第267話 王冠戴く者の陳謝。

 明らかに一般のものとは見た目で区別できるよう飾られたトナカイ橇から降り立った、レガリアーナの国王陛下と前宰相は、真っすぐに、亀達がごちゃごちゃと相談を続けている、割られた氷のすぐ近くまで歩み寄るなり、おもむろにきれいな土下座を披露した。


「異世界人、土下座文化まで持ち込んだのか」

 サーシャちゃんが些か呆れた声。


「いや、異世界人が持ち込んだのは神への拝礼の際に一部の国で行われる五体投地の方だね」

 ランディさんが、妙に抑揚のない声でそう答える。え、土下座文化、土着なんですか?


「あら、あたくしは『自称勇者様が広めた』と聞いておりますけれど」

 おぃい?カスミさんの言葉に、思わずランディさんを見たら、無表情のまま、す、と眼を逸らした。ああはいギルティですね!


(いや、伝えたのは彼じゃないんだよ?ラノベのせいで盛大に伝播してしまっただけで……)

 ああはい伝播に貢献しすぎた把握。でもあのラノベ割と史実基準だから、最低一回か二回はどこかで大勢の前でやったうえで貴方か本人が行為の解説していますよね?


(あ、うん……一度は説明、したね……)

 二度目は直接土下座の伝わった国だったから、あの伝説のDOGEZA、で済んだけど、とランディさんのしょんぼりモードの返事がきた。ハハハ。


「我、レガリアーナの王として、此度の不始末、城塞亀各位に平に謝罪を奉る!怒りが納まらぬのであれば我が身を差し出す故、寒さが御身らを痛める前に故地にお戻り頂きたい……!」

 土下座の姿勢のまま、王が絞り出すような声でそう告げるのが聞こえる。


(いや別にそんなものは要らぬが……うむ、謝罪もあったし、我が一族よ、戻るでよいな?)

 イスカンダルさんはちょっと引いた声でそう伝えると、ほれほれ、と、後ろの集団に下がるように促す。言葉でとはいえ、謝罪は受け取ったし、別の人にだけど癒しても貰ったから、確かに用事は全部済んだな、と、後ろから順番に、転回してしずしずと元来た方に歩き始める大きな亀達。


(まあ為されたからには、謝罪は受けておくが、我らを救ったぬしらの神と、そこな船の者達には、せいぜい感謝することだよ)

 最後にそう二人に伝えると、じゃあまたの、と軽い念話をあたしにも送って、イスカンダルさんも王たちに背を向けて、南へと移動していった。

 しかし魔法で水中に足場を作りながら進んでいるというけど、城塞亀の移動って全然波が立たないのよね、不思議だわ。それに、亀という生き物のイメージと、そのとんでもない巨体に反して、随分と速い。ああ、カナデ君の操船と似た技術なのかもしれないわね?彼らの属性は皆、土大と水中だもの。


「はっ……肝に銘じまする……ん?我らが神?」

 再び深い土下座姿勢で亀達を送り出した王が、顔を上げて首を傾げる。あ、例の超級魔法、王様のあずかり知らぬところで飛んで、彼らの知らない間に神様に防がれたのか。それは、ものすっごく不味いんじゃないかなあ?


〈実行犯は我が手の者に拘束させておる故、当面は問題ない〉

 ああはい、手が後ろに回ってるなら取りあえずは……臭い浸食者だとやっかいなことになりそうではあるのだけれど、それは今の段階で聞く話ではないかなあ。


〈そなたらの言う臭いとやら、神殿の巫女巫覡にも通じるものであろうか?〉

 どうだろう?臭いを感じ取れて不快感を覚えるのであれば、抵抗には成功しているはずだけど。


《抵抗、ですか……ああ、確かにそういう判定、ですね……?》

 恐らく手の込んだ呪詛に近い、でも呪詛ではない何か、なのよね、あの臭いって。情報が足りなくて、それ以上の判定ができないのだけど。


〈むう……調べさせてみる。異界の巫女よ、出来る事なれば、当地に立ち寄り頂きたいのであるが、如何であろうか〉

 そうねえ、どうせここまで来ちゃったら、下手に戻って出直すの、面倒だわね?


「カナデ君、ここから再結氷までに凍結域を抜けられる?」

 一応そこは確認すべきだろう、と、話を振る。


「いや、転移でもしないと無理だよ。恐らく、凍結域を出たところで嵐にぶち当たる」

 カナデ君が口を開くより前に、ランディさんが返事をくれた。あー、天候上の問題……


「まあ結氷までに抜けること自体は出来ると思うけどね。ランディお兄さんが言う通り、天気がダメだから、船は降りて陸の方に向かう方がまだいいと思う」

 カナデ君は船乗り式の天候見の方法も前の航海で熱心に学んでいたから、最近は結構な確率で天候の変化もきっちり当てて来る。この二人がそういうなら、ほぼ間違いなく、今から船で戻るのは止めた方がいいってことだ。


「しょうがない、一旦レガリアーナにお邪魔しますか……」

 自分からトラブルに突撃していく感じがしないでもないけど、正直今更だしね。

 航海予定表は提出して来てるけど、行きのレガリアーナ着までだ。うん、実は最長でレガリアーナまで辿り着いてしまう予定、氷に阻まれた場合はマイサラス止まり、という感じで書いてきたのよね。そして、帰りの予定は未提出なうえに、ランディさんが転移でショートカットしてくれたから、その分の日程は丸ごと浮いていたりはするのだ。


 全員が降りたのを確認して、例によってランディさんが船をするっとしまう。

 サーシャちゃん達の収納魔法も、多分船をしまうこと自体はできるのだそうだけど、流石に容量がきつくなるそうなので、この役目はすっかりランディさんにお任せだ。


「うわあ、さっむいねえ」

「流石に、寒いですね」

 ロロさんを抱えて、カナデ君がぼやく。ココさんは彼の隣で頷くワカバちゃんの腕の中だ。確かにあの子達ならあったかいから、いい湯たんぽ代わりになるわよね。船上は気温を下げないような結界を貼る練習をワカバちゃんがしていたから、そこまで寒くはなかったのだけど。


「鶏で暖を取りながら言う台詞じゃねえなあ」

 サーシャちゃんは何故かアンダル氏の片腕に抱っこされている。アンダル氏は暑さ寒さは然程感じない体質だそうだから、暖を取りたいというわけじゃないでしょうけど……と考えながら一歩足を踏み出したら、いきなりずぼっと雪に片足が埋まった。はい????


「ああ、注意をしようとしたのに」

「お嬢様、足元は雪の深い場所がございますから」

 呆れ声でランディさんが言うのに合わせて、カスミさんがあたしを引っ張り戻す。幸い普段から柔軟体操系はしっかりやってるせいか、捻ったりバランスを崩して変なところが痛かったりはしないけど、正直、さっきのは人様の前でやっていい姿勢じゃなかった気がする。いえ、スカートだと流石に寒いんでズボン姿だし、上にロング丈のコートと毛皮付きマントを着ている状態なので、中身が見えてアウトとかではないんですが。


「俺の身長だと流石に身動き取れなくなるレベルで埋まる場所があるっぽいから、妥協策だ」

 アンダル氏を指さしながら、サーシャちゃんが渋い顔で言う。成程……


「失礼ながら、温柱の崩壊に関わり、今また亀達を鎮めるのに貢献なされた方々でございますね?」

 あたし達が近づく頃には立ち上がっていた、前公爵と思しきご老体のほうが、そう口にすると、深く礼をする。王はそれを聞いて、ほう、と一言呟く。


「そういうことになりますね。別に温柱とやらを壊す予定ではなかったのですが」

 正直、こんな遠方に分離した遺跡が飛び出してた上に連動してたとか、想定してなかったし、そもそも壊す予定も……いやそっちは最初から最悪そうなるかなくらいは、思ってたな。

 ともかく、この人が前公爵なら、家系的に巫覡の才くらいありそうだし、あのマリーアンジュさんの弟だというなら、取りあえず無茶は振ってこないだろう。


「ああ、其方等があの災厄の元を断ち切った者たちであったか……よもや、その災厄が我が子のうちから出ようとは、これも通り一遍の謝罪では済まぬ事態。もし宜しければ、国賓として遇したい。王都までご足労頂けるであろうか」

 立ち上がってこちらに向きなおり、そう告げる国王様。まあ特に異論はないし、ご招待を断る理由も現状特になかったりはする。神様からも招かれたことですしね?


 でも、そもそもあの柱が災厄の元呼ばわり?それは初耳なんですけど。観光地としか聞いておりませんが?

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