第270話 謁見と一喝。

 お世話係として侍女さんやメイドさんが派遣されてきたのだけど、取りあえず今日の予定だけ確認したら戻っていただく。いや大体カスミさんが分身の練習がてら全部やっちゃうんで、うち……

 先日フラマリア行きの時に分身を久し振りに使ったら、随分不手際があったのだとかで、すっかりその件に関しては特訓モードなのですよ。あたしもその恩恵を受ける側なので、応援だけはしている。うん、自己鍛錬系だから、応援しかできないんだ。


 旅装は解いて、それぞれ割り当てられた部屋で着替える。部屋は応接間っぽい大きい部屋に小部屋がいくつか接続されている構造ね。主寝室が広くて、後は然程差がない感じでちょっと狭いかな?という構造なので、主が一人か一組、あとは従者、とかそんな割り振りなのだろう。で、あたしが速攻で主寝室に放り込まれたのは何故だ。ランディさんは寝ないから別に部屋はいいと言い、カスミさんはおそばにおりますね、とこれも寝る気がない感じ。三人組は元の世界の住宅事情のせいで、部屋が広すぎると落ち着かない、そうだ。いやあたしも病院暮らしだったし、城塞の部屋は君らと同じ大きさだから、このだだっ広い主寝室は持て余すんですが?


「いやだって、どうみても主賓はねーちゃんじゃん」

 というサーシャちゃんの意見が全員一致で支持されたので諦めたけども。

 着替えは万が一を想定して、一通りワカバちゃんに預けていたから受け取って、普段着よりちょっといいものを着る。といっても手持ちの普段着自体が王族お下がりの蜘蛛絹製品だから、マキシ丈より長い裾丈を指定される場面以外では、というか平民相手にそんな指定は来ないはずなので、普通に謁見で着てていいやつだからねえ……ええ、従軍治癒師の肩書こそあるけど、三か国くらいなし崩しで殿上資格持ってるけど、あたし平民ですからね?なんで蜘蛛絹が普段着だったり、今回はあたしだけ浮いちゃうんで置いてきてるけど、ガチの礼装仕立ててあったりするんだろうね……


(龍の子達は異世界人に余り接触しないせいか、ちと過保護だね)

 ランディさんから笑いを含んだニュアンスの念話。ああ、ハルマナート国って今は召喚国から遠いし、近隣で境界が緩いのは海と魔の森方面だから、普通そうそう生き残らない、のか……なんかあたしは運良くハイウィンさんに助けられたし、サーシャちゃんは自力で脱出する勢いで死ぬ目なんてなかった感じみたいだけど。


 全員着替え終わったので、軽くお茶とサンドイッチで空腹を宥めたら、丁度いい時間。食べる物も今日の所はあちらの接待は遠慮して、ランディさんの在庫からだ。うん、ちょっと内部の空気が不穏だから、警戒しないといけない感じなのよ。例の臭いが、時折検知できてしまうのよねえ、困ったもんだ。おかげでデータが増えたから、そろそろ正体を判定可能なんだけど。

 鶏たちはどうしようかと思ったけど、普通に歩いて付いてくる、という事になった。幻獣化しているとはいえ、不用意にトラブルの元を置いておくのはダメ絶対。いえ、ロロさんココさんなら何かあっても大概切り抜けられそうではあるんだけど、その結果として、言いがかりをつけられるのも面白くないですからね。

 バスケットに入れて運ぼうかという話もあったけど、献上物扱いみたいで嫌だって本鳥たちが言うし、確かにそういう流れに持ち込まれても困るので、それなら護衛もしくは従者枠が幻獣でもいいかとなりまして。どうせハナから真龍と聖獣が保護者枠とお付の侍女枠、埋めてますんでね?


「じゃあ部屋を出る時から、背筋は伸ばしてまっすぐ前を見て。何があってもひるまないこと」

 そう三人組に注意して、迎えの使者が促す通り、部屋を出る。この使者の方と、一人残っていた連絡役の女性は、シロだ。ただ、最初にお世話を申し付かりました、とやってきた数人のうち、二人はクロだった。まあ、臭いで初期は判別してたけど、慣れれば目つきを見たら、大体判る感じね。三人組は一応礼法の先生について貰ったりはしたけど、何処式を学ぶかで迷ってしまったので、今回は本当に基本の礼くらいしか覚えていないから、あたしとランディさんで何とかする流れだ。あれそういえばランディさん、前に王宮はダメとか言ってなかった?


(今回は神の許可を得ているし、立場がいつもとやや違うからな。まあ例外も偶にはある)

 ああ、裁定の立会人指定でもされましたか。なら問題ない?サンファンは許可出す奴がアレだったもんね……

 ええ、気付けば今回も裁定者案件なんですよ。だから主賓がどうとか関係なく、あたしが話を回さないといけないのだ……



「ハルマナート国からの客人をご案内申し上げました」

 使者の口上と共に、どこぞの遺跡アトラクションとは明らかに違う、美しい装飾金具と彫刻が施された、重厚な木の扉が開く。そうそう、本物ってこうよね、と思いながら、中に進み、全員が部屋に入ったところで、一度立ち止まる。

 正面の三段ほど高い位置に玉座があり、王と王妃が座している。一段下の脇に、何処からどう見ても二人のどちらかの子だと一目で納得がいく感じの若い男女、これはセルティラス第一王子と未婚のフィオノラ第二王女かな。フィオノラ王女は妾腹だけど、母親はグランディード公爵家の傍流の出なので、王家の血は下手すると辺境伯家の出の王妃側より濃い。背後に控えている年かさの女性が母君かな。妾妃という体だけど、実際にはサンファンやヘッセンでいうところの第二妃なのだろう。

 そのもう一段下に、比較的若い、いやに顔色の悪い男性と、レッゲスト前公爵。あー、若い方の人、胃を派手にやられているから、多分現宰相ね?……っつかこの世界にもピロリ菌いるんか……初級治癒不可って判定出たわ……まあ健康状態は置いておいて、壇上組の彼らは全員シロだ。


 広間の、玉座から真っすぐ敷かれた長い豪奢な赤と金で織られた絨毯から、結構な間を開けて、この国の貴族と思しき面々が並んでいる。余り綺麗に整列しているとは言い難いのは、どうもずっと揉めている集団がいて、使者の声で慌てて黙ったから、のようだ。うん、二割くらいがクロだし、判りやすくも鬱陶しい事に、序列を乱して前に出ようとしているのがクロ勢だ。自制が効かなくなるんだな、やっぱ。元から最前列に居る高位貴族らしい数人ほどは、流石に今は動いていないけど、表情がやっぱりだめですね、繕う気もなさそう。


(うわ、くっさ。前に突っ込んできてる貴族?だっけ、めっちゃくっさ)

(先に手を出してはダメよ、ロロさん)

 鶏たちが警戒を露にしそうになっているけど、カナデ君が宥めているようだ。鶏の思考は漏れて来るけどカナデ君の方は流石に見えんけどね。


 鶏?いや幻獣だな?という囁き声が後方から聞こえてくる。判定できる人がいるなら、真っ当な、シロ枠の人たちはまあ問題なかろう。


「けだものを神聖なる謁見の間に連れ込むとは何ご、ぐはっ」

 うっかり前列をも抜けて飛び出してきたクロ勢の一人が、押しやられた前列貴族に足を引っかけられて倒されて踏まれた。他のクロ勢も大体周囲のシロ勢に捕縛されたっぽい。締め落とされたのが二人くらいいたのは見えた。この国の貴族、割と肉体派が多いな……


「……うぬらはこの期に及んで我が国に恥の上塗りをさせようと申すのだな。最初に列を乱したもの共は引っ立てよ」

 王が、苦々し気な口調でそう告げると、衛兵がクロ勢の雑魚たちを速やかに連れ出していった。最初から想定済みだったのだろう、衛兵が随分と多いし、彼らの中にクロ勢は一人もいない。


「挨拶にも至らぬうちから、かような事態、全くもって申し訳ない」

 そう言いながら立ち上がるや、あたし達が何か言うより早く、頭を下げる王。おいおい儀礼全部吹っ飛ばしたよこの人。いやまあ状況的にそうなるのは致し方ないけど。


「お、王よ!客人の挨拶もないまま頭を下げるなど!我が国を、国神すら居らぬト、っと、外つ国の下風に置くおつもりか!」

 クロ勢の重鎮らしき貴族が声を上げる。今トカゲって言おうとしたな?はいギルティ!


「黙れ!!!!!そなたらに発言を何時許したか!我は王ぞ!王を蔑ろにする貴様らこそ国を乱す国賊とならんとしておるではないか!」

 それまでとうって変わった大音声で相手を叱責する王。ただこれは多分にパフォーマンス含みだろう。王の眼にあるのは、怒りではなく哀れみだ。


「国賊ですと!!!魔物化したのは陛下の嫡子、なればその血筋にも」

「〈お黙りなさい!〉まあ瘴気を受け入れ浸食された魂では、最早己では止めようもないでしょうけれど」

 言ってはならないことを言い始めたので、腹に力を入れて、光魔力を込めて相手の発言をかき消すように一喝。王は勢いに押されてこちらを見て、何故か固まる。そして、臭いの元、何らかの加工がされた瘴気、に心身共に浸っていたらしいクロ貴族達は、あたしの込めた光魔力に抵抗できず、のたうち回りながら倒れていく。その口から零れるのは、怨嗟の声と、瘴気。


 ああ、開幕からこんなグダグダな裁定者活動になるとは、しょうがないこととはいえ、面倒ねえ!


―――――――――――――――――――――――――

サンファンの時と違って、保護者枠なので……<ラ

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