第265話 異世界人の視点、真龍の視点。

 それにしたって、こんな五歳くらいの子まで抹消刑の対象者ってえぐいことするわねえ?悪い事どころか、まだ人格だって定まり切ってないのでは?


《そんなこともないですよ。貴方の世界の標準より、私たちの世界の子供の方が全体的に早熟ですし。寿命が短めですからね、早めに自我を確立させないといけませんもの》

 あー、寿命自体が十年から二十年くらい違うんだっけ。で、レガリアーナって平均寿命が短い目?


《そうです、気候が厳しいので、どうしても冬を生き残れないものが出るのです》

 メリサイト国でも、砂漠方面の住民の平均寿命は短めなのだというけど、レガリアーナの平均よりは長い、という話をしてくれるシエラ。高温低湿でも、雑菌があんまりいないこの世界だと、極低温より過ごしやすい、らしい。生きるために最低限必要な水は、水属性をちょっとでも持っていれば魔法で確保できるから、というのもあるそうだけど。火属性は、〈点火〉が使える程度だと、継続的に燃やせる物がなかったら詰むもんな……

 流石に今氷上に並べられている子供たちより年齢が下の子は、分離刑を受けることなく、ただ戸籍を抹消されて神殿の孤児院所属になっているそうな。いずれ普通の農家か漁師の養子にされて普通の人として生きるんだって。


〈そもそも、この様な、幼児を贄に差し出すかのような振る舞いを人に許した覚えはない〉

 苦々し気な、レガリオン神の言葉。そりゃそうでしょうね。魔物に堕ちて死んだ第三王子の裏に居た奴が、まだ存在しているんでしょう?そいつを特定して吊るし上げないとダメね、この件は。


 亀達が戸惑い停止しているのをいいことに、大胆に船を城塞亀の先頭方面に接近させるカナデ君。仕事が早いな!

 そして、それにつれて、一番前にいる、ひときわ大きな、でも甲羅が酷く歪んだ城塞亀が見えてきた。あれが負傷した個体、なのかしら。海側からだと、甲羅の穴自体は見えないけど、確かに他の亀より明らかに沈んでいて、仲間が交替しながら下から押し上げ、支えてやっているのが見える。頭を身体の下に押し込んで持ち上げてやっているせいで、息が続かなくなる前に交替しないといけないっぽい。これと並行して、土魔法で足場を作りながら進んできたというのだから、大したものだわね。いや、土魔法で足場を作っては、沈む前に新しく作って下の足場を消す作業もずっと並行してやっているわね。これも交替制でやっているようだけど、良く続くわねえ。


(おんや、船の子らよ、あまり近付くとあぶない、ぞい)

 落ち着いた低音の、でも少し弱い感じの言葉が届く。恐らく先頭の怪我をした亀さんかな?


「あたし達の安全は確保できますから、お気になさらず。あたしは治癒師です。ちょっと状態を診せてくださいね」

 神が直接ちょっかいを出してくるのでもない限り、あたしと船の安全は特に問題ない。あたしとワカバちゃんが二人で本気の半分も出せば、見事な過剰防衛……いや意味が違うな、それだと。当方、この世界の防御力ってカンストしねえんだな、ってサーシャちゃんとランディさんが呆れる防衛力ですので、ええ。

 気が付いたら子供たちの方は枷から解き放たれていたけど、これはレガリオン神がやったっぽい?カスミさんが炎の幻術を使って、温めてやっているようだ。幸い凍傷を負った子などはいないらしい。怪我人がいたらカナデ君がほっとかないだろうし。


「服装や護符で、随分厳重に防寒対策がされておりますから、子供たちを死なせたい訳ではないようですけれど……」

 それにしたって人道的に如何なものですかしら、と、カスミさんが眉を寄せている。まあ彼女たちは子供たちがどういった存在かまではまだ知らされていないからね……それでも、これはあたし判定でも、ちょっとやりすぎ、道から外れた行いと言わざるを得ない。

 というか、この囮を配置した者の思惑と、バーストストームを撃とうとした連中の思惑が、恐らく完全に別、だな?レガリアーナの人間関係、クソ面倒なことになってる予感しかしない。


 亀さんのほうは、イルルさんに事前に聞いた通りだ。身体の右側面、通常なら喫水線のちょっと上くらいの甲羅が、派手に割れて、どうも数枚の甲板が欠けてしまっているらしい。推定なのは、左側面にいるから、直接見えないせいだ。それでも技能が欠損判定してくれるんだけど。

 胴体側の損傷は、傷跡こそ残っているけど、きちんと治癒している。これもイルルさんに聞いた通りね。傷が残ってしまっているのは、船の先端から激突されたせいで、傷そのものが深かったせいだろう。亀の甲羅も欠損判定になるということは、〈生命賦活〉の出番になっちゃうわねえ。


「ちょっと大がかりな魔法を使います。恐らく甲羅の損傷も戻せるとは思うんですが、大きいので少し時間がかかるかも」


(戻す?なぜ、我を。なれは、無関係だろうに)

 当然の質問が返ってくる。周囲の亀は怪訝な顔、だと思う。そんな感じの感情と共に、子供たちからあたし達に興味を移す。


「世界のバランスの為には貴方たちが必要ですし、これ以上貴方たちの行き先にダメージが入ると、賠償がふんだくれなくなりますので?」

 ただでさえサンファンに壮大な金額のツケがあるのに、これ以上賠償塩漬け案件は要らないんですよ。レガリアーナって、農地にできる場所が少なくて、特に裕福な国という訳でもないし。


「ねーちゃんの理由が意外と世知辛かった」

 後ろで聞いてたサーシャちゃんがぼそりと呟く。いやだって、自分で言うのもなんだけど、あたしクラスの治癒師が善意だけで動いてたら、確定で過労死しますからね?そんな未来は望んでません!


「鳥の先生にも中級以上は仕事はちゃんと選んで制限しろって言われたよ。慈善事業やると自分が潰れっちゃうからって」

 カナデ君は以前カラドリウスのサリム先生に釘を刺されていたようで、サーシャちゃんに説明している。


「治癒師は初級がピーク帯だからね、その発想になるのは致し方ない。ましてや民を癒す誓いを立てた、世界に指名された正規の聖女が別にいるのだし」

 ランディさんも静かにそう解説してくれる。聖女様は救える人は救いたい、と聖女として立つときの誓いで述べたそうだけど、神殿が保護して、あまり無茶な活動はさせていないそうだし。あたしの場合、明確な後ろ盾は……いやまあ割と自由にさせて貰ってて実感が薄いけど、実質ハルマナート国の保護を受けてるわね……


「それもあるけど、現状あたしの所属国ってハルマナート国だからね、回りまわって自国の不利益になるのが明白な案件はほっといちゃいけないわけよ」

 自分で言ってても言い訳じみてはいるけど、そもそも異世界人の知識って世界全体を俯瞰する生態系レベルの視点も期待されてるんじゃないの?という気持ちも、あるのです。その視点からいくと、今回のこれは絶対放置してはいけない奴。世界の乱れは、人の生活をいつか破綻させるものだから。


「そうだねえ。我等から見ても、これが拗れるのは世界の海全てに悪影響を及ぼしかねない。だから亀の、思うところはあろうが、大人しく治療を受けておくれ」

 ランディさんも、真龍視点でもそうしないとまずい、と判定した。そりゃそうよね、彼らの方があたしなんかよりずっと前から、世界を見ているんだもの。この世界で神と並んで、広く世界を見ているのは、いや、むしろ国神辺りより余程視点が広いのが、真龍だろう。


(そこまで買い被られるとちょっと照れるねえ。我等が皆、我のように考えているわけでもないし)

 ランディさんが照れるとは珍しい。そして個体差は、あって然るべきでしょう。そもそも個性がなくていい存在なら、各種様々な十体ちょい、じゃなく、同列同種の十体とかでいいわけだし。


(真龍の方にまでそう言われるのであれば、まあ、うんむ)

(えっ真龍さまがなんでわれらに、いや人についてる?どっち?)

(ちっこいのをあっためてるのは真龍さまじゃないしあれえ?)

(あっちの神さまは神さまでなんかしてたよねえ)

 ざわざわと、戸惑いながら口々にばらばらな事を言い始める亀達。どうやら完全に怒りの突進モードは一旦解除されたっぽい。


 あとは、この状況に魔法を放とうとした連中が対応しようとする前に、亀さんを治して、できれば帰ってもらう感じに……いや帰るのはまだ無理かなあ、詫びは入れさせるべきよねえ?

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