第269話 レガリアーナの王宮へ。
レガリアーナの王都は、アレガリムというそうだ。トナカイ橇は、その王都にもう入っているらしい。幌の外は前方しか見えないけど、余り高い建物はないっぽい。いや、とんがり帽子のような尖塔はいくつか見えるな。朝の光が、眩しい。ええ、橇は徹夜で走りました。結構距離あったなあ。
「我らが王都は他国と違って、余り大きな建物は存在しませんから、見応えという物は余りないかも知れませんなあ。何せ、攻めて来る者もない防衛より、毎年の雪対策の方が大事で御座います故に」
言っている事は割と後ろ向きなのに、レッゲスト前公爵の口調は軽く明るい。レガリアーナって魔物被害もスタンピードも、他国の数分の一もないんだってよ?そのせいで港での初動が遅れた面もあると、道中のお話で聞いた。
市街の建物は、全体的に傾斜のきつい屋根が大半なようだ。平たくすると積雪で潰れたりしかねないもんね。あと、全体的に戸口は普通だけど、窓が小さい。そして、建物の向きが、綺麗に道路面に揃っていて、どの家にも、それこそ民家商家を問わず、頑丈そうな柱で支えられた、長い差し掛け庇が出ていて、雪の日でも歩けるようになっているらしい。
あとは道が、この街もどこも真っすぐで、雪を迅速に屋根から落として処理するための仕組みがありそうな雰囲気。ただ、碁盤の目のように整然と交差点がある感じとは、ちょっと違う。道は直角に交差しているところが、余りないような感じ。そして、道そのものが、気のせいじゃなく、多い。橇が行き交える程度の広さの道ばかりが、何本も交差しているので、これ、迷いやすそうな構造だなあ。
なお人通りは全然ない。対魔物の戒厳令がまだ解除されてないからだそうなので、この世界ではありがちな状況ですね。
「建物はさておき、道が不思議ですね。ハリファのような、四角く区画整備のされた都市に慣れていると、迷いそうです」
実際にはあたしはハリファに住んでいる訳じゃないから、いろんな待ち時間を使って散々遊びまわった、フラマリアの王都アフルミアの方がよっぽど詳しいくらいだけども。ハリファもエルフっ子達や三人組と、二度ほど観光しに行ったけど、なんだかんだで気が付いたら王城や学院に用事が生えましてねえ……?レガリアーナの用事が終わったら、もっかい、今度こそ、純粋に遊びに行こう……
「ああ、この街の道路はちと癖がございますからな。外つ国からのお客様には良く指摘されるのですが、雪の処理を最優先すると、どうしてもこうなりましてねえ。道だらけの街、などと言われておりますよ」
なんでも、この街の道は、複数の放射線状の道路の纏まりを重ね合わせるような構造になっていて、道路の交差の中心部分に雪を集積して処理するようになっているのだそうだ。
そうして到着した王宮は、古い、どっしりとした太さのあるとんがり屋根の塔をいくつも備えた城塞スタイルの建物だった。質実剛健?明るい色の塔と、大半が黒い石で作られた王宮の対比が、これはこれで美しい。白い部分もあるけど、継ぎ目があまり見えないから漆喰かなあ?
石造りの建物って底冷えしそうだな、と思ったけど、そこは魔法でどうにかしているらしい。街の建物は石造りと木造が三対一か、もう少し木造が少ないくらいの割合だった。木造家屋が少ないのは、火事対策でもあるようだ。
王宮も後宮部分は木材がふんだんに使われているそうだけど、基本の表向きの部分は、ほぼ全面的に石材らしい。そういえばこの国の輸出品、塩漬け魚と石材って話だったわね。
《はい、特に異世界人に馴染みのある所では大理石と翡翠が名産ですね》
なんでも、一部の異世界人が好む石として有名になって輸出品に加わったものらしい。なので名称も異世界由来、なんだそうだ。それとは別に、魔法に反応して温度が変わるという特殊な岩石も何種かあるそうな。これはレガリアーナ東部からマイサラスの一部、あとは今はライゼルに併合されているモルタニスという地域でしか採れない。昔はメリサイトでも採れたけど、採り尽くしてしまったのだそうだ。
《温熱タイプしか出なかったせいもありますね。他国のものは混在で、かつ比較的冷温タイプが良く出るのですけど、自国で使いたいのは冷温タイプで、それと交換していたら無くなってしまったのだそうです》
まあメリサイトだと国内で温熱タイプの需要はないし、炎熱神ゲマルサイト様の支配下で冷温タイプが出ない、ってのも判るわね……
《実は鉱脈そのものはまだ残っているのですけど、丁度メリサイトの真ん中辺りで思い切り深く潜ってしまっているせいで、残部に関しては人の手ではもう掘れない、という話ですね》
あー、鉱山を深くしすぎると安全面の問題とか出て来ちゃうか……土魔法の〈固着〉とかで案外行けそうな気もするけど、ってそうか換気の問題もあるな……難しいな?
《当然検討はされたのですけど、そこまで手をかけることに見合う採取量でもないのでは、ということで、一部を貯水池にして、残りは埋め戻されたのだそうです》
あっはい採算性。そうですよね……
そんな情報を得ているうちに、トナカイ橇とはさようならして、なんだかこわばった笑顔の三人組、及びニヤニヤしているアンダル氏と合流。皆揃って王宮の中に案内される。王様は待ち構えていた、心配顔の集団に包囲されて、そのまま別室のようだ。
「……ねーちゃんよく平然としてんな……」
「残念ながら場数が違いましてねえ、いやまあそんな場を自分から望んだことはないんだけど」
春のヘッセン行きの時はダンスの練習までしたからね!披露する機会はいまだにないけど!
あとこちらに居たのは現職ではない、前公爵閣下、つまり御隠居様であって、実は非常勤とはいえ、従軍治癒師のあたしと、実はさほど格が変わらないのだというオチもあるけど、まあそれは伏せておこう、あたしもランディさんに言われるまで忘れてたし。
どっちかというとランディさんとカスミさんが、終始謎微笑のまま、二人して沈黙を貫いていた方が、地味におっかない。
今までの各国の流れと前公爵閣下の反応から見るに、恐らく二人とも、この国でも偉い人には程々に顔が売れているのではないかとは予想しているんだけど。
王宮の内部も、外観同様に質実剛健、というか古めかしい、というか、実用第一と頑丈さを旨とした感じ、というか……本当に装飾が少ない。絵画や彫刻は多少は置かれているのだけど、壁の大半は温度調節系の魔法陣の織り込まれたタペストリーで覆われていて、どうやら見た目よりも保温・加温を優先している感じだ。タペストリーなのは、恐らく夏にまで保温はしないので、外すんじゃなかろうか。表と裏で二種類の魔法陣が動いているけど、確か裏面のこの魔力の流れは、保護保存系の魔法じゃないかな?
そして、この建物も、全体的な傾向として、窓が小さい。恐らく窓ガラスというか板ガラスが開発されていない時代の建物で、防寒の為に窓を広く取るのを諦めたんだろうな、これ。あまり大きくない窓は今は嵌め殺しっぽいガラスか何かが嵌っていて、採光の足しにはなっているようだけど。
《ああ、ここの城の窓に嵌っているのはガラスではなくて白雲母という鉱物だそうですよ》
あー、透明度の高い白雲母で採光と断熱を両立してるのか。
窓辺の形も、厚みのある窓枠周辺の開口部は、外側より内側の方が広くなっていて、採光にも苦慮していた時代を連想させる。室内の照明は魔法で確保可能だけど、日光って人間には必須要素だからなあ、この世界でも。
御着替えにはこちらをお使いください、と通された部屋は、完璧に貴賓室だった。廊下よりも随分と暖かいし、調度品も明らかに他国から輸入したであろうものが目立つ。
「壊すなよ?絶対壊すなよ?」
サーシャちゃんがアンダル氏と鶏たちに言い聞かせている。まあ、気持ちは判る。一個壊したら弁償が君たちのお財布で払えるかどうか、ちょっと怪しいのがいくつもあるよね。あたしのお財布でも怪しい奴が何個かあるくらいだし……
(やんないわよ、失礼こいてくれちゃうわねえ)
(ちゃんと抑えますよぅ)
鶏たちは相変わらずカナデ君とワカバちゃんの腕の中でふくふくしているのだけど、サーシャちゃんの言葉にはちょっと不満のご様子。まあいきなりものを壊す可能性を疑われたらそうなるわよねー。ココさんがロロさんを抑える宣言してるのだけ、ちょっと不穏ですけども。
「それにしても、ココさんは暖かいし手触りもいいし、鶏なのにいい匂い……お日様の匂いとかいうやつでしょうか」
ワカバちゃんがココさんを軽く撫でながら、何やらうっとりしている。そういえばココさんもロロさんも、鶏舎系の匂いは全然しないのよね。ココさんはお日様の香りでロロさんはアーモンド系のイメージなんだけど。
「幻獣化すると無臭に近付き、聖獣まで至ると多くの種が独自の香りを纏うというが、鶏たち、この間幻獣化したばかり、のはずだよな……?」
ランディさんが首を傾げているけど、この鶏たちを普通の基準で語るのは多分もう無理だと思います、ハイ。
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発話と化身ができないから当分幻獣枠のままだよ!
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