第266話 城塞亀を癒す。
「じゃあ問題なさそうなので、治癒かけていきますね」
ざわざわしていた亀達がちょっと落ち着いたところで、そう宣言する。
何時もの事だけど、正規魔法陣が存在しない〈生命賦活〉は、トリガーワードも存在しない。実は生命賦活というワードは、ライブラリが動作判定するために、便宜上付けられている仮名に過ぎない。なので、この魔法のほぼ完全版は、無詠唱でしか、使えない。魔法覚えたて一発目でやらかしたときは、初級のトリガーワードを使ったせいで、本来の挙動の倍くらい余分に魔力を消費して、ようやっと安定状態にして発動させていたらしい。完全に無意識だったし、言うほど魔力が減った記憶もないけどね。
というわけで、さっくり上位治癒の魔法陣を作って、そこに魔力を過剰に、上位転換されるまで籠める。作業はこれだけだ。ターゲットは甲羅に大穴の開いた城塞亀さん。
相手のサイズに対応するかのように、大きな魔法陣が、城塞亀の真上にふわりと構成される。そこから光が増し、上位転換の基準を超えたところで、静かに魔法陣全体が降りていき、ぺたりと亀の甲羅を覆う。接触した段階で魔法陣は光を放ちながら溶け行き、甲羅に染み込んでいく。
「どーゆー魔力量……」
サーシャちゃんが目を丸くして、呆れ声。
「綺麗ですね……」
ワカバちゃんは見とれている様子。
「これは無理、使えない……悔しい」
カナデ君は諦めの境地。いや君は悔しがってる場合じゃないので魔法師の練習頑張りましょう?あと魔法陣構成で使った上位治癒自体は君も練習すればイケると思うわよ、賦活は確かに無理だろうけど。
(おう、おう……?なんだか、身体全体が軽く感じるのう……?)
あー、もしかしてこの城塞亀さん、結構なお年でした?多分若返り効果出てるな?
「……城塞亀クラスでも、魔力の増加が発生するのか……」
ランディさんが聞き捨てならない事を言った。マジで?
《はい、明らかに魔力が一段階増えていますね。城塞亀からの聖獣化があり得るレベルですわ》
シエラからも確認できたようで、うわあ、やらかした?いやでも今回のこれは不可抗力よね?!
《そうですね。これ以外の方法は流石にないでしょう》
だよねえ……上位治癒で欠損回復はできなくもないけど、それって傷付いてからあまり時間が経っていないこと、も条件なのよね。まあ傷をえぐり直して上位治癒、っていうしんどい荒療治はありますが、今回の場合そんな苦痛の再現までしたら、下手したら余計亀さんが怒るからね、選べるわけがないし、あたしの信条にも反するので……
(ああ、甲羅もすっかり元通りなうえに、近年少し気になっていた膝の痛みまで消えて居る、有難う、ありがとう)
あー、そういえばありましたね、右の後ろ膝の関節痛……おまけで治ったかあ。
「損傷回復が目的で手加減なしでかけましたから……まあ、おまけということで」
ぶっちゃけ、この世界の魔法は『特定の部位だけをピンポイントで治す』なんて挙動はしませんからね!サービス精神が旺盛なのは魔法側の仕様です!
(ほっほっほ、おまけか!それはありがたいことよ!さて、儂が回復した故、我らが押しかける本来の目的は達せられてしもうたし、皆の者よ、どうする?帰るとするかね?)
鷹揚な口調の元・傷ついていた城塞亀さんがそのように皆に尋ねている。ひょっとして、この亀さん長老格か?
(うむ、只、他の者より歳を取っておるだけじゃがの。我が名はイスカンダル。しがなき亀なぞ、呼び出す用など無かろうが、一応覚えておいておくれ)
わあい超級二枠目キタコレー!というか城塞亀って超級なんだ……?
(何?城塞亀の超級だと?……わあ、真に超級に、上がっておるな……?おまけに君と契約、これは早晩上位転換を起こして、城塞亀初の聖獣化があり得るぞ?)
あたしの思考の方にランディさんが反応して、そんなびっくり丸出しの念話が飛んで来る。うーむ、やっぱり大分派手にやらかした感が、否めない。でもこれ不可避だししょうがないよねえ?
傷の完治した城塞亀、イスカンダルさんは他の亀より大きく、随分と高い位置に甲羅のトップがある。そこに、
イスカンダルさんを押し上げる必要のなくなった亀達は、三々五々頭を突き合わせて、今後の方針を話し合っているようだ。直接やらかした大元に謝罪はして貰うべき、という派閥と、そろそろ寒いのもしんどいから、後は人間に任せて帰っちゃおうぜ、という派閥に別れているらしい。
後者の場合は、多分そうねえ、あたし達が任される側になるんでしょうけどねえ……
「おう、なんか陸地方面からトナカイ橇っぽい集団が走ってくるぜ」
アンダル氏がそう警告してくれた。トナカイ橇はトゥーレでも乗ったから、ちょっとくらい遠くても見分けがつくらしい。
【おうマスターの嬢ちゃん、もう目的地に着いているとは思わなかったが、真龍殿の便利移動かい?それはそうと、陸からなんか血相変えて真っ青になってる集団が走ってくるぜ】
そこにひょいっと飛んできたケラエノーさんもそう告げてくれる。流石に転移ショートカットだとばれているわね。
(おうおう、鳥の。おんしの主殿は大した御方じゃのお。大変助かったよ)
イスカンダルさんがケラエノーさんを見上げてそう礼を言っている。そうね、ケラエノーさんには今回は本当にいっぱい頑張ってもらったわねえ。
【な、大丈夫だって言ったろう?じゃあおれさまは先に帰らせてもらうよ!流石に、ちょっちおれさまたちには寒いからなあ!】
そう言い残すと、くるりと反転して、あっという間に姿を消すケラエノーさん。ああうん、君たちの種族、熱帯鳥っていうくらいだもんね……ちょっと、済まんかった。
「ああ言っているが、あやつらは別に寒さに弱い訳ではないぞ?」
ランディさんが聞こえないようにツッコミを入れている。そういえばトゥーレの寒くなり方も知ってたし、あの子寒い所普通に飛んでるわよね?多分、荒事にならなさそうだから興味を失くしたな?
トナカイ橇の集団は、思いのほか早い速度で、子供たちのいる場所に到着した。そして、空荷だったらしい、幌付きの一台に子供たちを速やかに収容していく。自我が薄れた状態の子供たちは、されるがままだ。
と、思っていたら、一人だけ、目をぱちくりさせて、首を傾げた。あれ?
《あ、あの子、コルンバくんに封じられていた子ですわ》
シエラがそう指摘する。あー、あたしが魔法を投げたせいで、他の子より本来の自我が残ってる状態ね?それって、あまりよくない、だろうか。
そう思ったのだけど、十歳にもなっていなさそうなその子供は、あたし達の船をみつけると、ちっちゃく手を振っただけで、大人しく橇の幌の中に納まっていった。
そつなく丁寧に子供たちをしまい込んでいく人達が乗ってきた実用品一辺倒の橇とは別の、豪奢ではないけれど華やかな装飾のついた装具のトナカイ橇からは、二人の、これも高級そうな防寒着に身を包んだ男性が降りてきた。地味橇組にニ・三人、明るい茶色の髪の人がいるだけで、ほぼ全員がレガリアーナらしい、緑みのかかった金髪と、濃淡こそあれ青系統の瞳だ。
《背の高いほうの方が国王陛下ですわ》
シエラが教えてくれたけど、背の高いほう?ああ、そういえば略式の王冠を被っているわね。顎髭を綺麗に整えているけど、その表情は暗く、目の下にはクマがくっきりと見える。連れのもう一人も、目の下にはクマさんがいるけど、それ以前に陛下より年上ね?口髭にも顎髭にも、当然髪の毛にも、結構白髪が目立つし、顔にも深い皺が何本も刻まれている。
《年上だとすると、先の宰相、レッゲストの前公爵閣下でしょうか。マリーアンジュさんの弟さん、ですわね?》
ええ、弟?と思ったけど、そういえばマリーアンジュさんって魔法実験の手違いで若返ったクチだから、見た目通りの年齢じゃなかったですね!それでもちょっと、老けすぎ感は否めない。ヴァルスンド元侯爵家という地雷を国内に抱えて、心労が多かったのだろうか。
系図的にはマリーアンジュさんは、前公爵のすぐ上の姉であるらしい。その上にもう一人お姉さんがいて、その人はレガリアーナの別の公爵家にお嫁に行ったんだそうだ。
成程、マリーアンジュさんがひとりくらい神殿に入ってもいいよねくらいの気持ちでいた理由は、ほんのり判らなくもないわね?実際には姉の結婚とほぼ同時に自分の結婚も決まっちゃったそうだけど。
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なおヴァルスンド侯爵に最初に求婚されてたのはマリーアンジュさんの方。既に嫁入り案件が決まってたので断られただけなんだけども。
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