第268話 レガリアーナの前宰相。

 乗り物はどうするのかな、と思っていたら、後方から、更なるトナカイ橇が走ってきましたね。これも多分賓客仕様の、幌付きで装飾のある立派なものだ。

 あたしの元の世界にもトナカイはいて、橇を引かせることもあるという話だったけど、この世界のトナカイは、どうも数字で見る限り、元の世界のトナカイより、二回りは大きいし、足もがっしりしている。恐らく、大人二人載せて二~四頭引きで走る元の世界のトナカイ橇より、最低でも倍は載るんだろうなあ、という感じ。橇も明らかに多人数を載せる感じだもの。トゥーレにもトナカイはいたけど、今目の前にいるこの子達の方が、明らかに大きい。

 まあ実際には全員一つの橇に、は無理だそうで、王様たちが乗ってきた橇に三人組とアンダル氏、後から来た方にあたしとランディさんとカスミさん、という風に分かれた。速度重視で選ばれたという橇は本来四人乗りだそうだけど、サーシャちゃんが小さいうえに、アンダル氏は見た目に寄らず軽い、というか自分の重量も容易に変化させられるのだそうで、実質三人乗った程度の重量にしかならないんだそうだ。

 そして、あたし達の橇の方には、前公爵が同乗するらしい。

 ……できれば、逆が良かったんですが?三人組に王様は、ちょっと荷が重い気がするんですよねえ??いやまあ異世界人なのを最初に名乗っておけば、例の三年ルールとかあるんで問題ない、はずだけども。


「いやはや、緊急事態の為、碌に名乗りもせぬままで申し訳ない。私はアレクサンドル・フィアストル・エスクルス・レッゲスト、最近隠居を決めたばかりの爺ですが、お手柔らかにお願い申し上げます」

 まず開口一番、前公爵閣下が名乗ってくださる。いやお待ちくだされ、本来なら格下のあたしたちから……ああいや、格下なのはあたしだけですかね……ランディさんは真龍でカスミさんは舞狐の偉い狐さんだった……


(いや、格も何も、君もまだ異世界人三年ルールの適用内だろう?気にしなくたっていいんじゃないかい?そもそも相手は現職ではなく御隠居だろう?)

 ランディさんから念話でツッコミが入る。そういやあたしも異世界人、ってことは流石に忘れてはいないけども……まだ召喚されて一年経ってませんでしたね……春と冬のあれこれが濃すぎて、時間経過は半分本気で忘れていたわ……


「あたしはカーラと申します。異世界出身ですが、現在はハルマナート国で非常勤の従軍治癒師を勤めております」

 取りあえず名乗られたのに無言はまずいので、いつも通りの肩書で名乗る。漂流者とか被召喚者とかは基本的に口には出さない。あたしの場合色々面倒ですしね……


「……ハルマナート国の、カーラ嬢。ひょっとして、姉上が回復魔法の件でお世話になっていた御方でございますか」

 おおう、マリーアンジュさん、今も実家と連絡取ってたのか……?ひょっとしてと言いつつ、口調はほぼ断定だ。


「ええ、はい。お世話になったのはあたしの方もですけど」

 そもそもあの魔法陣はマリーアンジュさん達が見つけてきてくれたものだからね。改良作業の主導者は明らかにあたしだけど。


「姉は上級神官として既に世俗を離れておりますが、〈回復〉の新魔法陣は我が国にも必要なものであろう、と、連絡と共に魔法陣の写しを下さいまして。新しい仕様ですと、幾人か、国内でも使える者が居りましたので、冬場の感染症での死者を減らすことが出来るかもしれぬ、と、配布の後、今冬の推移を見守っておるところで御座います」

 前公爵閣下の言葉遣いが更に丁寧なものになる。というかあたし既にレガリアーナに巨大な恩を売っていたらしい、知らなかったよ……


《神殿経由である程度は既に行き渡っているようですから、概ねライゼル以外の国には……》

 アッハイ。そして、この段階でこの言葉遣いになるということは、恐らく、既にそれなりの成果が上がっているのだろう。


「そのような恩人に向け、個人の暴走によるしでかしとはいえ、王家に連なる者が砲を向けるなど、本当にあってはならないことで御座います。あまつさえ、何らかの外因があるとしても、魔物化した上に再び御手を煩わすことになろうとは、なんと、お詫び申し上げればよいか」

 心底からの溜息と共に、そう述べる前公爵閣下。成程、事態は大体把握はできているわね。


「あたし達とハルマナート国の民に大きな被害は出ませんでしたから。ただ、先ほどの城塞亀だけではなく、アプカルルの一部の集落に死者を含む、多大な被害が出ましたので、そちらもご承知おき頂きたく思います」

 むしろそっちをメインにしたいくらい、アプカルルは大変なことになっていたからね。それなのに、城塞亀のイスカンダルさんの初期治療までやってくれたからね。これは、きちんと申し送りして、せめて賠償はふんだくっておかないといけない。


《随分と強気ですわね。致し方ありませんけれど》

 いやだってシエラ、この方、仮にも前宰相でしょう?言葉の表面だけ受け取ってはいそうですね、でいい相手とは思えないわよ、あたし。


「アプカルル、で御座いますか?軍船が魔物化し、微細サイズの魔物を撒き散らかしながら……いえ、我らも当初はあれは瘴気をばら撒いているものと思っておりましたが……各国領海を汚染しながら進み、最終的にハルマナート国沖合に至る辺りで討伐された事までは把握しておりますが、聖獣種族単位での被害についてはまだ把握できておりませぬ」

 魚人族は水を操って微小魔物の拡散を抑えている間に、速攻で被害を訴えに行ったそうなので、レガリアーナ側でも彼らの状況は把握しているらしい。

 そしてあれが瘴気ではなく、極小の魔物であることも把握済み。まあ港も汚染されて、ケートスの歌から漏れた、恐らく地上に溢れた分を浄化だ討伐だとやっていたはずだから、流石に把握していないほうがおかしいか。


「ヘッセン沖のアプカルル集落で、幼児を中心に十名以上の死者が出ています。そして、その状況でなお、彼らは魔物船と激突して大きな損傷と瘴気汚染を受けた城塞亀の初期治療に尽力してくださいました。それがなければ、あたし達は間に合わなかったでしょう」

 最悪の結果ははっきりとは口にしないけど、アプカルル達の初期治療がなく、あたし達が間に合わなかった場合、イスカンダルさんが魔物堕ちして、そのまま同族を巻き込んだスタンピードに発展する可能性すらあったのよ。……さっきの土下座した王様の台詞からも考えると、この国も王が替わるな……?


〈易姓を王から申し出られておるが、保留中だ。起こった事態は確かにそれにふさわしいが、レッゲストやグランディードでは血が近すぎるであろうし、他家には程よい能力と年頃の者が居らぬ〉

 あっはい。グランディードはもう一つある公爵家でしたね……一応最低限は調べてから出てきているから、間違えてはいないはず。


《メリエン様は取りあえずレッゲストでいいじゃないの、とか仰ってますけどね》

 どうせみんな似たり寄ったりなんだから、という酷い感想付きで、シエラからメリエン様の身も蓋もないお言葉が飛んで来る。ハハハ……

 でもそうか、譲位で済ますには、やらかしたのが正妻腹の第三王子だったのが致命的にアウトなんだな……現王太子も同腹の兄だから、あそこまで派手に堕ちられると、兄弟もまさか、なんて目で見られかねない。いや、恐らく政敵には既にそう見做されているのだろう。妾腹である第二王子は既に他国の公爵家に養子に出ているのだそうで、呼び戻すのは既に不可能だし、その弟はまだ十歳程で、とてもじゃないが王位に担ぐのは無理だろう。


 ああ、そうか。あたしの側にレッゲスト前公爵なのは、そのせいもあるのか。恐らく、前公爵は、最終的に自分の子、現公爵が貧乏籤を引かざるを得ないのを、確信しているのではないかしら?それならば、回復魔法の改良主導者であり、今回の騒動の発端に関わり、堕ちたる魔を討伐したあたし、つまり、自分で言うのも何だけど今回の主賓、を遇するのは、後のない現王ではなく、次期王位に一番近い、後を継いだばかりの現公爵をいまだ後見している前公爵、という流れは、なんとなく納得はいく。

 なお宰相職には、現在はグランディード公爵家の分家筋の人が就いているらしい。つまり、グランディード家はあくまでも臣下の立場を変えない構え、ということなんだろう。分家筋に持たせてるあたり、うっかりお鉢が回ってきても大丈夫なようにはしている感じ、かしらね?


―――――――――――――――――――――――――

実際にはカーラさんの事は既に把握したうえで、前公爵が個人的に話をしたい、と乗り込んできております。カーラさんの憶測も間違いではないのだけど。

あと前公爵はマリーアンジュさんの今の姿は知らない。

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