちゃけ胃切除して上位治癒で回復、くらいしか手段がない。あとは食事療法くらいかしらねえ……でもあれ、うっかり〈治癒〉使った後だと効果低いのよね、菌のほうが活性化しちゃうから。
「差し障りとは?」
半ば言葉を遮られたにも関わらず、鷹揚な様子で聞き返す王様。
「実は、族滅家の娘を一人匿っておったのが今朝がた発覚致しまして……爵位を返上するか交替で済ますかをこの後奏上する予定で御座いました……」
〈ああ、それは我がやらせたことだ。問題ない故気に病むな。爵位などはそのままでよい〉
ひょい、と、安直に言葉を投げてまた神殿方面に気配が引っ込む神様。ここもフットワーク軽いな?後で聞いたら普段はここまで出張らないという事だったけど。
「……宰相、悪いことは言わぬ、一度下がって休め。此度はこれにて一度散会とする。やることが色々増えたでな」
王様がそう宣言したので、一旦そういうことになった。一気にざわつき、あたしたちを見据えた貴族勢に囲まれる前に、そそくさと王様に挨拶して退出する我々であります。幸い退路は公爵閣下と陛下の手の者らしき方々が確保してくれたので、そのまま一旦王宮からも退去して、レッゲスト公爵家の方に向かいます。
「泊りは別の家か」
サーシャちゃんが幌付きトナカイ橇で首を傾げる。あたしと三人組と本体姿のカスミさんが同乗、ランディさんとアンダル氏が公爵閣下親子と同乗です。
「瘴気汚染者が使用人の中にもまだ残ってるから、王宮は無理ね」
防衛自体は可能だけど、流石にアウェーが過ぎる。なので素直に前公爵閣下の策に乗っておくのだ。というか、どっちかというとこれはイナゴの如く繋ぎを取ろうと集ってくるであろう木っ端貴族勢避けだ。あっちは平民のあたし達では防衛不可能なので!
「宰相様がなんか可哀そうだったな……」
カナデ君の感想はそこにいったか……確かに限界まで神経と胃を病んでる感はあった。前宰相である前公爵閣下がバックアップはしているようだけど、替わった途端にこの年明けてからの一連の事態は、そりゃあきついわよね。
「あの目の色替わった貴族勢の事を考えると、神殿でもちょっと安全が怪しいですよね」
ワカバちゃんはあたしと同じ危惧をしたようだ。警戒心が強くて理解が早いのはいい事ね。
「そこなのよね……前公爵閣下の事は信用はできると思うし。まあ現公爵様の方はちょっと人となりまでは判らないから、カスミさんに敢えて本体でこっちに乗って貰ったけど」
流石に化身で詰め込むのは無理があるというか、サーシャちゃんが誰かの膝に乗るのは流石にもう勘弁、ということでしたので、妥協策だ。断じてもふもふが気持ちいいよねとかそういうネタではない。手触りは大変良いのですが。あと尻尾が温い。略礼装みたいな恰好のまま出てきたから、温いのは正義なのです。あ、荷物は最初から全部三人組の収納なので、置いてきておりません。髪の毛一本残さないようにカスミさんが気を付けてくれてたから、多分その手の遺留品はないはず。
王宮は四階建てくらいの尖塔を複数持つ、建物本体としては三階建て程度の、この街で一番背の高い建築物だった。隣の神殿も同じ高さだけど、王宮の塔より細くて高い尖塔が四隅に一本ずつ建っていて、建物本体の方は、全体にロマネスク建築を模した作りに見えた。でも教会とか聖堂、というよりは神殿、と言いたくなる感じ。うーん、建築系は知識が足りない。
そして、広そうな敷地を囲む塀を備えた門を抜けた今、幌の前方から見える景色には、城塞ではなく、カントリーハウスっぽい雰囲気のある、落ち着いた砂めいた色の、二階建ての建造物。王宮に比べて、明らかに窓が多い。
【王宮はこの街の最古の建物で、神殿とこのレッゲスト公爵家の邸宅は同じ建築家の設計で、割と最近建て直されたものだそうですわ】
あたしの膝の上で手足を伸ばさず香箱座りのように座して、尻尾を各人の膝の上に載せた状態で、カスミさんが説明してくれる。神殿は木造建築だったものを、この改築の時に石材と木材を混ぜた造りに変更したのだそうだ。
橇はするするとその建物のエントランスに横づけされる。前公爵閣下たちが先に降りて、あたし達を迎えてくださる形になる。うん、ちょっと恐縮しますね。
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